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前を向く。

三月十五日。

私はブルーウォーター公国へ旅立った。

ブルーウォーター公国は我がグランディ王国の中にあって、独立した国家だ。


初代ネモ・ブルーウォーター公。

彼の元には色んな人物が集まる。

第二王子のリード・ガーディア公爵ご夫妻。

(アラン王太子の弟君だ。)


王妃様も別荘をお持ちでよく行かれると聞く。

そして、エリーフラワー様ご夫妻。


ネモ様ご自身も愛妻家で、それに御母堂をたいそう大事にされている人情家とか。

御母堂はリード様の乳母を務められたそうだ。

隣国ギガントとの戦いの時手柄をたてられて、独立を許されたとも、力ずくでもぎとった、とも聞く。


旅路にはレプトン兄が付き添ってくれている。やはり女性一人旅は日本と違うのだ。心もとない。


「今頃は父上が話を詰めている頃だ。」

「ルート達と?」


ルートと、あの女とあの女の親兄弟が来るらしい。


「ああ、あのバカは良くわかってなかったんだ。自分がどれだけのことをやらかしたか。父上とサード兄に締められてることだろうよ。」


そして少し辛そうな顔をした。


「俺はアイツの味方をすると思われてる。外に出ていろ、と言われた。

まあ、明日おまえはエリーフラワー様に会って面接を受けるのだから。

付き添いは良い口実だよな。」


ため息をひとつついて続けた。

「それにな、俺はアイツが殴られたら止めに入らない自信がないんだ。

自分はこないだ殴ったのに。」


レプトン兄は辛そうだった。

私なんかとっくに吹っ切れてると言うのに。

自分の立場と義務を考えない男なんか要らない。


リュウジでなかった男なんて要らない。




初めて乗った陸蒸気に私の心は躍った。

グランディ王国をぐるりとまわっているが、

これもエリーフラワー様が開発されたと聞いている。

観光の機関車は熊本で見たことがある。

阿蘇BOYと言ったかな。家族旅行だった。

前世を思い出すと鼻の奥がつんとする。


ブルーウォーター公国についたら父の知り合いという人が待っていた。

ネモ公のところで働いているそうだ。


「エリーフラワー様のところへ行かれるので?」

「ああ、明日お時間をいただくことになっている。」

「では、ホテルにご案内いたします。」


馬車から見た街並みは美しかった。

季節の花畑。牧場。ショッピングモール。劇場。

そしてサーカスのテント。


「こんなに発展しているとはな。」


ホテルも近代的で素晴らしいものだった。

「おまえ、エリーフラワー様へお出しした書類はなんなんだ?みんな驚いていたぞ?」

「え?そんな変なものは。」

履歴書を送っただけだ。求人票には教授からの推薦状と書いてあったから履歴書に添付しようと思ったのだ。


推薦状は学園長が書いてくれた。

「貴女は優秀な生徒だった。エリーフラワー様のところで研究や開発に携わるのも宜しいかと。」


その後、もっと詳しく教えて欲しい。と、先方から連絡があった。


知っている知識を書いて送る事にした。


私は前世では食品の分析会社に入った。

恩師が口を利いてくれて、バブルの頃だったから、

すぐに首都圏の中堅の会社に決まった。


地元に残るのはいろんな思い出があって嫌だった。


大学はリュウジの死のショックで成績がガタガタになったので、学校推薦で行けるところに入った。

高校の先生は、

「一ノ瀬 美里みさとさん。もっと上を目指せばどうか。せめて共通一次を受けてみれば。」と言ってくれた。

だけど、そんな気力はなかった。

リュウジと約束した大学には入らなかったけども、

そこで化学系のゼミを選んだ。

やはり化学が好きで。



初めてエリーフラワー様の研究所の話を聞いたときは胸が高鳴った。

また、楽しい実験と研究ができるかもしれない。


だけど、それよりもルートとの未来を夢見たのだ。

一緒に父の仕事を盛り立てて行くつもりだったから。その為に勉学に励んで5カ国をマスターした。


それもみんな無駄になったけど。


私も公爵令嬢が簡単に研究所に入れて貰えるとは思っていない。

ただのお荷物、親のコネと思われて門前払いされたらたまらない。

だから、覚えていることを書いて添付した。

器具の絵を描いた。ピペット各種、ビーカー各種、

ピペッターは無さそうだったから、詳しく描いた。


この時代の実験の知識はどこまでなのか。

遠心分離機や吸光光度計はないだろう。

もちろん、液クロや移動層なんて言ってもわかるまい。


エバホレーターならどうか?

乳鉢に海砂の世界か?

アルコールランプはあるだろう、石綿は使ってないよね。


そのような事をツラツラと書き連ね、最後に私は前世待ちです。


昭和生まれ、平成没です。


と書き加えた。




その日の夜。

ホテルで兄とディナーを取っていると、長身の男の人に声をかけられた。

優しい眼差しの人だった。

「こんばんは。グローリー公爵家のご令息とご令嬢。

ここのホテルはいかがですか?

私は、このホテルの支配人とこの国の代表のネモです。」


息が止まるかと思った!ここのブルーウォーター公国のネモ様が何故、ここに。

こちらからご挨拶に伺うべきだったか。


兄と私は立ち上がり礼をした。

「初めまして。ネモ様、お会い出来て光栄です。」

「――いえ、お食事中失礼しました。

さて、こちらですが。」


ネモ様は後ろの女性を紹介した。

黒い服に頭にヴェール、口元も布で覆われている

スラリとした女性だ。

後ろに護衛なのか。騎士みたいな身のこなしの人がついている。


「メアリアンと申します。」

兄が反応した。

「あ、あなたはその、神秘の占い師で。」

そこで声をひそめて、

「エラ妃様のご親類、の。」


…エラ様は王太子アラン様のお妃様だ。


父からブルーウォーター公国で絶対にご機嫌を損ねてはいけない、と言われた人達が何人かいる。


その中の二人だ。


「まあ、ふふふ。良くご存知ですこと。公爵がおっしゃったのね。」

そして兄を見て、じっと私を見る。


目を見開きそして細められた。


「ええ、全くそのとおり。ピタリと重なっている。」


え?何のこと?

「それから、お兄様のレプトンさん?」


「はいいい?」

「貴方は随分とまっすぐな人なんですね。」

「え、それは占いなんですか?」

「ふふふ、そのようなものです。」

 


ネモ様が破顔した。

「そうか!それはそれは。お二人とも、良い夜を。」

「メリイさん。」

占い師様がこちらをじっと見て、

「エリーフラワー様のところでお働きになりたいのですね?」

「は、はい。」


「ふふふ。きっと合格なさいますよ。」


ネモ様は上機嫌だ。

「すぐに寮に入ることになるんでしょうね。

うん、良い機会だ。

今回は特別にコテージに泊まられては?」


「え、ええ?いやそれは、満室で取れなかったので。それに何泊かするつもりで、その、予算が。」

しどろもどろに兄が辞退する。


「ふふふ。差額などいただきませんよ。

それにね、コテージにはご紹介者がいないと泊めないんですよ。

…ところで動物がお嫌いとかアレルギーはおありではないですよね?」

「い、いいえ。」

「お二人とも?」

「はい。」


中庭に案内された。


「では、こちらへ。誰が空いてるかな?ああ、君か。」


しゅるるる。ぐるる。


ネモ様の隣にいつのまにか、夜を切り取ったような

黒い動物がいた。

黒豹だ。なんと美しいの。


「ああ、そういえば、アラン様のご成婚のパレードの時、ネモ様が猛獣を使って警備をされたとか。」

「私は動物に好かれるたちでしてね。

コテージは各種動物が守っていますよ。」


良く見ればトラやライオンなどが門番のように各コテージの前に座っていた。

置物や像のようにじっとしている。


父が言っていた。

「ブルーウォーター公国のネモ国王は全ての動物を従えると言う。彼が本気になるとこの世界を滅ぼせるとか。

決してさからうんじゃないぞ。

だからあの国は鉄壁の守りに守られているんだ。」


転生して気がついたことがある。

この世界は魔法はない。電気は通ったばかりだ。


だけど、魔獣と呼ばれるような伝説の生き物はいる。

お妃様はそれをUMAと呼んでおられる。

――やはり転生者でいらっしゃるんだな。


そして、神がかりな力を持つものもいるという。

「ネモ様はな、時々人間なんだろうか、と思うことがあるよ。だけどね、王妃様にご恩があって慕ってらっしゃるんだ。

あの方がいらっしゃる限り安泰だ。」

父の言葉を思いだす。ここは夢の国だと。

限られたものしか住めないとも聞く。

私は受け入れられたと思っていいのだろうか。



そしてお二人は立ち去られた。

美獣に守られて素晴らしい夜だった。


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・誤字ではないのこちらで。 ・間違っているから訂正せよ、という話ではありません。 ・独立した自治領だ。 「自治領」なら独立していないのですが……(米領プエルトリコとかデンマーク領グリーンランドとか…
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