薔薇の木に薔薇の花咲く。何事も不思議はない。
ロージイ・ベリック視点。
小さい頃から容姿を褒められてきた。
「おまえは私の妹にそっくりだ。」
家の中には叔母様のポートレートが何枚もあった。
女優だったらしい。
「意にそまぬ結婚を強いられてな。それで外に飛び出して女優になった。だけど身体が弱くてすぐに亡くなってしまったよ。」
「グローリー公爵にひどい振られ方をしたのですよ。それで意地になって持ちこまれた縁談に見向きもしなかったのです。
だいたいあのグローリー夫人もね、頭が良いことを鼻にかけて嫌な女でしたわ。」
「グローリーめ。うちが子爵だからって、馬鹿にしてるのさ。あれの親友のカドック子爵だって、伯爵家を捨てて子爵家に婿入りしたというのに。」
今ならわかる。普通公爵家と子爵家では婚姻を結ばないという事が。
叔母は器量自慢だったから自分なら大丈夫と思って撃沈したわけだ。
うちは上に兄が2人いる。私が婿を取ることはない。
どこかに嫁がなければ。高望みはしない。
「ロージイ。家を出てわかった。両親のグローリー公爵への中傷と執着は異常だ。このままではいつか叩きつぶされるぞ。」
「ああ、相手は遠く王家の血を引く一門なんだからな。本当ならお妃候補にもなる家柄だ。
ただ娘を溺愛する公爵が婿を取ることにしてるからな。」
兄達はお城勤めの文官になった。家には寄りつかない。
「おまえ、在学中に婚約者を見つけろ。このままでは金がある貴族か商人に売り飛ばされるように嫁がされるぞ。
――うちには、金がないんだから。
お前の学費は俺たちでなんとかしてやるから。」
母には二言めにはあの女の娘には負けないで、と言われた。
「お兄さんたちが学費を出してくれるの?
まぁ良かったこと。―――グローリー公爵の娘が同級生なの?いい、その娘には負けてはダメよ。
首席を取って頂戴ね?
ふふっ。器量はあなたいいからね。それはすでに勝っているわ。」
家にたくさん叔母の写真があるものだから、つい影響を受けてしまった。メイクも、髪型も。
それは私にとても似合った。
入学式の後の自己紹介。男の子たちが私を取り囲んだ。
だけど、慎重に慎重に。相手を選ばなくては。
父にはグローリー公爵の息子には近づくな、と言われた。
きっとロクな奴じゃない。どうせ遊ばれるのがオチだと。
私はそこまでバカじゃない。
高位の貴族令息なんて、どうせ釣り合う家系と結婚するに決まってる。
私が入学する一年前にリード王子様のお相手探しがあったようだけど、蓋をあけてみれば、公爵令嬢のヴィヴィアンナ様だった。そんなものだ。
最初は距離を取っていた女生徒たちだったけど、私が子爵や男爵の子息としか仲良くしないのをみて、警戒を解いてくれた。
本気で狙うのは低位の貴族の正妻の座だ。
高望みはしない。
そして大事にしてもらうのだ。
高位の貴族の愛人とかお断りだ。
それに派手な見た目なのに、勉強に励んでいる、成績もいい。
図書館で寸暇を惜しんで勉強している。
そんな真面目な姿を見て、みんな好感を持ってくれた。
「貴女なら王宮の女官になれるわね。」
「実家が裕福でないから仕事につきたい?推薦状を書いてあげる。」
何人かの教員も味方になってくれた。
だけど、入ってすぐの試験では首席にはなれなかった。私は10番目で層の厚さを知った。
女性の中では二番。一番はあのグローリー家の娘だった。
悔しい。あんたには裕福な実家があるじゃないの!
そんな気持ちでいた時に、廊下であの女とすれ違った。
隣にいたのはその兄たちなのか。
露骨に私を見下した目で見た。
「女性の首席のメリイさんですね?私、次は負けませんから!」
グローリー家は敵だ。
何故見下すの。
そう思って勉学に励んだ。
そのうち、私をチラチラ熱い目で見る、黒髪の少年に気がついた。
そんな子は沢山いたけど、他の子と違うのはグローリー家の子供達と一緒にいることだ。
「あの子はカドック子爵家の忘れがたみよ。」
周りの女生徒に聞いたら教えてくれた。
「という事は将来子爵をつぐの?」
「さあ?婿養子になるんだからどうかしら?名前だけ継ぐのかもね?」
成績も悪くない。剣の腕もいい。少し毒舌だけど性格にそれほど難があるわけではない。
ただ、お子様なだけだ。
女生徒たちからの評価はそんなものだった。
「何しろ、許嫁がいるからね。女生徒たちからは距離を置かれてるのよ。」
男生徒からの評判は。
「アイツ上手くやったよな。同情を引いて、公爵家の嫡男たちと同じ英才教育を受けさせてもらってたんだろ。
そりゃ成績も上がるさ。剣も上手くなるさ。
親がいないのは気の毒だが、あんな立派な後ろだてがあればな。
子爵家をついで仕事と領地と、公爵家の愛娘をもらうんだろ?」
―――その男が私を熱い目で見ている。
少し同情はした。親がいないこと。将来を決められていること。
あんなに勉強しているのに。
もしかしたら、お城で働きたいのかもしれない。
騎士団に入って武勲をたてたいのかもしれない。
だけど、どれだけ優秀でも飼い殺しなんだ。
私と同じかもしれない。
どんなに成績が良くても親が一言言ったら辞めさせられて、金持ちに嫁がされるかもしれない。
私だって王宮勤めがしたい。うわべだけ見てすり寄って来るやつなんか、真っ平だ。そんなのすぐに飽きられるに決まってる。
―――あの男が私を熱い目で見ている。
グローリー家のお姫様より私が好きなのね。
優越感が浮かんだ。お父さまもお母様も溜飲を下げるかもしれない。
今度、合同授業の時声をかけてみましょうか。
「貴方はグローリー公爵家の養い子なのですね。」
驚きこちらを見た顔がたちまち上気している。
私は満足して続けた。
「優秀なお方。グローリー公爵もお喜びでしょう。
そして、メリイさんも。――彼女が羨ましいわ。ふふふ。」
それだけ言って消えた。
それからあちらから寄って来るようになった。
少しずつ距離を詰めた。
ある日、寮に下の兄ケイジが尋ねてきた。
「先日、実家に寄ったら困窮していた。プライドばかり高いアイツらは領内だって上手く治められてないのに、おだてられて怪しい投資に金をつぎ込んで火の車だ。
おまえを金持ちのところへ嫁に出す算段をしている。早く逃げろ。」
兄にルートの話をした。
「グローリーのところの養い子だと!
――ふーん、逆に良いかもしれないな。
少なくとも子爵夫人になれるんだろ?」
あ、そうか。と何かに気がついた顔をした。
「カドック子爵の子か!ああ、なるほど。
父は反対はしないかもな。おまえに似ていた叔母さんな、彼女が行方不明になって病気になってることと、居場所を知らせてくれたのが、カドック子爵なんだよ。
彼はとても顔が広かったんだ。
父は感謝していたよ。
助からなかったけど、生きているうちに会えたのはカドック子爵のおかげだと。
彼は人が良くて友達も多かった。騙されてしまって没落したけど、助ける人も多かったと聞く。
今でもカドック子爵の息子を気にかけている人は多いんだよ。」
そこで、ため息をついて。
「ルートだったか?彼が孤児になったとき、うちのあの親がだよ!
恩があるから引き取ろうとしたんだってよ!
だけどな?男の子を一人前にするのに、どれだけの金がかかるか?って二の足を踏んだんだと!
うーん、公爵家のお金と教育をたっぷりかけられた、完成品を掻っ攫うのか?
父は大喜びするだろうよ!
……。
俺は公爵様が気の毒だが、おまえが不幸になるのはもっと嫌だな。何しろ相手は若い妻をもらっては、とっかえひっかえやってる奴だ。」
と、兄は硬い表情をして出ていった。
本気で狙うことにした。金持ちの後妻だなんて。
三十も上の男だなんて、気持ち悪い。
ルートの事を色々調べて、王都に親から相続した屋敷があるとわかった。ルートが1人で買い物に行く、と言う日に私も町に出た。
わざとキツイ靴をはいた。
ルートが来た。
「ああ、良かった。足が痛くて歩けませんの。」
靴擦れで皮がむけて血が出ていた。
「これはひどい。」
わざと裾を派手にめくって傷を、見せた。
剥き出しになった白いふくらはぎに彼の目は釘付けだ。
ゴクリ。
唾を飲む音が聞こえた。
――なんだ。お嬢様とは深い仲ではないのね?
王都の屋敷に連れて行ってくれた。
そこには使用人が三人もいた。きつい目で見られたので、公爵家から派遣されてるのだな、とすぐわかった。
流石に怪我をしている私を追い返すことはしなかった。
「ここは落ち着くわ。それになんて素敵な調度品なのかしら。」
青い小花柄の壁紙。敷かれたばかりの絨毯に、新しいカーテン。
まもなく嫁ぐ娘の為に公爵夫人が用意したものだとすぐわかった。
ツボも絵画も趣味がいい。何しろ王都の中心に近い。この屋敷が残るだけで儲けものだ。
(絵画なんかは破談になったら回収されるだろうし。)
それから、こう囁いた。
「貴方は優秀な人だわ。どこででもやっていける。ねえ。学費を返せば自由になるのではなくて?」
節約の為か?それから私とこの別邸で会うようになった。
執事が咎めるような顔で見た。
早く貴方の主人に報告なさい。そしてルートを放り出させなさい。
ある日は、こうささやいた。
「貴方は恩があると言うけれど、それと結婚は別なのではないの?恩は仕事で返せばいいんじゃないかしら。」
ルートは私が好きだ。彼の望む言葉をささやいた。
婚約者と距離を取り始めた。
仕事は多分、自分でなんとかしなきゃいけないだろうけど。
――公爵家の怒りを思う時だけは、私も怖かった。
「ルート好きよ。もう離れられない。
公爵様も本当は貴方の幸せを望んでるのではないかしら。」
とうとう一線を越えた。ルートは寮に帰らなくなった。
執事に殺されるような目で見られた。
ちゃんと報告してね?
私達のことはお嬢様の耳にも入っているようだ。
昼休みに中庭のベンチでぼーっとしているのを見かけた。
「ルート。私の父と母は学園で愛を育んだの。
中庭の噴水のところでプロポーズしたんですって。」
彼があそこまで単純だとは。
誘導されて私にプロポーズしてきた。
ただの作り話なのにね。
泣き崩れるメリイお嬢様を見て、溜飲が下がった。最後まで私は彼女の成績を抜けなかった。
その後、父に報告した。
私を金持ちのところへ売りつけられなかったことで、激怒したが、グローリー公爵に一泡吹かせることが出来た、とわかると手を打って喜んだ。
「良くやった!それに、カドックの息子か!評判は聞いている。なかなか優秀だって、な!」
そこに長兄が来ていた。
「オマエ、思い切ったことをしたな。まあ、二人は結婚するしかあるまい。名ばかりの子爵夫人になれてよかったじゃないか?
頑張って城勤めになってもらえ。」
「いや、そんなに優秀なら婿に入ってうちを立て直してもらえば。」
「父上。長男の私がいるのにですか?火種になりますよ。」
「そうですわ。長男のラージイが跡を継ぐのです。
良かったじゃありませんか。小姑がいなくなった方が嫁の成り手もあるというもの。」
この母は父が溺愛した妹に似た私に、時々冷たいのだ。
――姑がいない方がもっと喜ばれると思いますけどね。
そしてあの卒業式の日を迎えた。
誤字報告ありがとうございます。訂正致しました。
追加 皆様、気をつけていたつもりですが本当に誤字報告助かっております!
今回多くのご指摘をいただき、一括で訂正しておりますが、何故かエラーが出ました。
一応記憶にある分は訂正されているのを確認しましたけど、もし、上手く訂正出来てない箇所があったらすみません。
2024.11.24