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アロマヘッドスパ60分コース クリス1

 昨年、二十九才で王立研究所の所長になってから、クリス・マッケンジーの毎日は目が回るほど忙しい。

 もっと部下を使えばいいのだが、何事も人任せにできない性格だし、実際に自分でやった方がいい結果がでる。

 しかも最近は『耳の中が覗ける道具が欲しい』だの、『貼るとスーッとして首や肩が楽になる張り薬を作れ』だのと、よくわからない要望書が王族や将軍からも来ている。


 そんなある日、クリスは廊下の一角で足を止めた。

 視界がボヤける。メガネの度があってない気がする……。


(また、近眼が進んだのだろうか?)


 彼は書類をわきに抱えると、赤毛をガリガリとかき回し、メガネを外して(まぶた)を揉んだ。

 ふと、霞んだ視界に古ぼけた祭壇が見える。

 研究所の一角に作られた祭壇だ。熱心な信徒は朝晩そこで祈っているが、今の時間は誰もいない。


「……神か」


 クリスは信心深い方ではないが、神の存在は信じている。

 というか、魔法や錬金術の研究を進めれば進めるほど、そこに『人知を超えた何か』の奇跡を見ずにはいられないからだ。

 なんとなく近づき、祭壇に(ひざ)をつくと手を合わせてみた。

 祈りたい事なんてない。忙しさから逃れたくて、ポーズをとってみただけだ。

 おもむろにクリスは頭をガリガリと掻く。


(ああ、もう! 頭が痒い……。身体は毎日、濡らした布で拭いているが、髪はそのままだものな。できることなら、この脂でベタベタの髪を今すぐ洗い流し、疲れた頭をスッキリさせたいものだよ)


 そう思った、次の瞬間。

 辺りがパァッと光に包まれ、見知らぬ場所にクリスはいた。

 灰色の壁と、ガラスの扉と、金属の扉。

 ガラスの向こうは、白い部屋だ。


「な、なんだ、ここは……!? こんな一瞬で風景が変わるだなんて。まさか、(いにしえ)の空間転移の魔法だろうか?」


 ハリーはまず、周囲の壁に触れてみた。

 まるで石造りのようだが、驚くほどキメが細かくて、継ぎ目もない。それはセメントと呼ばれる素材なのだが、クリスには知る(よし)もなかった。

 次に、ガラスの扉を検分(けんぶん)しようと近づく。するとガラスはスーッと開いて、中にいた白衣の女性がニッコリと微笑んだ。


「いらっしゃいませ! リラクゼーションサロン高天原(たかまがはら)へようこそ。当店は、完全予約制になっております」


 クリスは咳払いをひとつすると、メガネの位置を直しながら白衣の女に尋ねる。


「あー、君。僕は王立研究所長のクリス・マッケンジーと言う者だがね。ここは一体、どんな施設なんだい?」


「はい。当店は日々忙しさに追われる皆様に、極上の快楽をお届けする場所でございます。お身体の不調をリフレッシュしていただくため、整体、マッサージ、フットケア、イヤーエステ、トリートメント、リラクゼーション、アロマテラピーなど全身のケアを行います。お客様一人ひとりのニーズに合わせ、担当スタッフが誠心誠意、愛をこめて施術させていただきます」


「なるほど。つまりは医薬品や魔法に頼らず、疲労を回復する場所かな?」


「さようでございます。あのう、栗須万健司(くりすまけんじ)様。ご予約の時間が迫っております。施術に関するご質問ならば、お部屋でスタッフにお聞きになられてはいかがでしょうか?」


「予約だって? 僕は、そんなものをしてないけれど……」


(じん)様という方が、インターネット経由でご予約しております。料金もすでに頂いてます。アロマヘッドスパ六十分コースですね」


「六十分!? 僕にそんな暇はない!」


「では、キャンセルなさいますか? 当日のキャンセルですと、申し訳ありませんが返金はいたしかねますが」


 白衣の女は立ち上がり、丁寧に頭を下げる。

 クリスはイライラして頭を掻こうとして、手を止めた。


(いや、待て……。王国内の施設に飛ばされたのかと思ったが、どうもそうではなさそうだ。そもそも帰ると言って、すぐ帰れるのかもわからない。それより、この不思議な場所を調査した方がいい気がする……)


 好奇心がムクムクとわき上がる。クリスは言った。


「ぜひ、君たちの施術を受けてみたい。部屋とやらに案内してくれ」


「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」


 案内された部屋で、クリスはクッションの効いた椅子に座らされた。

 背後には陶器のような真っ白い大きな桶があり、テーブルにはボトル類が無数にあった。

 ドアがノックされ、薄いグリーンの服を着た人物が入ってくる。


「失礼します。本日の施術を担当させていただく西門(さいもん)です。よろしくお願いいたします」

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