恫喝と涙と懇願。
誤字報告ありがとうございます。
ハイドさんが切られた。
(重症らしいぞ。鳥が伝えてきた。ツチノコで止血はさせたが。)
(メリイ、間に合うかわからないけど、行くぞ。)
神獣二頭?二人?の声が頭に響いてくる。
「どうしたの、真っ青よ。」
今は新製品のミーティング中だ。
「エリーフラワー様、ハイドさんが切られたって。」
「ええっ!リード様の影武者をするとは聞いていたけど!確かダーリンも行ってるはずよ!」
そこへ、白狐様が現れた。
肩に龍太郎を乗せて。
「他の人は、無事ダヨ。メリイ借カリテイクゼ。」
白狐様が私に触った?と思う瞬間病室にいた。
真っ白な血の気がない顔。
ハイドさん!
グオ。
(我のお気に入りを。許せん。)
「ハイド、仇を取ッテヤルカラ!」
「まだ、死んでませんよう。」
弱弱しい声が聞こえた。
(おお。命は取り留めたか。)
青い光がハイドさんを包む。
「見る見る顔色が良くなってます!」
クノイチの、オー・ギンさんが叫ぶ。
アンディさんの養母でレイカさんの義母だ。
「メリイ、怪我カラ感染症を起こすと、熱が出るカモシレナイ。
ウロコを水ニイレテ飲マセテ、解毒サセテヤレ。」
「うん。」
「チョット締メテクル。ハイドの兄チャンには、
コレカラモ美味イモンを作ッテモラウンダカラナ!」
そして神獣達は消えた。
「…ははは。美味いものか。」
ハイドさんは口元だけで笑った。
「お水です、さア飲んで。」
水差しに龍太郎のウロコのかけらを入れた物だ。
「いつも待ち歩いているんですか。」
オー・ギンさんが感心している。
私は龍太郎のウロコやら、宝石やら入れたお守り袋を肌身離さず持っている、いや、待たされている。
「マーキング…でも助かります。」
「龍太郎の出汁と思うと複雑だけど、…あら、美味い。
すーっと染み込んでチカラになる。」
「え?」「私も。」「あら、頭痛が。」
「肩凝りが。」
病室の人たちが見る見る元気になる。
「龍ちゃんはいつも気安いから気にしなかったけど、
俺らとはまったく違うものなんだな。」
ハイドさんが言うと、
「ええ、メリイさんやネモさんがいなかったら。
敵国に行ってたらと思うとゾッとします。」
オー・ギンさんも続ける。
「あー、アイツらの所には行けなかったかあ。」
ハイドさんがポツリと言った。
それが、自分の亡くなった家族の事だと分かると
かっとなった。
バシッ。
「え、怪我人を打つなんて酷い。」
「良いんですよ、メリイさん。この馬鹿は生きるのに執着してない。」
馬鹿野郎。涙が出てくる。
「あなたねえ!命は大事なのよっ!私だって三十五で病気で死にたくなかったの!
どんなに苦しくても生きていたかったのよっ!
あと少し、あと少しって。
病室の窓から見る銀杏が黄色くなれば、年を越したい。年を越せたら次は梅の花が見たい。
梅が見れれば、桜が見たい。」
私の本気泣きにハイドさんが引いている。
でも、構うものか。
「急に体調が良くなった事があるのよ、その時はこのまま治るのでは、と。
また、猫の目食堂に行けるのではないか。
それよりも、いちご食べたいってね。」
最後のほうはほとんど水分しか取れなかった。
胃ろうにと言う話もあったが、その前に進行した。
「結局、すぐにまた悪くなったの。もう、このまま羽根が生えないだろうか、行きたいところに行きたい、そんな事を考えてたのよ。」
遠く離れた故郷へ帰りたい。どうしてこんなに遠くへ来てしまったの。
私の部屋のポスターはそのままだろうか。
あの高校の化学部の部室を覗いて見たい。
それよりもあの公園の桜の木の下へ。
「私は前世は貴方より歳上だった。だからね、色んな人を見てきたわ。
貴方はどこか心に穴が空いてるのはすぐわかった。
誰にでも優しくて、いつも穏やかだけど、それは壁を作っているから。
逆にどうでもいいと思っている。自分のことも、他人の事も。
いつ死んでもいいと思ってるからでしょう。」
オー・ギンさんは頷く。
「メリイさんの言う事は本当ですね。
コイツには、覇気がない。
まあ、アンディやシンゴ見たいに小狡いところも無いですけどもね。」
ハイドさんはとても困った顔をした。
「だけどね、影の者は主君の為には命をかけるでしょ。あまり自分の生死にこだわっても。」
そこへ、リード様が入ってきた。
「ハイド!大丈夫か!すまなかったね!
私の身代わりになって大怪我をしたと聞いたんだ!」
光り輝く王子様はその場の雰囲気をガラリと変えた。
皆、頭を下げる。
それに構わず、リード様はハイドさんの手を取った。
「傷はキューちゃんが癒やしてくれたと聞いたが、
ゆっくり休んでくれたまえ。」
「そんな、勿体ない。それが我らの勤めなんですから。」
ハイドさんの言葉に居並ぶ忍びたちが頷く。
リード様は眉尻を下げて、
「実はな。私達の影武者だったゲン・ノジョー夫妻も大怪我をしてる。今度もかと思うとね。」
ため息をつかれた。
「恐れ多い。貴方はかけがえの無いお方なんです。」
「ソウダネ。」
そこへ、龍太郎とキューちゃんが戻ってきた。
「終わったのかい?」
「ウン。」
何が終わったのか?
「さっきアッチヘ行ったら、アランサンを庇ってアンディさんが切ラレテイタゾ。」
「な!」
「ツチノコの鎧のオカゲデ無事サ。ダケドモ、アンディサンがいなければアランサンが死ンデタネ。」
「何ですって!もしかしたらグランディの王子二人とも弑されていたのですか。」
ハイドさんが驚く。
キュー。
(そいつは我が滅した。)
「ソイツは白狐の旦那が消シタヨ。」
「由々しき事態だ。」
リード様の顔が強張る。
「兄上が間者を誘き出す為にワナをかけた。
一つが私を囮にすること。まあ、替え玉だがね。」
そこでハイドさんをチラリと見た。
「もう一つは、あの馬鹿たれをエサにする。
あ、失礼。君の元婚約者だ。」
「ルートですか?」
「うん。君がアイツに未練タラタラと嘘のウワサを流した。そうすると龍太郎くんごと、君を取り込みたい間者達が現れる。
ルートを使ってメリイ嬢を誘き出すためにね。」
「で、ルートを攫いに現れて、アンディ様が切られたのですか。」
「そう言う事だね。」
(なあ、ルートは始末したよ、いいよな。)
龍太郎の言葉が頭に響く。
「え?龍太郎。ルートを始末したの?」
「何、そうなのか?」
「ウン、リードサン。イイダロ?焼イテシマッタヨ。」
「ああ、そう。いや、君達がやる事に文句は言わないよ。」
そして、やはり荒ぶる神なんだなあ。とつぶやかれた。
(メリイ、怒ってるか?)
「怒ってないよ、いずれ獄死するとは聞いていたし。サード兄さんが引導を渡しに行く、とレプトン兄さんが言いにきたじゃない。」
(そうだな。アイツはずっと命ごいをしていたらしいぞ。牢屋のネズミから聞いた。
この命への貪欲さが、ハイドにもあればなあ。)
「そうね。」
「うん、二人で会話しているんだね?」
リード様が面白そうに聞いてきた。
「はい。結論はハイドさんはルートの生命への執着を見習えでした。」
「え、そう言う話になるの?」
「そうだよ、ハイド。さっきの話だがね。
私は君に申し訳なく思っているのだよ。なまじ美しくて、私に似てしまったばかりにね。」
うん?
「だからさ、出来るだけの事はしたい。
ゲン・ノジョー夫妻には報奨金を与えて引退してもらった。まあ、今でも見張りくらいはしてもらうけども。
彼等は引退した忍びたちの保養所を作って、そこの管理人だよ。」
そこでハイドさんを見て笑う。
「君の料理の腕は素晴らしい。引退してレストランを開いたらどうか。何、資金は出すよ。
レイカさんのところは一般客は入れないけどね、
日本の味を食べたい人達はいるだろう。
君はレイカさんの一番弟子じゃないか?」
「おお!それは良い!」
「是非、食べに行きたい。」
まわりから声があがる。
「エエー、料理のアンちゃんはオレの近くにイテクレヨ!」
「おや、そうかい。」
リード様は頭を掻いた。
「ハイド、君はどうしたい?」
「そうですね。出来ればエリーフラワー研究所の専属の料理人として働きたいですね。
今とあまり変わらないですけど。」
そこで軽く手を振って身体の動きを確かめた。
「もう、影としての仕事は充分にできるとは思えません。」
「わかった。才女殿とエドワードには私から話を通しておこう。
それからね。」
リード様はハイドさんに顔を近づけて、手をまた強く握り締められた。
「そなた、命を粗末にするなよ。そのようなことは私が許さぬ。」
真剣な眼差しで見つめて重々しく告げられた。
「は、はい。」
ハイドさんは麗人のパワーに赤面している。
そのまま花のように笑ってリード様は退席された。
(あの人、凄えな。生命溢れるオーラだ。ハイド君にもたっぷりと注ぎ込まれたよ。
それに、顔がいいって得だよなあー。)
「そうね。」
ほっとため息をついて、頷いた。




