石つぶて。
誤字報告ありがとうございます。
エリーフラワー様のところでの仕事が本格的に始まった。
「メリイさん。貴女が描いた図の通りの器具を開発しました。」
「石綿はね、最近発見されたんですヨ。危険性があるとわかって良かったです。」
「硝酸が皮膚についたら黄変しました。
キサントプロテイン反応?なんですか?ソレ。」
「なるほど。ドラフトと言うものを作ってそこで換気しながら実験するんですね。フィルターに活性炭か。危険性が減るんだ。」
白衣を着たスタッフたちとの打ち合わせ。
「水を得た魚のようですね、メリイさん。」
ニコニコして声を掛けてくるのはイリヤさんだ。
実験室の前で見張りをしてくれている。
交代でシンゴさんも。
先日、兄と二人リード様に呼ばれた。
こちらの政治の中枢の場所だ。
「俗に、特に他所の国はここを王宮と呼ぶんだ。
ネモさんはここに住んでいる。
まあネモさんも、ブルーウォーター公国の国王とも呼ばれる時もあるからね。」
ただしくは公邸?それとも?役所?
都庁に近いのかしら。
「うーん、公宮でいいかな、名前。ネモ公殿の家だしねえ。」
「はっ、ではそのように。ネモ様も嫌とはおっしゃいますまい。」
侍従さんかな、そう言いながら出て行った。
微妙なチカラ関係だ。元々ネモ様はグランディの王宮で身分を隠して働いていたのだ。
王妃様が目をかけていたと聞く。
にっこりとリード様が微笑む。
相変わらず華がある方だ。
「私は通いで宰相をしているのさ。
ここには慣れたかい?二人とも。」
ここはリード様の執務室だ。お茶をご馳走になる。
「は、はい。」
「良かった。どうかな?レプトンくん。妹さんの護衛はそろそろ、影の者に任せて私の仕事を手伝ってくれないか?」
「はい?」
私達は驚き顔を見合わせた。
「君はなかなか優秀で語学にも堪能だ。それにUMAにも好かれている。
実はね、母もそれを望んでいるんだよ。
どうかな?」
「王妃様が?光栄ですが、しかし。」
「うん、もちろん、御実家の許可も必要だよね?
お父上とご相談の上返事をしてくれたまえ。」
リード様は晴れやかに笑った。
このかたは王族の中では腹芸が出来ない真っ直ぐな方だと評判だ。
その美貌と性格の良さで慕う人も多いのだそうだ。
それで、アラン王太子に煙たがれてコチラに移住されたと聞いている。
「そうだ。君達はまだ、ヴィーに会ってないよね、
紹介しよう。」
「失礼しますわ。」
鈴を鳴らすような声をして、奥から麗人が現れた。
「リードの妻、ヴィヴィアンナですわ。宜しくお願いいたします。」
「!は、はい。」
何度もこの方の絵姿を見た。傾国の美のお妃として有名なお方だ。
本物は何倍も美しい。
透き通る肌、赤い唇、豊かなプラチナブランド。
長いまつ毛に覆われた青い瞳はアクアマリンのようで。
白い光に包まれているようにも、または彼女自身が発光しているかのようだ。
コレがオーラというもの?
ゆったりとした花柄のブラウスとスカートに包まれてもわかる素晴らしいプロポーションだ。
え、後ろにいるのは、白虎ではないか。
キチンとお座りしている。
「ふふふ。私の頼もしいボディーガードのホワイトタイガーですよ。」
「は、はあ。」
そして私の方に近づいていらした。
「貴女が転生者のお嬢さまですね。エリーフラワー様とレイカさんから良くお話を伺ってますよ。
ふふふ、なんだか初対面の気がしませんね。」
花の様な微笑み。
ふわりと微かなバラの香りが漂う。
「は、はい。」
自分の頬が熱くなるのを感じた。
「お二人がこの国に滞在なさること、心から歓迎いたします。――末永くよろしくお願いします。」
美貌のリード様ご夫妻に会って夢心地で公宮を後にした。
ここに来てしばらくは順調だった。
「おい、また近くをドラゴンが飛んでいるぞ。」
遠目にドラゴンが飛んでいるのが見えて、ここは異世界なのだと更に実感した。
「心配なので。」
研究所にマーズ様がよって下さるようになった。
「だんだん近づいて来るような気がする。
ここらに昔住んでいたのかもしれない。」
この研究所がたってまだ一年以内らしい。
私たちが住む場所を奪ったのか。
「降りてくれば話をしてみますが、ネモ兄の言うことしか聞かないかもしれない。」
休み時間にマーズ様とお茶を飲む機会が何回があった。
「警備の関係でお二人一緒におられる方が助かります。」
イリヤさんにそう言われた。
そんな日が三日程続いただろうか。
研究所から出て買い物に行こうとした時。
「危ない!」
シンゴさんが大きな声を出して私の前に立ち塞がった。
ゴン。
彼の左手に石が当たった。
というか、彼が石を素手で叩き落とした。
え?
次の瞬間見たのは地面に押さえつけられている女の子。
私を睨みつけている。黒髪黒目だ。
「おい、もう一人いるぞっ!」
「きゃあっ、痛いっ、やめて私は関係ないわっ、石を投げたのはその娘じゃないのっ!」
薄い黄色の髪の娘が木陰から引きずりだされた。
「関係ないものが何故ここにいる?エリーフラワー研究所の前に?」
――こんな怖いシンゴさんを見たのは初めてだ。
声は地を這うようで、顔は能面のようだ。
そして目だけが異様に大きく見開かれている。
そして、無言でナイフを振り上げた。
「君たちは!砂漠の民じゃないか!」
「ま、マーズさん。」
「ビッキーとカチャだね。」
聞いたことがある。砂漠の国の女性が馬賊から逃れてこの国にいるって。
「コイツがメリイさんに石を投げたのですよ、シンゴが止めなかったら怪我をしていました。」
イリヤさんが黒髪のビッキーと呼ばれる少女を押さえこんでいた。
「ごめんなさい。脅かしたら国に帰ると思ったんです。最近、マーズ様はエミュー牧場に来なくなって、こないだ来たときも、この子に構ってばっかりで。」
ああ、この子はマーズさんが好きなんだ。
グズグズと泣きじゃくっている。
エミュー牧場で働いていたのか。
「その割には本気で投げたよな。」
シンゴさんの腕は腫れ上がっていた。
折れていたらどうしよう。
泣きたい気持ちになった、私のせいだ。
「メリイさーん、気にすることは無いですよ、それが護衛の務めだから。」
イリヤさんが声をかけてくれた。
「ほら、護衛が守るからお嬢様には怪我が無かったじゃない。大袈裟なのよ!」
カチャと言う娘が言った。
「アンタ、黙ってな。」
もう一人影のようにやってきたのはガタイのいい人だ。
「エドワードさん。」
エリーフラワー様のご主人が来た。
とてもUMAに好かれるという人だ。
「とりあえず、このカチャはタチが悪いでごわすな。拙者が牢に連れて行くでござる。」
あっと言う間にカチャに猿轡をかませて、紐で縛りあげた。
「―アイツに何を吹き込まれたんだね。」
マーズさんはビッキーに聞いた。
「はい。コチラのお嬢様が研修に来ていて、マーズさんを振り回していると。とてもマーズさんは迷惑していて、追い返したら喜ばれるって。」
「で、石を投げたワケか。」
「はい、すみません。」
「あのね?まずコチラはグローリー公爵のお嬢様だ。そして転生者でね、もうエリーフラワー様の研究所にはなくてはならない人だ。
もちろん正式に就職されているんだよ。」
「転生者!レイカさんと同じ!?」
「ああ、君も彼女に世話になっていたね。今回の事を聞いたら悲しむだろうな。」
マーズさんは優しく、しかも確実に彼女を追い詰めていく。
「あんたはさ、もしこのメリイさんに怪我をさせていたら即刻死刑だったと思うよ。あのカチャに嵌められたな。」
シンゴさんが怖い顔で言う。
「ー!」
そして彼女は軽く手を縛られて、連れていかれた。
「シンゴ。」
「あ、エリーフラワー様。」
「良く効く軟膏を塗ってあげるわ。」
「あ、アレですか?嬉しいな。」
そのまま奥へ行ったシンゴさんをじっと見送る。
「すみません、メリイさん。私の方の厄介事に巻き込んでしまいました。」
「マーズさん。」
「あの女は貴方に懸想していたのですか。」
硬い声で兄が言う。
「――そのようです。ネモ兄と話して距離を置いていたのですが。まさか押しかけてくるとは。」
イリヤさんが頭を振る。
「マーズ様のせいではありませんわ。
あの二人は仲が悪かった。カチャがビッキーを陥れたの。
ビッキーの事を好きな男がいて。その男をカチャが好きなのよ。
だから、カチャはビッキーを亡き者にしようとした。
でも、それだけビッキーは貴方が好きなのね。」
「私にはその気は無いんです。」
そこで私の方をじっと見てくるマーズさん。
目が合うと、顔を赤らめている。
「あの、メリイさん。実は私はその、貴女のことが気になりまして。ここのところずっと。
いや、その初めて会った時からなんですけども。」
え?
「はあ?」
兄が素っ頓狂な声をあげた。
「うわお。」
イリヤさんは手を叩いた。
「そうです。レプトンさん。お兄様がいらっしゃるからちょうどいい。交際を申し込む許可をいただけませんか。」
「いや?待て待て待てーい。」
「あの、すみません。私はその、こないだ婚約破棄したばかりで。」
「ええ、貴女を手放すとは馬鹿ものだ。」
「その混乱していますわ。そんな風に貴方を見ておりませんでしたから。」
「ええ、ええ。わかっております。」
「しばらく考えさせていただけませんか。」
「はい!」
そのままマーズさんは帰って行った。
「お前、どうするよ。」
「どうしよう。」
「立派な方だよ。穏やかだし。」
「うん。」
――だけど。
エリーフラワー様とシンゴさんがコチラに来た。
手当が終わったらしい。
「プライベートなことは喋りませんからね、安心してください。」
イリヤさんはそっと笑った。
「私の軟膏はツチノコの成分が入った特別製なの。
すぐに治るわよ。ホホホ。」
「なんか、みるみるうちに痛みが収まってきました。」
晴れやかなシンゴさんの笑顔。
私にはそちらの方が好ましいのだ。




