10.アルナ学園入学
春和景明の穏やかな四月。
ほぼ水没化した日本で沈没せずに生き残る、希少な土地に建つ再生省アルナ学園では、新入生を迎える入学式が行われていた。
ずらりと座る初々しい新入生を、壁際で眺める教員たち。
そんな中、紺の襟に赤いタイを結び、胸ポケットに舵とウミガメのエンブレムが刺繍された、真新しい制服を身に纏う新高一・帆梶澪は、胸を弾ませ話を聞きいる―ことはなかった。
(話が、なっっがい!)
退屈していた。
只今入場を終え来賓の方の次、すなわち理事長のお話なのだが、同じ内容が無限ループする非常に退屈なもので、時間の無駄消費である。全く聞かされる身にもなってほしい。
少し距離のある場所にいる前列の鳳光は、既に頭が船をこいでいる。
一方、清水玲奈に至っては目が死んでいた。幽体離脱してしまいそうだ。
澪はというと暇すぎるので、理事長が話の合間に「えー」と言った回数を数えていた。
(現在二十四回目)
あなたたち、ホントに新高一ですか?
やがて理事長の話が終わると、体育館には割れんばかりの拍手が響く。
『続いて学園長先生のお話です。お願いします』
司会の声と共にステージに上がる女性に―
皆の視線が釘付けになった。
彼女は狐のお面を被っていた。
白衣に緋袴、いわゆる巫女服を着ていて、水平線から太陽が顔を出すデザインの千早を上から羽織っている。
そして何より目を引くのは顔に被さる狐面。白いお面は茜色、橙色、金色の三色で彩られている。
よっておでこから目元は完全に隠れており、素顔は全く分からない。
彼女はマイクの前で一礼すると、その桜唇から言葉を紡ぎだした。
「皆さんご入学おめでとうございます。学園長の朝日奈です。
ここに集うは、厳しい養成学校の最終試験を突破した潜水士の卵。
君たちがこの学園で実力を磨き、仲間と共に切磋琢磨し、将来日本を担う立派な精鋭になるよう、こちらも精一杯指導をするので、誇りと覚悟を持って進んでください。
以上です」
(これだけ?)
頭に焼き付く印象的な見た目の割には、あっけないほど短い挨拶。
見た目は大学一年生くらいなので、さすがに語彙力がないことはないと思うが。
(こんなに淡々とした挨拶でいいのかな?)
感情を変えない声色、長い黒髪。
ふと、恩人のユウの姿が浮かぶ。
(そういえばユウさんも初対面は淡々としてたなぁ)
救助者に対し取り付く島もない態度。だが、荒れ狂う波から澪を救い出した技術は、今になって思い返すとなかなかのレベルだ。
もしかして、彼女もこの学校にいたりして―。
恩人の面影を醸し出す学園長を、思わず澪はまじまじと眺めてしまう。
話し終えた彼女に目線を送られ、司会が慌てて取り仕切る。
『えー、学園長先生ありがとうございました。続いて生徒会長・桐壺くんお願いします』
『はい。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます―』
その後も式は滞りなく進んだが、澪には全く入ってこなかった。
◇
「・・・・・・お、澪!」
親友の声に、我に返ってあたりを見渡すとほとんど生徒はいなかった。
ついでに体育館ではなく廊下にいる。
「あれ?入学式は?」
「もう終わった。これから大広間で新入生オリエンテーションがあんだよ」
光は呆れ顔で澪を見下ろす。うーむ、澪に非があるのは分かるがいらっとさせられる顔だ。
「だけど澪がぼーんやりしてて今、魂を戻したところ。何かあったの?」
「いや、なんでもないよ」
心配する玲奈に笑顔を向けると、「さて」と気合を入れなおし澪は尋ねる。
「大広間はどこ?」
「あっちじゃね」
「鳳、そっちは女子トイレと女子更衣室しかないよ」
「「・・・・・・」」
(ほーらほーら、人を馬鹿にするから)
澪はあっかんべーのいい気味である。人の不幸は蜜の味というやつだ。
そんな澪を、額に手を当ててため息をつくお方が一人。
「澪、そんなことしてる場合じゃないよ」
全くあなたたちは、と腕を組む玲奈お母さん。
(すみません)
「にしても場所分かんねーとまずいんじゃないか」
「そうね、誰かに聞ければいいんだけど」
三人で頭を悩ませていた時―
「大丈夫ですか?」
風に揺れる藤のような、優しい声が聞こえた。
振り返ると柳のようにすらりとした姿勢に、艶やかな髪を編み込みにした、超絶美人な先輩がいた。セーラー服のタイは水色で、胸元の名札には【藤本】と書かれている。
女神のような微笑みを浮かべるその姿は、まるで大和撫子。澪はどぎまぎしながら口を開く。
「え、えっと、大広間が」
「ああ、大広間ならそこの角を右に曲がり、直進すればいいですよ。今の時間ならまだ間に合います」
「あ、ありがとうございます!」
がばりと頭を下げると、彼女は卒倒しそうなほど美しい笑みを浮かべその場を立ち去る。
「あの人、天女の化身なんじゃないかな」
「見惚れてないでさっさと行くよ!」
「こいつほんとに大丈夫か?不安しかないんだけど」
二人に引きずられながら澪は大広間へ向かった。
◇
アルナ学園の大広間には新入生60人が勢ぞろいしていた。
海底士コースの新入生オリエンテーションは別室で行うので、ここには潜行士コースの者しかいない。
(これが全国の養成学校からきた最終試験合格者かぁ)
前方に立つのは二人の男女。男性の方がぐるりと大広間に視線をめぐらすと、穏やかな笑みを浮かべた。
「新入生のみんな、入学おめでとう。これからの新入生オリエンテーションは今後の学園生活に関わる、重要な話をするので心して聞いてね」
まずは自己紹介から、と彼は一歩前に踏み出す。
さらりとした黒髪に、親しみやすさを感じる笑顔。体型は細身で切れ長の瞳にきれいな形をした唇。つまるところ女子が黄色い悲鳴を上げるイケメンだった。
「僕の名前は岬橋拓海。通常科目は国語担当で、潜行士科目は情報担当だよ。現場は3年間経験していて、その後アルナ学園教師になりました。よろしくね」
温厚篤実な態度に女子はハートを見事に撃ち抜かれている。
(玲奈と私は例外だけどね!)
無駄なところで胸を張る澪。別に誰も聞いてないよ。
だが、一部の生徒は岬橋拓海を見て何かを囁きかわしている。少し戸惑いを含んだ表情だ。
そんな様子を感じてか、拓海は口を開いた。
「察しのいい人は気づいたかもしれないけど、僕は養成学校を専門にあちこち飛び回ってる岬橋碧の弟です☆」
悪戯成功!と言った顔で言ってのける彼に、新入生がどよめく。
(言われてみれば、確かに似てる!)
だが、岬橋碧のほうが”変人”という印象が強すぎて、拓海の真摯な態度とはあまりにも違いすぎる。
澪は光と共に開いた口が塞がらない。玲奈は目が点になっていた。
拓海はくすくすと笑うと、隣の女性に場を譲る。途端に静寂が大広間を包み、はからずとも彼女に目が吸い寄せられた。
「帰蝶凛です。通常科目は理科、潜行士科目は救護手当担当です。潜行士としては五年活動していました。よろしくお願いします」
絹のような光沢のある黒髪に、陶磁器のような白肌。黒曜石のような目を長いまつげが縁取っていて、顔は小さく足は長く、「本当に潜行士だったんですか?」と言いたくなるほど華奢な体。
つまるところ、男子が一目惚れしそうなクールビューティーである。
実際、大半の男子と一部の女子は恍惚とした表情でため息をこぼしている。
(まあ、光は例外だけどね!)
だから、誰も聞いてないよ。
「にしてもこんな美男美女がほいほい いるなんて、教官は自衛隊の一部隊みたいに顔面偏差値が高くないとだめなのかな?」
「お前さっきも思ったけどメンクイだな」
「別にいいでしょ」
そんな軽口をたたいていると、ぱんっと柏手が響いた。
「さて、自己紹介も終わったところで、君たちには今後の活動に関わる重大なイベントが待ってるから、さっさと始めようか」
(今後に関わる重大なイベント!?)
誰もが息を殺し、耳をすませる。自分に意識が集まったのを感じ取った拓海は、楽しそうに目を細め口を開く。
「さあ、班決めの時間だよ」
ちょっと長くなってしまいました、すみません。アルナ学園編ということで新キャラ盛りだくさんです。
面白かったらブクマコメよろしくお願いします。




