イヤーエステ60分コース アンナ3
「……エドガーさん?」
立ち上がって辺りを見回してみるが、あの手が綺麗でブルーの服を着た男はいない。
代わりに遠巻きにしていた侍女やお付の者が、いぶかしげな視線を向けた。
その時、アンナのドレスの裾から紙が一枚ポロリと落ちた。
彼女は身をかがめて、それを拾い上げる。
「こ、これは……!」
それは一枚の絵であった。フワフワの白い雲のような布の上に、黄色や茶色の垢がたっぷり乗ってる。その下には見たこともない、文字のようなものが書かれていた。
彼女は知る由もないが、それはポラロイド写真と呼ばれるもので、マジックで書かれたのは『こんなに取れました!』という日本語である。
アンナは素早く絵を懐に隠し、辺りをキョロキョロと見まわす。
「夢みたいだけど、夢じゃないわ」
その証拠に、耳の奥の不快感がキレイサッパリ消えている。
それにあの甘くて良い匂いのオイルの残り香が、まだほのかにするのだった……。
アンナは入り口いた衛兵に、エドガーという男が出て行かなかったかと尋ねた。
「エドガー!? 姫様。それはどなたでしょうか!?」
「ちょ、ちょっと……あなた、声が大きいですよ!」
衛兵の声の大きさに、アンナはビックリした。
叱られた衛兵は、キョトンとした後で申し訳なさそうに声を落として言う。
「ハッ。す、すみませんでした、アンナ様……」
「次からは気を付けてくださいね」
衛兵と別れて、他に知ってそうな人はいないかと歩き出すと、侍女が何か言いたげにモジモジしていた。
「どうしたのですか? 気になることがあるなら、遠慮なく言ってください」
「はい……ええと、その。恐れながら姫様は、ずいぶん前から声を張り上げないと、お返事なされないことが多くって。先ほどの衛兵に、悪気はなかったと思うのです」
そう言えば、今日は風のそよぐ音が聞こえる……。
チュンチュン……ピチチチ。
耳をすませてみると、どこかで楽し気に遊ぶ小鳥たちの歌が響いた。
温かな陽の光に照らされた中庭には、自然の音が満ちていた。
その夜、アンナは自室で耳垢の写真を取り出して、それを見つめてホウと息を吐く。
(どうして? 自分の耳垢なんて汚くて恥ずかしくて、もう二度と見たくないはずなのに……誰にも見られちゃいけないのに。どうして、わたくしはこの絵を見てしまうのかしら……?)
ドッチャリ取れた耳垢を見つめていると、耳の奥にあの時の快感が蘇る。
ゴソゴソと探る音、耳垢をこそげ落とすカリサクという音。
怖かったはずのハサミの音まで、今は全部が懐かしい。
「あの場所は一体……? エドガーさんには、どうしたら会えるの?」
また耳垢がたくさん溜まれば、あの人の元へ行けるのだろうか?
アンナは悩まし気にそんなことを考えながら、そっと己の耳の穴に触れた。
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