見えない鎖で縛るもの
無事に大学に進学した僕は、久しぶりに近所の小さな公園にやって来た。
遊具は滑り台くらいで、あとは小さな砂場あるだけだ。
それでも、子供の頃、特殊な「遊び」をした公園として、僕には鮮明に記憶されていた。
その公園の真ん中で、ぼんやり突っ立っていると、一人の女性がやって来た。
同年代の女性だ。
短い髪型で、スポーティな格好をしていた。
「来てくれたのね」
彼女が懐かしそうに笑いかけるから、僕も微笑みを浮かべた。
「ああ。久しぶりだね、さっちゃん」
◇◇◇
小学生のとき。
夏休みの自由研究で、僕は虫を殺した。
殺虫剤を噴射したり、ポリエステルを燃やしたりして、その殺傷力を試してみた。
あくまで「公害」の研究として。
でも、共同研究者であった女友達さっちゃんは、残虐行為をエスカレートさせていく。
ダンゴムシを潰したり、蝶の羽をもいだり、蛙の腹を切り裂いたり。
さすがについていけなかった。
研究の口実も立たない。
それでもさっちゃんは、純粋に残虐行為を楽しんでいるようだった。
彼女は嗜虐趣味を中学生になっても、やめようとしなかった。
鳩やカラスまでも、罠を仕掛けてくびり殺す。
狸なんかも罠にかけて殺して、捌いて食べたりしていた。
殺生現場は公園から森の中へと移行したけど、食べたり、語り合ったりする場所は、やはり例の公園だった。
さっちゃんがどうやって狩りをしているのかという秘密を教えてくれたのは、狸汁をご馳走してくれた日のことだった。
「狸なんて……大人でも捕まえるの難しいのに、どうやって?」
「心で鎖を繋ぐのよ。こうやって」
さっちゃんは僕に実演してみせてくれた。
公園の滑り台にリールでつながれ、飼い主を待つ飼い犬がいた。
柴犬っぽい犬だった。
その犬を睨みつけたまま、さっちゃんは腕を振り上げ、グイッと引っ張る仕草をする。
それだけで、キャンキャン鳴きながら、犬がコッチへ引きずられて来た。
見えない鎖で、引っ張られるように。
「このままじゃ、死んじゃうよ!」
滑り台の柱に括り付けたままのリードがピンと張っていた。
さっちゃんは笑みを浮かべ、さらに引っ張る仕草をする。
見えない鎖とリードで、双方に引っ張られ、ワンコは口から泡を吹く。
「きゃああ!」
飼い主が駆け寄ってきた。
用事を済ませて、ちょうど公園に戻ってきたところらしい。
さっちゃんは手の力を緩めた。
おかげで、柴犬っぽい、その犬は一命を取り留めたようだ。
さっちゃんは僕に笑顔を振り向けた。
「ね。便利な鎖でしょ?
キミなら見えるって思ってた。
でも、普通のヒトには見えないから、この鎖で好きに遊べる。
今も、ほら。
私たちはこんな遠くにいるのよ。
飼い主だって、あの犬に悪戯したのが私だって分からないわ」
さっちゃんの暴走は、それに止まらなかった。
翌日、「良いもの見せてあげる」と言われ、僕が覗いたら、袋の中に犬の首があった。
血塗れだった。
首輪があるから、どこかの家庭で飼われていた犬に違いなかった。
さすがに「やめろよ、気持ち悪い」と両手を振って、吐くような素振りをした。
すると、さっちゃんは傷ついたような顔をした。
「なによ。キミはお仲間だと思ってたのに」
と頬を膨らます。
やがて、近所で、ペットの失踪が相次いだ。
犬小屋に繋がれていた犬まで、いなくなるという。
ご近所は騒然となり、あちこちの電柱に迷い犬のポスターが貼られたが、いっこうに見つかる気配がない。
僕は、そのうち人間の死体があがるんじゃないかってハラハラした。
でも、ペットの失踪事件の連鎖は突然、断ち切られた。
住宅街では、平穏な日々が取り戻された。
さっちゃんの家が、お父さんの仕事の都合で転居することになったからだ。
彼女は中部地方に越していったそうだ。
でも僕は、当地でペットがいなくなったり、挙げ句は人間が蒸発したりしないかと、ちょっと心配していたものだった。
◇◇◇
「何の心配も要らないよ。さあ、こっちに」
成長したさっちゃんは、子供の頃より、魅力的になっていた。
彼女の誘いに、僕はおとなしく従う。
彼女の手に青白く輝く鎖が、そして僕自身の首には青く光る首輪が見えた。
「いつの間に……」
首に手を当てる僕に、大人になったさっちゃんは手を差し伸べ、「良い子、良い子」と僕の頭を撫でながら、教えてくれた。
「子供の頃からズッと付けてたのよ、この首輪。もちろん鎖付きで。
だから、キミは私と一緒に、虫や動物を殺し続けてくれた。
よしよし。
でね、大学生になって、ようやく親許から離れて独居生活ができるようになったの。
これから私のマンションに来なよ。
可愛いがってあげる」
さっちゃんはポッケから飛び出しナイフを取り出し、刃先を白く輝かせる。
彼女の笑顔が、刀身に映し込まれる。
さっちゃんは頬を赤く染め、恍惚とした表情をしていた。
僕はそれを見て、美しいと思った。
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