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肩こり解消40分コース ハリー1

「クソ……。肩こりがひどくて(かな)わんな」


 三十六才のハリー・シュローダーは鎧を外し、そう呟きながら肩をボキボキと回した。

 若い頃は肩こりとは無縁だったが、三十路(みそじ)を超えたあたりから重くなり、今では首を左右に捻るだけで盛大に音が鳴る。

 最近では右腕を持ち上げると、ピキリと引き()る痛みまで感じる始末だ……。

 これ以上ひどくなったら、剣を持てなくなるかもしれない。


「そうなったら、俺も前線を引退か。西の大地にその人ありと(うた)われた、猛将ハリーにトドメを刺すのが肩こりとはねぇ。……まったく、情けない話だ」


 そんな風に、ひとりごつ。

 彼は荷物から祭具(さいぐ)を出して、簡易的な祭壇(さいだん)を仕立てると、手を組み神への祈りを捧げた。

 就寝前の習慣である。

 すると辺りがパアッと光に包まれて、見知らぬ場所にいるのに気づいた。


 ガラスの扉と、金属の扉がある。どちらも両開きだが、取っ掛かりのようなものはない。

 ガラスの向こうは白い部屋で、そこに白衣の女がいた。

 ハリーは(いぶか)しみつつも、白衣の女に声をかけようと近づく。するとガラスの扉が彼を招き入れるように、スルスルと開いたのだった。


「いらっしゃいませ! リラクゼーションサロン高天原(たかまがはら)へようこそ。当店は、完全予約制になっております」


「予約だと?」


「はい。お名前を伺うかがってもよろしいでしょうか?」


「俺は、ハリー・シュローダー」


針井士郎(はりいしろう)様。はい、ご予約を承っております」


「なんだと!? そんな事をした覚えはないぞ」


(じん)様という方が、インターネット経由でご予約しておりますね。料金もすでに頂いてます。肩こり解消四十分コースですね。こちらへどうぞ」


 怪しまないでもなかったが、振る舞いに敵意は感じない。

 それに、『肩こり解消』という言葉が気になった。


 ハリーが通されたのは、清潔なベッドと凹型の枕がある部屋である。

 しばらく待ってるように言われてベッドに腰かけていると、ほどなくしてノックされ、入ってきたのは薄いピンクの服を着た女性だった。


「失礼いたします。本日、担当させていただく瀬浦(せうら)と申します。よろしくお願いします」


 頭を下げる彼女を見て、ハリーはあからさまにガッカリした顔をした。


「なんだ、女か……。おい、セイラと言ったな! 俺はいつも、力自慢の屈強な部下たちに肩や腰を揉ませている。だが、それでも物足りん。お前では力不足だ。下がれ」


 女はその言葉に、不敵な笑みを浮かべる。


「針井様。私でご不満ならば、担当を変えることもできます。ですが、コリというのは力で揉めばいいのではございませんよ」


「なにっ?」


「筋肉や骨の付き方、リンパの流れ、筋膜(きんまく)のはがし方、ツボの位置。コリをほぐすには、知識や経験がものを言います。もちろん力が必要な場合もございますが、適切な個所さえ刺激できれば、女性の力でも十分なのです」


 女は自信満々な顔で、そう言い切った。

 ハリーには、戦場での経験があった。

 相手の態度を見れば、その実力の八割は見抜ける。

 今の女の言葉と表情は、強者のそれだと感じられた。


「ほほう! 言うではないか。では、セイラよ。その細腕でどこまでできるか、試してもらおう」


「かしこまりました。では、私が施術させていただきます」


 彼女はハリーの背後に回って、肩と首の辺りを揉みだした。

 ギュッ……ギュ、グニ、グニ……グイッ。

 女の指は細かったが、思ったよりも力がある。だが、やはり表層を押されているようで、物足りない。

 ハリーはもっと奥、『筋肉の中』を揉みほぐして欲しかった。


(なんだ、こんなものか……)


 ハリーはガッカリしつつ、フッと息を吐く。

 と、首と肩を往復していた女の手が、ピタリと止まる。

 親指が、首の付け根と肩と背中の、ちょうど中間に添えられて……。


「ここですね」


 グリグリグリグリッ!


「う、おおおおおっ!?」


 女の指が回転しながら、肩の奥に入ってくる!

 ハリーは思わず声を出した。

 そこに鈍い痛みと気持ち良さの塊があり、指で圧迫されて染み出てくる……そんな感じだ。

 女の指は止まらない。容赦なく、コリの塊を押し潰す。


「あっ、はぁあああーー~~……っ!」


 我ながら気持ち悪いと思いつつ、ハリーは声が止められない。

 痛気持(いたきも)ちいいが限界に達し、痛みの方が勝りつつある……。

 鼻の奥がツンとして、目の端に涙が滲む。


(いっ……いたたたっ! いだっ……う。やめっ……!)


 ふ、と。女の指が離れた。

 圧迫されていた場所に血液が集まり、カーっと首筋が熱くなる。

 じんわりした開放感が、背中と首と後頭部に広がって行く。


「はぁ……はぁっ。な、なんだ、今のは……?」


 呆然としたハリーが息を落ち着けていると、女はニコニコと笑いを浮かべて言った。


「トリガーポイントです。ツボとも言いますね。真っ直ぐ押すと指が入って、グーっと効くのがツボです。針井様は、先ほど女の力では物足りない、とおっしゃいましたので。ちょっと実演させていただきました」

受付のお姉さんは一回耳掃除した方がいいと思う方は、ブクマと評価をお願いします。

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