1.朝食と鳥と授業
ピピピピピピ、ピピピピピピーかちっ
目覚ましの音で目が覚めるとともに、夢での懐かしさが波のように引いていく。
帆梶澪は目覚ましを止め、ベッドから体を起こした。寮ということで隣の部屋から、うっすらと隣人の声が聞こえてくる。澪は時計を見、
「んー・・・・・・寝よ」
すぐに寝ころんだ。
二度寝という禁断の行動だ。すべての予定を狂わす元凶を、澪は自ら出現させてしまった。澪の一日に30のダメージである。
(睡眠は大事)
心の中で言い訳し、枕に頭をゆだね、夢の世界に落ちていく―
「澪!今日も二度寝してるじゃん!早く起きて!」
「・・・・・・玲奈」
はずだった。
ここで澪を起こした人が、母親だと思った人、残念不正解。
隣人の清水玲奈だ。さっぱりしたボブカットの彼女は性格もさっぱりしている。澪の親友であり、
「ほら!早くいかないと朝の授業遅れるよ!」
澪の起床係である。
同期の彼女とは部屋が隣なことからすぐに打ち解け、仲良くなったのだが、澪のあまりの寝起きの悪さと遅刻癖に玲奈が先生から、
『本当に申し訳ないんだけど、隣室の帆梶さんを朝起こしてあげてくれないかな』
と頼まれるほどである。異例である。
(と分かりつつも引き受けてくれる玲奈は優しい)
「ちょっと聞いてる?」
「キイテマス」
(中三にもなって起こしてもらうことの異常さは知ってます)
そして未練がましく掛け布団を掴んでいるのは幼稚だということも自覚している。
「自覚あるなら、早く着替えて」
思考がダダ洩れだったらしい。澪が口を押えるのと同時に制服が飛んできた。セーラー服で視界が覆われる。
「あうっ」
「外で待ってるから」
ばたんと閉まる扉。玲奈の対応が雑に見えるがこれでも優しい方だ。本当に怒ってる時はセーラーではなく枕が飛んでくる。
(今日もマイペースだなあ)
自分のことを棚に上げ澪はため息をついた。本当のマイペースはどっちなんだか。
しぶしぶパジャマを脱ぎ始めた。
ここは水没化した日本で起こる、水難事故での救助を行う”潜行士”の養成学校。
帆梶澪は潜行士を志す中三であった。
◇
「あれ、今日は少なめなんだ」
生徒であふれた朝の食堂で、ロールパンを取ろうとしていた澪は動きを止めた。同時にポニテ―ルも揺れ、「おっとっと」と慌ててスープから引きはがす。朝から人毛入りのスープは体が受け付けない。
少なめと言った玲奈のプレートは普段の三分の二ほどしかない。
「今日は時間ないし」
「?」
「……明後日試験だから、今日は丸一日総復習日課でしょ。一時間目は講堂で地学と歴史の復習」
「ふーん?」
澪が首を90度かしげると、玲奈は半眼で、怒り10%増の声で尋ねてきた。
(これはまずい)
「・・・・・もしかしてとは思ってたけど、今日の予定チェック、」
「あ、あー、飲み物取ってくるの忘れてたー」
澪はお盆をテーブルに置くと、お怒りお嬢と目を合わせないようにして駈けだした。
―しかし、運命は残酷だ。
よそ見をしていたせいで、誰かとぶつかった。相手はよろめいて後ろにたたらを踏んでいる。
「ご、ごめん」
「いや、別に・・・・・・あ、お前清水んところのヤツ」
(清水んところ?)
顔を上げるとあきれた顔の男子がいた。短髪で少し日に焼けたスポーツ少年といったところだ。海軍服に似せた、我が校の学ランに着いた胸元の名札には【鳳 光】と書いてある。
こんな人いただろうか。いや、それより清水んところってなんだ。犬か。
一方後ろから追いついた玲奈は、鳳光の姿を見てげっ、と顔をしかめる。
「鳳じゃん」
「今から食べ始めるのなんてお前たちくらいだぞ、清水」
「もー!だから、二の舞にならないように叱るのよ!捕まえて」
「はあ」
彼はめんどくさそうな顔をする。そして澪に視線を向けた。
(小学生に向ける視線だよ、それ)
澪はぐっと唇をかみ、彼を見つめ返す。
「えーっと、名前は帆梶だっけ?お前ほんとに中三か。頭脳は小学生だな」
「は?新高一ですけど・・・・・・・咆哮さん?」
読み方が分からず、とりあえず音読みで呼ぶと彼はブチ切れた。
「同級生の鳳光だ小学生!」
(咆哮してるじゃん!)
しかも同級生ということは澪は中三終わり間近なこの時期まで、鳳光を覚えていなかったことになる。いや、覚えようとしていなかった、だろうか。そんなことを考えていると、がしりと頭を掴まれ、窓の方へ向けさせられた。
「いいか帆梶。ここは養成学校で、高一には命を救う仕事をするんだぞ。この日本でな」
外には家があり、海が広がっている。
―いや、沈んだ街の上に浮かぶ家と海が。
◇
「ではついに明後日は最終選抜試験ですね。そのために今日は地学と歴史の総復習をします」
一時間目の授業担当・水城教官が講堂の生徒に呼びかけた。このお方は女性でありながら肺活量が並の男性より多いという鋼の肺を持つ女性である。そして記憶力が抜群で生徒の名前は絶対間違えないし、休んだ生徒を後日集めて教えるという天使の顔もあり、生徒に人気だ。
ちなみにどの先生にも”教官”という堅苦しい名称がついているが、あくまで立場を言っているだけで、ほとんどの生徒は”先生”と呼んでいる。
さて、講堂の席に着いた澪は教科書を出し、玲奈は安堵の息を吐く。
「一時間目水城先生でよかった。多少の遅刻も目をつぶってくれるから」
「そうだね・・・・・・で、なんでさっきの子が隣にいるの?」
「鳳光だ、覚えろ」
再び登場、鳳光である。ブックバンドをほどき、地学のノートを開いていたので盗み見ると、なかなかきれいにまとめてある。字は走り書きで読みずらいが、汚いほどではない。むしろ”頭いい人”感を追加していて、なんかずるい。
(こういう時はめっちゃ汚いのが鉄則じゃないの?)
「侮れん、トリ光」
「鳥は鳥でも鳳だ!あと、”ひかり”じゃなくて”こう”な」
「ごめん、10秒後には忘れる」
澪は肩をすくめて受け流した。
(人の名前覚えるの苦手なんだよね)
そもそも男子の名前を覚えたところで、あまり話さないのだから意味がない。頻繁に会い、話す人の名前だけ覚えていればモーマンタイだ。
(よく話す人かぁ)
その時澪の頭に浮かんだのは、幼馴染・凪沢佑磨の顔だった。もう彼とは4年程会っていない。顔も朧気だ。
パンパンッ
突如響いた柏手にはっと我に返る。
「では最近の日本で発生した出来事をおさらいします」
水城教官はプロジェクターで映したスライドを、指差しする。
「まず今から4年前。この年は日本史上初めての水没、すなわち千葉水没と沖縄水没があった年です」
千葉県と沖縄県が水没するイラストが表示される。この時、澪はまだ小5だった。
(そして恩人のユウさんにあったのもこの年)
彼女は本当にかっこよかった。思わず頬が紅潮し、口角が上がってしまう。澪は慌ててセーラーの袖口で顔を隠した。
「有名なのは沖縄水没ですが、最初に水没したのは千葉県です。日本で最も標高が低い県で首都の東京の近くにもかかわらず、それほど有名ではありません」
水城教官がパソコンを操作すると、関東地方のイラストが表示され、千葉県が赤丸で囲われる。
「さて、なぜ有名ではなかったのでしょうか。はい、霧原くん」
霧原と呼ばれた生徒は良く通る声で答えた。
「他県と隣接している上、首都が近かったため、避難が容易で被災者が少なかったからです。それと初めての水没で、国があまり公にしたくなかったことも要因かと」
「正解です」
にこりと微笑むと彼女は地学と歴史の教科書をなでた。
「発生した当初は黙秘されていましたが、沖縄水没により全国民に知られてしまいましたからね。今はもちろん教科書に載っています」
そして、彼女は前を向く。教官とはいえ、元は現場に出ていたのだろう、悲しくて強い光が目に宿っていた。
「現在の日本は水没化がますます進み、四国中国地方、九州地方は危険な状態です。関東地方は残っているのが栃木県と群馬県のみ、というありさま。新たに立ち上げた再生省が救助資金を送っても焼け石に水。やはりその場に行き、人命救助できる人材が必要」
次に表示されたスライドに映されているのは、三つの建物だ。
「まず、その人材を育てるのがこの【再生省養成学校】。次に実際に現場で救助のできる生徒を指導する【再生省アルナ学園】、そして自衛隊と協力し本格的な現場に出る者たちのいる【再生省海上基地】です」
(この真ん中の建物、アルナ学園が来年から通う学園なんだ)
気づけば澪が、講堂中の生徒が、食い入るように見つめていた。
隣の鳳光に視線を向けると、彼も同じように見つめている。もちろん玲奈もだ。
しばらくの間、水城教官は生徒をなにか思いつめた目で見ていたが、授業終了のチャイムが鳴ると同時に、プロジェクターを切った。
「さて、次の岬橋先生の総合の授業は、再生省が建てたこの三つの学校についてです。場所は第一体育館なので遅れないようにしてくださいね。解散!」
ぱんっと手が打たれるのと同時に、澪たちは講堂を飛び出した。それはもう真剣な顔で我先にと階段を駆け下り、廊下をギリギリアウトな速度で走る。
「岬橋先生、講堂から一番遠い第一体育館にするなんて鬼!」
―そう、叫びながら・・・・・・。
標高については、とどランさんのサイト引用です。面白かったらブクマ、コメントよろしくお願いします。




