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ずっとあなたが好きでした。だけど、卒業式の日にお別れですか。  作者: 雷鳥文庫


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赤い髪の女②

 ※マリー・グローリー公爵夫人(メリイの母)視点。


私には、同い年の従兄弟がいた。

彼は二人兄弟の下の子で、母同士が姉妹だった。

幼い頃、ご両親が隣国との戦に巻き込まれて亡くなったので、

まだ小さかった彼はウチに引き取られた。

彼の兄はもう大きくて、学園の寮に入っていたから。

私にはひとつ上の兄がいて、三人で兄妹の様に育った。

―そう、ルートとメリイ達の様に。


私が学校に上がる直前。従兄弟の彼、ローランドとの婚約話が持ち上がった。

母は乗り気だった。私達も否応もなかった。

幼いながらにお互いを大事に思っていた。


来週にでも話を詰めようかという時に、父がグローリー公爵家との縁談を持ってきた。

知り合いから打診されたんだ。まだローランドと婚約してなくて良かったな!


母は怒り狂ったが、断わり切れずに見合いをすることにした。

あちらから断ってくれれば良いんだわ。

わざと仏頂面でロクに喋らなかった。

何を言われても、知りませんわ、わかりませんわ、で通した。

軽く睨むこともした。

それなのに。


是非、この話を進めて欲しいと言われた。

何でなの。

あの態度が、従順で逆らわないように見えたと。

見かけも清楚で気にいったと!

…は!


父を罵り、荒れた。泣きくずれた。

だけどわかっていた。

断れないのだと。

幸せがサラサラと逃げていく感じがした。


ローランドはマナカ国の学校へ行くことになった。

元々誘われていたのだ。

罪悪感溢れる父から学費と生活費をもぎ取った。


私にだけポツンと、

「同じ学園に行ってキミと婚約者が一緒にいるところを見たくないんだよ。」と言った。


それから。

「今までありがとうございました。お幸せに。」


私達に絶縁宣言ともとれる言葉を残して去って行った。


父は私が公爵家に嫁ぐことに浮かれていた。

「これから、ゆっくり交流していけばいい。

とても真面目な方だ。結婚しても第二夫人を置いたりしない、と誓って下さった。

暴力を振るうこともない。それに見かけだって悪くないじゃないか。」

そう、条件だけなら悪くない。


それから婚約者ゼルドとの交際が始まった。

的確な送り物。過不足もない交流。

お互いに紙一枚隔てているような。これが貴族の結婚なんだな。

彼はいつも言った。

「早目にキミという婚約者が出来て良かった。

落ち着いて安心して居られるよ。」

褒め言葉のつもりなんだろう。

「お互い色恋沙汰に惑わされず安心して、勉学に打ち込めますわね。」

皮肉で返したが、

「そうだよ、学生の本分は勉学だ。

まだ婚約者がいない連中が血眼になって相手を探しているがね。もう、そんな事に無駄な時間と手間をかけずにすむ。」

彼、ゼルドは真顔で言うのだった。


優良物件に見えるのか、たまに彼に粉をかける女達が現れた。

特に後でロージイの母になったあの女。

彼女はしつこかった。

「貴方の心は氷なのね!人の心が分からないんだわ!」

そんな言葉を投げつけているのを見た。


その通りだ。彼は合理性でしか動いていない。

私との間にだって、情はあるようだが熱気はない。


ただ、親友のハルトにだけは別だった。

ゼルドはハルトの前でだけは子供のような笑顔で笑った。

実際、彼は好人物でみんなに好かれた。

伯爵家を出て、子爵家に婿入りすると言いだしたが、

「応援するよ!」

ゼルドが肩を抱いていたのにはびっくりした。

あんなに貴族らしくといつも言う彼が?

それから、ハルトと、ハルトとの彼女と四人で学園で一緒にいる事が増えた。

二人とも明るくて優しくて春の陽だまりの様だった。

正直、ゼルドと二人でいるより楽しかった。

ゼルドも彼等に触発されたのか私に好意を示す様になった。

こんな穏やかな関係も良いかもね。

激しい愛情はなくても、友情よりは好意がある。そんな風になっていった。


―あの女が現れるまでは。

バーバラと言う女は食虫植物の様だった。

しなやかで豊満な肢体。潤んだ瞳。赤い髪はみんなの視線をさらった。

そしてどこかオドオドした小動物を思わせる態度。

男性の視線を引きつける為に生まれてきたような女だった。


人が良いハルト達は彼女に言った。

―私達と行動を共にしないか。

公爵家と伯爵家だよ。変な男たちは追い払ってあげるからね。

何、俺もゼルドもお互いの婚約者にしか目が行かないんだよ―。


それであの女、バーバラは私達と一緒にいた。

男達に戯れに絡まれているのをよく見た。

そして涙目になって、私達のところへ駆け込んで来るのだった。


馬鹿じゃないの、と思った。

それなら、ボタンを上まできっちり留めなさい。

かがむと胸の谷間が見えるでしょ。

うなじを見せない。ほつれ毛をまとめなさい。

汗で張り付くブラウスをそのままにしない。

胸が強調されるなら、もう少しゆったりと服を仕立てなさい。

言えば、ちゃんと直しては来るのだ。

ありがとう。気がつかなかったわ。と言って。


あの女は素直だった。

ゼルドが自分に言い寄らないから安心だと言った。

安心だから、側にいたいと言った。

生まれながらに男を惹きつける才能には、恐れいる。


まもなくゼルドがバーバラを目で追うようになった。

彼の目には私を見る時と違う熱があった。

そしてバーバラも。


馬鹿らしい。


貴方は不貞をしないと誓ったんじゃないの?

それが取り柄では、ないの?

…あて馬なんてごめんだわ。


「今なら間に合いますわ。私との婚約を破棄して彼女を妻にすれば良いのです。」


私が望んだ結婚じゃない。そっちが望んだことだ。


あんな赤毛の女にたぶらかされて。

私の幸せを壊したくせに。では解放してよ。


「何を言うんだ。あんな子爵家の娘を妻に出来るものか。成績だって悪い、行儀作法だって出来てない。私の妻に相応しいのはキミなんだ。

目で追っていた?珍しい花や蝶を見るような気持ちだったんだ。

信じてくれ。私は不貞はしない。今までも。これからも。」


「貴方の気持ちはわかりました。」


胃がちぎれるように痛かった。何キロも痩せた。

ハルト達は気遣ってくれたが、ゼルドは気がつかない。

意地になってバーバラを避けていて、そして私に腹を立てていた。


悩み抜いて出した結論は色んな気持ちに蓋をする、だった。

元々、釣り合いだけで決められた結婚だ。

彼はとても世間体を気にしてる。人に非難される事が嫌いなのだ。

暴力もふるわない、ギャンブルもしない。将来の仕事のこともきちんと考えていて、親の商会を大きくすることに熱心だ。

それに浮気もしないと言うし、顔も整っている方だ。

―なんだ、何の不満もないじゃないか。

ここで婚約を破棄したらこれ以上の物件は見込めない。

そう、物件だ。条件ありきだ。

結婚生活を仕事と思えばいいのだ。


そして卒業式の日を迎えた。


――ずっとあなたが好きでした。そう言って泣きくずれるバーバラ。


どこまでも芝居がかった女だ。悲劇の主人公気取りか。


そして手を伸ばそうとする、ゼルド。


「何をやってるの?」


怒気を含んだ私の言葉で二人は離れた。


そしてすぐにあの女は、実家を飛びだして、女優になって業病にかかって亡くなった。


私達が結婚して一年後の事だったらしい。




それから。ハルト夫妻が亡くなってルートを引き取った。

泣きじゃくるルートを見るとあの時のローランドと重なった。


サードや、レプトン、メリイとすぐに馴染んで遊ぶルート。

私の幸せだった時代が再現されている。


驚いたことに、ゼルドは子煩悩だった。

早くに亡くなった妹にメリイは似ていると言う。

「親に強いられた結婚で不幸になった。

メリイはルートと結婚させて、ずっと手元に置こう。」


それは良い考えだわ!

   

そんなある日。バーバラのブロマイドをじっと見つめる夫の姿を見た。

――どこに隠していたのか。まだ未練があるのか。


冷たい水を頭からかけられた様な気がした。


その時からだ。私の中で何かが壊れたのは。



私達のことはともかく、ルートとメリイはとても仲が良くて、お互いに婚約することを納得した。

そして学園に入学した。

入学式で学園長の姿を見て驚愕した。

ローランド?あのローランドなの??


式の後、呼びとめられた。

「久しぶりだね、マリー。

初めまして、グローリー公爵。私はマリーの従兄弟でして。

ずっとマナカ国で教鞭を執っていましたが、ここの学園長にと誘われましてね。五年前に帰ってきたんです。」

「おお!それは心強い。」

「どうして連絡してくれなかったの?」

「おや、伯母上には連絡したが?伝わっていなかったんだね。元気そうで何よりだ。」


その後、実家を一人で訪れた。

「ずっと、ローランドから手紙が来ていたの。あの人が隠していたのよ。」

母はため息をついた。

「何故?」

「ローランドはね、貴女を思ってずっと独り身なのよ。」

「…。」

怒りをぶつけるべき父は三年前に他界していた。




それからもしばらくは平穏な日々が続いた。

ルートには親が残した別邸があって、私は嬉々としてそこを整えた。

可愛い壁紙。素敵な家具。

私か叶えられなかった夢を娘が叶えてくれる、

幼馴染との幸せな結婚生活を。

さあ、素敵なドレスの為のシルクの手配を。

結婚式の会場、楽団、料理、すべて最高のもので、世界一の花嫁にしてあげる。



―――そこに赤い髪の女が、また、現れた。


以前よりも、したたかで。賢くて。

…私が、用意したものを踏みにじった。


どうして、そんなに酷いことが出来るの。

倒れた私を心配してローランドが見舞いに来てくれた。

「キミがあの二人に過去のやり直しを投影していたことは知ってる。

でもね、もう見限りなさい。ルートを。

彼はどこか人として足りない所がある。

生まれつき共感力が抜けていて、尊大だ。」


私はもう一人の我が子だと思っていた、ルートを失った。


メリイは。

ブルーウォーター公国へ行った。

そして自分の力で結婚相手を選ぶ権利を勝ちとった。


どうして?あの子はそれが許されるの?転生者って本当なの?それに竜に守られてるですって?

そんな馬鹿な。おとぎ話じゃあるまいし。

あの子だけ、好きな人と結婚出来るの?

ええ、それは良いことよ、幸せになってほしい。

だけど、どうして。私はダメだったのに。

親に押し付けられた結婚だったのに。

何故あの子だけが。

いいえ、うらやましがっては駄目。妬んでも駄目。

良いことなんだから。可愛い我が娘は幸せになるんだから。

だから、いや、だけど、だけど、

この黒い想いは。どうすれば。


誰が悪いの。きっと赤い髪の女。

いいえ、私たちを紙屑のように捨てたルート。

ゼルドがいつまでも未練があるのがいけない。

あの時、世間体で私と結婚すると言うなんて馬鹿にしている。

最初に私を選んだのが、いけない。

こちらから断れなかったんだから。

だから、メリイだけは幸せに。

悔しいと思ってはいけないの、


ああ、あああ。

 

涙が溢れる。頭を掻きむしる。胃が痛い。



―もう何も考えたくないの。

誤字報告ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
これは・・・母親が苦しむのは当然ですね。 現実を見て、自分の想いは心の奥にしまって、一歩ずつ歩んできたのにこの仕打ち。 一度ならまだ許せた、我慢できたでしょう。 でもここまでくるとあらゆるものが自分を…
父親は父親で結構クズだったな。
こちらもキツイ… 貴族とは、政略とはの裏側の事情がなんとも堪えますね
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