空の高さを比べて見れば。
龍太郎が私を見て笑った…気がした。
頭の中に声が聞こえる。
(さて、行くか。)
「行くってどこ?」
中庭に誘われて、龍太郎は大きくなった。
「オイ、ハイドの兄チャン、コレつけてくれよ。
エリーフラワーサンに作ってモラッタ。」
そう言いながらも、龍太郎は自分でも器用にランドセルのように鞍を被りはじめる。
「あ。ああ。」
「え、今から?ウロコ取りに行くの?」
「おい、待てよ。ドラ野郎?メリイさんを乗せて飛ぶつもりじゃないだろうな?」
シンゴさんがかみつく。
キョトンとする龍太郎。
「ソウダヨ?メリイはズボンダカラ、イイダロ?ホラ、ここの金具とめて?」
「いや、そんなこと言ってない!スカートとかズボンとの前に、危ないって言ってるんだっ!」
そこへエドワード様とエリーフラワー様も現れた。
「あら、飛ぶの?」
「拙者やレイカさんのお母さんも、良くキューちゃんに乗って飛んでいるでごわすよ。」
「いや、そんな!危ないですよ!」
シンゴさんは青筋立てている。
(一ノ瀬はどうなんだ?飛んでみたくないか?
夏の空は気持ちいいと思うよ。火山からウロコを取ってこようぜ。
ナウシ○みたい?かな?ちょっと違うか?)
「私、飛んでみたい。」
「ええっ!」
キュー。
(仕方ない。我がついていく。落ちたら拾ってやるぞ。龍太郎より大きくなれるからな。)
九尾のお狐様が姿を現した。言葉が頭に入ってくる。
「おお!キューちゃんがついて行ってくれるそうでござる!」
「ではダーリン(エドワード)が乗ってついていくの?」
キュー。
白狐様は周りを見回した。
(ついて来なくてもいいけど乗せるならハイド、オマエだよ。
我もドラゴンもここを離れるんだ。
エドワードには残ってエリーフラワーを守ってもらわなくては。)
そして、ハイドさんをじっと見た。
キュー、コーーン。
(オマエの方がシンゴより冷静だし、馬に乗るのも上手だ。
それに我はここの研究所では、エドワード達以外でオマエが一番好きだ。)
「乗せるならハイド君だと言ってるでござるな!」
「え、俺?なんで?カツラが飛んでいっちゃうよ!?」
「ほほほ。ハイド君。UMAは自分で付き合う相手を選ぶのよ。
コレばかりは仕方ないの、ね、シンゴくん。」
「…はい。」
「ええええー?」
私は大きめのリュックを背負った。
胸が高鳴る。
「ハイド、早く狐のダンナにノレヨ。」
「あ、そんな。心の準備が!」
ふわり。
私たちは空に舞い上がった!
「ええー凄い!」
気持ちいい!ちゃんと持ち手もついている。
下を見たら、シンゴさんと目があった。
なんだか泣きそうな顔をしてた。
「うう、お助け。」
ハイドさんは半泣きだ。
「ああ、カツラが!」
パクリ。
飛んだカツラは龍太郎が咥えた。
「持っててヤレ。」
「うん。」カツラをポケットに入れる。
研究所から離れて街の上を飛ぶ。
すべるように。駆けるように。風となって。
気持ちいい。何度も憧れた。
魔法のほうきに乗りたい、魔法の絨毯に乗りたいと。
下には、花畑や動物園が見える。
ネモさんや、マーズさん達が驚いているわ。
コーーン。
白狐様が一言鳴く。それでみんな安心したようだ。
(凄いよな。九尾のダンナはすべての動物を従えるんだ。俺はまだそこまで行かないや。)
「お、あらら?これは湖?綺麗じゃないかっ!
あれは果樹園だな!
うん?君たちは雁なの?一緒に飛んでくれるの?
可愛いなあ!良いねえ!」
ハイドさんも慣れて喜んでいる。
川面のギリギリに飛ぶ。魚の群れが煌めいている。
「ああ!美味そう!獲りたいなあ!」
草原の上を飛ぶ。
ヌーの群れ?一緒に駆け抜ける。
「おおー!ゾウさんだ?ライオンさんだ!」
(ハイドのアンちゃん子供みたいだなあ。)
(我はこのような、純心な奴を好むゆえ。)
神獣同士の会話が聞こえてくる。
(あ、あれは。そうか?)
(挨拶したらどうだ?)
目の下には、レプトン兄に連れられて花畑を、散歩する人影が見えた。
―母だ。
(レプトンさんに挨拶するか?アレはお母さんなんだろ?近くまで行こうか。)
「え、待って。」
ギュウウン
降下していく。レプトン兄が気がつく。
私を見て固まった。
「××××!×××××〜!」
何か言っている様だが聞こえない。
母がいぶかしげに振り向く。
コチラを見る。
目が、合った。
「………!?○○!」
何か言っているが風の音で聞こえない。
(もっと寄るかい?)
「ううん、いい。」
周りにいるのは護衛か警備か。見覚えのある忍びの人たちもいる。
にこやかに手をふってくる。
私も笑顔で振り返す。
もう一度母を見る。心配と、とまどいの表情が浮かんでいる。
―嫌悪の表情ではなかった。
ああ、良かった。
そのまま去る。温かいものがしたたり落ちていた。
(泣いてるの?)
「うん。そうみたい。」
そのままそこを離れた。
そして火山の麓についた。
「こないだ、桜ヲ折っちゃったンダ。」
桜並木の残骸がある。
みんなで降りたった。
キュー。
(ココは墓だったんだな。何人もがここに打ち捨てられてる。)
「ウン、ココに、オレも捨テラレタ。最近ハ使ってナイミタイダケド。鳥葬の場所ダ。」
ギュウウン。
(仕方ない。浄化してやる。ホラお前のウロコを一枚剥がして寄越せ。)
「ワカッタ。」
爪で一枚龍太郎がウロコを剥がす。
「イキがいい奴ガイインダロ。」
パクリ。
飲みこんだウロコが胃に到達したかな?
のタイミングで、白狐様の身体が蒼くひかり始めた。
「ええ?な、何がおこってるの?メリイさん!」
「うーん多分、大丈夫だと思う。」
ばばばーっ。
蒼いひかりが伝説の生き物の口から、一面に放たれる。
地をはっていく。舐めるように。
そしてそこから白く輝いていく。
荒野が。浄化されていく。
少しずつ。草の芽が芽吹いていく。
桜の木の幹にそって蒼い光が昇っていく。
枯れ木に命が吹き込まれる。
「す、すげえ。」
ハイドさんは口をポカンと開けている。
枝に蕾が付き始め、色づきはじめる。
固いつぼみがほころんで行く。
そして花が咲き始めた。
「アア、桜ダ。満開だ。」
キューウウ。
(季節外れだ。一日しかもたん。来年また咲く。
土地も浄化した。ここには彷徨う魂も、もういない。もちろん骨もな。消えた。
春には安心して花見が出来るぞ。)
「ア、アリガトウ。白狐の旦那。」
すごい。何という力。溢れる癒やしの波動に身体が震えてる。
「ホラ。」
龍太郎がひと枝折ってハイドさんに差し出した。
「この辺ナンダロ。アンタの生家。」
(オマエもお参りしろ。)
ハイドさんの顔がこわばった。
今まで見た事がないような真剣な顔をして。
五分程。そこから飛んだ。
廃墟の村があった。
一件の家の前に降りたった。
「…何でもお見通しなんだな。神獣様は。」
「鳥タチノ目ヲ通して、色々知ルンダ。」
「ここはね、忍びの隠れ里なんだよ。八年程前かな。滅ぼされたけどね。」
ハイドさんは私の方を見た。
「側妃が起こした事件。知ってるよね。
リード様暗殺未遂事件。」
「ええ。」
「あの一族は追われてここにたどり着いた。
運悪く里には女子供しかいなかった。
うん、偽情報に惑わされて、男達は反対方向に向かっていた。ギガント国が一枚噛んでたというウワサもある。
見つからないはずのここがバレた。里に裏切者がいたんだな。」
そこで、ハイドさんは花を手向ける。
「ここが、俺の家。俺が戻ってきたときには、祖母と妻と子が死んでいたよ。妻は産後で動けなかったんだ。」
「妻と子供!?」
「俺はね、17で結婚したのさ。今年27になるんだよ。」
ハイドさんの横顔は憂いをおびて、すべてを諦めた人の様だった。
「俺らは色んな覚悟は出来てるんだ。母が任務で亡くなった時も。
だけどね、逃走するための資金と備蓄が欲しくて、
しかも裏切られたせいで、弱いものが皆殺しにされたのは許さない。」
側妃の一族は滅ぼされたと聞く。
「俺らはそれから、俗にスケカクさんと呼ばれる影の偉い人達に拾われた。
アンディ殿と会ったのもその頃だよ。
あの人は三羽烏という、王妃様が育てた忍びでね。
赤い稲妻と白い鬼と黒い悪魔。
まったく黒い悪魔のようだった。今でも強いけどね。」
「黒い悪魔ガ、アンサンだね。後ノ二人はモウイナイけど。」
「そう。そしてアンディ殿が率いてアイツらを、滅ぼした。感謝している。」
そしてハイドさんは顔をあげて、
「ずっとここに来る勇気がなかった。
キューちゃん、ここを焼き払って綺麗にしてくれないか。」
キュー。
(わかった)
そして広がる青いひかり。残ったのはあの桜の枝。
それが一本の木になっている。
「これは!」
ああ、とハイドさんはひざまずいた。
「あ、ありがとう、キューちゃん、ありがとう。」
涙を流すハイドさん。
飛んで立ち去るときに、振り返ると一本の桜の木が
咲いていた。
まるで墓碑のように。
青い青い空を背にして、美しい薄紅の花が凛として咲いていた。




