復讐《リベンジ》の公園ーー遺品のヘルメット、そして謎の鍵
今年の夏、俺は久しぶりに田舎に帰省した。
田舎だから、何もない。
古びた国道沿いに、ポツポツとコンビニがある程度だ。
だから、高校時代は、友達とつるんではバイクを乗り回したものだった。
そのときの友人が、一週間ほど前、バイク事故で亡くなった。
長らく連絡もとってなかった友人だけど、死んだとなると、いろんな思い出が浮かび上がる。
感傷的になって、つるんでいた仲間と連絡しあって、亡くなった友人の追悼をすることにした。
俺は追悼式の前日、一足先に、ひとりで事故現場ーー次いで、小さな公園に赴いた。
事故現場の電柱にはすでに献花が捧げられ、ありし日の友人の姿が映った写真が掲げられていた。
俺は合掌して軽く会釈してから、歩いて近くの公園に出向いた。
どうして、公園に向かったのか。
友人との約束があったのを思い出したからだ。
街中にある小さな公園で、子供の頃、アイツと一緒によく遊んだ場所だった。
その頃、熱血少年漫画の影響で「俺たちは親友だ」とよく肩を組み合ったものだったが、ある日、いつになく真剣な眼差しで友人が俺に宣言した。
「もし敵と戦って、俺がやられたらさ、おまえが俺の形見をもらってくれ。
おまえがやられたら、俺がもらうからさ!」と。
「敵」とは何か。
当時の俺たちにとっては、漫画やアニメに出てくる、怪しげな組織に属する化け物、あるいは殺人鬼みたいなものだった。
が、本当を言うと、そんなふうに具体的な何かを意味してはいなかったと思う。
とにかく、俺たちがやってることを邪魔するものすべてが「敵」だった。
とはいえ、ガキの時分でも、いくつもの疑問が俺の頭にもたげた。
だから、俺は友人に問いかけた。
「わかんないけど、『敵』と戦う前に、協力したほうが良くね?
『やられ』てからじゃ、遅いんじゃねえの?」
友人は「ヤボなこと言うなよな」と溜息混じりに応答した。
「敵は賢いんだ。いきなり襲ってくるに決まってる。
だったら、打ち合わせなんてできないだろ?」
ガキの時分の俺たちに、そこまで明確な「敵」など、存在しなかった。
にもかかわらず、やたら具体的なイメージを思い描いている友人に、俺は薄気味悪さを感じて喰い下がった。
「いや、そもそも、『やられる』ってどーいうこと?
もし殺されるってことなら、もう、俺がやることねーじゃん?」
「バッカだなぁ。あるじゃん、大事なこと!」
友人は白い歯を見せてニカッと笑った。
「もち、復讐よ。任せたぞ、相棒!
そん時は、コイツが『敵』だって、教えてやるからよ」
俺はバシン、と背中を叩かれた。
わけもわからず、俺は友人の笑顔を見詰めるしかなかった。
ーーそんな約束を交わしたのを、昨夜、思い出したのだ。
(ガキの頃ってのは、訳もなく、無闇やたらと盛り上がってたな。
高校まで同じ調子でつるんでたけど、俺が上京すると自然に疎遠になったが……)
俺は、ベンチに腰掛け、往時を思い返しながら、ふとブランコに目を遣る。
ガキの頃、アイツがいつも乗っていた、お気に入りのブランコーー。
すると、意外なものを見つけた。
ブランコの上に、ヘルメットが置いてあったのだ。
右側面が大きくへこんだヘルメットーー。
(まさか、アイツのメットなのか?)
視界部分に黒いスモークがかかった、銀色ヘルメットーー高校時代からアイツが愛用していたものだ。
へこんだ部分は、友人が事故ったときの名残りなのかーー?
(あれ、メットの横に何かある?)
友人のヘルメットの傍らには、一本の鍵が置いてあった。
(バイクの鍵か? いや、違うーー)
キョロキョロと周囲を見回しても、バイクらしきものは見当たらない。
人影すらない。
俺はブランコに近寄り、鍵を手にした。
そして、銀色のメットをかぶった。
大きなへこみはあったが、なんとか頭を捩じ込めた。
するとーー。
(あっ!?)
俺は思わず声をあげた。
メットをかぶった途端、奇妙な映像が脳裡に浮かんできたのだ。
黒いライトバンが、後ろからバイクに追突するさまが映し出される。
バイクに乗っていた人物が宙を舞う姿が、クッキリと浮かびあがった。
その人物の顔を見るとーーまさに、このメットをかぶった友人だった。
友人は驚愕の表情を顔に浮かべていた。
そして、その宙を舞う友人の目が、この映像を見ている俺に、何かを強く訴えてかけている気がした。
(わかったよ。行けって言うんだろ?)
メットをかぶった俺は、頭に浮かび上がる映像に導かれ、歩き始めた。
あとになって考えてみれば、怪しいこと、このうえない。
夜の街中を、バイクにも乗らずに、男がメットをかぶって徘徊しているのだ。
しかも、黒いスモークが入っていて、外からは顔を見ることができないーー。
さぞ、すれ違った人々は肝を冷やしたことだろう。
でも、そのときの俺は、友人の形見であるヘルメットに導かれるままに歩を進めた。
かれこれ一時間ほど歩いただろうか。
頭に映し出される映像が途切れた。
スモークが入ったフロント部分を押し上げる。
目の前にあったのは、廃屋のようなボロい一軒家だった。
その隣には狭い駐車場があって、黒いライトバンが強引に押し込まれていた。
ふと見ると、ライトバンのバンパーがへこんでいる。
露骨に何かとぶつかった跡だーー。
(まさか……)
俺ははやる気持ちを抑えながら、ポッケから鍵を取り出す。
あの、ブランコにメットと一緒に置いてあった、謎の鍵だ。
(コイツは家鍵だったらしい……)
目の前のボロい一軒家の玄関ドアに、その鍵を差し込んで回す。
すると、ドアがギイと音を立てて開いた。
その途端、モワッとした異臭が漂ってきた。
玄関を入ると狭い廊下が伸びていたが、方々に黒いゴミ袋や弁当のケースなどが散乱していた。
いわゆる、ゴミ屋敷というやつだった。
やがて、異臭の彼方ーー奥から、無精髭を生やしたデブのオッサンが出てきた。
掠れた声をあげる。
「なんだ、テメェは? メットかぶったままで。
どーやって、ドアを開けた? んん?」
顔が赤い。酔っ払っているようだ。
オッサンに睨みつけられる。
俺はどう答えたら良いか見当がつかず、無言のままだった。
そのとき、だった。
プルルルル!
いきなり、俺のスマホに電話がかかってきた。
ビックリして、反射的に電話に出た。
メットのせいで耳には当てられなかったが、顔に近づけただけで充分、音声が拾えた。
声が響いてきた。
「ソイツガ、テキダ……」
その一言だけで、ブツリと電話が切れてしまった。
俺は思わず、喉を詰まらせる。
明らかに友人の声だった。
慌てた俺は、即座に、身を翻す。
「失礼しましたぁ!」
バタンとドアを閉め、俺は一目散に逃げ出した。
友人の「テキ」から。
後方では、オッサンが大声を張り上げていた。
「あ、キサマ、そのメットーーあのときの? 生きてやがったのか!?」
俺はそのまま最寄駅へと駆け込み、公衆電話から警察に電話を入れた。
「俺は、ひき逃げ事件の目撃者です。
怪しい車があります。調べてくださいーー」
そう言って、自分がさっき訪れた一軒家の辺りの住所を伝え、家の形状、ライトバンの色とメーカー、そしてオッサンの風貌を伝えた。
自分の携帯から警察に電話することは憚られた。
身バレしたくなかったからだ。
だって、おかしすぎるだろ?
なぜか死んだ友人のヘルメットを見つけて、かぶったら事故現場の映像が浮かび上がり、都合良く犯人の許に誘導され、挙句、玄関ドアの鍵まで手に入れていた、だなんて。
おまけに、「ソイツガ、テキダ……」などと、死者が冥界から電話で伝えてくれたなどと、正直に話したところで、誰が信じてくれようか。
ひき逃げ犯の、あのオッサンですら、信じてくれないだろう。
翌日、追悼式では大騒ぎとなった。
いきなり何人もの警察官がやって来て、「犯人が捕まった」と報告してくれたからだ。
次いで、警察に通報した「目撃者」を探している、捜査を進める上で協力してもらいたいので心当たりはないか、と警察官たちは、俺たち、友人の仲間の間を尋ねまくっていた。
もちろん、俺は名乗り出るつもりはなかった。
とにかく、犯人が捕まって良かった。
大声で快哉を叫ぶ仲間たち、そして、友人のご両親も追悼式に顔を出していて、彼らが二人して抱き合って泣き崩れていたことが印象深かった。
飲みの席では、「いったい誰が通報したのか」と仲間内で探り合うゲーム(?)で盛り上がり、
「『正義は勝つ』って言ってたもんな、アイツ」
と、最後には、亡くなった友人に想いを馳せ、追悼会はしめやかに終わった。
東京に戻る前、俺は再び例の公園に立ち寄って、メットを置いてきた。
少子化のせいか、その日も誰もいなかったので、誰に怪しまれることもなかった。
あれから何度かメットをかぶってみたが、何の映像も浮かばなかった。
鍵は燃えないゴミとして捨てている。
あとは立ち去るのみだった。
(悪いな。たいした復讐もできなくて……)
そんなことを思いながら、小さな子供用のブランコに無理に乗って、二、三回、ギイギイと漕いでから地面に着地した。
振り返ると、子供の頃のアイツが、ニカっと笑う姿がブランコの上に見えた気がした。
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