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②41話〜 (※編集中)

今から君たちには×××してもらいます

【小説41:話:魔力の誘導】


リオンに導かれて、ヒナは新たな部屋の扉を開けた。

そこには黒い壁紙とカーテンが重厚に垂れ下がり、大きなベッドが堂々と置かれていた。

部屋全体は黒で統一され、先ほどの白く無機質な部屋とは対照的な雰囲気を漂わせている。


ヒナは不安げに周囲を見渡しながら、部屋の中央に立つリオンを見た。

リオンは振り返り、軽い調子で口を開く。


「で。さっそくなんだけど。」

彼の視線がヒナを捉え、鋭い言葉が投げかけられる。

「ヒナくんにはエリンに抱かれてもらって魔力を育ててもらって覚醒を───」


「ちょ、ちょっと…!待ってください!」

ヒナは慌ててリオンの言葉を遮った。

「血液を貰うって話しですよね!?なんでそんな…!」


リオンは呆れたようにため息をつき、肩をすくめた。

「天使の覚醒を急いで進めるなら、愛が最高効率だって話したよね?

エリンも、この状況を見たらさすがに心変わりするんじゃない?君を奴隷みたいに搾取するのは嫌だとか言い出しそうだけどさ。」


リオンの目がヒナを試すように光る。

「でも、君が心から望んでそうしたいと思ってるって説得すれば、話は別だよね?

愛の告白でもなんでもいい。さっき“やれることがあるなら全力でやる”って言ったよね?主人の役に立ちたいんでしょ?」


ヒナは言葉を失い、視線を床に落としたまま拳を握りしめる。


「まー君にとっても悪い話じゃないと思うけどね。」

リオンは口元を歪めて笑いながら、さらに挑発するように続ける。

「愛する主人に抱かれて、天使として覚醒したら、さらに主人の役に立てる。

ヒナくんの願望も欲望も叶うってわけ。むしろ美味しい話だと思わない?」


ヒナの顔は真っ赤になり、か細い声で反論した。

「…でも、ご主人が説得に応じてくれるようには…ボクは思えません…。」


リオンは少し表情を引き締め、真剣な声で答えた。

「エリンに妹と会わせるよ。瀕死の彼女を見たら、エリンみたいなエルフでも一瞬、君に縋りたい欲は生まれるはずだ。

だって、彼女を救うにはそれしか方法がないんだから。」


彼の言葉には揺るぎない確信があった。

「納得して自分で決めてくれれば世話ないけど、洗脳まがいのことは あまりしたくない。

妹を助けても、精神的な負荷で もしエリンが死んだら、オレの苦労が水の泡になるからね。」


ヒナはリオンの言葉に戸惑いを隠せず、小さな声で尋ねた。

「どうしてリオンさんはそこまでご主人を…」


「あー、脱線はナシ」

リオンは手を振り、話を遮ると軽い調子を装いながら言い、そして唐突に、彼は真顔で提案する。


「それでさ、保険としてオレに抱かれてくんない?」


「えっ…!?」ヒナは驚きに目を見開き、言葉を失う。


「天使だったら2人くらい、毎日最大で魔力を注がれても壊れないでしょ。

種族として愛を受け入れるっていう特徴、才能があるんだから。」

リオンはヒナの動揺を無視しながら、説明を続ける。


「ただし、相手にどれくらい好感を抱いているかってのが条件にあるけどね。その方が効率がいい。

別に恋愛感情じゃなくても、友情とかでもいいし要は“好ましい”って思えば効率が上がる。」


リオンはヒナの顔を覗き込み、笑いながら挑発する。

「今、“大好きな主人以外に抱かれるなんて嫌だな”って思ったでしょ?」


「急いでいることはわかるよね?」

リオンは鋭い目を向けたまま、さらに畳みかける。


「でもそれこそ血液の提供でいいんじゃないですか…?」とヒナが遠慮がちに言うと、リオンは小さく鼻で笑った。


「天使が血液なんて飲んでも効率が悪いし、オレの血は飲ませないよ。

愛されることが天使の本能なんだから、精液摂取の方が断然効果的。」


そしてリオンはふと、ヒナを上から下まで眺めて言った。

「天使って体に男女両方の特徴があるよね?

それが羽根と同じく見た目でわかりやすい最大の証なんだけど、今、確認させてくんない?」


「デリカシーがない人ですね!」ヒナは顔を真っ赤にして叫ぶが、その瞬間、リオンの魔法で体を拘束されてしまう。


「まーまーヒナくん、減るもんじゃないし♪」

リオンは笑いながらヒナに歩み寄る。


「ヒナくんお願い♡ 全てはエリンとその妹のためなの♡ わかってほしいな〜?」

ワザとらしい作り声で甘えるようなその言葉に

ヒナは「できることなら全力でやる」と言った自分の言葉を思い出し、諦めの表情を浮かべるのだった。


【小説42話:計画】


ヒナはベッドの上で拘束されたまま、リオンがじっと自分を見つめているのを感じていた。

その視線に耐え切れず、目をそらそうとするが、リオンの存在感が圧倒的すぎて、どうしても気になってしまう。


「…へー。ほんとに天使なんだね。」

リオンが満足げに頷きながら言った。

「興味深いな〜。」


その言葉にヒナの顔はさらに赤く染まり、息が詰まりそうになる。


「ありがと、ヒナくん♡もういいよ」

リオンはワザとらしい声で言いながら、ようやく拘束魔法を解除した。


自由になったヒナは急いで身なりを整え、体を隠すように服の乱れを直す。


「じゃ〜協力よろしくね?」

リオンが軽い調子で言うと、小指を勝手にヒナの指に絡めてきた。

「オレとの事はエリンに内緒にするからさ♪」

無理やり約束を結ぼうとするリオンに、ヒナは戸惑いながらも手を振り解き、拒否の意思を示した。


リオンはそれを見て、くすくすと笑い出した。

「じゃあ計画通りによろしく、うまくいったらお礼はするよ。」


その言葉にヒナは不安を覚えながらも、黙って頷くしかなかった。


「エリンにも会いたいし、家まで送ってく。」

リオンはそう言うと、ヒナを軽々と抱き上げ、窓から飛び出した。


空を滑るように飛びながら、リオンはどこか楽しそうな顔をしている。

一方で、ヒナは不安と混乱で胸がいっぱいだった。


やがて遠くにエリンの屋敷が見えてくる。


「ヒナが出かけたから家に結界がないね。良かった。

エリンも魔力の消耗を抑えられるし、

『結界』の守護対象に自分が入ってるか気にしなくていいからオレも魔力削られる心配もないしね」



「着いたよ」

リオンの声で、ヒナは我に返った。


エリンの屋敷が目の前に迫っていた。

リオンは笑みを浮かべながら、ゆっくりと地面に降り立った。

そして、これから訪れるであろう出来事に心を躍らせているかのようだった。



【小説43話: 帰宅後の静寂】


玄関のチャイムが鳴り響き、エリンは出迎えるためにドアを開けた。

そこには、昨夜の出来事で印象に残るあの悪魔――リオンの顔があった。


「やぁ♪」

リオンがいつもの調子で軽く手を振る。


その瞬間、エリンの胸に昨夜の記憶がよみがえる。

あの静かな部屋、口に含んだ熱と心の重み、そして屈辱と安堵が混じった感情。


エリンの表情が凍りつき、次いで、リオンを睨むように見つめた。


「……どうしてリオンがいるの。」


言葉には冷たい棘が混じり、エリンはヒナを後ろに引き寄せ、肩を抱き寄せる。

その仕草は、親が大切な子供を守るかのように、ヒナを庇うような姿勢だった。


その手には、かすかな震えがあった。

けれどエリンはそれを必死に押し殺す。


一方のリオンはエリンの反応など意に介さず、しれっとした表情で軽い口調で言った。

「偶然だよ。ここに来る途中で、湖にヒナくんがいるのを見かけたから、送り届けてあげただけ。」


理由なんてなんでもいいでしょと言わんばかりの適当な理由。

その嘘を見破るかのようにエリンの目が細められるが、リオンは余裕の笑みを浮かべたままだ。


「ねぇ、エリン。」

リオンはふと真剣な表情を見せ、言葉を続けた。

「良い知らせがあるんだ。ちょっと1人で出られない?見て欲しいものがあるんだ。」


エリンは一瞬躊躇しながらも、ちらりとヒナの顔を伺う。その視線には心配の色が滲んでいた。


「…いいよ。」

エリンは小さく頷くと、ヒナに優しく声をかける。

「ヒナ、出掛けてくるから先に寝てて。」


その言葉と同時にエリンは、屋敷に強力な守備魔法である「聖域」を展開した。

その魔法が静かに空間を包み込み、ヒナを守るための結界が張られたのを感じた。



【小説44話:再会と提案】


重く閉ざされた扉の向こう。

空気はまるで呼吸を拒むように、冷たく張りつめていた。


扉を開いたのはリオンだった。

無言のまま先に足を踏み入れた彼の背中を追い、エリンは一歩──そして、そこで動きを止める。


視線が、奥のベッドに釘付けになった。


「……ミア……?」


その声は、息と共に崩れた。


光の差さない部屋。

白く乾いたシーツの上で静かに横たわる少女の姿。

その体は痩せこけ、まるで透けるほどに青白い肌は命の灯を薄く映しているようだった。


けれど、確かに、そこにいた。


──面影は、失われていなかった。


花を慈しみ、本を読むたびに涙をこぼしていた、あの優しい、か細い声の妹。

その記憶の中にいたミアが、ここに、眠っている。


「……生きてた……っ……」


膝が崩れた。

喉を押さえるように手が上がり、震える指の隙間から、涙が零れ落ちる。

言葉にならない叫びが胸の奥から込み上げ、エリンはただ、嗚咽を噛み殺した。


その姿を、リオンは黙って見ていた。

いつものように茶化すことも、声をかけることもせず、ただ黙って。


やがてエリンは、泣き崩れながら声を絞り出す。


「ありがとう、リオン……本当に……ありがとう……」


その言葉に、リオンの表情は変わらない。

かわりに、静かに事実だけを告げる声が返ってくる。


「ミアは結界張って眠ってる。

魔力は消耗していくのに、結界が外からの干渉を拒むせいで、魔力譲渡もできない。

治癒魔法も、どの種族でも軽度の治療しかできないから──普通なら、手の施しようがないよ」


エリンは、涙のしずくがまだ頬に残るまま、顔を上げた。

声に出さずとも、彼の瞳が「どうすれば」と問うようだった。


それに対し、リオンは迷いなく告げる。


「でも、エリンが“守る”覚悟があるなら、方法はある」


ぴたりと、時間が止まったように感じられた。

部屋の冷気が一層濃くなったように思える。


「……どういう、こと……?」


ゆっくりと、問い返すエリンの声。

それにリオンは、ごく自然な口調で言った。


「天使の治癒の力が必要だ。

エリンの覚悟次第では──ミアが助かるかもしれない」


その言葉に、エリンの肩が微かに震えた。


「エリンの魔力をヒナに注いで、天使としての本能を満たしてあげるんだ。

そうすればヒナは“成長”する。天使として、“力”に目覚める」


その瞬間。

エリンの表情が凍りついた。


血の気が引き、瞳に広がる絶望の色。


「……まさか……ヒナに?」


リオンは静かに、肯定した。


「そう。君の魔力を使って、ヒナを“育てて”あげて」


「待って……何を……言ってるんだ」


震える声だった。

理性が否定を叫び、心が受け入れを拒んでいた。


リオンは言葉を選ばず、核心を突いた。


「愛を与える行為でしか、天使は成長できない。

ヒナが覚醒しなければ、ミアは救えない」


「……単なる触れ合いじゃ足りない。

──必要なのは、“性愛”に基づいた魔力譲渡だ」

それは、正しく“選択”の提示だった。


「……できない……」

エリンは呟いた。

それは消え入りそうな声でありながら、はっきりと拒絶の色を持っていた。


「君は、僕に……ヒナを“道具”にしろって言うの?

大切な家族なんだよ、あの子は……

僕が……そんなこと、できるわけ──」


リオンは目を細めた。

静かな声で、優しさを含まずに返す。


「なら、その大切な家族に“協力”してもらえば?」


その言葉は、刃だった。


「“妹を助けてほしい”って、ちゃんと頼めばいい。

選べよ、エリン。

誰を助けるか。誰を救うか」


沈黙。

そして、ただ苦しく軋むような、エリンの胸の音だけが、部屋の中に響いていた──。

過去の痛みが、苦しみが、自身の罪が、

そして懐かしく穏やかな日々のことが鮮明に蘇る。


【小説45話:花と嘘の記憶】


──それは、花の香りと、やさしい風が吹く午後だった。


小さな手を引いて歩く感覚。

指先に、細くて温かい命の鼓動が伝わってくる。


エリンはミアと共に、エルフの街の本屋と花屋を巡っていた。

悪魔の城で奴隷として生まれて育ってきた

ミアとエリンは、たしかに救われた


自由に過ごせる。唯一の家族との幸せな日々。

自分にとってこんな穏やかな日常は夢のようで。


──いや、夢以上に現実味があって、かけがえのないものだった。


「兄さま、見てください……この本、聖書の続きが出てます……!」


ミアは声を弾ませ、小さな胸に本をぎゅっと抱え込む。

まるで宝物のように。目が潤んでいるのは、光のせいではなかった。


「本当だ。……よかったね、ミア」


エリンがそう言うと、ミアはふわりと笑う。

どこまでも純粋で、無垢で、眩しかった。


「──また、お家に帰ったら一緒に読みましょうね」


その言葉に、エリンはゆっくりと頷いた。


(こんな時間が……ずっと、続けばいいのに)


それは願いだった。

けれど、あまりにも脆く、甘すぎた願いだった。


──


帰路。

街外れの林道を歩く仲の良い兄妹。


その静寂を破ったのは、控えめな足音と、柔らかな声だった。


「……道を、お譲りいただけますか?」


視線を上げた先──


そこに立っていたのは、長い艶のある黒髪に赤と黒の和装を纏った少女。黒い猫の耳と長い尻尾。

薄紫の瞳が、月光のように妖しく光る。


その整った顔には微笑が浮かんでいたが、ぞくりとするほど“無垢”だった。


「わたくし、お願いに参りましたの。

……その子を、わたくしたちにお預けいただけませんか?」


ミアの手が、ぎゅっとエリンの袖を掴む。


次の瞬間、背後から──複数の気配。

結界術特有の、冷たく、足が張り付くような魔力の感触。


「……っ……!」


足が、動かない。

喉が、塞がる。

声も出ない。魔力がじわじわと失われていく…。

まるで透明な鎖に絡め取られたようだった。


(これ……エルフの、結界……!?)


「兄さまっ…!?」


ミアが叫び、振り返る。

だがその声は、誰にも届かない。


少女──猫又が一歩踏み出す。

その笑みが、慈愛にも、狂気にも見えた。


「……ご安心ください。命を奪うつもりはございませんのよ。少し、お話しを聞いてくださるかしら。」


「わたくしは……かつて悪魔城で生まれた奴隷でした。

猫の獣人とエルフの混血種として、意図的に作り出された、実験体ですの。

そして──脚を……両脚を、悪魔の“改良”という名の虐待で失いました」


「長寿のエルフは悪魔の支配の歴史をよくご存知でしょう?

あなた方のような、“精霊王の血”を引く純血のエルフでさえ あの城では奴隷として生まれ、


そして…育つことを許された。

──“恵まれた奴隷”ですわね」


「……知っていました?

あの時代、奴隷として捕まえた純血種を用いて、

強力な魔力を持つ混血種を生み出す計画が進められていたことを。


同時に、混血種の誕生を促すための“人体実験”も行われていました。

──失敗した命はどうなったと思います?」


「体が歪み、精神が壊れ、物のように捨てられていく……

あなた方のように美しく、使命を与えられて生きた者には、想像もできない痛みでしょうね」


その言葉の鋭さにミアの目に涙が浮かぶ。


「……でも構いませんの。

同じ“捕らわれていた者同士”ですもの。あなた方に罪はありません。

──わたくしたちが、絶望の果てにすがる場所がどこだったかというだけ」


「“あの方”は……わたくしに“歩く未来”をくださいました。

砕けた肉体を癒し、再び立ち上がる希望を与えてくださった。

……それだけではありません。

壊れた心にさえ、“意味”を与えてくださったのです」


ミアの腕を悪魔信仰のエルフ達が掴む。

震えたミアの幼い体から発せられる声はハッキリと拒絶していた。


「…いやです…!私は、もう兄さまのそばを離れたくありません…!」


「涙なら……いくらでも差し上げます……!

私は……家族と一緒にいたいだけなんです……!」


乱暴なことをしなくても、私は……協力します。

兄さまに酷いことしないで……お願いです……!」


猫又少女は、悲しげに微笑んだ。


「……そうですか。

ですが“家族”というものは、正しき秩序の中にあってこそ守られるもの。

“あなたの涙”は、その秩序を生む、尊い供物なのです」


そう言って、少女がミアの手をそっと掴む。

その所作に、暴力の色はなかった。


──それでも、抗いようのない強制力があった。


「どうか、わたくしにお任せくださいまし。

“あの方”の元へ、あなたをお連れいたします」


「──兄さまっ!!」


叫びが、空気を裂いた。


──でも、エリンの身体は、動かない。

声も出せない。助けたいのに、助けられない。


ミアの姿が──遠くなる。

連れ去られていく。


どんどん、小さく。遠く。手の届かないところへ。


幸せは、こんなにも簡単に壊れる。

こんなにもあっけなく──奪われる。


風が吹く。

花の香りが、取り残された静寂に、ただ虚しく漂っていた。



【小説46話:回想 孤独と背中】


──あの日の空は、ひどく蒼く澄んでいた。


エリンの視界は霞んでいた。

痺れた身体は地に伏したまま動かず、唇は震えても声が出ない。


──ミアを……守れなかった。


何度も脳裏をよぎる後悔の声。

瞼の裏には、泣きながら連れ去られていった妹の姿が焼きついて離れない。


足元には、落ちた本。

ミアが笑って手に取った、聖書だった。


──そのとき。


風の匂いが変わった。

木々がざわめき、空気が張り詰める。


ばさ、と空を裂く音がした。

黒い翼が舞い降りる。

真紅の瞳が、地に伏したエルフを静かに見下ろしていた。


「……何があった? ミアは?」


風に髪をなびかせながら、リオンが静かに降り立つ。


エリンの唇がかすかに動いたが、声にはならない。

ただ、必死に目だけがリオンを追っていた。


「……魔力の消耗と……動けない、声も出ない……“口止め”。呪術系の魔法か」


地面に落ちた聖書に気づき、リオンの表情がわずかに曇る。


「珍しい魔法なんて使って、随分親切な自己紹介(せんせんふこく)だね。

まるで“追ってきて”って言ってるみたい。」


近づいてエリンの額に手を当て、リオンは小さく息を吐いた。


「まずは……お前をどうにかしなきゃね」


ふわりと、身体が抱え上げられる。

エルフの少年の細い体が、羽のように軽くリオンの腕に収まった。


「帰るよ、エリン。」


──オレが城に戻ってる、たったそれだけの間に…

こんなことになるなんてね。


悪魔の黒い翼が広がる。

空へ舞い上がると、地上の景色が遠ざかっていく。


エリンは、かすかにリオンの背に額を預けた。


──温かい。


けれど、何も言えない。

謝罪の一言すら、言葉にできない。


(ごめん……)


その声が、心の中だけで何度も繰り返された。


──


帰還後、屋敷。


リオンはそっとエリンをベッドへ寝かせた。


「意識はある。死にかけってほどじゃない。

体の痺れも声も、次第に戻るよ。

“口止め”が効いてるから、喋れるようになっても情報は落とせないけどね」


窓辺に立ち、背を向けたままリオンはぽつりと呟く。


「……目を離したオレのミスだから、オレがミアを探す。

必ず見つけて連れ帰るから、エリンは待ってて。」


そして、部屋を出ようと踵を返したその時──


「……!」


リオンの腕を、細い手がそっと掴んだ。

その指は、震えながらも必死にリオンの袖を握っている。


「……相変わらず、回復早いね。

……何? 急いでるんだけど」


視線だけ振り返るようにエリンを見た。

エリンは、頼るように彼の背中にもたれかかっていた。


肩が、声もなく震えている。

何かを言おうとするたびに喉が詰まり、

やっと漏れたのは、かすかな謝罪の声だった。


「……っ、ごめん……」


絞り出すような、かすれた謝罪の声。

魔法の影響がまだ残る喉から、それでも届いた。


リオンは無言のまま、腕の重みを受け止め──

そして静かに、その手をほどいた。

そして何も言わずに、背を向けて部屋を出ていった。


扉が閉まる音が、やけに静かだった。


部屋に残されたエルフの少年、エリンは

かすれるように、唇だけ動し


「……ありがとう……」

その言葉と共に、涙がぽつりとシーツを濡らした。


それは、自責と感謝の境界に滲んだ、一滴の祈りだった。



【小説47話:誘導】


目の前で、ミアの手を離してしまった。

声も、力も、何も届かず。

ただ、震えるしかできずに奪われた、守れなかった自分がいた。


ミアの命はもちろん、救いたい。

リオンが、ノアが、命を懸けて探し出し、連れ帰ってくれた。

僕が躊躇している場合じゃない──…

それは わかっている、のに。


「……ヒナを傷つけたくない。天使の力を搾取するなんて、まるで奴隷扱いだ。強制させたくない。


それに、天使の羽根が生えて……今度はヒナが誰かに狙われるようになったら……」


呟くような声とともに、エリンは眉を寄せ、過去の記憶に沈む。

震えるほど苦しげな表情が、喉奥から吐き出した言葉の重さを物語っていた。


「──今度こそ守る。ヒナ本人の意思を確認する。

それでいいんじゃない?」


リオンの声音は軽やかだが、どこか確信を帯びている。


「オレからしたら、命以上に大切なもんなんてないと思うけどね。

失ったら取り戻せないんだし。」


エリンはリオンの目をまっすぐに見返すことができなかった。


「……奪った側が言うもんじゃないけどさ。

事実は変えられないんだし。


過去を乗り越える、意味を持たせる。

そうじゃなきゃ、誰も報われない。


過去は落ち込んだり立ち止まる為にあるわけじゃない。

活かす為に使うから価値がある。

そう思うしか、ない。」


ふっと目を伏せたエリンの頬が引き攣る。

リオンの過去を、彼は少なからず知っている──。


奴隷の天使との接触、

そして実力主義の悪魔の国の王─自分の父親を殺し、

父が築いた奴隷社会を変えたその蛮行の果てに、

リオンが何を背負ったのか、


その一端を、知ってしまっている。


「……。」


「今、心が痛いって立ち止まってる暇ないよ?」


静かな一言が、刃のように胸を抉る。


「この先、エリンは何百年も──その遠い過去の記憶に縛られるの?

オレが繋いだ命って、意味なかった?

死ぬほど辛くて、ただ生きてるだけなの?」


ぐっ、とエリンの喉が鳴った。

リオンの言葉はまるで問いかけのようで、それでいて告発のようでもある。


──「死にたいのか?」「救いたくないのか?」

その問いの裏にある願いを、彼は気づいていた。


(そんなこと、ない……)


心の中で呟いた瞬間、リオンはあっさりと話題を変えた。


「……オレがヒナに譲渡してもいいよ。」


唐突に放たれた一言に、エリンは驚いて顔を上げる。


「ただ、同一の悪魔が継続的に譲渡すると、精神汚染のデメリットが出る。

今ミアの涙を使った精神安定剤なんて、そう簡単には手に入らないし。」


「無害なエルフで、ヒナから信頼されてるエリンが適任だと思うけどね。」


──その言葉は、責任を押し付けるのではなく、

エリンの「選択」を促す言い方だった。


(リオンは……いつもそうだ。

僕を……否応なく“選ばせる”)


リオンがミアを探してくれている間、

今はとても貴重なミアの涙が原料の精神安定剤を送ってくれたことも、思い出す。


助けられてばかりの自分が悔しかった。

リオンに任せてばかりでは、自分はもう何者でもなくなる気がして──。


(誰かを……僕の手で、守れるように……)


そっと視線をミアに向ける。

静かに眠る彼女の顔が、再び笑顔を浮かべる日がくる──

そう信じたい。そう信じさせてくれたのはリオンだ。


「……わかったよ、リオン。」


小さな声。だがその声には、明確な決意が宿っていた。


「ミアのこと、本当にありがとう。

でもヒナのことは……本人に説明して、意思を確認してから決める。」


拳を握る。


「ヒナは優しいから……ミアの命を前に、無理をしそうで怖い……。

でも、できる限りヒナにも寄り添いたい。心の傷を、作りたくないんだ。」


その言葉に、リオンは笑いを堪える



(──本人にはもう交渉済みだけどね)


心の中で、愉快そうに呟く。


単純、素直なヒナより、

真面目で頑固なエリンの方が交渉するの多少面倒だったんですけど、と内心でほくそ笑む。


──面白いなぁ…。自分の欲には抗うくせに、

ちょっと弱ったフリして見せたら

簡単に同情して要求を飲んでくれる


善良性っていいね、

そのままずっと失わないで欲しいよ


扱いやすいから。



似たもの同士のようなヒナとエリンの素直な善良さを認め、笑う一方で、

面白い、関わりたい、揺さぶって試して、本心を引き出したい、

もっと観察したい、そして…壊したい…

悪魔の欲求が湧き上がる自分に気づいていた。


精神の成長は魔力の器を育てる…

天使も精霊王の子供も今後が楽しみだとリオンは笑みが漏れそうになるのを抑える。



「ヒナはきっと、わかってくれるよ。

"大切な家族"なら"支え合って"くれるんだよね?」


意図的に、エリンの信念に沿った言葉を重ねる。


「ヒナも、エリンだったら──嫌がらず、受け止めてくれるよ。人を救いたいって気持ちは一緒でしょ。」

目を細め、語尾を甘く落とす。


その声音に、エリンは気づいていない。

これは“お前のための選択肢”に見せかけた、リオンの導きだということに。


「帰ろう、エリン。」


リオンの声に、エリンは静かに頷いた。


「ミアの安全は、オレが守るから。

ヒナのことは──頼むよ。

……エリンにしか、頼れないからさ。」


それがどれほど誘導的な言葉でも、エリンには届いてしまう。

“頼られた”という事実が、彼の中で何よりも強い動機になってしまう


そのわざとらしく甘く囁かれた一言が、

誘惑の魔法のように、静かに、そして深く、

エリンの胸に沁み渡っていくのだった


────────────────────


どれくらいの時間が経っただろうか。


エリンとリオンが屋敷を出てから、ヒナはずっと落ち着かないままだった。

覚醒の話、リオンの提案、そして──

自分の知らないところで何かが決まっていくような、胸のざわめき。


考えれば考えるほど、緊張がじわじわと胸を締めつけていく。

指先は冷たく、息をするたびに喉が詰まりそうだった。


──その時、不意に玄関の扉が開いた。


「……っ!」


ビクッと肩を震わせたヒナが顔を上げると、

ゆっくりとエリンが扉の向こうに立っていた。


「…ただいま。」


穏やかなその声には、けれど微かな疲れがにじんでいた。


ヒナの瞳が揺れる。

ふと、リオンの言葉が脳裏をよぎった。


(“ミアの命を救うために──”)


その後ろから、ひょこっとリオンが顔を覗かせる。

ヒナと目が合うと、にやりと口元を上げ、ピースサインを送ってきた。


(…っ)


胸がドキリと跳ねる。

それは、秘密を共有してしまった後ろめたさか。

それとも、誰にも言えない何かが、心に残っているせいか──。


「じゃ、オレはこれで♪」


軽い調子でそう言って、リオンはあっさりと屋敷を後にした。

玄関の扉が静かに閉まり、再び、空気が静寂に包まれる。


その場に立ち尽くしていたエリンが、小さく息を吐く。

ほんのわずかだが、その肩が落ちているように見えた。


ヒナは胸が詰まるような思いで、思わず駆け寄った。


「あのっ…ご主人、紅茶でもどうですか?それか…お風呂の支度をしますか? どちらでも準備します!」


あたふたと動きながら、ヒナは懸命に笑顔を作る。


どうにか、何かしたい。

疲れて見えるご主人のために、少しでも癒しになれたら。


エリンはそんなヒナに微笑み、小さく頷いた。


「……じゃあ、紅茶をもらおうかな。」


その一言に、ヒナはほっと息をつくと、慌ただしくキッチンへと向かう。

背を向けながら、手早く道具を並べ始めるその小さな背中を見て──


エリンはふと目を閉じ、ソファに身を預けた。


ただ、静かに。

ヒナの気遣いを感じながら、ほんのひとときだけ、まぶたの裏に安らぎを求めるように。


──そして、夜は静かに更けていく。



【小説46話:決意の夜】


静まり返る深夜のリビング。雨の音だけが静かに降り注ぐなか、エリンとヒナは向かい合って座っていた。


テーブルの上に置かれたカップからは、かすかに湯気が立ち上っている。ヒナはぎこちなく手を膝の上で重ね、エリンはその様子を静かに見守っていた。


「ヒナ。話したいことがあるんだ」


そう言って、エリンはゆっくりとヒナの前に紅茶を置く。静かな声で続けた。


「……僕には、ずっと探していた人がいる。妹なんだ。名前はエレンミア。」


ヒナのまつげがふるえ、ほんの少しだけ肩が動いた。


「その子、ミアは……今、結界を張って眠り続けているから魔力が減り続けてる。


…特殊な結界の影響でミアに魔力を分けられないんだ。……だから、天使の治癒の力が必要なんだ…」

エリンはそう言って視線を伏せた。


ヒナは、少しだけ目を泳がせた後、小さく口を開いた。


「……湖で、リオンさんと会いました」


「その時に……妹さんのこと、聞いたんです。

ご主人様が、大切な人を救おうとしてるって……」


「ボク、自分が天使だって知って、ずっと戸惑ってばかりで。

でも……誰かを救えるなら、この力も……意味があるって思えたんです」


ヒナの声は少し震えていたが、その言葉はまっすぐだった。


「……それが、ご主人様の力になれることだったから……」

ヒナの手が、そっと胸元を押さえた。


「ボク……嬉しかったんです。ほんとに……」


「自分の居場所も、意味も……ようやく、見つかった気がして……

だから…ご主人様に譲渡してもらえるなら…嬉しいし、怖くないって、思えます…。」


その言葉を聞いた瞬間、エリンはふっと目を伏せた。


(……ヒナは、こんなにも真っ直ぐに僕を見てくれる)


それなのに僕は──……この子を、ヒナの優しさを使おうとしてる

天使の力が欲しいから、ミアの命を助けたいから、ヒナに譲渡するなんて…


まるで……使うために愛するみたいじゃないか……

そんなのは、違う。僕は──




ヒナが、心配そうにこちらを見つめていた。


エリンは、その視線に気づいて微笑んだ。

やさしく、いつも通りに。


「……ありがとう。

僕達のことを大切に想ってくれるのは…本当に、嬉しいよ。」


そう言いながらも、エリンの目元にはほんの少しだけ影が差していた。

それは微笑みに隠された、やわらかい痛みのようにも見えた。


「でもね、ヒナ。……誰かのために、って言葉はとても尊いものだけど、

それだけが君の価値じゃない。


その優しさが君自身を追い詰めることにならないように、してほしいんだ。

君は君であるだけで、僕にとってはかけがえのない存在なんだよ。」


ヒナが一瞬、目を見開いた。何かを言いかけたが、その唇は静かに閉じられた。

ただ、まるで安心したように、小さく頷いた。


エリンは少しだけ体を前に傾け、机越しに優しく微笑んだ。


「僕が望むのは──

君が自分の気持ちを無視せず、一緒に進んでくれること。

不安があったら言って欲しい。頼って欲しい。


だから……無理だけはしないって、約束してくれる?」


ヒナは一瞬だけ、目を伏せた。


でもすぐに顔を上げて、しっかりとした声で答えた。


「……はい。

ボクは ずっとご主人様に守ってもらっていて……。

ご主人の役に立てることが嬉しいんです…、この気持ちは本当です…。


それに…本当に、嫌、じゃありません…。

ご主人と、一緒なら…。」


ヒナは、そっと両手を胸の前でぎゅっと握った。

指先が、かすかに震えている。

それでも、目を逸らさずにエリンを見つめていた。


エリンは、小さく息を吐き、ほんの少しだけヒナの手に触れた。


指先が触れた瞬間、ヒナは一瞬だけ息を呑んだ。

でも、逃げるようなそぶりはなかった。


むしろ、触れてくれたことが――ほんの少しだけ嬉しそうに見えた。


「…わかった。ありがとう、ヒナ。

君がそう決めたなら、僕が責任をもって導くよ。

でも──もし少しでも不安になったら、すぐに言って」


「……君に、不安なままでいてほしくないんだ。

ひとりで抱えさせたくない。」


ヒナは、そっと唇を引き結び、ほんの少しだけ俯いた。


「ありがとうございます…。

でも…あの……ボク、

まだ……よく、わかってないことも多くて……」


指先がきゅっと胸元を握る。

迷うように、小さく震えていた。


ゆっくり顔を上げるヒナの頬は、赤く染まっていた。


「……その……魔力を、誰かから分けてもらうの……ボク、初めてで……」

「どんな感じなのかとか……ほんとは、全然、わかってなくて……」


そう言いながら、ヒナは小さく身体を寄せた。

エリンの袖に、そっと指先が触れる。


「でも…ご主人様がそばにいてくれたら、

きっと……大丈夫、なはずです…。」


「……うまくできるか、わからないけど」

一呼吸、間が空いた。

ヒナの肩が、すこしだけ上下する。


「ボクに……教えてください」


ヒナのその言葉を受けて、エリンは ほんの一瞬だけ息を呑んだ。


ヒナのまっすぐな瞳に、何かを押し殺すようにまばたきを一つだけ落とし──

それから そっと微笑み、


ヒナの不安や緊張ごと、エリンはそっと──けれどしっかりと抱きしめた。


ヒナの体温が、胸元にじんわりと伝わる。

その温もりが、なおさら罪のように感じられて……けれど、離すことはできなかった。



『家族』なのに──…。

本当なら守るだけでよかった。

必要以上に触れたり、求めたりする立場になんて、なりたくなかった。


本当は、こんなこと……絶対に頼むべきじゃない。

ごめんね、ヒナ。

君をそんな役目に巻き込むなんて…。


……それでも。

償いは なんだってする。

ヒナのために僕にできることがあるなら──全部、差し出す。


だからお願い……

ミアを、助けたいんだ。



雨音がすべてをそっと包むように降り続けていた。

その音の中で──ふたりの静かな覚悟が、確かにひとつ、結ばれようとしていた。



【小説47話:優しさの代償】


屋敷を囲む静かな雨音が2人を優しく包み込むように響いていた。

心の中まで濡らすような、そんな夜だった。


ヒナは自室の扉をそっと開けた。

エリンと共に部屋へと足を踏み入れると、彼はヒナに続いて静かにドアを閉めた。


白いカーテン越しに差し込む月明かりが、室内をぼんやりと照らしている。

その柔らかな光がカーテンに滲み、部屋全体を優しい雰囲気で包み込んでいた。


壁際に置かれた小さな棚には、本がいくつか並んでいる。ご主人に初めて貰った星の本、本屋で買ってもらった製菓の本。


今では少しずつその数が増え、

どれも とても大切に扱われているのがわかる


──あの日。

ご主人が事前に気遣いを込めて準備してくれたこの部屋に、ヒナは彼の温かい心を感じた。

その時から、この場所はヒナにとってただの部屋ではなく、安心できる特別な空間となっていた。


そして今でも、その気持ちは変わらない。

むしろエリンの優しさに触れるたび

ヒナの胸には何度も「好き」という想いが生まれ、

それが積み重なっていった。



エリンはベッドの端に腰を下ろし、ヒナが隣に座るのを待っていた。

少し緊張して隣に座った面持ちのヒナを見て、エリンはそっと腕を伸ばし、彼を優しく抱きしめた。

そして、頭を包むように撫でる。


ヒナはその温もりに身を委ねながら、視線を下に落とした。

「好き」と伝えたい気持ちが胸の奥に溢れていたが、どうしても言葉にはできなかった。


もしかしたら、もうとっくに気づかれているのかもしれない──。

でも、ハッキリと自分の口から想いを伝えることはできなかった。


もしその想いを口にしてしまえば、

ボクのことを家族として大切にしてきてくれた優しいご主人は…どう思うだろう。


それに、何より、


拒まれることが怖い……。


─ヒナは心の奥に想いを秘めることを選んだ。




胸がぎゅっと詰まる。

沈黙が落ちる。


その静けさに、ヒナの心臓の音だけがやけに大きく感じられた。


「……あの、ご主人様……」


声を出すだけで喉がきゅっと締まる気がした。けれど、ヒナは両手を膝の上で握りしめ、懸命に言葉を紡いだ。


「その……天使の体液って、前にリオンさんが“特別な効果がある”って……言ってて……」

「……ボクの、もし……役に立つなら……その、使ってください……」


唇が震える。顔が火照る。

恥ずかしさで頭が真っ白になるけど、それでもエリンの力になりたかった。


ほんの一瞬でも、自分が“必要とされる”ことが嬉しかった。


ヒナの言葉に、エリンはわずかに目を伏せた。

しばらく黙ったまま口を開くことができなかった。


喉が、何かを言おうとしては躊躇い、それでも静かに動く。


「……ヒナ、ありがとう。その気持ち、受け取らせてもらうよ」


その言葉にヒナは思わず安堵の息をついた。

自分の役目があるのだと、ほんの少しでも思えたから。


(……ご主人様のために、何かできるなら──それだけで……嬉しい)


ボクは誰かに“そういう目”で見られることなんてない。

……でも、役に立てるなら──。


───────


エリンが小さく喉を動かし、天使の媚薬(せいえき)を飲み込む。

そして…空気が変わった。


エリンの肩がわずかに震え、頬を赤らめ目の奥に静かに熱が宿る。


「……ヒナ」


名を呼ばれただけで、ヒナの心臓は跳ねた。いつもと違う、低く掠れた声。

その音色に怖さはなかった。

ただ、戸惑いと──そして、なぜか胸の奥がじんわり温かくなる。


エリンの手がそっと頬に触れる。


その指先は熱を帯びていて、優しくて、でもどこか切ない。

一瞬、エリンの瞳が迷うように揺れた。


けれど、ほんの僅かに顔を逸らし、

唇はヒナの頬へと静かに触れた。


少しだけ胸がぎゅっとなる。でも、悲しくはなかった。

求められるわけじゃなくても、それでも優しさをもらえたことが嬉しかった。


(これが……“愛される”ってこと……なのかな)

ほんの一瞬でも、そう錯覚してしまいたかった。

勘違いでもいい。

求められる喜びに、今だけ浸っていたかった。


ヒナは目を閉じた。

そのまぶたの裏に、熱を宿したエリンの気配だけが静かに灯っていた。


─────────────


ヒナは静かに、安らかな寝息を立てていた。

布団にくるまれ、満ち足りたような顔で眠っている。


(……眠れたんだね。よかった……)


エリンはそっとその髪を撫でた。柔らかく、細く、まるで羽のような白い髪。

いつもより近い距離で触れるそれは、

何よりも純粋で無垢に見えて──だからこそ、心が痛んだ。


「……ごめんね。無理、させてしまったね」


その声に、返事はない。

そしてエリンは、自分の心の奥をそっとこぼすように語る。


(……守りたかっただけなのに……。

それなのに、どうして……)


罪の感情が胸を蝕む。


(この子は、きっと……僕を責めない。優しいから。僕を、許してしまうから)


だからこそ苦しい。

どれだけ優しくされても、それが全部、自分の都合でしかなかったのではないかと──その考えが離れなかった。


“家族”として傍にいたいだけだった。

なのに──こんな形でしか繋がれなかった自分が情けなかった。



エリンの指先がヒナの前髪をそっと整える。

その仕草は、眠る子どもをあやす親のように優しい。


でも、その奥にあるのは

許されないという自覚と、償いの始まりだった。


外の雨は、まだ止む気配を見せなかった。



【小説48話:朝の花は、まだ蕾のままで】


──どこかで、鳥の声がした。

静かな夜が終わりを告げ、部屋に雨上がりの淡い朝の光が差し込んでくる。


ヒナは、まどろみの中でまばたきをした。

すぐ傍に、微かな衣擦れの音と、優しい手の温もり。


「……おはよう、ヒナ」


耳元で、囁くようにかけられた声。

驚いて顔を上げると、そこには変わらぬ微笑みを浮かべたエリンの姿があった。


「ご、ご主人様……っ」

驚いて身を起こそうとするヒナの肩に、そっと手が添えられた。


「無理しなくていいよ。まだ少し、疲れてるかもしれないから……」


その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

(……優しい。ご主人様は、いつだって──)


けれど、どこか夢を見ているような感覚もあった。

顔が近い。目が合う。触れてくる手があたたかい。

まるで、恋人みたいだと──思ってしまいそうになる。


(……違うって、わかってるのに)


ヒナは自分の両手をぎゅっと握った。

一瞬の夢を壊さないように、黙って笑って見せた。


「……体、痛くない?」


エリンの声は、変わらず柔らかい。

それが嬉しいのに、どこか遠い気がした。


「……はい。大丈夫です、ご主人様」


「…そっか。よかった」


安心したようにエリンは小さく息をつく。

でも──それ以上は、何も聞いてこない。


昨夜のことには触れず、まるでそれが“なかったこと”のように、微笑んでくれる。


それが、優しさだとわかっている。

でも、少しだけ──寂しかった。


「……ねえ、ヒナ」


「……はい」


「朝食、一緒に食べようか」


その提案にヒナは一瞬、胸が温かくなるのを感じながら

「……はいっ」と小さく頷いた。


──────


ヒナはぎこちなくも嬉しそうに小さな手でテーブルの準備を始める。

食器をそろえ、パンをお皿に並べる。

その動作ひとつひとつが、どこか慎重で丁寧だった。


「今日は……庭で朝食にしようか。天気もいいしね」


エリンのさりげない提案に、ヒナは少し驚いたように目を瞬かせた。

けれどすぐに、柔らかく微笑んでうなずく。


紅茶のポットや、焼きたてのパン、果物が乗ったトレイを2人で手分けして持ち、静かに庭へと向かう。



外に出ると、朝の空気はひんやりと心地よく、風がほんのり草花の香りを運んできた。

青空が高く広がり、どこか祝福されているような清々しさがあった。


庭の中央には、手入れの行き届いた花壇があり、そこに植えられたガーベラが小さく蕾を膨らませていた。


「……ヒナと一緒に植えたガーベラ、蕾をつけたんだね」


エリンがふと花壇に視線を落とし、そっと呟いた声は、どこか満足げで、優しかった。

その言葉に、ヒナも自然と笑みを浮かべ、小さく頷いた。


2人はしばし、言葉を交わさずに紅茶を飲みながら、庭の空気を味わう。

小鳥のさえずりが、静かに、けれど楽しげに朝を彩っていた。


エリンはガーベラの蕾を見つめたまま、小さく呟く。


「……ここは、ミアのお気に入りだった庭なんだ。

彼女が眠ってからも、少しでも枯れないようにって……僕が魔力を注いで最低限の維持はしてたんだけど……」


視線を花壇に戻しながら、少し首を傾げる。

「でも……こんなに早く蕾がついたのは、初めてだ。

君が世話を始めてから、ほんの数日で……」


ヒナは驚いたように目を見開き、けれどすぐに、はにかんだように微笑んだ。

「……もしかして……ボクの魔力、ですか……?」


「そうかもしれないね。天使の力は、命の循環を癒す力だから」


エリンの声には、どこか嬉しそうな響きが混じっていた。

それは、ヒナが誰かの記憶に繋がったことを、純粋に嬉しいと思った気持ちだった。


やがて、エリンがティーカップを置いて、小さく息を吐く。

「……ありがとう。こんなに綺麗にしてくれて」


その一言に、ヒナの胸が静かに高鳴った。

まるで紅茶の温もりが、そのまま心に溶け込んでいくような──そんな感覚だった。


「……いえ、ご主人が喜んでくれることが、ボクは何より嬉しいんです」


そう答えた声は少しだけ震えていたけれど、そこには確かな想いがこもっていた。


「だから、ボク……頑張ります。必ず、天使として覚醒できるように……」


ヒナは真っ直ぐに花壇を見つめる。


「今までボクを支えて、守ってきてくださったご主人様の──力になりたいんです」


その言葉には、彼なりの強い覚悟と感謝が詰まっていた。

朝日を浴びたその横顔は、どこか頼もしく、美しくさえ見えた。


エリンは隣で、ヒナの横顔を見つめる。

そして、ほんのわずかに、哀しみを隠した微笑みを浮かべた。



【小説49話:夢遊惑】


──その夜。


カーテンの隙間から、ひんやりとした夜風が部屋に流れ込んでいた。

ヒナは膝を抱えながらベッドに座っていた。


気配に気づいたのは、風が止んだ一瞬だった。


カタリ、と小さな音と共に開く窓。

視線を上げた先、月明かりの中にふわりと現れたその姿に──ヒナは息を呑む。


月を背に現れたリオンのシルエットは、どこか非現実的だった。

銀色の髪は夜風にふわりと靡き、毛先の紫が淡く揺らめく光を帯びている。


その髪からは、ふと甘い花のような香りが漂った。

鼻腔をかすめたその香りは、

柔らかくて危険な香水のように──思考を曇らせてくる。


「……リオン、さん……?」


「やあ、ヒナ」


リオンの赤い瞳が、闇を裂くように冴え冴えと輝いていた。

どこか人ではない“なにか”の気配に、ヒナの鼓動が跳ねた


赤い瞳が冴えるようにヒナを見つめていた。


怖い──と思った。

でも同時に、その美しさに目が離せなかった。


「こんな夜に、ひとりで起きてるなんて……何か、考えごと?」

リオンは柔らかい声でそう言うと、くすりと笑った。


「え、あ……ちが……っ」

ヒナは悪魔と交わした契約を思い出し、顔を真っ赤に染める。


リオンはそのまま窓から入り、ヒナのすぐ隣に腰を下ろす。

誘惑するような良い香りにヒナは固まり、動けなくなってしまう。


逃げ場がない。


「…君って、わかりやすいよね」


「……えっ?」


リオンは、何でもないような顔で言う。

けれどその声音は、どこか底知れないものを孕んでいた。

狐のような影がリオンの影に重なって、溶けるように消える。


「本当は満たされてないんでしょ?

昨日の“やさしさ”じゃ足りなかったんだよね」


「……っ」


(なんで、そんなこと……)


ヒナの胸がざわつく。

リオンは、くすりと笑った。


「ねぇヒナ。協力してくれるって、言ってたよね?」


ヒナが言葉を返す間もなく──


リオンの指先が、そっと顎に触れる。

そのまま、ゆっくりと顔を上げさせられると──


「……や、あの……っ」


戸惑いと警戒心が浮かんだヒナの声を、リオンの柔らかな手のひらが塞ぐように抑える。


「平気だよ。すぐ……わからなくなるから」

その囁きは、どこか甘く蕩けるようでいて、逃げ道を塞ぐ鎖のようでもあった。


次の瞬間、唇が触れる。


深く、熱く、唾液を啜るように──執拗に、貪るようなキス。


(……や、なに、これ……)


吸い付くように絡め取られた舌。

背筋に電流が走ったように震えが走る。

けれど、抗う腕は動かず、思考はゆっくりと霞んでいく。


(これが……キス……?)


(……キス、なんて……知らないのに……)


柔らかく濡れた舌が、唇をなぞる。

舌先がそっと口内に入り込み、舌を探すように優しく絡め取ってくる。

軽く吸われるような音が響いて、喉の奥がひくんと震えた。


(……や、だ……ちからが…抜ける…)


もっと強く求められたら壊れてしまいそうな──それなのに、心がきゅうっと疼いてしまう。

嫌じゃない。怖いのに、嫌じゃないことが、いちばん怖い。


頬が火照って、息が浅くなる。

キスが、こんなにも支配的で、甘く、熱を残すものだなんて知らなかった。


(怖いのに、苦しいのに──あたたかくて……。……気持ちよくて……)

心と身体がバラバラになるような、そんな感覚。


逃げたいのに、心地よさに沈んでいく。

身体の芯が熱を帯び、涙が浮かぶほどあたたかくて、くやしかった。



──やがて、リオンが唇を離す。


ゆっくりと唇が離れたとき、ヒナの身体はひどく熱を帯びていた。

心の奥に隠していたはずの想いが、なぜか全部、覗かれているような気がして──背筋がゾクリとした。



(唾液ひとつで欲望が覗けるなんて、ほんと便利な魔法だよね。

まあ──“恋に飢えた天使”なんて、調べるまでもなかったけど)



息が混じる距離で、赤い瞳が細められる。


「…慣れてないんだね。

キスの仕方、大好きな ご主人様にちゃんと教わらなかったの?」


低く囁くその声に、ヒナの体がびくりと震える。

頬にかかった髪をそっと払うように、リオンの指先が触れた。

その仕草すら、まるで余韻を愉しんでいるかのようだった。


ヒナの頬が再び真っ赤に染まる。

目を見開いたまま固まり、リオンの顔を直視できずに視線を彷徨わせる。


「そ、そんな……っ、ご主人様は……そんなこと、しません……!」


声が裏返り、瞳が潤む。


「……これが普通、なんですか……?キスって、こんな……」


震える声が漏れる。

混乱と羞恥と、胸の奥に芽生えてしまった知らない熱が、言葉を曖昧にさせる。


「わからないなら今度、比べてみれば?」


リオンのその言葉には、隠しきれない嗜虐的な愉悦が滲んでいた。

唇の端をかすかに吊り上げ、まるで無垢な子供を弄ぶように──リオンは愉しげに嗤った。


(……っ!)


ヒナは悔しくなって、思わず小さく眉を寄せた。


潤んだ瞳にはかすかに抵抗するような色が宿り、

言い返そうと唇が微かに動く。だが、それ以上の言葉は出てこない。



「…君ってさ。

足りない愛を、ずっと誰かに埋めてほしかったんだよね。

でも、それって……」


赤い瞳が、ヒナを射抜くように見つめた。


「…本当に“あの人じゃなきゃダメ”なの?」


ヒナの呼吸が浅くなる。

喉がきゅっと締まって、言葉が出てこない。


リオンはその様子に、くすりと笑った。

その笑みは、甘くて、残酷で──でもどこか優しいふりをしていた。


「大丈夫。責めてないよ。

“そういう種族”なんだから、君たち天使って。」


ヒナは肩を小さく震わせる。

リオンの手がそっと髪に触れた。まるでエリンのような、優しい仕草で。


「君はずっと、愛される夢を見てるのに

でも──あの人は、全部くれなかった。

仕方ないよね『家族』としての愛情に囚われてるんだから。」


「……っ」


ふわりと撫でられた髪に、ヒナの心が一瞬、引き寄せられる。

温かくて、優しい手。

よく似ている、ご主人様のぬくもりに─。


「……物足りないなら、代わりに満たしてあげるよ。 

君が求めるもの──魔力でも、優しさでも……愛でも。


“エリンの代わりに”。……ね?」


──そんな言葉、受け入れたくなかった。

ヒナの胸は、締め付けられるように苦しくなった。


(だめだって、わかってるのに──)


なのに……この手のぬくもりが…優しくて、

もっと触れて欲しくなる…。胸が、苦しい…


(でも…ボクの、使命の為に…約束したんだから…ちゃんとしないと…)



(──どうして、ボクは、こんなに弱いんだろう……)


ヒナは熱を帯びた身体を抱きしめるように、自分自身をぎゅっと抱え込んだ。

まるで、これ以上心の中を覗かれないように守ろうとするように。


リオンの瞳が、じっとそんなヒナを見つめていた。


「天使は愛を求める、愛で力を得るんだって。

ヒナは天使として覚醒したい、協力するって言ってたよね。」


リオンはそっとヒナの耳元に顔を近づける。


「だから、次はちゃんと教えてよ──君が天使として『本当に』欲しいものをさ」


その囁きは、甘く、心の奥に深く沁み渡った。

まるで甘い毒のように、ヒナの理性をじわりと侵食していく。


ヒナは震える唇を噛んだまま、小さく頷いてしまった。

それが意味するものを、自分でもわかっていながら──。


部屋に再び夜風が流れ込み、

リオンの髪が月明かりを受けて淡く輝く。


すべては、この甘く危険な夜がもたらした錯覚なのだろうか。

それとも──これが、自分の『本当の望み』なのだろうか。







(以下は編集前)




小説63: 涙の痕


ヒナの手のひらに、小瓶を軽く揺らして転がした白いキャンディのような薬がいくつか落ちた。

リオンはその中からひとつを摘み、自分の口に放り込むと、不意にヒナの腕を掴んだ。


「ちょっと遊ばせてもらおうかな。」


次の瞬間、ヒナは乱暴にベッドへと押し倒され、その体勢のままリオンに覆いかぶさられる。

驚く間もなく、リオンの唇がヒナの唇をふさいだ。


突然の出来事に目を見開いたヒナだったが、リオンの強引な舌が口内に侵入し、先ほど放り込まれた飴玉を押し込んできた。


「んっ…!?」


ヒナは抗うように体をよじるが、リオンの力は強く、逃げられない。

苦しそうにむせ返りながら、唾液と共に飴玉がシーツの上に転がり落ちる。


ゴホッ…!ゲホッ…!


ヒナは壁際に顔を向けて咳き込み、荒い息を繰り返していた。

その姿を見たリオンは、ふっとため息をつき、意外にもヒナの背中をさすった。


「悪い悪い、まさか飴も満足に舐められないなんて思わなかったよ

ヒナ君って手加減しないといけない、手間のかかるおもちゃなんだねぇ」

リオンの言葉はどこか楽しげだが、その目は何かを測るようにじっとヒナを見ていた。


─────────────────────


シーツにはヒナの血液が淡い赤で染みを作っていた。

リオンが牙を立てた首筋の傷は、すでに彼自身の治癒魔法によって塞がっている。


ベッドに横たわるヒナは、力尽きたようにぐったりと深い眠りについていた。

その穏やかな寝顔とは対照的に、目尻からは静かに涙がこぼれ、頬を伝っていた。


リオンはその涙に目を留めることなく、シーツに染みた血液を指先でなぞった。

ヒナの血の感触を確かめるように、その指を口元へ運び、軽く舐め取る。


…天使の血って、本当に面白い。いくらでも魔力が湧いてくる…


リオンの瞳は、どこか遠くを見ているようだった。

そして、ふっと小さく笑みを浮かべると、シーツに指を押し付け、もう一度血液の感触を確かめるように思案を続けた。


夜は深まり、薄暗い月明かりだけが部屋を照らしていた──。


小説64: 赤い夜のささやき


──月明かりが窓辺を照らし、室内には静かな空気が漂っていた。いつの間にか雲が消え、眩しいほどに輝く月が夜の闇を神秘的に染め上げている。


ベッドに横たわっていたヒナは、ふとした拍子に目を覚ました。瞼をゆっくり開くと、隣にはリオンが座っている。


「…ん?起きた?」

リオンはヒナの気配に気づいたのか、振り返りもせずにぽつりと声を漏らした。

ヒナは布団から顔を半分ほど覗かせ、ぼんやりと彼の背中を見つめる。


リオンは相変わらずの態度で、軽く手を伸ばしてヒナの頭をぽんぽんと叩いた。

その動きはどこか気だるく、それでいて妙に親しげだった。


「なんか…くつろいでませんか…勝手に…人の部屋で…」

まだ寝ぼけ眼のヒナは、じとっとした視線でリオンを睨む。


リオンは気にも留めず、静かにくすっと笑った。

「だめなの?ヒナくんも飲む?

あー…天使は飲めないんだっけ」


リオンが手にしていたのはワインのような赤い液体が入ったグラスだった。

グラスをゆらゆらと揺らしながら、彼はその深紅の液体をじっと見つめている。


機嫌は良さそうだが、いつものような高笑いではなく、静かに夜の時間を楽しむような雰囲気だった。


ヒナはふと、その赤い液体に目を留めた。

月明かりに照らされ、グラスの中の赤色が妙に鮮やかに見える。

「…なんだか、血みたいですね。」ヒナが小さく呟くと、リオンは口元を軽く歪めて笑った。


「血液酒、知らない?

エルフの血が少し入ってるんだよね。

ミアの涙が原料の聖水が入ってて、悪魔の衝動を抑える酒だよ。」



「天使の血ってさ、格別な味って言うけど、本当に美味しいね。」

リオンがぽつりと漏らしたその言葉に、ヒナは思わず息を呑む。


「正気を失うくらい美味いって聞いてたけど、

そういえば昔も飲んだことがあったなって。思い出したよ」

グラスを傾け、リオンは赤い液体をひと口飲む。


「…天使の血を…?会ったこと、あるんですか?」

ヒナの声には驚きが混じる。


天使──それは、ヒナ自身の種族。

その存在は希少で、絶滅種とされている。歴史書によれば、かつて天使はその力を利用され、奴隷として搾取され、滅びたという。

ヒナは本でその歴史を学んだだけで、同族に出会ったことは一度もなかった。


「あるよ。」

リオンの言葉は短く、けれども確信に満ちていた。


ヒナは息を呑む。

その事実に驚きつつも、リオンの声に宿る何かに引き寄せられるように、布団を少しずらして身を起こす。


「つまらない昔話。そんな聞きたい?」

リオンの言葉には冷たさすら感じられたが、どこか挑発的でもあった。


気がつけば、ヒナは前のめりになり、リオンとの距離が縮まっていた。

「……はい。聞きたいです。」


月明かりに照らされたリオンの横顔はどこか影を帯びていて、いつもの飄々とした彼の面影とは異なるものだった。

その雰囲気に呑まれるように、ヒナはリオンの言葉を待っていた。


リオンは静かにグラスをテーブルに置くと、再び視線をヒナに向けた。

「じゃあ──教えてあげるよ。たいして面白い話しではないけどね。」

彼の声には、どこか含みがあった。


月明かりに照らされる部屋で、夜の深まりを感じながら、ヒナは次の言葉を待った。

それが自分の知らない歴史に触れるものなのか、あるいは、もっと残酷で冷たい話なのかは、まだ分からないまま──。


小説64: 静寂に揺れる告白


──月明かりが静かに差し込むベッドの中、ヒナは布団を少し引き上げ、隣に座るリオンの話に耳を傾けていた。

その表情は驚きと興味が入り混じり、瞳には好奇心が揺れている。


リオンはワインのような赤いお酒をグラスに注ぎながら、静かに口を開いた。

「天使の話でしょ?禁書扱いで歴史にちょっとしか情報が残ってないし。」

淡々とした口調でそう言うと、リオンはグラスを軽く揺らした。

「気になることがあったら答えてあげてもいいよ、血のお礼にね。」


普段の高笑いや挑発的な態度とは違う、どこか落ち着いた雰囲気にヒナは少し戸惑いながらも、小さく頷いた。


「じゃあ…その天使とはどこで何があったんですか?」

ヒナの問いかけに、リオンは少しだけグラスを傾けて口を湿らせた後、語り始めた。


「奴隷として捕まってた天使が地下にいて、死にかけてたんだ。その時代にはよくあることだった。」

どこか遠くを見るような目つきで、リオンは懐かしむように話す。

「その時は たまたま見かけただけだったけど、後でそいつ…オレに殺してくれって頼んできたんだ。」


ヒナは息を呑む。リオンの話には残酷さが隠されていたが、彼の静かな声は、なぜかその重さを際立たせているようだった。


「結論から言うと、最後にはそいつを噛み殺した。」

さらりと吐き捨てるように言い、リオンは肩をすくめた。


「その前に話す機会があってさ、オレも初めて見る天使だったから興味深くて色々聞き出したんだ。殺してやるから教えろって。」

自嘲気味に笑うリオンに、ヒナは驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべた。


「その時、大量に天使の血液を摂取したから、オレは天使を嗅ぎ分けられるようになった。だからヒナに会った時もすぐに確信した。」

リオンの言葉に、ヒナは無意識に喉を鳴らした。


リオンは再び赤い液体を一気に飲み干し、グラスを軽く揺らしながら続けた。

「ほかに聞きたいことは?

貸しにしとくから、どうぞ」


ヒナは少し躊躇いながらも、おずおずと口を開いた。

「…ご主人のこと、聞いていいですか?」


リオンは新しい酒を注ぎながら短く答えた。

「どうぞ。何?」


「ご主人は…幼い時に奴隷だったと聞きました…幼い頃から知り合いだったんですか?」

その問いに、リオンは少しだけ目を細め、笑みを浮かべた。


「そう。死にかけのエリンを地下から引きずって、自分の部屋に持ち帰って魔力注いで…それから、何故か懐かれちゃってさ。」


リオンの話に、ヒナはふと違和感を覚えた。

「…?地下…?」

ぽつりと漏らした言葉に、リオンは一瞬だけ考え込むような素振りを見せたが、すぐに再び口を開いた。


「悪魔の城。

昔、魔力の高い混血種を生み出す為に純血の種族を捕まえてきて、奴隷として利用してた場所だよ。

オレ混血じゃん、エルフと悪魔の。自然に混血種が生まれるってのは そうそうないんだよね。」


リオンは自嘲気味に笑いながら言葉を続けた。

「魔族の王の父親と、奴隷として長く捕らえられてた、エリンの母親…

純血同士の血で生まれたのがオレ」


ヒナはその言葉に息を呑む。

リオンは微かに笑いながら、最後の一言を付け加えた。

「…エリンとは異父兄弟ってこと。」


その瞬間、ヒナの胸に衝撃が走り、言葉を失った。

月明かりが差し込む部屋の中で、静けさだけが2人の間を満たしていた。


小説65: 真実の余韻


──月明かりが静かに差し込む部屋の中、リオンの口から紡がれる言葉は、ヒナにとってあまりにも衝撃的だった。


「だから、ミア。エレンミアって名前なんだけど…ほら、ヒナに会わせたエルフの少女。オレ達の妹ね。」

静かな口調で語られるリオンの言葉に、ヒナは思わず息を呑んだ。


「行方不明だったけど、やっと見つけた。かろうじて生きてた。」

いつものふてぶてしい態度とは打って変わって、リオンの声にはかすかな弱々しさが感じられた。


「あいつを助けて欲しい。

こっちの都合だけど“覚醒”を間に合わせて欲しい。」


リオンの真剣な言葉に、ヒナは一瞬、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。驚きが込み上げて声にならない。

でも、リオンの願いを無視するような自分にはなりたくない。


そう強く思い、ヒナは「頑張ります…!」と決意を口にすると小さく頷いた。


その瞬間、リオンはいつもの調子で口角を上げ、憎まれ口を叩いた。

「…天使ってほんと、単純素直だね〜、チョロ〜い。」


その軽口に、ヒナは思わずくすりと笑みをこぼした。

リオンのいつもの態度が、なぜかほっとするように思えた。


リオンはグラスの中の赤い液体を揺らしながら、再び口を開く。

「もういい?まだなにか聞きたい?」

話を切り替えるように、さらりとそう尋ねた。


しかし、ヒナは今聞いた事実があまりに衝撃的で、頭の中がぐるぐると回っていた。

「内緒ね。」

リオンはふと真面目な顔になり、続けた。

「エリンは異父兄弟だってこと知らないし。知る必要もない。」


「えっ…あっ…と。」

思わず声を漏らしてしまうヒナ。その動揺は隠し切れない。


「なに?」

リオンが軽い調子で問いかける。

「何でもないです…!」

とっさにそう答えるが、その言葉には明らかな焦りが滲んでいた。


「そーゆーめんどくさいのいいから。なに?」

リオンが面倒くさそうに首を傾げる。


ヒナの頭の中では、先ほどの真実が複雑な混乱を引き起こしていた。


(奴隷の…幼いご主人を昔、助けた恩人って…リオンさんって…。

ご主人に魔力を注いで…ってことは…兄弟で譲渡を──…)


湧き上がる情報を必死に整理しようとするヒナの顔色はどんどん青ざめ、血の気が引いていく。


「…」

何かを察したようにリオンは目を細めたが、すぐに肩をすくめた。

「まあいっか。少し喋りすぎた。寝る。」


そう言うと、リオンはグラスをテーブルに置き、ベッドにごろんと横になった。

月明かりの中、リオンはそのまま深い息をつき、目を閉じる。


一方、ヒナの胸には重い余韻が残ったまま、静かな夜が再び訪れていた。


小説66: 生え始めた羽根


窓の外では、太陽が空高く昇り、夜の出来事を何事もなかったかのように照らしていた。部屋の中は静かで、遠くから鳥の鳴き声が微かに聞こえる。


トントン…と軽く肩を叩かれる感覚に、ヒナはうっすらと目を開けた。

昨夜の疲れからか、まだ瞼は重い。


目を覚ますと、隣に寝ていたリオンがこちらを見下ろしていた。彼にしては珍しく穏やかな声で言葉をかけてくる。


「ヒナ、おはよう。背中、見て。」


「…背中?」

ヒナはぽかんとした表情のまま、リオンの指差す方へ首を巡らせた。


そこには、ごく小さな膨らみが肩甲骨のあたりに現れていた。それは、羽根と呼ぶにはあまりに小さく、未成熟なものだったが、明らかに成長の兆しを示していた。


「羽根…!ほんとに!?ボクに…!」

ヒナの瞳が一瞬で輝き、顔がパッと明るくなる。その純粋な反応に、リオンは苦笑しながら肩をすくめた。


「この羽根が大きくなるまで魔力を注いで成長させるんだ。エリンとオレで治癒魔法の使い方も教える。その後、力を応用したり強化したりって段階に進むわけ。」


リオンはいつも通り淡々と説明しながら、最後に付け加える。

「ただし、魔法を使った分、ヒナの魔力は消耗するから羽根が育つまでは無駄に魔力を使いすぎないこと。それが守れなかったら、オレがその分無理やり注ぐけどね。」


「…はい!頑張ります!」

ヒナは決意を込めて大きく頷いた。その素直な姿に、リオンは引き攣った笑みを浮かべる。


「ほんと、ちょろいよね〜天使って。どこまで単純なの?」

からかうようにそう言いながらも、リオンは不器用にヒナの頭をぽんぽんと撫でた。


リオンは少し考え込むように指を顎に当て、何かを思い出したように口を開いた。

「あ、昨日、エリンとヤってないよね?」


唐突な質問に、ヒナは目を丸くして固まった。

「えっ…!?い、いや…その…」

急に話を振られ、赤面しながら慌てるヒナを見て、リオンはまた笑う。


「毎日魔力注いで急いで欲しいからさ、オレからエリンにきちんと話しとくよ。」


「もちろん、オレの魔力も抜かりなく注ぐから。サボんないでしっかり覚醒まで頑張りなよ。ヒナに頼ることしかできない状況だしね。」

そう言って、不器用ながらも荒っぽくヒナの頭をまた撫でた。


ふと、リオンが何かを思い出したように指を鳴らした。

「そういえば、昨日エリン昏睡させたままだったんだよね〜。ちょうどいいから今日はその分済ませちゃう?」


意地悪な笑みを浮かべながらそう言うリオンに、ヒナは真っ赤になりながら言葉を詰まらせる。


「えっ…その…えーと…」

消え入りそうな声で何かを呟くヒナ。その様子を見て、リオンはさらに呆れたような笑みを浮かべた。


「天使って、ほんっと単純、従順、素直だよね〜。

なんかカワイソ〜」

からかわれるヒナだったが、その笑みの裏にあるリオンの本心を知る由もなかった。


小説67: 膨らみゆく翼


「…ん、ぁっ…」

甘い声が静かな寝室に響き、ヒナの身体が小さく震えた。リオンが、彼の背中に生え始めたばかりの羽根の膨らみに指を滑らせた瞬間、初めての感覚に戸惑い、ヒナは思わず、また小さく声を漏らしてしまった。


リオンは楽しむようにヒナの耳元に唇を寄せ、軽く噛み付いた後、首筋へと舌を這わせる。

ヒナの呼吸が浅くなり、肩が震えるのをリオンは感じ取りながら、低い声で囁いた。


「ヒナ、血…いい?」


答えを待たずに、リオンはそのままヒナの首筋に鋭い牙を立てた。


「!? 痛─ッ…また噛んだぁ…」

ヒナは涙目になりながら首筋を押さえ、恨めしそうにリオンを見上げる。


「あーごめんごめん。美味しそうだったからさ、つい。」

リオンは悪びれる様子もなく笑いながら、ヒナの首から流れた血を舐め取った。

彼の腕がヒナの身体をしっかりと抱き寄せると、ヒナは恥ずかしさと痛みに耐えながら、不満げにぷくーっと頬を膨らませる。


「もう…リオンさん、ひどい…」

小さな声で反抗的に抗議するヒナに、リオンはくすくすと笑いながら耳元でごめんね、と甘く囁いた。


─────────────────────


「じゃ、そろそろ帰るかな」

事が終わると、リオンは手に持った白いキャンディを口に放り込み、そのままヒナの唇へと重ね、

口移しで飴をヒナの口内に滑り込ませ舐め溶かすように舌を絡めた──


「ん…っ…ぅ…」

長く合わせた唇が離れた瞬間、だらしなく糸を引いた唾液がシーツにしたたり落ちた。ヒナは息を整えるようにしながら、じっとリオンを見つめる。


リオンはヒナの頭をぽんぽんと撫でながら、いつもの調子で言った。

「今はヒナに頼るしかできないからさ、大変だろうけど頑張って。エリンの魔法は解除したから、そのうち起きるよ。じゃ」


軽い口調のまま、リオンは窓辺に立ち、そのまま空へと飛び去り帰っていった


─────────────────────


ヒナはシャワーを浴びながら、鏡に映る自分の背中を見ていた。小さな膨らみとなった羽根の跡を何度も振り返るようにして、嬉しそうに眺める。


「天使に…なるんだ…覚醒して妹さんを助けて…みんなの役に立てる…!」


ヒナの心は希望に満ち溢れていた。その喜びに、彼は思わず花唄を口ずさむ。湯気の中、鏡に映る笑顔は、どこまでも純粋で、無垢だった。


彼の心の中で奉仕の精神が膨らんでいくことに、ヒナ自身はまだ気づいていなかった。幼いその羽根が成長するにつれ、彼の天使としての本質もまた、静かに育まれていた


小説68話: 揺れる天使


──朝の光が差し込む寝室。ヒナは背中の小さな膨らみを鏡で眺めながら、弾むような気持ちで微笑んでいた。


(羽根…!本当に生えてきてる…!)


自分の背中に手を伸ばしてそっと触れる。その感触はまだ柔らかく、小さな芽のようだった。それでも、確かな成長の兆しにヒナの胸は高鳴った。


「ご主人に報告しなくちゃ!」


その足でエリンの書斎に向かい、ドアをノックする。中から「入っていいよ」と穏やかな声が返ってくると、ヒナは勢いよく扉を開けた。


「ご主人…!羽根が…羽根が生えてきました!」


エリンが驚きながらも笑顔を浮かべ、椅子から立ち上がる。「本当?見せてごらん」と優しく言われて、ヒナは照れくさそうに背中を向けた。


──その小さな膨らみを見たエリンは、目を細めて「すごいね」と言いながら、ヒナの頭をそっと撫でた。


「ヒナ、本当に頑張ってるね。ヒナの努力の成果だよ。」

その優しい声と温かな手の感触に、ヒナは胸がいっぱいになった。まるでご褒美をもらったような気分だった。


(ボク…ご主人様のためにもっと頑張らなくちゃ。)


ヒナは微笑みながら「今日も魔力の譲渡をお願いできますか?」と元気に頼んだ。

エリンは一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの柔らかな笑顔に戻った。


「もちろんだよ。けど、無理はしないでね。」


──その笑顔が、少しだけほんのわずかに曇り初めていたことにヒナは気がつかない。


書斎での甘いひととき


本の香りが漂う書斎で、ヒナは主人の首に背伸びをするように手を回そうとした。


「ご主人様─…」


ねだるような上目遣いで頬を赤らめるヒナ。

その仕草には、どこか手慣れてきた様子があり、まるで羽根を伸ばした小さな雛鳥が餌を求めるように…天使が魔力を求めている。


エリンは優しく微笑みながらも、胸の奥に鈍い痛みを感じていた。


(ヒナはこんなにも素直に受け入れてくれる…でも、それが本当に良いことなのか…?)


家族として大切にしてきたヒナに、こんなことをしている。それがどんなに不健全な形であろうとも、ヒナはまるでそれを「正しいこと」と信じ込むかのように受け入れてしまう。


──エリンの心には重い罪悪感が蓄積されていった。


その夜


ヒナが眠りについた後、エリンは書斎でひとり、深い思索に沈んでいた。


──耐えきれない心の重りを感じるたび、思い出すのは旧友のリオンだった。

不敵な笑みとともに、いつもからかうような軽い口調で自分を振り回す彼の姿。


(リオンなら、こういう時なんて言うんだろう。)


エリンは想像する。リオンが呆れたように笑いながら、何気なく背中を押してくれる様子を。


──それでも、この重圧を軽くすることはできない。


「…はぁ。」


長いため息が静かな部屋に落ちた。その音が、心にのしかかる重みをより一層際立たせているようだった。


エリンは机に置かれた小さな写真立てに目を落とす。それは、ミアの幼い頃の姿が写ったものだった。


(ミアのためにも…ヒナのためにも…この責任は僕が果たすしかない。)


深い自己嫌悪と、それを振り払う決意の狭間で揺れるエリンの夜は、まだ終わらなかった。


小説69話: 夜の訪問者


──夜の静けさを破るように、コンコンと控えめなノック音が窓から聞こえた。

エリンがカーテンを開けると、そこには黒い翼を広げたリオンの姿があった。


窓を開けると、ふわりと夜風が部屋に入り込み、エリンは微かに笑みを浮かべた。

「珍しいね、こんな時間に。」


リオンは窓枠に腰掛けるように降り立つと、軽い調子で言った。

「どーしたの?パパ。浮かない顔して。愛しい息子になんかあった?」


エリンは思わず苦笑したが、心の奥でどこか救われたような気持ちになった。

いつもと変わらないリオンの存在が、彼の胸の重みを一瞬だけ和らげたのだ。


「何もないよ。ヒナは毎日よく頑張ってる。羽根も少しずつ大きくなってきてるし、穏やかな日々だ。」

そう言いながらも、その言葉には少し曇りがあった。


リオンはじっとエリンを見つめた。

「ふ〜ん…。ま、いーけど。」


窓際から軽やかに部屋へと降り立つと、リオンは背を向けながら言った。

「ちょっと上がるよ。ヒナ借りていい?」


エリンが眉をひそめる。

「どこか連れ出すの?こんな遅い時間に?用事なら明日にしたら?」


心配そうに声をかけるエリンに、リオンは一瞬だけ振り返ると、無言のまま軽く手を挙げて歩き去った。


──────────────────────


ヒナは浴室の鏡の前で、背中の羽根を嬉しそうに見つめていた。

小さな膨らみだった頃から少しずつ大きくなり、形がはっきりしてきた羽根をそっと撫でる。


(すごい…。本当にボク、天使になれるんだ…。)


湯気が鏡を曇らせ、ヒナはくるくると振り返りながら羽根を確認していた。その顔はまるで子供のように輝いている。


突然、浴室の扉が勢いよく開いた。


「──ヒャッ!」


あまりの不意打ちにヒナは驚き、変な声を上げてしまう。


「お、羽根 結構大きくなってるじゃん。」


そこに立っていたのはリオンだった。

扉の前で腕を組みながら、ヒナの羽根をじっと見て感心したように言う。


「ちょっ…いきなり入ってこないでください…!」

ヒナは湯船に隠れるように縮こまるが、リオンの視線が自分の羽根に向いていると気づくと、どこか誇らしげにパタパタと動かした。


「エリンとなんかあった?」


不意にリオンの口調が真剣なものに変わり、ヒナは戸惑った。

「えっ…?何か、あったかな…。」


心当たりがなく、首を傾げながら考えるヒナに、リオンは少し面倒くさそうに息をついた。

「上がるまでに思い出しといて。ヒナの部屋で待ってる。」


そう言うと、リオンは扉を乱暴に閉め、浴室を後にした。


─────────────────────


湯船の中で、ヒナはリオンの問いを反芻していた。

(ご主人と…何か…?あったかな…。)


自分では気づかない何かがあるのかもしれない。そう思うと、胸の中にざわざわとした不安が広がるのを感じた。

それでも羽根の成長を思い出すと、ほんの少しだけ勇気が湧いてきた。


(ボク…ちゃんと頑張らなきゃ。)


湯気に包まれた浴室の中で、ヒナはそっと自分の拳を握りしめた。


小説70話:熱


──お風呂から上がり、ヒナはタオルで髪を拭きながら鏡に映る自分の姿をじっと見つめていた。

背中にある小さな膨らみを確認し、思わず微笑む。


(羽根が…少しずつだけど、本当に成長してるんだ…。)


その嬉しい感覚と同時に、リオンの「エリンと何かあった?」という言葉が頭をよぎる。

考えれば考えるほど心当たりがなく、ヒナは「うーん…」と小さく唸りながら髪を乾かした。


─────────────────────


自分の部屋に戻ると、ベッドに横たわりくつろいでいるリオンの姿が目に入った。

彼はヒナが入ってくるのを察すると、片目を開けて「遅い」と呟いた。


「すみません…あの、ご主人様がどうかしたんですか?」

ヒナはリオンの様子を窺いながら、ベッドの端に腰を下ろした。


リオンは何も言わず、突然ヒナを抱き寄せると、強引に唇を重ねた。

絡む舌に、ヒナは驚きながらも甘く声を漏らし、無意識にリオンに身を委ねた。


「ん…っ…」


唇が離れると、ヒナは熱っぽい目でリオンを見つめた。

その視線を受け止めながら、リオンはしばらく黙って彼を見つめ返す。


「…えと…“いつもの”ですか…?でも、ご主人が起きてるので…」

ヒナは恥ずかしそうに頬を染め、もじもじと視線を彷徨わせながら小さく呟いた。


リオンは溜息を吐くように、ヒナを抱えていた腕をゆっくりと解きながら口を開く。

「羽根が大きくなるのはいいけどさ、体とか心とかに異変はないの?

無理やり急成長させてるし、そういう感覚はヒナにしかわかんない。何かあったらちゃんと言えよ。」


その言葉に、ヒナは驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。

「心配してくれてるんですか…?」


ヒナの表情はどこか熱っぽく、ぼんやりとした印象を与えていた。

リオンは少し呆れたように、ベッドに横たわり目を閉じる。


「…今日、しますか?そのために来たんですよね…?」

ヒナは躊躇いがちにリオンへと尋ねた。その口調には、まるでそれが当たり前の行為だというような響きがあった。


「なに?エリンが起きてるから嫌なんじゃないの?」

リオンは冷たい声で言い放ちながら、ヒナに目を向けることもなく淡々と返した。


ヒナは少し戸惑いながらも、もじもじと呟く。

「なんだか…身体に魔力が溢れているみたいな、心地よい感覚があって…。

それで…その、もっと誰かの温もりに包まれたいって…考えてしまうんです…。

これって、変なことですか…?」


その言葉と共に、ヒナはリオンの身体にぴったりと甘えるようにくっついた。


リオンは一瞬、表情を変えたが、そのまま動かず様子を見ていた。


小説71話: 羽根に宿る異変


ヒナがリオンに寄り添い、その身体に抱きつくと、自分からそっと唇を重ねた。

控えめだった動きが次第に慣れたように変わり、濃密なキスへと変わっていく。

舌が絡み合い、熱が帯びていくその行為に、リオンは一瞬動きを止めた。


「……ヒナ。」


リオンは軽くヒナの肩を掴むと、そっと身体を引き離した。

その動きは乱暴ではなかったが、どこか慎重さを感じさせるものだった。


「なんか変じゃない?身体も熱いし…どうしたの?」

リオンの口調は心配そうだが、わずかに眉をひそめる仕草から、不快感が垣間見えた。


ヒナはぼんやりとした瞳でリオンを見つめ、ふわふわとした口調で答える。

「変ですか…?なにが変なのか…わからないです。

なにか違いますか…?」


リオンは黙ったまま、ヒナの様子をじっと観察していた。

その視線に気づかないのか、ヒナはさらに口を開く。


「そういえば…ご主人様も、こないだ同じようなことを言ってた気がします…。」


その言葉にリオンは静かに耳を傾けながら、ヒナの動きを見逃さないように注意深く観察している。


「なんだか…ずっと身体がふわふわするんです。微熱がある時みたいな…。

でも体調が悪いわけじゃなくて、なんだか…ぼんやりと幸福感が溢れて、誰かにたまらなく甘えたくなるんです。」


ヒナの声はどこか頼りなく、それでも確信を持つような響きを持っていた。

その言葉を聞いたリオンは、再び無言になり、ただヒナを見つめている。


──その時だった。


ん…とヒナが小さく声を漏らすと同時に、背中の羽根がふわりと揺れた。

その羽根は目に見えてわずかに大きくなり、部屋の月明かりに照らされて輝きを放っていた。


「また…成長できた、みたいです。」

ハァ…ハァ…と浅い呼吸を繰り返しながらも、ヒナはどこか恍惚とした表情を浮かべていた。

羽根の感覚に喜びを感じ、嬉しそうに言葉を紡ぐ。


その姿を、リオンは微動だにせず見つめ続けていた。

観察し、何かを考えているようだった。


「今日は…どうしますか?」

ヒナはふわりと微笑むと、言葉を続けた。

「なんだか羽根が大きくなるたびにすごく嬉しくて…なんでも頑張れる気がするんです。」


その儚げな微笑みは、ヒナの心の奥底に潜む純粋な願いと、どこか危うさを含んでいた。

リオンはその言葉を聞きながら、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「……頑張りすぎて壊れるなよ」


その低く静かな声は、いつもと違う温度を含んでいた。

ヒナはその言葉の意味を深く考えることなく、ただ微笑んでリオンを見つめた。


部屋の静寂が再び2人を包み込み、月明かりだけが2人の姿を照らしていた。


小説72話: 暴走する羽根


部屋の静寂を破るように、ヒナの甘い声が響いていた。

その声はまるで幸せそのものを表すような調べだったが、どこか危うさを孕んでいた。


ヒナはリオンに跨るように座り、その小さな身体をべったりと寄せて甘える。

頬擦りしながら、体温を感じることに陶酔し、もっともっと魔力が欲しいと願う。

「リオンさん…もっと…もっとください…」

抑えきれない衝動が、ヒナの瞳に甘い光を宿していた。


その積極性と執着は、かつてのヒナからは考えられないほど異常なものだった。

リオンはそんなヒナをじっと見つめる。

その表情には、普段のからかいの色はなく、明らかな心配が滲んでいた。


「…ヒナ、無理してない?」

低い声で問いかけるも、ヒナはその言葉を聞いていないかのように、さらに身体を寄せる。

「無理なんて全然…ただ、なんだか…我慢できなくて…」

ヒナの声は甘く、とろけるようだったが、その中に苦しげな響きも混ざっていた。


リオンがヒナの髪を撫でると、ヒナの背中の羽根がふわりと揺れた。

同時に、その羽根はわずかに大きくなり、光沢を増していく。


「…ぁっ…!…んん…っ……、ぅ、…ぁ、あ──っ…♡」

ヒナの声が一際大きく部屋に響くと、その背中の羽根は一段と大きくなり、白く輝き始めた。

その大きさは、もうヒナの小さな身体には不釣り合いに思えるほどだった。

肩で息をするヒナの表情は、妖艶さと痛々しさを同時に漂わせていた。

額にはうっすらと汗が滲み、瞳はどこか焦点が合わない。


リオンはそっとヒナを抱き寄せ、その頭を撫でる。

「ほんと、手が焼けるよ…」

ぼそっと漏らしたリオンの声には、普段の軽薄な調子はなく、静かな疲労感と心配が混ざっていた。


「ん…?」

ヒナはぼんやりとリオンを見上げると、首を傾げて微笑んだ。

「なんだか…優しくしてくれてます?ふふ…すごく嬉しいです…♡」

うっとりとしたその表情には、もはや正気の色はなかった。


羽根の急成長がヒナの魔力を暴走させ、その結果、身体中が熱を持ち、意識もどこか彷徨っているようだった。

その天使らしい本質が、愛や温もりを求めて暴走していることを、リオンは感じ取っていた。


リオンは一瞬目を閉じ、深い溜め息をついた。

「このままじゃ、オレが先に参っちゃうかもね。」

そう呟きながら、優しくヒナの背中を支えた。


部屋に漂う甘い空気の中、リオンの瞳には、どこか深い思慮の色が浮かんでいた。

ヒナの羽根が輝きを増し、部屋の中に白い光を映し出す中、リオンの心には、静かな決意が生まれていたようだった。


小説73話: 天使に見惚れる悪魔


──部屋の空気が静寂に包まれる中、ヒナの甘い声が響いた。

その声には幸福感と痛みが入り混じり、神秘的な雰囲気を部屋中に漂わせていた。


ヒナの背中がむずむずと疼き、羽根がさらに大きく生え変わっていく。

そのたびに、ヒナはうっとりとした恍惚の表情で快楽に身を委ね、時折痛みで顔を歪める。

「ぁっ…あ…イ…だめ…っ…」

声が震え、身体を甘美な幸福に震わせるヒナの姿に、部屋中の空気が張り詰めていくようだった。


リオンはその様子を見守りながら、ヒナの汗で濡れた髪にキスを落とし、首筋を指先で撫でる。

いつもとは違う静かな優しさを湛えたリオンの行動に、天使は愛を感じ取り、さらに快楽を求めるように動いた。


そして──その瞬間、ヒナの背中の羽根が一気に広がった。

雪のように真っ白な羽根が部屋中に舞い落ち、月明かりを受けて淡い輝きを放つ。

その光景は、悪魔であるリオンすら息を呑むほどの神秘的な美しさだった。


羽根が広がったヒナは、苦しそうに肩で息をしながら涙を流していた。

頬を伝うその涙は、喜びと苦痛の入り混じる複雑な感情を物語っていた。


リオンは優しくヒナの背中を撫で、

「…頑張ったね」と静かに言った。

その言葉と共に、反対の手でヒナの頭をよしよしと撫で

「おめでとう」と祝福の言葉をかけた。


ヒナの蒼い瞳は涙に潤んでいたが、虚ろだったその瞳に少しずつ光が戻っていく。

熱が抜けていく身体を感じながら、ヒナは背中の大きな翼の存在を意識した。

その感覚はまだ不思議で、不安も混じるものの、どこか喜びに包まれているようだった。


不安げにリオンを見つめるヒナに、リオンは静かに微笑むと優しく唇を重ねた。

その祝福のキスに、ヒナは小さく頷くように応えた。


「ぁ、の…。ボク…ボクは…天使になれましたか…?」

震える声で問いかけるヒナの姿は、どこか儚げで純粋そのものだった。


リオンはヒナをしっかりと抱きしめ「ちゃんと天使になってるよ。立派な羽根だ」と低く静かな声で答えた。

その言葉に、ヒナの表情はぱっと明るくなり、はにかむように小さく笑った。


リオンはその夜、珍しく意地悪な態度を一切見せず、静かにヒナの羽根を見つめていた。

「よくやった、ヒナ。」

その言葉には心からの称賛が込められており、2人は互いに静かに喜びを噛み締めた。


月明かりが優しく部屋を照らす中、白い羽根が舞い落ちた部屋はまるで聖域のように輝いていた。


天使として完成したばかりのヒナの小さな身体をリオンは守るように抱き寄せ、僅かに微笑んでいた。

ヒナの小さな羽ばたきが、これからの未来を予感させるように静かに輝いていた──…


小説74話: 天使の誕生


「あの…。その…なんて言うか…」

ヒナがもじもじと声を絞り出し、リオンの腕の中でもがいていた。

「凄かったね。」

何がとは言わずにリオンが淡々と付け加えると、ヒナの顔がかーっと真っ赤に染まる。


「あのっ、離して…も、ぅ…!これも抜い、て…」

身をよじり、バタバタと小さく抵抗するヒナ。

その姿はさっきまでの妖艶さを失い、どこか初々しさを感じさせる。

リオンは、ヒナが正気を取り戻したことに安堵しながらも、それを表に出さず冷静に見つめていた。


純白の羽根をまとったヒナがリオンの腕の中で恥ずかしそうに動くたびに、その羽根はもぞもぞと可愛らしく揺れている。

「〜〜っ…いつまで、繋がってるんですか…」

精一杯の悪態をつくヒナに、リオンが淡々と返す。


「…は…?散々自分勝手に腰振って、自分だけ満足して終わるの?」

魔力も快楽も貪るように味わってしまった事を思い出し、ヒナは その言葉に恥ずかしさが限界を超え、

小さな拳でこつんとリオンの背を叩いた。


「もーっ、ほんとにデリカシーがないこの人…」

そう言い、更に心の中で反抗するヒナ

だが、それは口には出せない。出したところで、また言い負かされてしまう気がするからだ。

(羽根が立派に生えたんだから、もう魔力の譲渡は必要ないんじゃ…)

そんなことを考えながらも、羽根の完成に満ち足りた喜びがヒナの胸を埋め尽くしていた。


誰かが、自分の努力が実った瞬間を見届けてくれる。

それを祝福してくれる。

──それが悪魔だなんて、ちょっと笑えちゃうけど。


ヒナはその背中に希望を感じ、嬉しさを噛み締めていた。


──────────────────────


「あ〜…体だるっ…ヒナ、ちょうだい血液…」

「またですか…?魔力の譲渡はもうしなくていいんですよね…?そんな、何回も…しないでください…」

そう怒り気味に言いながらも、ヒナは自分の首筋をリオンに差し出した。

「もー…はい…!これで最後ですよ!」


リオンは力なく笑いながら、ヒナにうなだれるように抱きついた。

その姿に、ヒナは思わずため息をつく。


「いや〜名残り惜しいな〜って思って。」

「えっ…名残り惜しいってなに…?」

リオンの言葉に動揺し、羽根をわずかに揺らしながら落ち着かない様子のヒナ。


リオンはそんなヒナの反応を一瞥しながら、最低な一言を口にした。

「ヤれるだけヤッてから帰ろっかなーって思ってさ。」


「もう…なんなのこの人…!」

ヒナの顔がむくれ、リオンを睨む。


その表情を見たリオンが、口元を歪めて笑う。

「表情がコロコロ変わって面白いね。

オレ、素直なオモチャって大好き〜♡」

そうからかうリオンに、ヒナはさらに頬を膨らませた。


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その夜、羽根をまとった天使と悪魔の間には、笑いと軽口が混ざり合う不思議な空気が漂っていた。


小説75話: 前向きな決意


──シャワーの音が静かに浴室に響いていた。

ヒナは背中にまとった純白の羽根の感触を確かめるようにそっと触れ、鏡を覗き込むことなく、その存在感を心で、背中の存在感のある感触で感じ取っていた。


(立派に生えたなぁ…ボク、ちゃんと天使になれたのかも……!!)


その達成感に、胸が温かくなる。ヒナは少しほっとしたように小さく息をついた。


──ガチャリ。


突然、扉が開く音がして、ヒナは振り返った。


「…また…なんで勝手に入ってくるんですか、リオンさん!」

慌ててタオルで身体を覆いながら、小さな抗議をするヒナ。しかし、リオンは悪びれる様子もなく、そのまま浴室に入ってきた。


「そんなに怒らなくてもいいじゃん、別に減るもんじゃないでしょ?」

リオンが軽い調子でそう言いながら、ヒナの背中に目を向けた。


「羽根、触っていい?」

リオンがそう言う間もなく、そっと羽根に指を滑らせた。


「っ…!ぁっ…」

咄嗟に甘い声を漏らしてしまったヒナ。

顔を真っ赤に染め、慌ててそっぽを向く。


「なんて声出してんの?なんか思い出しちゃった?」

そんなに良かった?とリオンが からかうように笑う


「違います!そんな…違いますから!」

ヒナは消え入りそうな声で抗議するが、リオンはその様子を楽しむようにさらに意地悪を続けた。


「違わないけど〜?

夢中で快楽貪ってさ、何回イッたの?」


「っ…っ〜〜〜…!!!」

恥ずかしさで何も言えず、ただ顔を赤らめるヒナ。


その反応を見て、リオンは大笑いしながら湯船に浸かった。

「ま、いいけどさ」

そしてリオンは少し声を落とし、真剣な口調で続けた。


「明日さ、ミアに会わない?」


その言葉に、ヒナは驚いたようにリオンを見つめた。


「…ミアさんに…会わせてくれるんですか?」


「天使として羽根も立派に育ったし、そろそろ会わせてもいいかなって思ってさ」

リオンの口調には どこか優しさが含まれていた。


ヒナは目を見開き、少し考えた後、力強く頷いた。


「会いたいです!会わせてください!」


その真剣な表情に、リオンはどこか満足そうに微笑んだ。

「そっか…じゃ、明日ね。」


リオンは浴槽の縁に寄りかかりながら、純白の羽根をまとったヒナを見つめた。その目には、どこか頼もしさを感じるような輝きがあった。


ヒナはその視線に気づくことなく、胸を高鳴らせながら、ミアとの出会いを思い描いていた──。


小説76話: 感謝の夜


ヒナは湯船から上がると、髪も乾かさずに主人の部屋へと足を運んだ。その表情は喜びに満ち、どこか浮き立つようだった。


──コンコン。


ノックをするが返事はない。

「ご主人様……?開けますよ…?」

そう言いながら、そっと扉を開けた。


目に映ったのは、ソファにもたれかかりながら、静かに寝息を立てているエリンの姿だった。


(またリオンさんが昏睡魔法かけてたんだ…)

ヒナは小さくため息をつく。


自分との情事を悟らせないようにリオンがエリンに魔法をかけて深く眠らせていたことを思い出し、どこか申し訳ないような気持ちが胸をよぎる。


「ご主人っ、起きてください」

そう言いながら、エリンの身体を軽く揺さぶった。だが反応はない。


(うー…だめだ、起きない…魔法が強くかかってて、リオンさんに解除してもらわないと無理そう…)


諦めて振り返り、主人の部屋をまじまじと見渡す。エリンが大切にしている本や小物が整然と並べられている室内は、どこか温かみがあり、ヒナを安心させた。


(なんだか……色んなことがあったな……)


ヒナは、自分の背中にある大きな純白の翼を思い浮かべた。これまでの苦労と達成感が胸を満たし、羽根を広げたときの誇らしい気持ちが思い出された。


(それもこれも、ご主人様のおかげだ…)


ヒナの心には、エリンが自分を支え、見守ってくれていた記憶が浮かぶ。魔力を注いでくれるたびに、エリンは優しい言葉をかけてくれた。それは心の支えそのものだった。


(もちろん、リオンさんも協力してくれたけど……なんかあの悪魔には感謝する気が起きないんだよなぁ……)


ヒナの頬が羞恥と少しの悔しさで赤く染まる。


(ご主人様ともいっぱい、した……してもらったんだよね。)


ヒナは、初めてエリンと肌を重ねた日のことを思い出した。あの日、エリンに抱かれた自分の心は満たされ、穏やかで幸せな気持ちに包まれていた。


(恥ずかしくて、顔も合わせられないって思ってた日々が懐かしい…。でも、本当に感謝してる。)


ヒナは、ソファで眠るエリンの隣に腰を下ろした。その優しい寝顔を見つめると、思わず微笑みがこぼれる。


「ありがとうございます、ご主人様……いつも見守ってくれて。」


そう小さく囁くように呟きながら、ヒナは心からの感謝を込めてその場に座り続けた。


静かな夜の中、主人への思いが胸にじんわりと広がっていった──。

大沼編集長

「君たち…ごめんなんやけど、さ。

ここ、おセ部屋なんよね!派手にやってくれや」

そんな試みでした気がします

AI出力の限界に意地になって戦ってた気がするwなにやってんねん

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