肩こり解消40分コース ハリー2
「……そうか。セイラ殿、先ほどの非礼は詫びよう。引き続ぎ、肩を頼む」
ハリーは実力のある者には、敬意を払う。それが戦場の流儀だからだ。
「はい、かしこまりました。それでは、針井様。うつ伏せになっていただけますか」
「む? こうか」
指示通りにハリーは、ベッドに横になった。凹型の枕は、顔を圧迫しないための形だと気づく。
女は彼の背中を確かめるように撫でると、肩甲骨のきわの辺りを拳で叩き始めた。
トントントントン……トトトトト……タンタンタン、ダダダダダダッ。
固くこわばった背中の筋肉が、リズミカルにほぐされる。
うつぶせの両肩に手を入れられて、グッと持ち上げられた。
さらにそのまま、左右にグラグラと揺らされる。
グッ……グイ、ギュ……ググゥーー~~。
グリッ、グリュン、グリュ、グリン……グリィ、ペキィ。
体重で肩が吊り上がり、肩甲骨が寄せられた。
自重がそのまま刺激となって、揺り返しのたびに背中の裏がグリグリと揉まれる。
(ぐぅう、そ、そこだ! ずっと重かった場所。き、効くぅー……!)
さらには腰の上、胃と肺の中間ぐらいに手が添えられて、垂直に体重をかけられた。
ググゥ、グゥ……パキ、ポキ! ……グキ。メキン!
背中の骨が音を立てて軽く軋み、それが実に心地良い!
肺が押されてハァと息がもれ、凹型枕の内側に熱く溜まった。
後頭部、髪の生え際。首筋に親指をそえられ、思いっきり押し込まれる。
ギュギュ……ムギュッ! ムギュ、ムギュ……ギュウゥ……!
めまいに似た刺激が走る。目の奥が白くなり、偽物の光がチカチカと明滅した。
次々と繰り出される手技の数々に、ハリーは頭がクラクラするような快感に酔う。
(き、気持ちいい……! なんて気持ち良さだ! 肩を揉まれるとは、こんなにも強い刺激を感じるものか……?)
肩揉みを頼んだ部下たちは、固い部分を力を込めてゴリゴリ揉んで、柔らかくしようと頑張っていた。
しかし女の手は鋭く的確に、筋肉の間を狙って入りこみ、奥の奥に圧を与える。
力自慢の部下たちよりも、よっぽど強く刺激を感じる。
「針井様。次は、仰向けになってください」
指示通りにゴロンと寝返ると、背中側の肋骨に指を引っ掛けられて、右腕を持ち上げられた。
「少し、痛いですよ」
少し、痛いですよ。ハリーはその言葉に、なぜかワクワクしてしまう。
腕がグイッと引き上げられる。
ビリっと電流のような痛みが、肩から腕にかけて走った。
(むっ。確かにこれは、『少し』痛い……っ!)
女が腕を上下に動かすたび、鋭い痛みがビリビリ走る。
しかしそのうち痛みは消えて、同じところを押されて腕を回されても、平気になった。
さらに女の指は、腕の親指側、肘の少し下をグリグリと抉る。
そこからもビリビリと痛みが走り、腕全体がしびれるような感覚に包まれた。
さっき言ってた、『ツボ』という奴だろう。
女が拳、指の第一関節を腕の付け根、肩の先。胸の筋肉の始まり辺りに当てて、グリグリと上下に押し込んだ。
グチッ、グチ……グリュ、グチン!
ゴリゴリに凝り固まった繊維が少しずつほぐれていく……。
左側も同じようにほぐされると、ベッドの上に上半身を起こされる。
頭を両手で挟みこまれて、可動域を確かめるように左右に回される。
パキ、パキン。ポキィ、パキッ……ポキ。
女が手を離した。どうやらこれで、施術は終わりらしい。
少々の気怠さは残るものの、肩がスッキリと軽くなっており、ハリーはすっかり感心した。
「おお……っ! す、素晴らしいぞ、セイラ殿! ここまで肩が楽になったのは、いつ以来だろう!?」
しかし、笑顔のハリーとは対照的に、女の表情は浮かない。
「申し訳ありません、針井様。肩こりを取りきれませんでした。お背中を触ってわかったのですが、針井様の肩こりは、もっと根本的な原因があるようです」
「原因だと?」
「はい。針井様は、何かスポーツをやっておられますか? 例えば、格闘技とか」
「剣の鍛錬は欠かしたことがないし、敵と打ち合うのも常日頃だな」
「おそらく、それが原因です。あとニ十分あれば、コリの根本を矯正できるのですが……」
悔し気に言い、しばしの沈黙を挟んでから、女は顔を上げだ。
「針井様。お時間、延長なさりませんか?」
「む。延長か……できれば俺も、そうしたいのは山々だ。が、残念ながら財布を持ってきていない。後でもよければ、部下に金を届けさせるが……この店、ツケはきくのか?」
「あ、いえ。当店、後払いのシステムはございません。では、針井様。真に残念ながら、ここで終了と――」
トゥールルルルルルル……トゥールルルルルルル。
女が終了を宣言しようとした、その瞬間。
そんな奇妙な、笛とも鳥の鳴き声ともつかぬ音が、部屋に響き渡った。
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