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影人(シャドーマン)のいる公園

 私は三年間の結婚生活に失敗して、体調を崩した。

 だから仕方なく、実家に舞い戻っていた。


「おはよう、よく眠れた?」


 母は、毎朝必ずそう聞いてくる。

 食卓には、和食の朝食が並べられている。

 焼き魚に卵焼き、ほうれん草のお浸し。

 わかめと豆腐のお味噌汁、それと炊きたてのご飯。


 なんてことのない献立だけど、今は心から嬉しいと思う。

 父は、新聞を読みながら、テレビを見ている。

 あたりまえのような、日常だけど、なぜか涙が出てしまう。


 なぜ、私にはこんな簡単な夫婦生活が出来なかったのだろう。

 運が悪かったとしか思えない。



 両親から気遣われて、少し元気になってきたある日の朝ーー。


 母が通っている、近所の公園で行われている太極拳サークルに誘われた。


「家に閉じこもってばかりじゃ、身体に悪いわよ」


 母は遠慮がちに、私に言った。


 その日の朝は、雲ひとつなく真っ青だった。

 久しぶりに、外に出て気持ち良かった。


 向かう先は、私が子供の頃によく友達と遊んだ公園ーーさくら公園だった。

 桜の木が何本か植わっているから、そんな名前がつけられた、結構、安直な名前をした公園だ。

 今では、早朝になると、大勢の年配者たちで賑わっているという。


「太極拳、できるかな? 難しそう」


 私は、不安を口にした。


「大丈夫よ。

 太極拳は動きがゆっくりだから、先生の真似をしていくうちに自然と覚えられるから」


 母が、笑いながら話した。


 さくら公園には大きな池があり、鯉や亀、野鳥が棲息している。

 桜の木もそれなりに多いので、春の盛りには人で溢れかえっている。


 太極拳は、池から少し離れた芝生の上で行われていた。

 朝早くから、二十名前後の人たちが集まっていた。

 大陸由来の音楽が流れていた。


 先生は三十代の男の先生だった。

 背は低いけど、精悍な顔つきで、真面目そうな人だ。


 時間になると一礼して、先生がゆっくりと、ポーズをとっていく。

 腰を少し落とす。

 足を開いて動かす。

 腕を伸ばして、手を狐のような形にする。


 私も母の後ろで、周りの人の動作を見よう見まねで模倣した。

 初めてで、少し緊張したけれど、これだったら続けられるかもしれないと思った。


 太極拳を初めてした日の夜は、久しぶりにぐっすりと眠れた。

 睡眠の質が良いと、翌朝がすっきりと起きられて、その日一日が気持ち良く過ごせる。

 最近、よく眠れない日々を送っていたから、嬉しかった。



 結果、私の朝の日課は、公園に行って太極拳をすることになった。


 母と二人で毎朝、さくら公園に通った。

 草花を愛でたり、風の音を聴いたり、小鳥を眺めたり、母と共に過ごす時間を大切に思った。

 そして同時に、親孝行している気がした。

 まだ六十代とはいえ、確実に老いている母。

 あと、何年元気でいられるだろう。

 母の薄く頼りなげな背中を見ると、なんとなく悲しくなった。


「太極拳、がんばろうね。お母さん」


「そうだね。身体に良いものね」


 その日、いつものように太極拳をしていると、隣の母の動きが気になった。

 なんだか、母の身体が二重に見えたのだ。

 しかも、母を追うように黒い影が、まとわりついている……。


(なに、アレ……)


 私は身を強張こわばらせた。

 寒気さむけすら感じた。

 だけど、私の動揺にも、母についている黒い影にも、誰も気づかない。

 ゆったりと流れる音楽に合わせて、みなは一心不乱に身体を動かしている。

 母を含めて、目の前の人々は、いつも通りの朝を過ごしているようだった。

 私は怖いと思ったけれど、我慢した。

 目の錯覚だと思うことにした。


 だが、それがいけなかったらしい。

 翌日、母はいきなり脳梗塞で倒れてしまった。

 脳からの出血が激しく、一晩して、母は帰らぬ人となってしまった。


 突然のことに、残された私と父は悲しみにくれた。


「あんなに元気だったのにね……」


 母を知っている人は、みなそう言った。


「寿命だから仕方ない」


 父はそう言って、泣いた。



 母のお葬式も終え、初七日も済んで、少し心にゆとりができた。

 そこで、私はまた早起きして、公園に向かった。


 少し遅れて行ったので、太極拳はすでに始まっていた。

 中華風の音楽が流れている中を、いつものように、ゆっくり、ゆっくり、みなが身体を動かしている。


 私は、その光景を見て戦慄してしまった。

 胸の鼓動が痛いくらい鳴った。

 全身に氷水をかけられたように、震えが止まらなくなった。


 私は、その場から、急いで立ち去った。

 命からがら、逃げ出すと言う言葉が浮かんだ。


 まさにその通り。

 私は、怖いものを見てしまった。

 このことは、誰にも言えないし、話したところで、信じてもらえない。

 これは、人に言ってはいけないこと。

 ーーそう確信した。



 数日後、テレビをつけると、ニュースで、ある交通事故が大々的に報じられていた。

 

『山に向かっている途中で、マイクロバスが崖から転落しました。生存者はいません……』


 あの日、私が見た光景ーー。

 それは、太極拳メンバーの全員に黒い影がまとわりついている姿だった。

 ああ、この人達はもう取り憑かれてしまったんだ。もうダメなんだと、はっきりわかってしまった。

 その数日後に、太極拳のメンバーと先生で、秋の行楽のハイキングに行く途中で、事故に遭ってしまった。


 私は、実家から出て、今また、東京でひとり暮らしをしている。

 この世の中では、不思議こと、理不尽なこと、運、不運、様々なことが起きている。

 そのことに、私なりに、真正面から向き合おうと思った。

 結婚は失敗したけれど、人生の失敗はしたくない。

 そう思うと、少し、心が強くなった気がした。


 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 気に入っていただけましたなら、ブクマや、いいね!、☆☆☆☆☆の評価をお願いいたします。

 今後の創作活動の励みになります。


 さらに、以下の作品を、一話完結形式で連載投稿しておりますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!


【連載版】

★異世界を舞台にしたホラー短編作品集

『あなたへ贈る異世界への招待。ただし、片道切符。あなたは行きますか?』

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