夢の続き。②
※暴力的な表現があります。
…私は身を捻ってその手をかわした。
「ごめんなさい、よく状況がわからなくて。」
ルートは、ニコニコしている。
「うん、あのさ、昨日お城の騎士の採用試験があったんだよ。」
「ええ。噂で聞いているわ。」
「それでね、合格したんだ!」
「凄いじゃない!」
それがこの傷害事件でおじゃんになるのか。
「でさ、対戦相手がさ、ロージイが怪我してるのに、見舞いに行かないなんて酷いやつだって言うんだよ。でもオレ、知らなかったし。」
やはり彼はどこか正気じゃない。
目が泳いでいるというか、焦点があっていない。
少しずつ、ドアから外に出る。
2人っきりだと危険だと本能がつげる。
廊下に出た。ケイジ兄さんの姿はない。
きっと助けを呼びに行ったんだ。
「それでね?同じ部屋のヤツがロージイがお城でイジメられてたって言うんだよ。
本当かい?」
「うーん、それは、まあ。」
なるべく、彼を刺激しないように。
穏やかに話す。
「わざと連絡しなかったり?服に細工したり?」
「え、よく知ってるわね。」
「で、突き落とされた。」
ルートの顔から表情が抜け落ちた。
「流産したんだね?俺の子を?オレの夢の子供を?」
「だから、それは違うって!妊娠してなかったって!」
つい叫んでしまった。
弾かれたようにコチラに寄ってくるルート。
しまった!
そしてコチラに手を伸ばしてきた。
えええ?何で?
は?首に、手を掛けてくる?
「俺の子を守れなかったんだもの。お仕置きしないとね。」
目が合う。真っ黒で闇の中に沈んでいるようだ。
光がない。恐ろしい。動けない。
ぐぐっ。
そのまま絞めてきた?
…うっ。
「そこまでだ。」
ルートをはがいじめにする、黒い服の男たち。
「何をするんだ、う。」
首に手刀を当てられ、意識を刈り取られて倒れ込むルート。
ゴホゴホッ。解放された。涙がでる。
そこへ、息を切らしながらケイジ兄さんが入ってきた。
「はあはあ、ロージイ大丈夫か!?」
「城の近くで女性が斬られた。犯人を探していたら、途中で兄上と会ってね。まあ途中で追い越したが間に合って良かった。」
騎士風の人が、説明しながらルートを縛る。
「ロージイ!どうしたんだ。その首は!」
「い、いきなり、ルートが私の首を絞めたの。
うう。」
「とにかく医者に。」
「ロンド。俺は、コイツを連れて行く。」
もう1人の人がルートを肩に乗せた。
「あ、シンゴ。1人じゃ無理だ。では娘さんお大事に。お兄さん、騎士団で話を聞く。
―ん?ケイジ君じゃないか!」
「ロンドさんか!?」
兄達は知り合いだったようだ。
それよりも。シンゴさんだ!
また、助けてくれた??
「シンゴ、コイツ薬を盛られてるぞ。この匂い。
最近流通して問題になってるヤツだ。」
「ああ。」
「あ、あの!シンゴさん、助けてくださってありがとうございました!あの時も、今度も!」
「別に仕事だ。助けたくて助けたわけじゃない。」
「え?」
氷の様に冷たい視線が私を貫いていた。
「おい、シンゴ!」
二人は出ていった。
何故。あんな目で私を見るの?
その後。医者にかかり被害届を出した。
すぐにラージイ兄も来た。兄はとにかくルートと私の離婚話を進めた。
各種書類を出してくる。
「一度手を出したやつは、また出すんだ。
今度は殺される。」
もちろんすぐに同意した。
騎士団が調べに来たが、私の首の指の跡を見て絶句した。
それから、隣の部屋には連泊している女性がいたのだ。
彼女は恐ろしさに息をひそめていたが、彼女の証言と私の証言が一致したことは強い証拠となった。
「おまえがルートを唆してルネを襲わせたという見方もあったんだ。」
ケイジ兄は忌々しそうに吐き出した。
悔しくて涙が出た。
ルートはルネにいきなり切付けたそうだ。肩から背中に掛けて。
本人は手を振り下ろしただけだと言ってる。
「剣を抜いて持っていた自覚がなかったんだ。」
「薬を盛られてたって?」
「…ここ一ヶ月、ルートは集中的に剣の練習をしていた。そこの練習場の水の樽に薬が仕込まれてたんだ。
ルートだけじゃないんだ。そこで練習していた生徒達は、皆攻撃的になっていた。
ただ、ルートが一番熱心だったから。
部屋にも居づらかったらしいし。」
目の焦点があってなかったのは、それなのか。
だからと言って許せる訳がない。
「犯人は剣を教える教師の助手だ。
教師たちは持参の水筒を使っていたから、影響がなかった。
水筒は特別製で解毒作用があるんだと。
それでな、その薬は少しなら興奮作用があって、気分が高揚する。だから剣の腕も上がったんだろ。
だけど常用すると副作用が出るんだ。
少しでも自分の邪魔をされると敵だと認識して、
攻撃するんだよ。」
「…ルートはもう牢から出て来ないの?」
「多分な。その助手はハシナ国の間者だった。
ウチの国で実験をしていたらしい。」
「実験?」
「そう、薬の効き方、副作用、薬を使った暗示。
ルート達は一枚の写真を見せられてきた。
幸せそうな一家団欒の写真だ。
両親と子供たち。暖炉、犬、花。
写ってる人物の顔は巧みにぼかされていて、自分自身を投影出来るようになっている。
――こういう幸せを壊す敵を殺せ。そういう暗示をね。」
何ということだ。
それから、一週間後。
薬が抜けたルートは離婚に同意した。
面会に行ったケイジ兄に謝っていたらしい。
ルネは大怪我で入院している。
「良かった!離婚できたな!もう少しでルネ嬢の慰謝料がコチラに請求されるところだった!
もう、おまえはアイツと何の関係も無いんだぞ!
この家の名義は結婚の時、おまえのものになっていたからな。」
ケイジ兄は大喜びでソファーでくつろいでいた。
「ルートはこれからどうなるの。」
「さあな。多分長くは生きられないだろう。
薬の影響もある。
それから、あの助手はもちろんだが教師もクビになったよ。
助手を採用したのは剣術の教師だが、学園長も責任を取って減俸されるそうだ。」
首の手の跡はなかなか消えない。ルートの怨念のようだ。
もう少しで私も死んでいた。
あの二人が飛び込んでこなければ。
「兄さん、あのロンドと言う人と面識があるの?」
「ああ!あの人は優秀でな。アラン王子様の護衛に抜擢されたよ。
人柄も良くてね。あのエドワード様の遠い親戚らしい。二人とも良く出来たお方だ。
第一騎士団の事務所にいたからね、目を掛けてもらっていたのさ。」
兄は少し寂しそうだった。元の職場に愛着があるのか。
「こないだ、おまえが使っていた車イスを返しに行ったんだが。」
兄はそこで言葉を切ってコーヒーをあおった。
「そこで色々聞いたんだ。おまえの悪いウワサを流したり、侍女や女官を焚き付けて嫌がらせをさせていたのは、ボーモンだったんだってさ。」
驚いたが予想の範囲内だ。
「室長が?そうだったの。」
「以前から俺に突っかかってくるヤツだったんだ。
多分ね、ルネの家に婿入りしたかったのさ。」
「はあ?」
蓼食う虫も好きずきだ。
「彼も辞めた。…そしてグローリー公爵家の商社に入ったそうだ。やはり公爵家の息がかかっていたんだな。」
その次の日だ。
市場で偶然、シンゴさんを見かけた。
こんな所で会えるなんて!!
ロンドさんと二人だ。楽しそうに声を立てて笑ってる。
こんな顔もするのね。胸の奥が温かくなる。
「シンゴ様。」
声が弾んだ。
彼の目が私を捉え、そして見る見る冷たくなった。
何故なの。
今まで、私が笑いかけた男性、特に初対面で仏頂面を返されたことはない。
彼とは何度も会ってその度に助けてくれたではないか。
「なんだ。」
「お礼を、一言お礼を申しあげたくて。」
何とか言葉を絞り出した。
「必要ない。」
「な、何度も助けていただきました!
先日ルートに襲われた時。
ルネに突き落とされた時、
通路でフランに打たれそうになった時、助けてくださったではありませんか。」
横でロンド様が居心地悪そうにしている。
シンゴ様の黒い瞳が私を捉えた。
胸が高鳴る。
「まず、通路では最初オマエだとわからなかった。
アラン様が煩わしい思いをなさるのが嫌だった。」
そして、口の端をあげた。なんて冷たい笑いだろう。
「おい、シンゴ、やめろよ。」
「ふん、コイツにもルートにも、もうウンザリなんだよ。
あのな、オマエが突き落とされた時。
そのまま俺は見ていた。他の人間なら抱き止めてやっただろうがね。
ヤー・シチさんもいたから、しぶしぶ助け起こしたが。
オマエの血がついた服はそのまま捨てたよ。」
「おい、やめろよ。」
え、何を言われてるの?
「こないだねえ。もう少し遅かったら絶命してたねえ。オマエ。いやあ、惜しかったなあ。」
「…。」
理解出来ない。何故こんなに嫌われているの。
「おい、言い過ぎだよ!」
「ロンド。騎士道精神溢れるオマエと違ってさ。
俺は影のものだ、粛正するのなんか慣れっこなんだよ。
それでえ?ルートの奴とはめでたく離婚したんだってな!それで見境なく男と見ると寄って行くのかよ!」
「シンゴ!」
「な、何故ですか。」
涙が溢れてくる。どうして。
「何故そこまで嫌われるのですか。私は貴方に感謝をしたかっただけなんです。」
シンゴ様は私に顔を近づけてこう続けた。
「ふん。しおらしくしたって、オマエの腐った性根はお見通しなんだ。
あのな。俺は見てたんだ。オマエがメリイさんの前で、わざわざ、あの阿呆と乳繰り合うのをな!
そしてメリイさんに向かって、
――ニヤリと笑ったよなあっ!?
あの醜い笑顔。アレがオマエの本質なんだろ!」
「!」
あ、あれを見られていた!!
膝から力が抜けて座りこんだ。
シンゴ様は感情のこもらない声になって続けた。
「楽しかったか?あの人を傷つけるのは。
俺は、オマエを一生許さない。」
いつ二人が立ち去ったのか。
心配して私を探しにきたケイジ兄が来るまで、
座りこんで泣いていた。
声も出なかった。
今まで張り詰めていたものが壊れていくのを感じた。
ずっと、綱渡りで上手く渡ってきたつもりだった。
だけど。
―――生まれて初めて、自分がしたことを後悔した。




