13.お久しぶりです
「お久しぶりですね―凪沢悠斗さん」
見慣れた後ろ姿に向かって、挨拶をすると彼はゆっくりと振り返る。
―そして、徐に澪の手首を掴んだ。
「え?何ですかこの手」
至極全うな疑問に悠斗は答えることなく廊下を歩き、エントランスホールの事務室へ学生証を取り出しながら声をかける。
「談話室を使いたい。第二部隊凪沢悠斗だ」
「二名様ですね。ええ、空いております。お時間は」
「30分」
「かしこまりました、いってらっしゃいませ」
素早く交わされる会話に、澪は戸惑いを隠せない。
(談話室?密談用の部屋なのかな?)
まあ、悠斗の流れるような会話から、何度も使っているのだろう。後で聞こう。
それより澪は受付の女性の視線が気になった。驚いているというか、珍しいものを見るような、興味を含んだ好奇心の視線だ。
(変なことはしないよ)
にまんとした奇妙な笑みを浮かべる澪を引きずり、悠斗は入室するとすぐさま鍵をかけ、ソファーに腰を下ろす。澪と言えば部屋に目を走らせるのに忙しい。
談話室は六畳ほどの正方形の部屋だった。扉も分厚く、壁もコンクリでカラオケルームのような防音性がある。部屋の中には黒い革張りのソファーが二つ、ローテーブルが一つ、窓枠には小さなモンステラ、部屋の隅には大きな鉢に入ったドラセナが置いてあった。
「へー、こんなところがあったんですね」
「いいから座れ」
真冬の吹雪のように冷たい声で指図する悠斗。澪も小っちゃくなって向かいに座る。断じて萎縮していない。
「帆梶澪だよな?」
「そうですよ凪沢悠斗サン」
朗らかに答えると、彼は深いため息をついて項垂れた。なぜ。
「オレが通っていた埼玉分校ではなく、東京本校に行ったと聞いていたが・・・・・・アルナまで進学したのは予想外だった」
「私も悠斗さんが第二部隊 隊員だったことにびっくりですよ。佑磨を探すから潜行士になったのは知ってましたけど、まさかここまで上り詰めるなんて。さすが器用貧乏」
上目遣いでからかうと雑に頷かれた。昔より髪が少し長くなっていて、身長も伸びている。目鼻立ちがはっきりしている整った顔。切れ長の瞳は淡い灯火のような光を宿している。佑磨の科学者的暴走部分のストッパーで、澪の兄のような存在だった彼は既に立派な潜行士だ。
(佑磨がいなくなってから、影の差したようなところがあったけど大丈夫かな)
前はもっと明るく、頼まれ事はきちんとこなす優しいお兄さんだった。頻繁に目を細め、声を上げて笑った。佑磨がいなくなるまでは。
澪はきゅっと手に力を入れ、言葉を紡ぐ。
「にしても気弱でメンクイ、ブラコンの無駄に愛想を振りまく人たらしボーイが今ではこんなに成長してるんですね~。関心関心」
「強気でメンクイ、無鉄砲の無駄に口が回るクソ生意気ガールは一ミリも成長してないけどな」
「お褒め頂き光栄です」
「褒めてない」
お馴染みのやり取りを交わしたところで、悠斗の纏う空気が硬くなり、目が鋭くなる。
「―それでなんでここに来た?」
「言うまでもなく佑磨を探すためですよ。・・・・・・あとはまあ、自分の恩人に礼を言うためでもありますが」
あっけらかんと述べると「理解できない」と眉を寄せられる。
「それだけのために命懸けの世界に飛び込んだのか?無鉄砲にもほどがある。このご時世平和な生活は金よりも貴重で希少だ。潜行士はやめた方がいい」
「ひどいですね、頑張ったのに」
「お前は人のためじゃなく自分のために頑張れ。努力の方向を履き違えるな。まったく・・・・・・冗談も休み休み言え」
「冗談じゃありませんよ、決して」
澪は自分の感情が凪のように静まり返ったのを感じた。いや、嵐の前兆だろうか。小さな漣が波頭をもたげている。ゆっくり、ゆっくり。
「もう疲れたんです」
口に出して、ああ自分は疲れたのかと再認識する。おかしな話だ。
「悠斗さんは家族のために雲をつかむような状況で戦っている中、一人私は安全地帯で悠々と届けられる情報を待つ。私の近くにはもう誰もいないんですよ。・・・・・・私は受動的な人生を送って命の灯火を消そうとするほど、堪忍強くはないです」
忘れられない、夜の幕が下ろされる中、コロニーの片隅でひたすら待っていたこと。
もしかしたら佑磨は本当にいないのでは、それ以前に悠斗はちゃんと帰ってくるのか。海嘯のように襲い来る不安を、澪は必至でなだめていた。ただひたすらに怖かった。
「・・・・・・」
「もちろん悠斗さんの足は引っ張りませんし、コネで昇格しようなんて微塵も考えていません。責任も覚悟も全て私のです」
澪は強く鼓動をうつ心臓に手を当てる。この心臓は果たして何のためにあるのか。
(決して後悔しない。無駄にはしない)
「これは私が決めたことです」
引き留めるなら私の人生を否定することになりますよ、と暗に告げる。悠斗も思うところがあるのか、しばらく頭を悩ませて唸り声をあげていたが―やがて降参した。
「・・・・・・分かった」
「本当ですか!」
しかし、破顔一笑する澪に対し、悠斗はお兄さんらしく人差し指を突きつけ釘を刺す。
「だがあまりにも無鉄砲が過ぎたら、第二部隊 隊長の権限で即刻退学推薦出すからな!」
「うわ、怖い―って、え?隊長?」
「ああ」
(HA・TSU・MI・MI、なんですけど!)
器用にも限度がある。天は二物を与えず、容姿と才能と器用の三物を与えたのでないか。
ある意味引く澪に対し、悠斗はもう一つ、と付け足した。
「あまり上位部隊の隊員と仲を深めすぎるなよ」
「え?懇意にしておけば情報、技術もらい放題ですよ?」
「人をセール品にするな。お前の今後に関わる話だ」
悠斗は澪を感情を見通すように、目を細くする。
「あまり懇意にしすぎると、飛び級や上位部隊への昇格の際にコネによるものだと懐疑的な目を向けられるぞ」
「え、推薦あるんですか」
「稀だがな」
なかなか厳しい世界だ。立場のある人間と懇意にすることで、出世か四面楚歌かの真逆の道が示される。目先の利害得失に捉われては落ちていく、完全自己責任。
(対応は気を付けないと)
澪は肝に銘じた。
「分かりました。ありがとうございます、悠斗さん」
「凪沢先輩だ」
「凪沢先輩!・・・・・・違和感半端ないですね」
「と、思うだろ。すぐ慣れる」
そういうと本題は終わったのか、天井に手を突き上げ伸びをする。澪も少し姿勢を崩した。
「ふう。そういえば第二部隊と言ったら超絶美人の藤本先輩がいますよね。The・大和撫子でした」
「そうだろう。去年の【アルナ学園ミスコン・生徒部門】の第二位だ。正直言って一位と比べても遜色なかった。まあオレとしては、壇上に上がる藤本を見るだけで至福だが」
「へー、そんなイベントが。確かに歓迎会の時、花のように人々を惹きつけてましたね」
「・・・・・・ああ。藤本も無防備すぎる」
(ん?)
なーんか話の方向がずれている気がする。というか悠斗は、これほど女子をべた褒めする性格だっただろうか?心なしか目に星が光り、声のトーンも高くなり弾んでいる。だが恋愛事は奥手で、よく佑磨が「悠兄は紳士だからもうちょい攻めてもいいんだけど」とぼやいていたほどだ。
「あのー、もしかして悠斗さんは藤本先輩にぞっこんなんですか?」
「ぞっこんって・・・・・・当たらずとも遠からずだが」
(つまり惚れているのね!!)
澪の恋バナスイッチは完全にオンである。リボンがそわそわと恋愛アンテナを張り巡らす。
(うひょー、高嶺の花に恋する奥手男子を間近で見れるなんて至福!)
―君、なんか女子高生よりおばさんじゃない?
「悠斗さんにとって藤本先輩はどんな存在なんですかっ!」
「え、相棒?」
「他には」
「藤本のためなら自分に不利益なことでも行う、とか。多少の犠牲は厭わない」
「・・・・・・」
澪は冷や汗がふき出すのを肌で感じた。大変だ、フラグが、フラグがはためいている。どうやら凪の心を持つこの人も恋に狂っているらしい。
―恋に狂った男の末路は、日本で最も有名な恋愛物語《かぐや姫》ではっきりと証明されている。
端的に言えば、身を滅ぼすのだ。仏の鉢と偽り偽物の鉢を差し出した石作皇子は嘘が暴かれ、面子第一の時代では致命傷となる面目丸つぶれ。
大納言大伴御行は龍の首の珠を探しに、航海に乗り出すも嵐に見舞われ、命がらがら引き返し九死に一生を得た。
(いや、まさか悠斗さんだし)
身も心も全てあなたに捧げます展開にはならないだろう。恋は盲目というがまさか、ね。うん。
「あ、もうそろそろ三十分だから退出するぞ」
扉をくぐる悠斗を追いかけながら、澪は語りかける。
「・・・・・・悠斗さん、私は悠斗さんが理性的な人だと信じています」
「はあ」
「だから破滅フラグは本当にやめてください」
「?よくわからないが、凪沢先輩の呼び方忘れるなよ」
前を歩く彼の背中を見ながら澪は、莫大な不安と奇妙な安堵感を覚えていた。
藤本について話していた時のあの表情。どう見ても命を投げだす者の顔ではなかった。
(藤本先輩の存在が今世に命を繋ぎとめてくれてるのかな)
ほんの少し口角が上がる。澪は来た時よりずっと足取り軽く彼の背中を追いかけた。
―ねえ、佑磨。君のお兄さんは君のいない世界で、希望を探しながら必死で生きてるよ。
だから早く戻って、彼に笑顔を取り戻してね。
そう、願わずにはいられなかった。
長くて本当にすみません。
面白かったらブクマコメよろしくお願いします。星でもリアクションでも何でもいいです、嬉しいので。




