布石。
※レプトン視点
陸蒸気に乗って公爵家についた。
後に何となく見覚えのある影の者がピッタリとついている。
「貴方はリード様の側近。そして転生者様の兄上。陰からお守り致します。」
そのまますっと物陰に消えていった。
自宅についたら、父が待ち構えていた。
「おまえが帰宅したら、夫婦揃って登城せよと。
何事なのだ。」
「これですよ。」
メリイへの釣書を突き返した。
「いや、これ。まったくひどいものだ。中身をちゃんと見たんですか。」
「え?母さんに任せていたが。」
「そうですか。」
「貴方のおっしゃる通りにしましたよ。外国で、初婚で、経済的に苦労しない者、でしょう。」
「そうだ。私の妹もそうやって嫁いで行った。」
「…その方は外国で心を病んで若くして亡くなったのでは。
――とにかく、アラン様をお待たせする訳には行きません。」
謁見室にはアラン様がお待ちになっていた。
横の台の上にあるのは掃除機か。
「やあ、公爵。呼び出してすまないね?」
「いえ。お目にかかれて光栄でございます。
あの、本日はどう言う御用件で御座いますか。」
「さて、これだがね。掃除機と言うんだよ。知ってるかい?」
台の上の掃除機を指し示すアラン様。
「いえ。洗濯機は先日購入致しましたが。」
アラン様は手元にあった紙をビリビリと破いて紙吹雪のように撒いた。
そして、合図を受けて侍女がそれを吸引していく。
すっかり綺麗になった床。
「おお。」
「まあ、これは。」
アラン様はニヤリと笑って、
「エリーフラワー研究所の最新作だ。知ってるかね。また国内外の者がこぞって欲しがるだろうね。
割れたコップのガラスのカケラも吸い取れるしね。」
と言ってアラン様はふふっと笑った。
「これを開発したのはメリイさんだと知っているかい?」
「え?」驚く母。
「あの子にこんな事が出来るハズがない。」
思わずつぶやく父。
「どうしてかね?彼女は学年で二番目の成績だったと聞く。
一番はそこのレプトンだろう。
ワン・ツーフィニッシュで素晴らしいじゃないか。」
アラン様は大げさに手を挙げられた。
何故だろう。同じポーズでもリード様と違う。
あの方の場合は場が明るくなる。
しかしアラン様だと、裏に何かあるのではと思わせるのだ。
「メリイ嬢はそれに転生者だ。転生前に専門的な知識を持っていたと聞いた。」
「そんなことはあの子の妄想で!」
母が叫ぶ。こんなに娘を貶める人だったか?
「…黙れっ!」
アラン様が叫ぶ。ああ、本気で怒っていらっしゃる。
「転生が妄想だとっ!?我が母を侮辱するのかっ!」
髪が逆立つ。王家特有の濃い蒼い瞳が、怒りで燃えている。
「ひいっ。」
「お、お許しくださいませ、妻はアラン様のお怒りを買うつもりはありませんでした。」
「良いか!おまえ達夫婦に申し渡すことがある。
これは我が母も、母を通して父も、また我が弟リードも了承している事でもある。
メリイ嬢はその功績により、結婚を自由に出来る権利を得た。
つまり、何人であろうと例え親であろうと、結婚の強要は出来ない。
次期国王である、私アランが保証する。
良いなっ!」
「は、はい。」父が頭を下げる。
「え、そんな。」母が頭を上げて反論する。
「ほう、私の決定に文句があるのか?
大体、彼女の優秀な頭脳、貴重な知識、記憶が他国に流失しても良いのか?!」
「いえ、滅相もありません!妻の態度はお詫びいたします。」
「それにな、神獣様は彼女を守護しておられる。
あのドラゴンが彼女と一緒に他国にいっても良いのか?貴殿らも見たろう、あのドラゴンを。あの大きさを、あの脅威を。
なあ、レプトン。そなたはいつもあの神獣様と一緒だろう。」
「は、もし妹の意に沿わぬ事をすれば焼き払うと言っておりました。」
「あ、あのドラゴンが。」
青くなる父。
ふん、父母も飛びまわる龍太郎を見たのか。
「なんてことなの。あの子はドラゴンに取り憑かれたの。それではもう、良縁に恵まれないではないの。ではやはりルートをあの女狐から引き離さないと。」
いきなり母がぶつぶつと下をむいてつぶやき始めた。
王族の御前でやっていい態度ではない。
「おまえ、どうしたんだ?」
父が狼狽える。
「公爵。奥方は疲れておられる。もう下がって良いぞ。」
いぶかしげにアラン様が声を掛けられる。
「ははっ、失礼致します。」
早く去った方がいいと、直感がつげる。
「そんな。
勝手に結婚を決めるの、そんなことが、許されて、いいの。」
またぶつぶつ言い始めた。目の焦点があっていない。
「親の決めた結婚に従わなくていいなんて、そんな馬鹿なことが、あるの?ある訳ない。
好きな時に、好きな人と、結婚、出来る、なんて、
そんな??
え、あの子には、それが許されるの?
そんな、そんな、そんな。
なんで。なんでなんで、なんでなんでなの。
――。
あの子は幸せになるの?なれるの?
それは良いこと?でも良くないわ。
良くないわ、自分だけし、あ、わ、せになるなんて??」
母はずっとぶつぶつ言い続けている。
その目は涙を流していてうつろだ。
「母上!」
「おまえ、どうしたんだ??」
アラン様は無表情にこちらを見ていた。
「…キミ達夫婦には根の深い問題があるようだ。
どこか空気の良い郊外にでもいって、ゆっくり話したまえ。」
二人で母を抱えた。
「どうして!このままではあの子は遠くに行ってしまうわ、エリーフラワー研究所から帰ってこないわ。
ねえ、ほとぼりが冷めたらウチに帰ってくるのよね、そしてルートが改心したら、またみんなで暮らしましょう、ねえ。ねえ?
…ううう、うわああっ。」
「母さんっ。」
涙が出てきた、母は正気じゃない。
「おまえもメリイも居なくなって、寂しくなったんだ。おまえだけでも帰ってこい。」
そんな。
「公爵。それでは何も解決しない。
私が見たところ、原因はそなただ。
とにかく、レプトン君はリードの側近なのだから。
辞職を勧めないで欲しい。」
アラン様が合図したら影が現れた。
さっきの人だ。
「ゲン・ノジョーよ。公爵にチカラを貸して奥方を御自宅にお連れしろ。」
「はっ。」
そして三人がかりで自宅に戻った。
泣きわめく母を何とか寝かしつけた。
そこに、サード兄も戻ってきた。
「何があったんだ?」
「こっちが聞きたいよ。母さんどうしたんだ?
アラン様への無礼千万。あちらが同情して?下さったから良かったけど。
命がいくつあっても足りないよ!」
「メリイが結婚相手は自分で選ぶと。アラン様も了解なさったんだ。
それが母さんには耐えられなかったんだ。」
「ふん。あんな酷い縁談ばかりじゃな。」
「サード兄も、見たのか。」
「父上。僕らが生まれる前に叔母さんが外国に、嫁がれたんでしょ。それであまりのつらさに亡くなった。
そんな体験があったのに、良くもあんな縁談を持ち込んだものだよ。」
「私は知らなかったんだ!」
「そうか。母上は父上に止めて欲しかったんだね。
色々とね。」
「色々って?」
「…。」
「レプトン、おまえはあっちにいるから知らないんだろうな。
父上はお城でな、あの女に嫌がらせをするように手を回してるんだよ。
それであの女は流産したんだって?」
「は?」
「それは誤解だ。あの女は孕んではいなかった。」
「ふうん。ルネって女があの女狐を階段から突き落としたんだが、嫉妬のあまり流産させたとして噂で持ちきりだよ。」
「兄貴、城に出入りしてんのか?」
「いや、商会の仕事をしてるじゃないか。
そんなヒマはないよ。ただ噂は集まるんだ。
もうすっかりルネは悪女だ。良縁には恵まれないだろうね。」
「私は何もしていない。」
それを聞いてサード兄貴は泣きそうな顔になった。
「こないだ商会の方にボーモンと名乗る事務官が来ましたよ。
思ったより早くカタがつきました。
将来ここで雇ってくれるという話は本当ですよね、
部下が事件を起こしたから責任を取らされるかも知れません。と。
何を頼んだのですか?」




