グランディ王国内で。①
ロージイ視点。
王太子アラン様のお子様達がお生まれになり、お名前も発表された。
そして王都中が喜びに沸く中、三月二十日に予定通り王宮の女官試験が行われた。
私の受験票の名前を見た試験官の視線が冷たかったけれども、
気づかない振りをして筆記、実技(外国語での受け答え、礼儀作法)とひと通り試験を開けた。
帰り際に試験官のひとりから、
「ギリギリで滑り込んで受けた割りにはやるじゃないの。」
と言われた。
額面通り取っていいのかわからなかったが、
軽く会釈をして学園の女子寮に戻った。
夕方、下の兄ケイジが尋ねてきた。
応接室で面会する。
「やったな。今までにない好成績だったそうだ。
合格間違いなしだ。俺の鼻も高いよ。」
そこで声をひそめて、
「さっき、俺に退職勧告が出た。予想してたけどな。
――俺の欠員の後にオマエが入るってワケだ。
そういう話になっている。」
「……。」
やはり、公爵様の狙いはそうだったのか。
兄達と予想は立てていた。
私は受けさえすれば必ず合格する。
そして兄のどちらかを退職させる。
それが、見せしめなんだ。
「…でもまあ、オマエは実力でも合格するチカラは持っていたんだ。出来損ないをイビろうとする当ては外れたんだろうな。」
あの十五日の話し合いの時。まもなくアラン様にお子様が生まれることはわかっていた。
長兄のラージイが子爵位を辞退したのはその恩赦を狙ってのことだ。まもなく子爵に戻れるだろう。
兄自身には落ち度はないのだから。
――そしてこれはお城の侍従様も公爵様もわかっていた。
この茶番がわかっていなかったのは我が親達とルートだけだ。
子爵に復位予定の長兄を退職させるより、何もない次兄ケイジが辞めさせられる。
だけど、それは来年だと思っていた。
公爵様の鶴の一声で急に受験が決まり、一年早まった。
その時、足音がした。
ケイジ兄が声を張り上げた。
「オマエは、いいよなあ!ロージイ。
ルート君と結婚してカドック子爵夫人だ。
俺もとばっちりで失職だ。ウチは子爵位を返上した。
オマエだけが上手く逃げ切った!というわけだな!」
そこで立ち上がりドアを開けた。
青ざめた顔のルートが立っていた。
「おや、ルート君。お呼び出して申し訳なかったね。
まあ、中に入りたまえ。
――今日ね、責任を取って退職しろ、と言われたんだよ。」
兄はルートを睨みつける。
「あ、あの。ご迷惑をおかけしました…。」
ルートの声は消えいるようだ。兄の怒りは本物なのだ。目は血走っている。
「君には分かるかね。子供の頃から努力してこの職についた。お城の事務官だがね。
それをねえ、まさか色恋沙汰の巻き添えで失職するとはね。その無念さが!!」
「は、はい。」
ルートは青ざめて震えている。
それはそうだろう。兄は殺さんばかりの殺気をぶつけているのだ。
そしてルートの肩を抱く。
「すぐ官舎も追い出させるんだよ。困ってるんだ。
――なぁ、ものは相談だが君のお屋敷に住まわせてくれないかね?
どうせ君は寮住まいなんだろ?」
「え?」
兄はルートの耳に顔をよせてささやく。
「管理しない家は荒れるんだ。執事の部屋が空いてるだろ?そこに住まわせてくれればいいんだ。
どうだい?」
「――そ、それは。」
「もちろん、光熱費や経費は私が待つ。
妹と君は夫婦だ。妹夫婦の家に間借りさせて貰えないか?」
「は、はい。構いません。」
「ようし、決まりだ!」
兄は明るい声を出した。
「少し手を加えるが、いいかい?ろくに家財もないんだろ?なに、費用は私が出す。
少しだが退職金は出るのでね。
――君は夏季休暇とかに泊まりに来るといい。
妹と一緒にね。客間は開けておくから。」
そして兄は書類を出した。
「賃貸契約書だよ。お互いにサインをしようではないか。何、こういうことはキチンとしないとな?」
その後、兄を見送ると言って外に出た。
ルートも一緒に来ようとしたが兄は固辞した。
「…アイツ馬鹿だな。どうして良く読まないかね。」
兄が吐き捨てるように言った。
さっきの書類は兄が建物をリフォームして、そこをホテルにするというものだ。
「立地がいいからね。仕事で王都を訪れる客に重宝されるさ。今の客間は家族連れ用にすれば良い。
ルートくんがきたら、空いてれば泊まってもらえばいい。空いてればね。」
「……。」
「なあ、ロージイ。辛かったら王宮なんかさっさと辞めろよ。一緒にホテルをやればいい。
というか、スタッフに女性がいれば女性客も安心して泊まれるからな。
――それに名義はルート君なんだからな。妻のオマエが経営者という形にはなってる。書類上はね。
時々休みの日に顔を出してくれれば助かる。
侍女の部屋も空いてるしな。」
そこで兄は眉間にシワを寄せた。
「さっき、ロージイと泊まれば良い、と言ったときアイツ鼻の下を伸ばしていたな。ふん。」
「公爵様が私に女官になれといったのは、新人の女官は一年は王宮の寮に住むのが決まっているからでしょ。」
そこで仕事をびっちりと叩きこまれるのだ。
「ああ、オマエたちを物理的に離すつもりなんだろうな。」
公爵様の深い怒りを感じて身震いをした。
学園の門のところまできた。
見送りはここまでだ。
「ここまでの展開は読めたが、この先はどうなるかわからん。
ロージイ、せいぜい気をつけることだ。」
兄は薄手のコートの襟を立てて去って行った。
父は鉱山にやられたと聞く。
新しい発電所が出来て、今までは灯をつけるのがせいぜいだった電気の量が増えた。
エリーフラワー様が開発された調理家電、ミキサーとか電動泡立て器とか使えて便利になった。
天井からつるすタイプのファンもある。
それからアイロン。
それでその燃料のために石炭が必要なのだ。
父はそこにいるのだ。
――いつまで生きていられるだろうか。
母は修道院にいるらしい。母の安全だけは、兄達が公爵様に頼みこんだそうだ。
「本当は途中で行方不明になっていただくつもりだったがね。」
と言われた時は寒気がしたと、ケイジ兄が言っていた。
メリイ様はブルーウォーター公国に行かれた。
あちらでエリーフラワー様の研究所に入るらしい。
兄君のレプトン様もそうだと聞く。
「だから、レプトン兄貴の穴うめが必要だろう?
求人が出たら受けるつもりだ。」
――彼はどこまでも愚かだ。
そして、翌日。
世継ぎの王子様がお生まれになったことにより、
恩赦が発表された。
ラージイ兄は子爵に戻ることが出来た。
私には正式な合格通知が届いて、すぐに学園長に呼ばれた。
「合格おめでとう。君なら合格すると思っていた。
一番の成績だそうだよ。
でも、合格することじたいはわかっていた。
キミもそうなんだろう?」
「ええ。」
そこで学園長は私をじっと見た。
「私が公爵夫人の縁者であることは知ってるね?」
「従兄弟でいらっしゃるのですよね?
有名でしたから。」
「……そうだよな。それを知らない愚か者がいてな。キミの夫だよ。」
「!」
「聞いてみたかったんだよ、どうしてキミはこんな愚かなことをしたのかね。」
貴方にはわかるまい、学園長。
男性で高位の貴族の貴方には。
下を向いて歯で唇を噛み締めた。
「……嫌だったんですわ。親が持ち込んだ縁談が。
三十も年上で何度も再婚をしている相手。
今まで若い妻を娶っては死別を繰り返している。
彼にとって若い女は、自分より身分の低い女はいくらでも取り替えがきくものなんです。」
「ブルー・オー・ヒゲ伯爵のことかね。
ウワサは聞いている。」
では何故みんなあの男をほっておくの。
殺人者に決まっているのよ。
「ウチの親は私の器量を良く自慢していましたの。
客人たちを招いては、一番支度金を出してくれる相手に嫁がせる、と言ったことは一度や二度ではありません。
手首を掴まれて引き寄せられたことも。
その度に兄たちが怒って守ってくれました。
あの男達の舐め回すような目。
毛虫が全身を這うような。まだ年端もいかぬ子供に。
………なんで、貧しい子爵家だから、女だからと言ってオークションの品物にならなきゃならないのでしょうか。」
知らず知らずに涙が流れていた。
「母に訴えても自慢なの、とにらみつけられました。
父はオマエが美しいから見惚れてるんだな、と満更ではなさそうで。」
「…。」
「学園に入学することは親は渋りました。
早く嫁がせたかったのでしょう。それにお金もなかった。
兄達が学費を出すから、と言って入学させてくれました。
私は勉学に励みました。王宮勤めになって実家から逃げようと思ったのです。
その時、ルートが私をじっと見ているのに気がつきました。
最初はまた鬱陶しいと思っていました。
だけど、彼の視線には純粋な恋心しかなかった。
獣欲まみれの視線にばかり晒されていた私には新鮮だったんです。」
「……。キミに懸想していたのはルートだけではあるまい。」
「もちろん、多少の意趣返しがあったのは否めませんわ。父母からのグローリー公爵家への毒のある発言は、私にも染み付いていたのです。」
「それでこういう事態になったと。」
「誤解されているかもしれませんが、私はちゃんとルートを愛しておりますわ。」
―それなりに。情はある。
あんなキモい親父と結婚するよりは。彼は若いし、見栄えも悪くない。
何よりも、私を一途に愛してくれている。
学園長はため息をついた。
「あんな馬鹿者と関わらなければ、キミは優秀な生徒だったのに。」
「そうですね。あの伯爵に嫁がされて来年の今頃は命がなかったかもしれません。」
コレから先のことはわからないけれど。
王宮でどれだけ無事でいられるか。
私は学園長室を後にした。




