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追憶の潜水士  作者: 今璃 咲
Ⅰ 初任務
1/7

プロローグ

―すべての始まりは、あの日だった。



荒れ狂う海、ざばざばの耳にこびりつく波の音。

「っはあ・・・・あぶっ」

酸素を吸う暇もなく波に沈められる息苦しさ。

嫌というほど鼻に突き刺さる潮のにおい。口に塩辛い味が広がって気持ち悪い。

「・・・・・はあっ、誰か、助けっ」

また、波が容赦なく打ち付けてくる。助けを求め上にあげた手は沈んだ。

(息が苦しい)

母と父はすでに流された。ほかの友達は?兄は無事だろうか?

(お兄ちゃんを一人にしたらだめ)

でも、だんだん意識が沈んでいく。苦しさも波に覆われる。

(ここで死ぬのは・・・・・だめ)

冷たい水の中で幼馴染の顔が浮かんだ。

佑磨(ゆうま)に会うまでは・・・・・・・・)

生きなきゃ・・・・・・・・・。









「・・・・・・呼吸あり、低体温。意識は―」

「ぐはっ!!」

急激に意識が浮上した。と同時に胸に圧迫感を覚えせき込む。

「ぐるしい・・・・・けど、生きてる?」

どうやら自分は陸上にいるみたいだ。上体を起こすだけでも体力的には一苦労だが、幸いにも怪我はない。試しに深呼吸をしてみた。酸素が肺に届いている。頭がしっかりしてくる。

ああ、肺循環と体循環って素晴らしい!

「・・・・・・意識あり。大丈夫?」

「えっ」

慌てて顔を上げると、ダイビングマスクにレギュレーターという呼吸装置を付けた女性が、こちらを見ていた。あまり顔が見えなくてちょっと怖い。

「は、はい」

(この人が救ってくれたのかな?)

ダイビングスーツを着ていて、手には通信機器。ザ・ダイバーだ。

「君、名前は?あと年齢と家族も」

「・・・・・・・あの、申し訳ないんですが個人情報なので」

命の恩人とはいえ、助けられたばかりとは言え、個人情報はべらべらと漏らすものではない。

さりげなく言葉と手でブロックしたらぱしん、とはたかれた。

「非常時にけったいなこと言わんといて!うちがいけずで言うてるとでも?」

「あ、あああ!すみません!帆梶澪(ほかじみお)、小6です!中1の兄がいます!」

(なんでこの人、急に京ことば?)

しかも地味に目が怖かった。絶対にらんでた。おそらくだけど。

女性はふんふんとうなずき、通信機器を操作する。

「ご両親は?」

「・・・・・・流されました。倒壊した建物に巻き込まれて沈んだので、多分もう助からないかと」

「そう。おおきに」

感情の読み取れない声で彼女は言った。

(この人、誰なんだろう)

装備と態度から救命活動には慣れているんだろう。そういう仕事には少しだけあこがれを感じる。

作業が終わったのか、「さて」と彼女はあたりを見渡した。

「今応援呼んだから、オレンジ色のボートが見えたらそれに乗って」

「わかりました」

立ち上がり返事すると彼女は背を向け、どこかに行こうとする。慌てて澪は引き留めた。

「あの、もう行くんですか?」

「悪いけど他にも仕事があるんよ。堪忍してな」

「そ、そうじゃなくて、名前!教えて欲しくて」

必死で頼むと彼女は怪訝そうに振り返る。

「なんで?うち個人情報は明かさん主義」

「方言でなんとなく明かしてますけど」

「・・・・・・気づいてなかった。一本取られました」

少しだけ困ったように笑う彼女に、少し親しみを感じた。

「それで、名前」

「ああ。私は―・・・ユウ」

「ユウさん、あの、また会えますか」

手を握りしめて叫ぶと、彼女の目が見開かれた。

「また会えなくても、私はユウさんみたいに活動したいです。どうすれば」

「私たちの職業は命がかかってる仕事だよ。曖昧な動機じゃなれない」

顔を背け、声色を低くされる。

先ほどの暖かさは抜け、別人のようなまなざしだ。

(拒絶されてる)

でも、そんなの気にしない。


「それまで待っててくれますか!?」


自分の叫びは思いのほか、広く響いた。

長い長い沈黙。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

そして―

「気が向いたらね」

「え」

悪戯気にユウは目を細めると背を向けた。

「じゃ、またどこかで」


そういって走り去る彼女の背中を、澪はいつまでも見つめていた。

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