肩こり解消40分コース ハリー3
女が音の鳴る方へ行き、なにか白いものを手に取り耳に当てた。
「はい、瀬浦です。……え? はい……はい。わかりました」
どうやら、誰かと話しているようだ。
彼女はハリーの方を向き、困惑した顔で言った。
「たった今、神様と言う方がインターネットから、針井様の延長のお申し込みをされたそうです。料金の支払いも済んでおります」
「なんだと……? その人物は、一体誰なのだ!?」
「お知り合いではないのですか?」
「知らぬ。だがあるいは、いずこかの戦場でお助けした、貴族殿やもしれぬな。いずれにしても、ありがたい! 肩揉みを延長してもらえると言うなら、願ったり叶ったりだ」
「ええ。それは全く、その通りですね。では、針井様。さっそく施術に入らせていただきます。ベッドにうつ伏せでお願いします」
ハリーが言われた通りの姿勢になると、女は彼の左足に手を添えた。
「む? セイラ殿。辛いのは肩であって、足ではないぞ」
「ええ。しかし、針井様の肩こりの原因は、ここなのです。足の筋肉を無理な使い方をされていて、それが肩こりに繋がっている。つまりは、ここの筋肉を緩めてさえやれば……」
言いつつ、女は足の裏と甲を挟むように、指で潰した。
さして力を入れたとも思えないのに、その瞬間に激痛が走る。
「いっいぃッ! ったああ!?」
不意打ち気味なのもあって、ハリーは叫び声をあげてしまった。
女は慌てて指を離す。
「あっ、すみません。……そんなに痛かったですか?」
「い、いや、気にするな。それより、セイラ殿。そこをほぐせば、肩こりがやわらぐのだな?」
「はい。そのはずです。今の反応で、よくわかりました。やはり、原因は足にあります。……続けても大丈夫そうですか?」
「うむ。覚悟はできた。ぞんぶんにやってくれ!」
ハリーが言うと、女は足の甲やくるぶしを指で挟んで押しはじめた。
やはり、激しく痛む。ツボとやらを押された時とよく似た、なんともいえないもどかしい痛みだ……。
背中にじんわりと汗が浮いてきた。
次にふくらはぎ、膝、太ももの裏と、女は順番に押していく。
脛には外側から指をひっかけて、固くなった筋肉を、痛みと共にグリグリとほぐす。
臀部、腰、背中……だんだんと上がるにつれて、最初のような耐え難い痛みは薄れていった。それでも、まだ少し痛いが。
指で押されながらハリーは、足が原因と言った女の言葉の意味が、わかり始めてきた。
考えてみれば『剣を振る』というのは、自然な筋肉の動きではない。
敵と相対すれば片足を引いて、もう片方は前に出し、半身になって構えざるをえない。
そうだとすれば、今まで何万、何十万と剣を振るった回数だけ、己の身体には無茶をさせてきたに違いない……。
気づかぬうちに疲労は溜まり、それが上へと繋がって、肩の重さを生み出していただろう。
女の指は、最後に首筋へと到着する。
頭を右を傾けられて、開いた場所に指がグッと食い込む。
筋肉と筋肉の間に、糸一本分くらいのか細い『しこり』があり、それを抑えられてる感じだ。
指がクリクリと上下に動き、スッと離れると楽になった。
「終わりました。どうですか? 針井様」
「……驚いた!」
あれだけ重かった肩が、今は自由に回る。
もう、いささかの不調もない。
「すごいぞ、セイラ殿! まるで十代の若さに戻ったようだ」
感動して声を上げるハリーに、女は今度こそニコニコ顔で言った。
「喜んでいただけて、私も嬉しいです。まだ、十五分ほどお時間ありますね。リラックスできるよう肩をお揉みしますので、ベッドに腰かけてください」
言われた通りに座ると、女は肩もみを始めた。
親指とその付け根、手の平のふくらみを使い、肩の筋肉がグニグニと揉まれる。
先ほどまでの、コリの芯を刺激する揉み方とは違って、ただただ、気持ちいいだけの肩揉みである。
後頭部から背中への筋肉が弛緩し、自然と顎が持ち上がって、口はポカンと開いた。
「……ふがっ」
ハリーは、自分の鼻が立てた音にハッと気づく。
(危ない! 寝落ちしかけていた……)
女がクスリと笑った。
しかし、そもそもハリーは就寝しようとして、いつの間にかここにいたのだ。
ポカポカと血の気が巡ると、連日の疲労も祟り、どうにもならない眠気が襲ってくる。
(ダメだ……。これは抗えない……)
まぶたがストンと落ちる。
暗闇の中で、眼球は上を向いていた。
目の裏があったかくなり、トロトロとした眠りの海にハリーの脳は溶けて……。