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どうしてなのか。

誤字報告ありがとうございます。訂正しました。


再度、誤字報告ありがとうございます、感謝します。


ルート・カドック視点。



学園の入学式。初めて彼女に会った時。世界に色がついたかと思った。


「ロージイ・ベリックです。」


鈴のような声が耳に心地よい。


まさに真紅のバラのような美しさ。こんな綺麗な女が身近に存在したのか。

ずっと夢見ていた理想の姿そのものだ。

大人になったらこんな恋人が欲しいなとずっと思っていた。

赤く燃える髪。金色にも見える透明な黄色の瞳。

肌は白く陶器の様だ。豊かな胸に細い腰。

ああ、本当にこんな女性がいたなんて。


一瞬で心を持って行かれた。


出来れば。ずっと見つめていたい。彼女の視界に入りたい。意識して欲しい。好きになって欲しい。

結婚してずっと一生一緒に暮らしたい。

どんなに、幸せだろう。


――甘い夢を壊すのはいつも現実だ。


孤児になって、保護してもらって一流の生活、一流の教師をつけてもらった。

出入りの商人、館の使用人、学友達。

みんな声を揃える。

「恩を返さねばなりませんよ。」


今まで、保護の上着ローブだと思ったものが拘束具として襲いかかって来た。

決められているのだ。婚約者を。 

可愛らしい、薄い金髪の清楚な女を。

一緒に育って家族にしか見えない女を。

そしてどこか遠いところをいつも見ている女を。


夢のような女性を諦めなければと、思いつつ諦められなかった。

彼女を視界にいれなけばいいのだ。

成績順で隣のクラスになったのだ、関わらなければ、いい。

勉強に剣にとチカラを入れた。優等生と呼ばれた。


一年経って二年生になった春。

彼女の方から近づいてきた。

「貴方はグローリー公爵家の養い子なのですね。」


その光沢のあるルージュを塗った魅惑の唇から、

出てきた声はしっとりと、俺の頭の中に入ってきた。

「優秀なお方。グローリー公爵もお喜びでしょう。

そして、メリイさんも。――彼女が羨ましいわ。ふふふ。」

それだけ言って消えた。


それから、少しずつ距離を縮めたのはどちらからだったか。

夏季休暇は領地に帰っておじさんの手伝いをしなければならなかった。

離れるのは辛かったが、良い機会だと思った。


だけど。

みんなが俺をメリイの婿として扱ってきた。

真綿で首を締められるようだった。

今までそんなこと思ってなかったのに。


秋。偶然彼女を街で見かけた。

「ああ、良かった。足が痛くて歩けませんの。」

彼女の足は、靴擦れで皮がむけて血が出ていた。

「これはひどい。」

近くに親から相続した別邸があるのはわかっていた。

彼女ロージイを連れて行って手当をした。


それから。

ロージイと別邸で時々会うようになった。


「ここは落ち着くわ。それになんて素敵な調度品なのかしら。」


「貴方は優秀な人だわ。どこででもやっていける。ねえ。学費を返せば自由になるのではなくて?」


「貴方は恩があると言うけれど、それと結婚は別なのではないの?恩は仕事で返せばいいんじゃないかしら。」


「ルート好きよ。もう離れられない。

公爵様も本当は貴方の幸せを望んでるのではないかしら。」

甘い吐息、甘い時間。

寮には戻らなくなった。彼女と部屋で会いたいからだ。


―――そしてサード兄貴の卒業式の日を迎えた。




次の日。

王都の屋敷に行くとがらんとしていた。

執事と料理人と侍女が身支度をして出ていくところだった。


「なんで家具がないんだ?それにどこへ行くんだ?」

「私たちは、グローリー公爵様に雇われたもの。

引き揚げろと言われたら引き揚げるしかありませんな。

お屋敷の調度品ですか?あの絵もツボも大理石のテーブルも、奥様がお嬢様の為に取り寄せたものです。もともとの家具は残してありますよ。」

「そんな!何も無いじゃないか?」

ふん、と執事が笑った。

「何も?絨毯やカーテンは流石に残しておりますよ。

そちらも大変凝っていて価値があるものです。


―――後は寝具も。引き続きお使いになると宜しい。」


年を取った侍女が俺に鍵を渡してきた。

そして気の毒そうに言う。


「公爵様が寮費を払ってくださるそうですね?

ギリギリまでそちらにいらっしゃることです。

――お食事も出るのでしょう?

これからはここには誰もおりませんからね。料理人も。それに住めば光熱費もかかりますよ。」

「え?光熱費?そんなの今まで払ったことは、なかった。」

「公爵様が払ってくださってたのですよ!ここの維持費を!」


「邪魔をする。」

「レプトン兄貴!」

「――兄貴はやめろ。ホラ、領内のお前の部屋にあったものだ。ご両親の形見もある。

おふくろさんのブローチとか、親父さんの万年筆とかな。

他のものは処分されてもいいが、これはそうもいかん。最後まで身につけられてたものなんだろ?

なんとか持ってきた。――ふん。ガランとしたものだな。おまえが使っていた領内の自室のテーブルと椅子も要るか?」

「レプトン坊ちゃま。なんとお優しい。」


「置いてあってもな。父上がおまえを連想させるものは見たくないとさ。かなりお怒りだ。

何故サイドボードがないのかわかるか?父上が怒りのあまり剣で切り付けたんだよ!」


「レプトン兄貴!」


「兄貴と呼ぶな!父の失望と哀しみが、わからないのか。

おまえはな、育ててもらった恩も忘れて我が公爵家に恥をかかせた。

しかも、メリイの前でわざわざプロポーズをするとはな!」

「え?」

「まさか気がついてなかったのか?お前あの女にハメられたな。」

「公爵様とあのロージイの親とは因縁がありましてな。あちらが一方的に、嫌がらせをしてくるんですよ。」

執事が言った。


「あのロージイはいきなりメリイに向かって貴女には負けない!と言い放ったのさ。

入学してすぐにね。」


「どういう事?」

「あの女の父親には妹がいて、うちの父が好きでたまらなかった。だけど父は相手にしなかった。

それでな、やけになって家を飛びだして早死にしたんだよ。」

「ええ?」

「女優になったようですよ、見かけは良かったので。だけどそこで肺病を得てなくなったかとか。」

「それからな、あの女の母親もな、うちの母と学生時代に揉めてな。首席を争ったらしい。

事あるごとにウチの悪口を言うんだ。

どれほど腹がたったか。ただな、あの女にも兄が二人いて、なかなか好人物だったから、父も今まで見過ごしていたんだ。」


どさり。


手から荷物が滑り落ちた。


「ほら、おまえの親の形見だろ?落とすなよ。

―――これは?

なるほど、根が深い因縁だ。」

父の形見のアルバムと思われるものから、落ちた写真。


「――ロージイ?」

「ああ!どこかで見たと思ったら!あの女は叔母の女優にそっくりなんですな!」


それは古ぼけたブロマイドだった。


その時思い出した。以前、勝手に父の形見のアルバムを見たこと。

優しくおじさんから取り上げられた。

「――お父さんたちの写真が見たいんだね、でもね、君はまだ子供だ。無くしたり汚したら大変だ。これはおじさんが預かっておくよ。

君が大人になったら渡そう。

君のご両親の別邸にあったものだ。あちらは一度泥棒に入られてね、コレだけが残っていたのさ。」

父さんと母さんの写真が欲しい、とぐずぐず泣く俺に、おじさんが一枚の写真をくれた。


二人が一緒に笑っている写真だ。

「これはおじさんのだけど、何枚か焼いてるからあげよう。」

それをもらってずっと飾っていた。


その時、頭に焼きついていたんだ。

赤い髪の女の姿が。父さんのアルバムの中にあった一枚のブロマイドが。

ずっとその日眺めていて、そしておじさんに取り上げられたんだ。


それから時々夢に出た。いつか探しに行こう、と子供心に誓った。

そのうち忘れていたんだ。

―――俺が求めていのはロージイの叔母の面影だったのか。


「――刷り込まれていたんだな。無意識に。」


執事が眉をひそめて言う。

「まさか。それもあの子爵家の仕込みで?」


「違うな。これはさっき父上が自室から出してきた。これも、形見だから持って行け、と。」


古いブロマイドの中でロージイにそっくりな女が微笑んでいた。


そして、レプトン兄貴は言った。

「三月十五日。朝の九時。父が関係者を集めて今後の事を話しあうそうだ。王都のウチの屋敷でだ。

必ず来るんだぞ。あの尻軽も呼んでいる。」


「尻軽って言うな!」


バシン。


倒れて床の冷たさを感じたとき、殴られたことに気がついた。


頭がガンガンして、口元を触ると血がついた。


「オマエ!この馬鹿やろうがっ!なんでだ!

そんなにうちが嫌だったのか!

なあ、兄弟同然に育ったろう!本当の弟だと思ってたのに!

もうすぐ本当の弟になると思ったのに!

あんな女の色香に狂いやがって!

色仕掛けでオマエの将来をつぶした!尻軽でなければなんなんだよっ!」


「坊ちゃん!落ち着いて。」

レプトン兄貴は泣いていた。


「貴族はな、誇りと面子を何より大事にするんだ。

それがわかってなかったのか。」


「何だよっ!兄弟同然って言っときながら、どうせ俺は余所者なんだっ、自分達の思い通りにならないからって、殴るなよっ!」


それを聞いた時、レプトン兄貴の顔色が変わった。


「おまえ、もう、知らない。」


そしてみんなが出ていった。

頬が痛む俺1人を残して。

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