炎の壁。
時々、龍太郎に乗って飛んでいる。
今日はいい天気。
母とも和解したから気持ちは晴れやかだ。
「気持ちいいねえ、龍太郎。」
(だろう?だろう?
ハイドも乗せてやりたいけど、病み上がりじゃあなあ。体力つけねえと。)
「そうね、ちょっと寝たきりでも筋肉って落ちるのね。」
(リハビリって言って中華鍋振り回してたな。)
「そう、それから麺の湯切りの練習って言って、湯切りざるに布巾を乗せて麺に見立ててやってたわ。ちゃっ、ちゃって。」
(あの平たいヤツな。カゴみたいなヤツじゃなくてな。)
「良くテレビでラーメン屋修行の人がやってたけど、本当に外で麺上げ修行してるのは、横浜で一度しか見たことないわ。」
(いや、見た事あるのは凄えよ。ははあ、それをハイドに教えたのはメリイか。レイカさんだと思ってた。)
「うふふ。」
スキンヘッドにタオルを巻いて本当によく似合っていた。
話をしてる時も下の景色はどんどん変わる。
私は川沿いを飛ぶのが好き。
水面がキラキラと輝いて、魚や水鳥たちが見える。
美しい透明な水。濡れて光る石。
上流には柱状節理が見事だ。高千穂か東尋坊か。
「火山の影響で出来たのね。」
(おう、見事なもんだぜ。)
龍太郎との会話はストレスがない。向こうの言葉は直接伝わるし、私の返事はどんな呟きでも拾ってくれる。
以心伝心ってこういうことね。
国境沿いの荒地に出た。
(アレはネモさんとリードさんじゃないか?)
下を見ると確かに集団の中で際立つ二人がいる。
(なんか、光ってるだろ?遠目に見ると良くわかるだろ?この土地に愛されている印さ。)
「そうなの?」
(多分ね、メリイとエドワードさんも光ってるよ。
オレらに愛されているからな。)
「まあ。ネモさん達は土地神さまかなんかに愛されてるの?どんな御姿?」
(うーん、見たことはないから。姿は持たないんじゃないか?ただ、この土地のエネルギーというか、力の揺らぎをあの二人に感じるね。)
下の二人が私達に気がついた。
手を振ってるから、振り返す。
リード様の金髪が光って煌めいている。
ん?手招きされてる?
(リードさんに呼ばれてるな?降りるぞ。)
滑らかにそっと降り立つ。
龍太郎は小さくなってダチョウくらいの大きさだ。
「やあ、呼びつけてごめんね?」
リード様が白い歯を見せて笑う。
「イイッテコトヨ。何のヨウダイ?」
「今ね、ネモさんと国境近くを見回りしていたんだけどね、ハシナ国がしつこいんだよ。」
「この国に侵入しようとしてね、返り討ちに遭っているんですがね。」
ネモ様が苦笑して続ける。
「フーン。俺か白狐のパイセンに国ゴト焼きハラッテ欲しいワケ?」
リード様も苦笑する。
「そう出来れば簡単なんだけどね。」
「ダッテさ、こないだアランさんに切り付けタンダロ?王太子ヲ狙うナンテ、開戦待ったナシなんじゃ?」
「うーん、あんまり戦はしたくないね。一応、ハシナ国は王太子を襲ったのは彼等の独断だと切り捨てた。こちらの国で裁いていいと。」
「オレが言うのもナンダケド、トカゲの尻尾切りジャンカ。」
龍太郎。自分のことを時々空飛ぶトカゲって言うものなあ。
「ハシナ国とは国交を断絶する事にした。
龍太郎くん、君の炎で威嚇することを頼めるかな。」
「ドウイウコト?」
「国境沿いの線を、炎で縁取って欲しい。」
「そのうち火は消えるだろうがね。物凄く怖いと思うよ。」
「ナルホドね。」
「こっちギリギリに丸太を積む。それは鳥や動物が手伝ってくれる。キミはそれに空から点火してくれればいいのさ。」
「幸か不幸か国境は砂だらけの荒地だ。延焼の危険は無いよ。」
「ソウダネ。」
龍太郎は考えこむ。
(メリイこの辺なんだよ。例の石油がある所は。少し離れてるけど。)
「え、まさか石油を運ぶの?」
(いや、それよりここの地下には天然ガスがある。
トルクメニスタンの地獄の門の話を覚えているか?)
「ええ。」
(多分、少し掘ってやって、点火したらガスに引火してしばらく燃え続けるね。)
トルクメニスタンには、地獄の門と呼ばれている場所がある。ポッカリと地面に空いた穴だ。中で火が燃えている。
天然ガスの溜まりがあって、危険防止の為に点火されて燃やすことにされたのだ。
何年も燃え続けている。夜に撮られた写真はとても美しい。
部室にあった化学雑誌に書かれていて、二人で夢中になって見た。
いつか見たいよな、とリュウジが言い、私もと相槌を打った。
「そうなのか?ガスがあって燃え続けるのか?」
「あ、ネモサン。ソウカ、アンタは触るとオレらの気持ちがわかるンダヨナ。」
「ああ、君の尻尾が私に触れてるんだけど。無意識だったのかい。」
「オヤ、本当ダ。ネモさん、メリイを見ててくれ。
ヤッテミル。」
龍太郎は飛び立った。
「あ、お待ちよ。キューちゃん、聞こえるかい?
頼むよ!」
ネモさんが、自分のツチノコを通じて呼ぼうとしてる。
「龍太郎。待って!白狐様が来てから!」
(我を呼んだか、娘よ。)
キュー。
(忘れたか。そなたは私とも繋がっているのだ。)
頭に響く声。白狐様が現れた。
「キューちゃん、来てくれたか!
私たちを安全な所へ移してくれ!」
ネモ様がホッとした顔で叫ぶ。
ゴーン。
(あのせっかちトカゲめが。みんな掴まれっ!)
シュルル。
次の瞬間。私達は小高い丘の上にいた。
龍太郎が大きくなって飛んでいるのが見える。
そして口から、細く息を吐いた。
下の土が舞い上がっていく。線状に。切り込みをいれるように。そして崩落していく。
え、下は空洞なの?
「私達はあの空洞の上にいたのか?」
「ええ、リード様。」
キュー。
(アレでそこそこ厚い岩盤だぞ。普通ならびくともしない。)
長さ10何キロか。クレバスが出来ていく。
「綺麗に国境をなぞったな。」
「ええ。リード様。」
そして龍太郎の口から火が放たれた!
ばばばばば、どどどど!
点火された。火の柱が立ち上がる。火の粉を飛ばして炎が踊る。
あちこちで爆発が起こるのが見える。
これは現実なのかしら。
怪獣映画のようだ。爆風で砂塵が舞い上がる。
「無茶するなあ。」
「ものすごい威力ですね!」
火の勢いは止まらない。地面の亀裂にそって、国境に沿って、火のカーテンが出来ている。
誰もそれをくぐっては来れない。
龍太郎を除いては。彼は火の中を何度もくぐっている。
楽しそうだ。
出たり入ったり。銀色にも虹色にも見えるウロコは、火に炙られて真っ赤だ。
「楽しそうだね!」
「もしかして寄生虫とかウロコに付いていて、焼いているのでしょうか?」
ええ、やめてよ。みんなでウロコの水を飲んでるのに。
「いや、あんな硬いウロコにつく虫はいないだろう。」
「そうですね。それにやはり彼は火竜なんですね。」
リード様とネモ様は交互に感心している。
「あの、これでハシナ国からは、グランディにもブルーウォーターにも来られないんですね。」
「そうだね、メリイさん。
基本的には。
こちらに来るにはマナカ国を経由する事になる。
彼の国がどこまでハシナ国に肩入れするかだがね。」
キュー。
(おい、そろそろ戻ってこい。やり過ぎだぞ。
我が皆を避難させてなかったら焦げていたかも、知れぬ。」
グーン。
龍太郎が羽音を立ててこちらへ来た。
「ゴメン、思ったより火の勢いが強くて。ダンナが来テクレテて良カッタヨ。」
「そうだな!ネモさん、キューちゃんを呼んでくれてありがとう!」
「いえ、リード様。それでは解散致しましょう。」
「ああ。父上に報告しなくてはな。」
――その後、ネモ様が私のところへ来てそっと囁いた。
「今回はキューちゃんは私が呼んだ事にしましょう。
貴女が龍太郎君だけでなく、キューちゃんまで呼べるとわかると、益々狙われてしまいますからね。」
ネモ様はそれだけ言うと急いで立ち去った。
誤字報告ありがとうございます!




