食事会。
中にはいると懐かしい日本食だらけだった。
肉じゃが、卵焼き、唐揚げ。そして…たこ焼き?
ここのレストランは日本食を食べたい王妃様が、レイカさんに料理を作って貰うところなんだそうだ。
わらじサイズのコロッケにメンチカツ。
「猫の目食堂の料理みたい。」
前世の職場の近くの商店街にあった大衆食堂だ。
昼休みに良く通った。
そこは大きなオカズが名物だった。
わらじシリーズと言っていた。
「え、あなた今なんて言ったの!」
レイカさんが弾けるように寄ってきた。
何と、そこの食堂の若おかみだったのだ!
眉間のホクロが印象的でしたよね、というと叩かれた。
大仏みたいなホクロはコンプレックスだったのだそうだ。ごめんなさい。
確かにあの優しいおかみさんの印象がある。
私よりひとつか二つくらい上だったと思う。
良く笑う朗らかな人で好きだった。
そして感極まって、わあわあと私に抱きついて泣いた。
そしてすぐにケロリとしていた。
切り替えが早い人だ。
お食事をいただいた。懐かしいメンチカツだ。
相変わらずメンチカツが美味しくて。美味しくて。
手が止まらなかった。
ルートのせいでここのところ食欲がなかったけど、
ここの料理は懐かしい味で身も心も満たされた。
そしてレイカさんは私のことを覚えていてくれた。
お客の一人に過ぎなかったのに。
「いつも真っ白な顔色だったから、食堂のみんなで白雪ちゃんって呼んでたのよ。
なんだか面倒くさい先輩に、よく絡まれていたわよね、
……貴女が病気になって亡くなった、というのはその先輩から聞いたのだけど。……辛かったわね。」
私が亡くなった後の職場の話をしてくれた。
あの後使ってはいけない色素が(マラカイトグリーンか?)輸入食品から見つかって、物すごく忙しくなったとか。
みんな泊まりこみで家にもなかなか帰れなかったから、普段しない出前を特別にしたとか。
あの嫌な先輩はずっと独身だったとか。
レイカさんは50代後半まで生きていたそうだ。
多分事故にあったんじゃないかなって。
リュウジと一緒か。
思い出すと胸がチクリとする。
それに、私がいなくなっても世界は続いていたのね、
当たり前だけど。
親や兄弟は悲しんだろうか。
それは今まで考えないようにしていたことだ。
同じ転生者にあって記憶を共有することで、
やはり日本と言う国はあった。
私はそこで生きていた、と実感した。
「ほほほ。私はね、前世、阿部マルガリータだったの。ご存知?」
「ええ、存じております。超有名な漫画家さんですね?え、王妃様がですか?」
「ご存知なの。嬉しいわ。それでね、私はレイカよりひとつ上だったの。
それでレイカより半年前に亡くなったらしいの。
多分、病気よね?」
「ええ、報道されましたから。」
レイカさんが眉尻を下げて言う。
「貴女は私より二つ歳下だったのねえ。
聞いてもいい?幾つで亡くなったか。」
「最後の記憶の時は三十五歳です。病院の書類にサインをした覚えがあります。」
その時、
「お久しぶりね。メリイさん。」
「あ、貴女はカレーヌ様!?」
「あら、レプトンさんもいるのね?ふふふ。」
兄たちの憧れの君だったカレーヌ様だ。公爵家のご令嬢で、リード王子様のお妃候補だった。
ブルーウォーター公国内にいらっしゃったのか。
「王妃様、エリーフラワー様こんばんは。」
カレーヌ様はお二人に挨拶をして、またこちらにこられた。彼女もお腹が膨らんでいる。
「あ、ご結婚されたと伺いました。お子様が?」
「ええ、五月に生まれますの。コレからご近所さんだから、よろしくね?」
そして私の耳にコッソリとささやいた。
「良かったじゃないの。あんなクズと結婚しないで。」
王妃様がにこやかに微笑まれる。
「そうか、そなたたちは知り合いであったな。
これからも仲良くな。」
「もちろんですわ。あらメアリアンさんにレイカ。ここにいたの?ご注文のミニケーキ持ってきたわよ。」
「あら、美味しそう!」
歓声をあげる二人。カレーヌ様はメアリアンさんとレイカさん、エリーフラワー様とも仲が良いのか。
「え、カレーヌ様がお作りになったんですか?」
兄が目を丸くする。
「あら、そうよ。レプトンさん。私はこの国でスイーツ工房を夫とやっているの。御贔屓に。」
カレーヌ様はこんな人だったろうか。
深窓の姫君だったのに。健康的に日に焼けて。
はきはきとした話し方でからりと笑っている。
「…お幸せなんですね。」
兄がポツリと言う。
「ええ、こちらで幸せに伸び伸びとやっているわ。
うるさいのも、いないし。ふふ。
ここは観光地だから昔の知り合いに時々会うの。その度に皆さん驚くのよね。」
実はカレーヌ様は意に沿わぬ結婚をさせられたと評判だったのだ。
男性達は憤慨し、女性達はほくそ笑んでいた。
男性人気がとても高かったからだ。
レプトン兄も噂を信じて憤慨していた一人だ。
「コレでいいんだな。うん、ご健康そうで、お幸せそうだ。」
ちょっと目が潤んでいる。
「レプトン様。メリイ様。楽しんでらっしゃいますか。」
ネモ様がお見えになった。
「ご就職もお決まりになってようございました。」
「ネモよ。久しぶりじゃな。」
ネモ様が目を丸くした。
「王妃様、いらしてたんですか?
アラン様のお子様がそろそろお産まれになるのでは?」
「転生者が見つかったのよ。じっとしてられなかった。」
「ふふ。王妃様はお仕事バージョンでなくなると、言葉が砕けてくるのよ。リラックスされたんだわ。」
カレーヌ様が微笑んだ。
やはり微笑みの姫と言われたことがある。
花のような微笑みに見惚れてしまう。兄も釘付けだ。
ドアを開ける音がした。
「母上。こちらにいらしたんですか?」
美貌の青年が現れた。皆がうやうやしく頭を下げている。
第二王子様だ!アラン様の弟君の。
こちらに住んでらっしゃるのは知識としてあったけれど、実際すぐにお目にかかるとは。
驚いて汗が出た。
「リードこちらへ。紹介しておくわね。
第三の転生者、メリイさんよ。」
王妃様が声をかけられてこちらへ来られた。
「ああ!グローリー公爵のお嬢様だね?何度かお見かけしたことがある。
私は一度見た人は、忘れないんだよ。
転生者ということは母上と同じだね。宜しく頼むよ。」
麗しき王子様はにこりと微笑んだ。
「は、はい。」
こんな近くで御尊顔を拝するのは初めてだ。
流石に緊張する。それになんと美しい方だろうか。
「おや、そちらは兄君だね?レプトン君と言ったか?
お父上に紹介されたよね?三年前か?兄上とご一緒に。
あちらはサード君だったかな?」
兄は、目を見開いた。
「覚えていてくださったんですか?」
「ははは。グローリー公爵の自慢の息子さんじゃないか。忘れないよ。確か五カ国を話せるんだったよね?たいしたものだ。」
そして美しき王子様は、微笑んで兄の手を取った。
「君もこちらに住むんだろ?宜しくな。」
兄は感激のあまり目が潤んでいる。
顔も真っ赤だ。
「あ、ありがとうございます!」
カレーヌ様がそっと私に耳打ちしてきた。
「あら、レプトンさんって私に会った時より、リード様に会った時の方が嬉しそうじゃないこと?ふふ。」
リード様は人心の掌握に長けていると聞いたことがある。これなのか。
すっかり兄は心酔している。
「そろそろお開きにしようかの。」
王妃様の言葉を聞いて、レイカさんが寄ってきた。
「メリイさん。また是非食べにいらっしゃい。
シンゴくんやイリヤさんに言えばいいから。
ね?ラーメンやうどんやら、もうすぐカレーも用意出来るよ。」
ええっ、嬉しい!懐かしい日本の味だ!
「まあ、レイカ。カレーが食べられるの?」
「ええ、王妃様。カレーヌさんのおかげです。」
「はい、私のおかげですよ!」
まあ、きゃはは、ふふふ、とみんな楽しそうだ。
王妃様相手に不敬にならないのだろうか。
「あのね、私は私を知ってる人に会えて嬉しいのよ。」
レイカさんがこちらを向いてにこやかに笑った。
ああ、やはり猫の目食堂のおかみさんだ。
笑い方が一緒。
「ええ、私も私のことを覚えてくれてる人がいて、
本当に嬉しい。幻ではなかったんだって。」
気がついたら涙を流していた。
そっとレイカさんが私を抱きしめてくれた。
「辛かったわね、よしよし。もう貴女は一人じゃないのよ。私も王妃様もいるから。」
子供のようにレイカさんの胸で泣きじゃくった。
なんて落ち着くのだろう。
背中を撫でてくれる手が温かい。
「お母さまみたい。」
「うん、それ、よく言われる。」
貴女より今世はふたつ上なだけなんだけどねえ。
彼女は笑いながらつぶやいた。
「実はこの国にも桜があるみたいなの。
咲いたら観に行きましょうか。」
ええ、是非。
その次の日、王太子アラン様にお子様がお生まれになった。
王子様と王女様の双子だ。
グランディ王国は喜びに沸いた。
もちろん、ブルーウォーター公国も。




