現在、過去。そして未来。
皆様、今年最後の更新となります。沢山の方に読んでいただきありがとうございます。
来年も宜しくお願いします。
母と暮らす様になった。
色々案じてはいたが、思ったより平和でホッとした。
ただ兄が拗ねているらしい。
「ええー。私が外に家を建てたら母上来ますか?」
と言っているとか。
「そんな事言ったってね、あの子もそのうちお嫁さんもらったりしたら、私お邪魔になるじゃないの。」
困り顔でも嬉しそうな母だった。
「私はね、貴女が婿を取るからずっと一緒に居られると思っていたのよ、だから色々と油断していたの。」
「油断って何?」
「淑女の嗜みの刺繍を教えなかったり。
私達がやるのを見て覚えれば良いと思って、貴族間の親戚関係や力関係なんかあまり、教えて来なかったでしょ。それらへの応対の仕方。」
「ああ、まあ。」
朝の身支度をしながら返事をする。
お互いそろそろ出勤だ。
「デモさ。メリイはもうエリーフラワーサンと王妃サンと、アランサンやリードさん、ネモサンと気安い仲ナンダカラ、モウイイヨネ。」
母は目が覚めた顔をした。
「そういえば、そうね。」
「ソウダヨ。メリイには俺もツイテル。何か言ワレタラ、焼き払ッチャウヨ。」
龍太郎の目が光る。
「そうねえ。貴女に文句を言える人も、そういないわね。」
「そうですよう、エリーフラワー様をご覧下さいな。王家にもズバズバお言いになる。
あちらの方が腰が引けてますからね。」
イリヤさんが私の髪をまとめるのを手伝いながら、援護にならない様な、援護をしてくれた。
あの方は別格だわ。
母はこのまま学園の方へ行く。寮の前に駅があるのだ。
「そういえばローランドがね。」
「学園長が?」
「ルートからお金を預かったって。渡されたの。」
「え?何でルートが?」
「ルートは寮の部屋は特別室から普通の部屋に替えられたの。」
「お父様が払わなかったとかですか?」
「いいえ、逆。あの人に言われて卒業までの学費、寮費は払っていたの。最低限の生活費も。」
「そうなの?」
「寮費はもちろん特別室のよ。その差額をね?
卒業したら渡すから生活費に当てなさい、と言うローランドの良心よ。」
「凄い人ですね。」
「でも、あんな事になったでしょ。最後に会いに行ったサードに、そのお金をおばさん、つまり私に渡してって言ったんですって。」
「え、それはどうして?」
母は微笑した。
「おばさんが家を出て、お金に困ってるだろうからって。」
「…良くわからないけど。ルートにも良心があったのね。」
さあ、どうかしら。母は振り返らずに陸蒸気に乗った。
(どうする?寮を出て家族三人で暮らしたいかい?
オレは付いて行くけど。防犯は安心だろ?)
「ううん、ここにいる。通勤に便利だし。」
「おはようございます。また、龍太郎くんと、念話ですか。」
笑いながら、メガネの若い男性が声を掛けてきた。
「アラエルさん。おはようございます。先日は母を案内してくださり、ありがとうございます。」
「いえいえ、研究所のリーダーとしては当然ですよ。
それより、今日のお昼はカレーみたいですよ。」
「え。楽しみです。」
「ハイドさんのおかげでご飯が楽しみです。」
「本当に。大分元気になったんですね。少し顔を出して見ます。」
「九時から定例会なので、忘れずに。では。」
男性用のロッカールームに向かうアラエルさんと、別れた。
(メリイ、アイツおまえに、気があるな?)
「まさか。」
「うーん。あいつ、メリイさんに気がありますねえ。」
後ろでイリヤさんが全く同じ事を言うので驚いた。
「え、そんなことないわよ。」
「いや、そうですね。アラエル君だけじゃ無いですけどね、貴女に気がある研究所職員は。」
横から声がしたと思ったら、ハイドさんがタマネギの袋を抱えてニコニコしていた。
「あ、ハイドさん!顔を見に行こうと思っていたの。体調はどうですか?」
「ははは。嬉しいですね。もうすっかり良いですよ。龍ちゃん。元気か?」
「オウ。三日ぶりダナ。」
「中にいると中々顔を合わせませんねえ。」
「ナア、今度はラーメンを食ワセテクレヨ。」
「あ、わかった。特訓を見てたんだね。ははっ、まいった。恥ずかしいね。」
「確か乾麺が流通してますね。エリーフラワー工房作の。」
「そうだよ。レイカさんのご先祖がラーメンのレシピを残してたらしいの。
やはり転生者だったらしくてさ、そのノートは日本語で書かれてるってえ噂ですよ。」
「日本語!」「ニホンゴダッテ!?」
「み、見てみたい。」
「やっぱり?今度休みの日に言って見せて貰いましょうか。」
研究所の研究職は土日がお休みだ。
縫製部とかは交代でお休みみたいだけど。
ノートが見たい、というとレイカさんが
「モチのロンよ。」
と出してくれた。
私達と護衛、レストランスタッフも覗きこむ。
表紙に書いてあったのは。
【いつの日かこれを手にするものよ。ラーメンの作り方を教えよう。】
「ニホンゴだ!」
「まあ日本語よ。」
「そう、日本語なの。」
「日本語!?」
「これが日本語か。」
「日本語なんだ。」
「日本語って。」
「日本語なんですか。」
金色夜叉の金剛石のセリフのくだりのように、
みんなが声をあげた。
転生者三人にはやはり懐かしい、日本語。
「多分ね、百年くらい前の私のご先祖。
ここに名前があるの。キリト・モルドール。
日本前世名は加藤一郎太だって。」
「ああ、本当ですね。涙が出てきます。」
「ナツカシイナ。」
チャーシューの煮方。
【タレで45分程煮て、フォークで刺して見る。】
スープの作り方。
【豚骨と鶏ガラ。ゲンコツと呼ばれる部分は良く叩く。グラグラさせると白濁する。透明な澄んだスープが欲しいときは、沸騰は最小限の泡が出るくらい。】
上に浮かぶ鶏油の取り方。
【容器にいれて、逆さにして水分を捨て、脂を残す。】
白髪ネギの水の晒し方。
【最低でも三十分は晒す。】
…などなど。
「ね、面白いでしょ。」
「ええ!」
「ピザやパスタやサンドイッチがアルッテコトハ、
外人さんも転生シタンダナ。」
「ええ、そうね。」
「ナア、メリイ。一度聞いて見たかったンダガ、俺はヤハリ交通事故デ死ンダノカ?」
「え。」
「あ、ハイハイ!あちらで二人で話したら?
念話できるんでしょ。」
レイカさんが焦って、私たちを奥のテーブルへ誘った。
「ええ。」
肩に乗せて奥に行く。
「レイカさんも交通事故みたいなの。」
(あ、そうか。配慮が足りなかったな。)
あの人だけははっきりと分からないままだ。
私は入院していた。退院した記憶はないし、レイカさんが覚えていてくれた。
王妃様は訃報は報道されたと言うし。
「それは間違いないの。対向車のトラックが中央線を越えてぶつかって。リュウジの家のワゴンとぶつかったの。」
(やはりそうか。雨の日の夕方だったんだ。
いきなりトラックが、近づいて来て。それから衝撃が。)
目の前で龍太郎は項垂れる。
そしてはっとなって、目を開いて私を見た。
(あ、それじゃ、家族のみんなは?)
「龍太郎以外は怪我をしたけど回復したよ。」
(そっか、良かった。)
龍太郎の肩から力が抜けた。
「龍太郎の事はみんな悼んでいたよ。人気者だったから。」
(それは…有難てえな。)
軽く目を閉じて、
(それからの家族の消息を知らないか?)
「弟さんは、東京の大学に行ったわ。ご親戚があるんですって?そちらの離れに住んで通ったとか。」
(ああ、松田のじいさんのとこか。母方の親戚だよ。)
「ご両親は怪我の後遺症があってお仕事は、変わられたと聞いたわ。お兄さんは大学を出たら地元に戻ってこられたらしいの。
…そのあとは私も横浜に就職したから良くわからなくて。」
(わかった。とりあえず家族が無事だったことで安心した。
有難う一ノ瀬。)
そう。私達はいくら望んでもあちらの家族には―もう会えないのだ。
誤字報告ありがとうございます。




