幼稚園の女児を、ひとりで公園で待たせるもんじゃありません
◆1
娘が通う幼稚園の近くに、遊具がいくつもある、大きな公園があった。
この公園は家からかなり遠くにあるから、ワタシにとっては都合が良かった。
娘の幼稚園を終えると、送迎バスをお断りして、この公園に直行する。
そして、いつも娘を待たせている。
今日も夕方近くになると、私用を終えて、公園に娘を迎えに行く。
すると、娘が奇妙な行動をしている最中だった。
花壇の縁に、ウサギのぬいぐるみを立てかけていたのだ。
「何してるの?」
と問うと、まだ幼い娘が、
「おそなえをするの。おとこのこにあげるの」
という。
その男の子は癇癪持ちで、娘が少しでも言うことを聞かないと、怒って暴れるという。
「おそなえしないとひどいよって、おとこのこがいうの」
花壇に置かれたぬいぐるみを見ると、手足が少しもげていた。
誕生日に買ってあげたばかりのものなのに、他人に、しかも男の子にあげるなんて。
ワタシにはとても信じられなかった。
自分で壊してしまった言い訳として、男の子の存在をでっち上げているのだろうーーワタシはそう思った。
男の子じたい、幼少時にありがちな、空想上の友達だと思った。
「だったら、そんな男の子とのつきあいなんかやめて、バイバイしなさい!」
と叱った。
でも、娘は「わたしのかみをひっぱるの」、と泣く。
じっさい、頭のつむじあたりを触ると、赤く腫れ上がった跡があった。
私は血の気が退いた。
(手の込んだ嘘をつくようになったものね……)
ワタシは腹が立った。
娘が置いたぬいぐるみを取り上げ、花壇のど真ん中に放り捨てた。
何本かのチューリップが押し潰れたが、構うものか。
どうせ、税金で整備してる草花だ。
ぬいぐるみも放置したまま、ワタシは娘を公園から追い立てた。
◆2
翌日の昼過ぎーー。
幼稚園を終えると、また今日も、むずかる娘を無視して公園で待たせる。
そして、ワタシはひとりで出かける。
近在のホテル前で彼氏が待っていた。
お金を入れてチェックイン。
機械が吐き出したルームキーを持って個室へ。
部屋に入るなり、お互いに服を脱がせっこし、抱き合ってベッドへと倒れ込んだ。
「奥さんも大胆だね。いいの、子供は? まだ小さいんだろ?」
彼氏が不愉快なことを言う。
せっかくの逢瀬なのに、現実を思い出させるなっちゅうの。
「あなた、学生でしょ?
子育てなんかしたことないから、わかんないのよ。
幼稚園にあがるほどの子供はね、もう口が達者で、生意気にも嘘までつくんだから」
「ママとそっくりに?」
嫌なこと、言うわね。
さすがにカチンときた。
「だって、ワタシ、まだ二十四歳だよ?
あの子が〈出来ちゃった〉じゃなきゃ、あんなつまんないオトコと結婚なんかしてない。
とにかくね、あれぐらいの子供だったら、二時間ぐらい独りでいても、大丈夫よ。
『ママを待ってて』って言ってあるし、あれほど広い公園なのよ?
私がちょっと離れただけに思うわよ。
みな、自分の子供が可愛いだけなんだから」
迎えに行ったら、すぐに公園ママたちと歓談する。
アリバイ作りにも余念がないのだ。
上手いこと話を誘導して、周りの人達には、ワタシが公園でずっと子供と遊んでいたと思わせる。
それがいつもの日課だった。
が、その日は様子が違った。
カレと逢瀬を楽しんだあと、公園に行く。
しかし、いつものところに娘がいない。
(あれ、あの娘は!?)
打ち捨てられたぬいぐるみがそのままになってる花壇があるだけ。
(どこ?)
さすがにマズイ。
ワタシは広い公園の方々を探し回る。
その最中に、スマホが鳴った。
幼稚園からだった。
『今までどちらにいらしたのですか。お子さんが救急車で運ばれたんですよ!』
◆3
ワタシが知らぬ間に、公園に集うママ友たちによって、救急車が呼ばれていた。
そのママ友が、娘が通う幼稚園に連絡を入れたらしい。
「L◯NEをやっても、一向に既読がつかなかったから」とのこと。
それは当然だ。
カレとの逢瀬のときは、スマホの電源を切ってるから。
とにかく、ワタシは病院へと駆けつけた。
娘の容態はかなり悪いようだった。
呼吸不全で、何か異物が喉に詰まっていたとのこと。
取り出したところ、固められた棉だった。
(ぬいぐるみの棉かしら?
どうして、そんなモノが口の中に……)
ワタシは首をかしげる。
そんなワタシに、お医者さんは怪訝そうな顔つきで問いかける。
「娘さんの頭皮が荒れてましてね。
何本も髪の毛が抜き取られた跡がありました。
やはり、お母さんが髪の毛を強く引っ張ったんでしょう?」
「はい?」
「お母さんが折檻したんじゃありませんか?
普段から、娘さんは公園でひとりぼっちと伺っておりますが……」
「折檻なんてーーそんなこと、したことありません!」
私は泣きながら叫ぶ。
が、お医者さんは信じてくれない。
娘を見る。
小刻みに身体を震わせている。
涙をいっぱい溜めた瞳で、ワタシを見上げていた。
(そうかーーやっぱり、何かあったんだ。
以前、男の子がどうとか言っていた。
いじめ? それともーー)
私は罪悪感で一杯になった。
もっと娘の言うことを、信じてあげればよかった。
ぬいぐるみを壊したのも、その男の子?
◆4
夫が会社から病院に駆けつけてくる。
幼稚園から連絡が行ったらしい。
到着するなり、夫は大声をあげた。
「キミがやったのか!?
実の娘の髪を引っ張るだなんて、よくそんなことが……」
お医者さんから吹き込まれたらしい。
ヘタしたら、幼稚園にまで、この情報が伝わっている可能性がある。
ワタシはゾッと身震いがした。
「ちょっ……人聞きの悪いこと、言わないでよ!
私、何にもやってない。
ちょっと目を離した隙に……」
「目を離したってーーどこに行ってたんだよ?」
「か、買い物よ」
「幼稚園児をひとりで放置したのか!?」
「し、仕方ないでしょ!?
育児ばっかり、してらんないわよ!
アンタも、少しは家事をしてから言ってよ!」
浮気相手とラブホにいたけど、それは言えない。
現に、ワタシは今、お医者さんや看護師さんたちからも白い眼で見られてる。
それを良いことに、今日の夫は鼻息が荒い。
家事の分担ネタを持ち出すといつもは引っ込むのに、今日は強気だ。
「ふん。公園の管理人さんが協力してくれるってさ。おかげで犯人がハッキリする」
あれほど大きな公園ともなると、幾つもカメラが設置されている。
ワタシが娘を折檻した可能性を、お医者さんから警察に通報がなされていたため、明日、警察官立ち会いのもと、記録映像が開示される運びになったらしい。
思ったより大事になって、正直、驚いた。
けど、公園での映像が残っていることはありがたい。
ワタシが娘を虐待したという濡れ衣は晴れるわけだ。
真犯人の姿をワタシも見たかった。
◆5
翌朝ーー。
娘が入院している最中、夫は有給を取って、ワタシと公園管理事務所に出向いた。
すでに警官二人が待ち受けていて、一緒にビデオ室に入った。
大きなモニターに、幾つもの映像が区分けされて映し出される。
全部で十五個もカメラがあるらしい。
やがて、その中の一つの画面に、ワタシに手を引かれた娘が、花壇そばのベンチに腰掛ける姿が映し出された。
バッチリ娘が映る位置に、カメラが設置されていたようだった。
管理人が操作して、そのカメラ映像だけが、モニターで大映しされる。
それから、娘ひとりで待ちぼうけするさまが、延々と映し出された。
さすがに居心地が悪くなって、ワタシは少し首をすくめる。
一人の警察官が吐き捨てた。
「このまま映しても埒が明きません。早回しを」
依頼を受けて、管理人がスイッチを押す。
ザーッと映像が早回しされる。
娘の許に誰も来ない。
そうして、ほぼ二時間後の映像ーー。
ちょこんと座ったままの娘の横に、突然、座った男の子がいた。
腕には、ワタシが娘に買ってあげたぬいぐるみを抱えている。
ワタシはモニターを指さして叫んだ。
「この子よ! この男の子が、娘の髪の毛を引っ張ったのよ。ワタシじゃない!」
そして、さらに言葉を重ねて、要らぬ疑いをかけられたことに対する非難を口にしようとした、その矢先ーー。
思いも寄らぬ映像が、モニターに映し出された。
「ああ!?」
夫が大声をあげる。
なんと、モニターには、その男の子に腕を引かれて、ワタシが登場したのだ。
もちろん、ワタシはこの男の子を知らないし、この時間に娘の許に行った覚えはない。
だけど、服装といい、髪の色といい、ワタシとしか思えない人物が、そこに映し出されていた。
そして、その女性によって、娘は髪の毛を鷲掴みにされていた。
泣き叫ぶ娘が、ベンチに顔を打ちつけられる。
痛々しくて、この場にいた誰もが顔を背ける。
そして、最後にカメラに向かって、その謎の女が顔をあげた。
その顔は、やはり、どう見てもーー。
(ワタシ!?)
ワタシは唖然とした。
ビデオにはワタシの顔が映っていた。
しかも、ニヤニヤと口許を綻ばせて……。
警官や夫だけではなく、管理人も一緒になって、ワタシを睨みつける。
「これは逮捕する必要がありますね。よろしいですか」
警官が問うと、横にいた夫が勝手に応える。
「はい。とんだ恥晒しですが……その方が親権が取りやすくなるでしょうから」
ワタシは血の気が退いた。
そりゃあ、ワタシも離婚したかったけど、断じてこんなカタチじゃない。
「なんで!? そんなはずないの、ねえ信じて!」
ワタシの甲高い声だけが、狭い公園管理事務所で響き渡った。
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