赤い髪の女と夢の終わり。
誤字報告ありがとうございました。
※ロージイ視点。
ホテルは繁盛していて、雑用係の少年と掃除婦を雇えるようになっていた。
…厄介事はいきなりやって来た。
ホテルの受付をする私の前に、
「邪魔をする。」
影のような不気味な男が目の前に立ち塞がった。
「グローリー公爵様?」
私の声にケイジ兄が、飛び出して来た。
「話があるのだが。」
そう言って公爵が舐めるように私を上から下まで見回す。
舌なめずりの音が聞こえてきそうだ。
え?こんな人だった?
…怖い。
「お話があるのですね?では上の兄も呼びましょう。見た所大事なお話のようですから。」
ケイジ兄はにこやかに応対したが、その手は震えていた。
「これを。急いで兄に。」
少年は走りさった。
「そうだな。上の兄君も居られた方がよいな。
その方が話が一度で済む。」
「こちらへ。上のお部屋が空いております。
今お茶を。君、ちょっと。」
そして掃除婦に指示をだした。
「こちらでお待ち下さいませ。」
公爵を部屋に押し込むと、
「ロージイ、見たか?アイツを。まともじゃないぞ。
お前をいやらしい目付きで見てたよ、なあ?」
私も驚いた。本当にメリイさんの父親だろうか。
自分の娘と同じ歳の娘に。本当に?
背中に冷たいものが落ちる。
ヘビに睨まれたカエルのようだ。
「俺やラージイ兄から離れるなよ。」
息を弾ませて、長兄が到着した。
馬車を走らせてきたらしい。
すぐ戻らないと行けないのか、そのまま待機している。
「兄貴、大丈夫か?」
「ああ、問題ない。」
そしてみんなで応接室に移動した。
「久しぶりだな。ここに良く来たものだ。ハルトがいた頃や、ここを管理するためにもね。
マリーが整えた壁紙や絨毯はどうだね?
どれも一級品だよ。」
「はい、素晴らしいですね。」
にこやかにケイジ兄が相槌を打つ。
「ところで本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」
ラージイ兄が慎重に用件を切り出す。
「ルートが亡くなったそうだね。他所の国の間者の手にかかったとか。」
「―ええ、そのようですな。」
やはり真相を知らないのか。私だってラージイ兄がその場にいたから知った事だ。
「私もね、アラン様から叱責を受けた。ついロージイさんの事を愚痴ってしまってね。
ボーモンが暴走した。君に迷惑をかけたね。」
ここで、何と答えるべきか。
ええ、迷惑でした。失職したのだから補償をいただけますか、と言うか。
または、気にしてませんわ。と返すべきか。
「…。」
黙って下を向く。
「怪我をしたそうだが、大丈夫かね。」
猫撫で声で気持ち悪い。なんなの。
「こほん。それでウチの妹に慰謝料でも下さるおつもりでいらしたのですか?」
ラージイ兄が助け船をだした。
「そうだね。私がロージイ嬢の面倒を見ようと言っている。」
「はあ?!」
「つまり、妹を妾にと!」
「失礼にも程がある!」
「いや。私は妻とは離縁した。」
え。何なのそれ。
「―妹を公爵夫人にして下さるおつもりか?」
下の兄が低い声を出した。
「…いや、爵位は息子に譲った。郊外の屋敷でゆったりと暮らしている。
君も来ないか。煩わしさから離れて暮らせるぞ。」
「嫌ですわ。私を蛇蝎の如く嫌ってらっしゃってるくせに。何を企んでいらっしゃるの。」
ゾッとする。
「まさか?!私を拒むのか?」
大きな声を出す公爵様、改めグローリー氏。
「何故拒まれないとお思いか?失礼だが、どれだけ歳が離れていると!」
兄が声を上げる。
「ロージイ!君は、バーバラなんだろ?!
そうだろう?」
「何を言って?バーバラ?叔母のことか?」
「似てるとは言われたけれど。」
混乱する。
「生まれ変わりなんだろう?メリイだって転生者だ。」
ラージイの兄の顔が強張る。メリイさんは確かに転生者で、ドラゴンに守られているらしい。
その威力を目の当たりにしたのだ。
「…そうですね。メリイさんはそうです。」
「でも、私は違います!叔母様とは関係ありません!」
「思い出していないだけだ!バーバラ!
卒業式の時に私をずっと好きだったと言ってくれたね?
あの時は!マリーがいたから、君を受け入れられなかった。すまなかった。」
うつろな目で捲し立てる。
「叔母との間にそんな因縁があったのですか?」
ケイジ兄が静かに聞く。
「ああ、そうだ。あの時私は間違えた。君を選ぶべきだった。
だけどもう、公爵じゃない。なんのしがらみもない。バーバラ、君がどんなに貴婦人としての素養が、足りなかったとしても、責める人間は、いないんだよ。」
「わ、私はバーバラではありません…。」
恐ろしい。話が通じない。
なんなの。
「君はバーバラだ。すぐに思い出すよ。」
気持ち悪い。
「お断りします。」
怖くて涙が出る。兄の後に隠れる。
「そうか!それなら、もうすぐこのホテルは無くなるのだぞ!
路頭に彷徨う事になる!」
ラージイ兄が眉をひそめる。
「おっしゃる意味がわかりませんな。」
「このホテルは、スパイの巣窟だ。そうだろ?」
「はい?」
「最近、ハシナ国の間者が暗躍している。アジトはここらしいな?何しろ君たち兄妹は語学に堪能だ。みんなが知ってる。」
「何を言ってるのですか。」
「一度そういう悪評がついたら、ホテルの存続は難しいだろう?」
そこでこの男はニヤリと笑った。
「 ! 」
なんて事だ。この男はホテルを潰すと脅している。
私がついて行かなければ。
「ロージイが貴方の所へ行かないと、悪評をバラ撒くと?」
ラージイ兄の声は冷たい。
「そう取ってくれても構わない。
だいたい、このホテルは怪しい女性客が常駐してるそうではないか。
女1人で泊まるなんて。怪しい奴だ。」
―そんな事で言いがかりをつけるなんて!
ガチャリ。
「それは私のこと?」
「私の娘のことか?」
そこには、例の女性客。ルートの時に証言してくれた人と、恰幅の良い男性が立っていた。
「久しぶりですな。グローリー元公爵。
娘が私と同室だと窮屈というのでですな、もう一部屋取っただけの事。」
「そ、そなたは!ダイシ商会のダン!」
「何やら不穏な気配だったので、隣に忍んでもらっていたのです。」
ケイジ兄が言い放つ。
さっき、掃除婦のおばさんに言付けていたのはコレか。
「元公爵、あんたが何を言おうとも、私がそれを否定する。どっちの方が影響力があるかな。」
「くっ!」
「それに、あんたはロージイさん欲しさに脅迫した。」
「…幾らだ。」
「ん?」
「長い付き合いじゃないか。幾ら払えば黙っていてくれるんだ。」
「何を言っている?」
「このまま、私がこの女を手に入れるのを黙って見ていてくれないか。
いや、一緒に悪評をバラ撒くのに協力してくれ。」
「なんだと!」
兄達の怒りの声。
「…残念だよ。そんな事を頼まれるとは。
この私に犯罪行為に手をかせ、と。」
ダイシさんはポツリと言った。
そこで、ラージイ兄が声を上げた。
「聞いておられましたね?この極悪人を捕まえて下さい!」
バン!
ドアを開けて騎士達が入ってきた。一人はシンゴさんとよくいるロンドさんだ。
「潜んでいるのはダンさんだけじゃないんだよ。」
ラージイ兄が言う。
「騎士に一緒に来てもらうように頼んだんだ。」
頷くケイジ兄。
「馬車の中に潜んでいたが、話し合いが始まると同時に少年からコチラへと誘導されてね。
グローリー、ちゃんと我等が聞いていたぞ、おまえが彼女らを脅すのをな!」
「あ、貴方はアラン様側近のロンド様!」
「では、脅迫の容疑で城まで来てもらおうか。」
「な、何故だ。バーバラ。私はオマエを迎えに来ただけだ。」
私の方へ手を伸ばすグローリー。
目が赤く血走っている。
「私はバーバラじゃないわ!」
叫ぶ。気持ちが悪い。執念、妄念、ドロドロしたものがまとわりつく。
「何でだよ、あんた。こないだまで、貴族の鑑だったじゃないか。どうしてそうなった。
十年前か?メリイの婚約者が決まった、と嬉しそうにしていたよな。私も良い婿が決まって安心だ、なんて言っていたなあ。
それが、それが!娘みたいな女に狂って。
このていたらくか!」
泣いているダンさん。
本当に家族ぐるみで仲が良かったんだな。
「バーバラ!ロージイ!」
彼の言葉はもうアイツの耳に入っていない。
引きずられるようにして、出ていった。
「ダン様。ありがとうございます。お嬢様も。」
「いいや。大したことはしていないよ。」
「私が謎の女だと思われていたとはねえ。」
「特に親子と言わずに別々に取っていたのが仇となったか。」
「お仕事の関係で後から合流とか、よくあるし。
それにしても、ロージイさん。
先日といい、今回といい、災難だったわね。」
「前回は私はいなかったが。ルートも小さい頃から知っていたがね。薬はこわいな。」
私達がペコペコ頭を下げるのを制して、
「ところでロージイさん?」
「はい。」
娘さん、台帳だとサリーさんだったか。
「あの男、普通ではなかったわね。病院に入る事になると思うけど、逃げ出すかもしれないわ。」
「ええっ。」
「貴女の居場所はここだと知られてるのが怖いわね。」
「まったくだ。あの手の狂人は何をするか。」
兄達の顔も強張る。
「一時的に修道院に入るか?」
「それでも良いけど安全か?」
「ブルーウォーターに逃げるか?」
無理だ。メリイさんに甘い神獣の怒りに触れるに決まってる。
「ブルーウォーターは無理でしょうね。」
サリーさんは私の方を見て言った。
「私達と来ない?」
「はい?」
彼女はにやっと笑って、
「貴女の語学の堪能さ。客あしらいの上手さ。そして度胸。良い人材だと思っていたのよ。」
そして、続ける。
「大丈夫よ、父は黒髪のちょっと垂れ目にしか興味ないの。私や母みたいなね。」
「おい!何を言ってる!」
「ほほほ。どうかしら?本拠地はマナカ国よ。
でも年の半分は各国を飛び回ってる。」
「私の後継にしようとしましてな。今修行中です。
隣で手伝ってやってくれるかな。」
ああ、この二人の間には温かいものが、流れている。
彼らについて行こう。
そして私はグランディ王国を出た。




