話し合い。
ロージイ視点。
(この次から主人公視点に戻ります。)
三月十五日。家族揃ってグローリー公爵家を訪れた。
兄二人の顔は強張っているのに、両親の顔はニヤニヤしている。彼等は状況がわかっているのだろうか。
兄二人とは細やかに打ち合わせをした。
大丈夫、上手くいく。
「貴女今日は、地味じゃないの。あの女たちに貴女の美しさを見せつけてやりたかったのに。」
母は不満そうだ。
何を言っているのだ。今日はしおらしくしなければいけないというのに。
髪はピッタリとまとめて、グレーのワンピースを着た。襟元までボタンをキッチリととめて。ノーメイクだ。
このまま女官や家庭教師や侍女です、と言っても通る格好だ。
そっとお腹に手を置いてみる。
それに気がついた執事が嫌な顔をした。
重厚な扉が開いて中に入った。
公爵夫妻、2人のご子息そしてルートがいた。
「久しぶりだな。ベリック子爵夫妻。君たちが私のことをいつも面白可笑しく言っているのを知っているよ。今回もなかなかのことをしでかしてくれたな。」
公爵様は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「申し訳ありません!」
声をあげて平伏したのは兄たちだ。
私も後ろで膝をついて頭を下げる。
「お、お前たち?どうして?」
「そちらの養い子がうちの娘に手を出したのでしょう?謝るならそちらでは。」
親は状況がわかっていない。
ルートはじっと私を見ている、だけどその顔色は悪い。
「色々言いたいことはあるが。ご子息が頭を下げることはない。皆、かけてくれ。
まずご報告がある。こちらにお城の侍従長に来ていただいた。」
奥から静かに初老の男性が現れた。
「皆様。ご報告いたします。先日アラン王太子様立ち会いのもとでルート・カドック子爵令息とメリイ・グローリー公爵令嬢との婚約破棄が認められました。
アラン王太子様は速やかに国王陛下にご報告になり、畏れ多くも国王陛下は、ルート・カドック子爵令息とロージイ・ベリック子爵令嬢の婚姻を認めるとおっしゃった。
それと同時にルート・カドック子爵令息が子爵を正式に継ぐことをお認めになられた。
こちらがその書類である。
さあ、両名ともすぐにサインをするように。」
侍従長様はテーブルに書類を広げた。
やはりか。これにサインをすれば私とルートは夫婦になる。とりあえずヒヒジジイとの結婚は避けられる、と言うわけだ。
「え?」
ルートはポカンとする。
「承知いたしました、ご厚情に感謝いたします。」
いかにしおらしく清楚に見せるか。
その点に注意してしずしずと侍従長様の前へいき、サインをした。
続いてルートもサイン。
「これで俺たちは晴れて夫婦だね!」
はしゃぐルートに私は無言で下をむく。
目を伏せて儚げな笑みを浮かべたつもりだが、上手くいっただろうか。
パンパンパン。
乾いた拍手の音が響く。
卒業式の日と同じ、公爵様が貼り付けた笑顔で拍手をしている。夫人とサード様は仏頂面だ。
「やあ、ご結婚おめでとう。心からお祝いを述べさせてもらう。」
「公爵様、ありがとうございます。公爵夫人はお祝いしていただけないの?相変わらず心が狭いこと。」
母が煽る。馬鹿な。ここをどこだと思ってるの。
…それに、今気がついた。母が公爵夫人を悪く言うのは成績で争っただけではない。
きっと公爵様が好きだったのだ。
馬鹿な人たちだ。何故公爵家に歯向かうのか。
気にくわないからと言って何を言っても良いわけではないのに。
「…母の無礼をお許しくださいませ。私はこの結婚が諸手をあげて歓迎されるものとは思ってはおりません。」
椅子から降りて膝を折った。
無意識に唇を噛み締めて血がにじんだのだろう。
口の中に血の味がした。
「…ほう、思ったよりしっかりした娘御だ。
もうこのルートは今この瞬間から一人前の子爵となった。ウチには何の関係もない。
理解してるね?」
公爵様の声には揶揄する感じもあったが、かすかに感心している風もあった。
「…はい。」
「貴女お立ちなさいな。顔色が真っ青ではないの。
―それに、体調も悪いのではないの?」
ええ、思わせぶりに胃のあたりを押さえていたから。やはりそっちの誤解をして下さったのね、
奥方様。
「ありがとうございます。」
「さて、今回の婚約破棄についての慰謝料だがね。
ルートに資産がないことはこちらも存じておる。
それでは、ベリック家に払ってもらうしかないな。
お嬢様はルートとウチの娘が婚約者とわかっていて、関係を持ったのだからね?」
執事が書類を父に手渡した。
「こんなに!?いやいや、無い袖は振れませんよ。
だいたい、そっちのルート君が。」
「ルートはもうウチとは関係ないと、何度も言わせないでくれたまえ。責任をとって結婚した。子爵夫人になった、それで充分だろう。
私個人としてはルートは八つ裂きにしてやりたいがね。」
「――こんなことなら無理矢理に他の男と結婚させておくのでした。貴方の妹といい、この子といい、この顔の女はロクなことをしない。」
「母上、おやめください。」
止めたのはラージイ兄か、ケイジ兄か。
興奮する母には聞こえていない。
「これでは破産ですわ!どうやって生きていくの。
だいたいあの女は高飛車だったのですわ!
リヒャルト様の落とし子だと思いこんでいて!」
「やめろ、馬鹿者!」
そうだったのか。それは知らなかった。
リヒャルト様は現王の叔父上にあたる。
とても美しい方だったと聞く。豪奢な金髪。蒼い瞳。その美貌は現王にも、今のリード王子様にも受け継がれている。
だけど、とても女性にだらしなかった。
祖母も恋人のひとりだったというのか。
つまり、父を産んでからすぐ、という事になる。
それでか。王家の血筋を引く自分なら、公爵家の妻になれると思ったのか。子爵令嬢に過ぎなかったとしても。
こほん。
お城の侍従長様の咳払いだ。
「ご存知のとおり、リヒャルト様は沢山の女性と親しくされておりましたが、お子様はおひとりもいらっしゃいません。ただのおひとりも、です。
それに生涯独身を通されました。
隣国の王女とのご縁も断られました。
これで、お分かりでしょう?」
なるほど。そういうことだったのね。
事実はどうあれ、そう言うことになっている。
落とし子を名乗る者がいてもすべて偽者なのだ。
「お見苦しいところをみせて申し訳ありません。
お恥ずかしいことに、うちは借金まみれでございます。
責任を取って父には、まず子爵を辞めさせます。」
「なんだと!」怒鳴る父。
「…続けてくれ。」
「そして長子である私、ラージイが子爵となりまして、速やかに領地を売却し、慰謝料にあてます。
その後、私も子爵を返上致します。
…私も弟も王宮勤めをしておりますから、自分の糊口はしのげます。
妹もできれば王宮勤めがしたいと。」
公爵様はうなずいた。
「なかなか、道理がわかっておるようだな。
何、そちらから言い出さなければこちらから提案する案だった。ちゃんと先が読めている。」
「はい。ありがとうございます。」
「何を言ってるのだ、ラージイ!私は認めないぞ!」
「わ、私はどうなるの。」
「母上。あなた1人を修道院に入れるくらいのお金は残ります。そこで静かにお暮らしください。
…どうせ、父の投資の失敗で清貧生活だったでしょ。変わりませんよ。」
「…そうよね。借金取りに怯えるよりは良いかもね。」
下を向いたお母様からはすっかり、毒気と覇気が抜けていた。
そこへお城の侍従長様が書類を何通か差し出した。
「こちらがご子息に子爵位を譲る書類。
そしてこちらが領地を売却する旨の書類。
それからこちらが子爵位返上の書類。
さあ、ご記入を。」
父は激昂した!
「わ、私は認めん!サインはせんぞ!」
「貴様!畏れ多くも国王陛下の印が押された書類を破くつもりではないだろうな!!」
侍従長様の一喝に父は震えあがった。
周りをにらみつけ、ルートを見ると掴みかかろうとした。
「おまえっ!おまえの、せいだっ!!おまえがうちの娘に手を出すからだ!
入学した時から、ねっとりと見つめていたんだってな!
娘はな、ちゃんと勉学に励んで、高位の貴族には近づいてなかった!ちゃんと身の程をわきまえていたんだぞ!!
チクショウ、恨んでやる!一生なっ!!」
「父上落ち着いて!」
兄達が二人がかりで押さえつけた。
ルートは顔を真っ青にしてガタガタ震えている。
「子爵。ルートが憎いのは私も同じだ。
ルート!あの時何故、私の呼び出しに応じなかったっ!!
こちらのご令嬢は思ったよりしっかりした人のようだ。
誠心誠意謝っていてそこで紹介されていたらな、ここまでのことになっていなかったんだぞ!!」
激しい公爵の怒り。
「ええ、ルート。私が娘の為に用意した寝具で良くもそんなことができたものですよ。
それほど、ウチに喧嘩を売りたかったの?」
そして公爵夫人が涙を流していた。
「好きな女と付き合いたかっただけです!
――それに、メリイだって!アイツは黒髪黒目なだけで俺を気にいったんでしょ!
ありもしない前世話で誤魔化して!
俺が赤毛の女が好きだったように、アイツは黒髪が好きなんだ!どこがどう違うんですかっ!」
「…それ以上妹を貶めるな。」
公爵家の長兄が剣に手を伸ばした。
「あなた、さっさとサインをなさって。
私、もう懲り懲りですわ。こんなの。もう知りません。」
母がポツリと言った。
「そうだぞ。そこに借金の取り立て人が来ている。」
「―サインをしないと引き渡すと言うのか?」
父は深いため息をついてサインを済ませた。
その後、ラージイ兄もサインをした。
兄達が肩から力を抜いた。
「これで終わりましたな。」
「お前たちも私もこれから爵位なしなんだぞ。
どうやって生きていくんだ。」
父が項垂れた。
「ロージイ嬢。」
公爵様から呼ばれた。
「はい。」
「なかなか成績優秀なようだな。どうだ。お城の女官を今年受けてみれば。
試験は来週なんだろう。卒業してなくても受けられるはずだ。」
「――はい。ありがとうございます。」
どういう意図なのかわからず、恐ろしかった。
「さて、君たち。お父上にお別れを言いたまえ。
借金は返して頂かなくてはならないからな。
――入ってこい。」
ドアからむくつけき男たちが入ってきて、
「旦那、年貢の納めどきですぜ。」
と父を羽交い締めにした。
「おいっ、騙したな!」
「誰も引き渡さないとは言ってない。」
公爵様は不敵な顔で笑った。
「私はな。お前たち夫婦にはうんざりしていたんだ。借金とウチに払う慰謝料は別だろう?」
―――その日から父と母に会うことは、なかった。
誤字報告ありがとうございます。




