廃公園で、彼氏が幻の女に取られようとしています! 私の立場はどうなるの!?
残暑が厳しい季節ーー。
私は大学時代の先輩と廃墟探訪に出向きました。
大学を卒業し、就職先は違いましたが、趣味によって関係が繋がっていました。
私は幼少の頃から、寂れた雰囲気の街ーー〈廃墟〉が好きでした。
キラキラした綺麗な都会の街並みより、塗装が剥げた、コンクリにヒビが入った建物が不器用に並んでいる街並みの方が、心が安らぐんです。
だから、大学生になって上京しても、暇を見つけては近在の廃墟を巡っていました。
でも、そういった廃墟は人通りもなく、夜には灯りもないので、女性の独り歩きは危険です。
そんな私にとって、図体が大きい男性である先輩は、ありがたい趣味仲間でした。
車を停めてから、谷川に沿って山道を伝うこと、三十分ーー。
ついに目的の廃墟にたどり着きました。
廃墟になった、幻の巨大公園です。
来る途中にバス便すらなく、道路の舗装も所々で途切れていて、よくもまあ、こんな辺鄙な場所に公園を造ったものです。
山を削って、広大なベッドタウンが造成される予定になっていたので、その中央に家族が楽しめる巨大公園を造る計画だったそうです。
子供が遊ぶ遊具はもちろん、小規模ながら植物園や動物園すら設けようという、野心的な(?)公園を造成する予定だったらしい。
ところが、バブル崩壊の煽りを受けて、肝心のベッドタウン計画自体が頓挫し、公園が造りかけの状態で放置されたのでした。
ほとんど使われることすらなかった、文字通りの〈幻の公園〉です。
もちろん、人影はなく、子供どころか、腰の折れた老婆の姿すら見かけません。
それどころか、周囲を鬱蒼とした森林が取り巻いていて、晴天なはずなのに、薄暗い空間になっていました。
私はさすがに不気味思って、来た道を引き返そうと、先輩に提案しました。
でこぼこ道をくだって国道に出れば、小ぢんまりとしたドライブインがあります。
が、先輩は勝手に歩を進めていきます。
まるでこの公園が、既知の場所であるかのように。
そういえば、ここに来る計画を熱心に立てたのも先輩だったし、ここまでの道のりも、彼が運転する4WDのお世話になりっぱなしでした。
「どうしたの? 先輩、この村に来たときあるの?」
私が問いかけますと、先輩は大きくうなずいて答えました。
「そうなんだよ。どうにも頭に引っかかって、仕方なかったんだ。
ここだと思うんだよ。ここでさっちゃんと遊んだんだ。
そうだよ、ほら、さっちゃんの笑い声が聞こえないか?」
私にはなにも聞こえません。
時折、鴉の鳴き声がするだけです。
それでも彼は「さっちゃんだ、さっちゃんの声だ」と言って、私の意見を聞きません。
先輩とは大学で知り合ったんですが、一風変わった男性でした。
子供の頃、仲良しだった女の子〈さっちゃん〉を今でも探している、というのです。
小学校に上がる前、ほんの四、五歳の頃に、将来、結婚する約束をした、とのこと。
でも、親の転勤で、先輩は引っ越すことになり、さっちゃんと離ればなれになったんだそうです。
長じてから、元の住所あたりに何度も来訪して、さっちゃんを探したけど、見つからかなかったーーと、先輩は肩を落としていましたが、それも当然な気がします。
彼女も引っ越したのかもしれませんが、何より先輩が女の子について知っていることが〈さっちゃん〉という愛称だけで、氏名も住所も知らないことが、彼女を見つけ出すことができない最大の原因な気がします。
にもかかわらず、先輩は時折、「さっちゃんの声がする」と耳を澄ます仕草をするんです。
どうやらオカルトに凝っているらしく、
「テレパシーというのは、本当にあるんだよ。
さっちゃんはテレパシーで、僕に今でも呼びかけてるんだ。
でなければ、毎晩、夢に出てくるわけがないだろ?」
と、私を相手に熱心に語ったものです。
そして、なぜか〈さっちゃん〉が夢に現われるときの背景が、廃墟の公園なんだそうです。
私にとっては、廃墟巡り仲間である先輩が、どんな趣味を持っていようと構いません。
ですが、文字通りの廃公園に来た今、この場で、〈さっちゃんの声〉なんかに引きずられるのはマズイと思えてなりませんでした。
別に、先輩のように〈さっちゃん〉から呼びかけられている、などと信じているわけではありません。
現実的に、山奥で遭難するのを避けたかったのです。
ただでさえ、不気味な廃公園です。
周囲は、生い茂った草木に覆われ、ここに来るまでも道なき道を進んだようなもので、4WDの車も歩いて三十分は離れた場所に置いてきました。
この廃公園には、歩いてしか辿りつけなかったからです。
正直、車を停めた所にまでちゃんと戻れるものか、私には心許ないほどでした。
〈さっちゃんの声〉なんかに振り回されていたら、いつ遭難してもおかしくありません。
それほどの山奥なのです。
それでも先輩は、意に介することなく、無頓着に振る舞います。
気が狂ったように、錆びついた遊具に飛び付いては、遊ぼうとします。
「あははは。ここだよ、ここ!
ここで一緒にブランコを漕いで、滑り台を滑って、穴蔵に潜ったんだ!」
先輩が指をさす先には、たしかにブランコがあり、滑り台や、穴が空いたコンクリの大玉みたいなのがありました。
でも、もはやみな、遊具の体を成していません。
ブランコの鎖は錆び付いてキレてしまってるし、滑り台の滑るところは砂利がいっぱいで滑れる状態ではありません。
コンクリの大玉にも幾つもヒビが入っていて、子供が穴に潜り込んだとたん、崩れ落ちそうなありさまでした。
まさに廃公園ーー遊具の廃墟場と化していました。
それでも、今でも、なんとか使えそうな遊具もあります。
色の剥げたジャングルジムは健在だったらしく、先輩は凄まじい速さでよじ登って、頂上でジャンプします。
「おまえも来いよ!」
と声をかけるので、おっかけていくと、私は危うくジムから落ちそうになってしまいました。
ほんとに、肝を冷やしました。
私がジャングルジムの中腹あたりで、錆びついた横棒にしがみついていたときには、先輩はジムから駆け下りていました。
別の遊具に向かって、走っていったようです。
私はジムに腰掛け、手のひらを開けました。
真っ赤な血が滲み出ていました。
ジムのどこもが錆びついていて、触った手の方が擦りむけてしまうのです。
ジムの高い所から、しばらく周囲を窺いましたが、誰も使っていない遊具と、数軒の廃屋、そして深い森しか見当たりません。
私は正直、泣けてきました。
(私、社会人にもなって、いったい何してんだろ……)
何年もあとを慕ってついて来た私という女性がありながら、先輩は相変わらずさっちゃんしか見ていないし、さっちゃんの声にしか耳を貸そうとしないのです。
私は大きく溜息をつくと、ゆっくりとジャングルジムから降りました。
私が少し体重をかけるだけでギシギシ軋む音がするほど、古びているのです。
遊ぶどころではありませんでした。
すでに、先輩の姿を見失ってしまっていました。
近くのブランコや滑り台といった遊具の近くには見当たりませんでした。
仕方なく、所在なさげにブラつきました。
それにしても、不思議な公園でした。
廃公園とはいえ、周囲に宅地造成がされる前に造られたのなら、ほとんど誰にも訪れられなかった公園に違いありません。
これらの遊具も、新品の頃から、子供に遊んでもらえなかったはずです。
それなのに、先輩は「さっちゃんと遊んだ」と嬉しそうに語ります。
大学時代、サークルの友達から、先輩の語るさっちゃんは幻影なんだ、と言われました。
「オトコが夢見る〈理想の幼馴染〉なんだよ。
非実在の少女相手なんだから、あんたは勝てない。
さっさとあんなキモいのは相手にしない方がいいよ」
と忠告されたことがありました。
けど、実際に、廃墟巡りに付き合ってくれる男性は先輩だけだったし、時間をかければ振り向かせる自信が、当時の私にはありました。
〈非実在幼馴染〉なんかに、私が負けるはずがない。
現に、先輩が夢見るさっちゃんとの想い出の場所は、いつまで経っても見つからない。
先輩は、「さっちゃんを探す」という口実で、そのじつ、私と付き合ってくれてるんだ、と自惚れていました。
ですが、さすがに、そう思い込むのも、今日で限界が来たようでした。
私はひとり車を求めて、トボトボと道を逆に辿り、廃公園を出ようとしました。
しかし、向かう出口を間違ったらしく、行きには見なかった遊具に気づきました。
球状のジャングルジムで、底部に差し込んだ軸を中心に、グルグル廻る遊具です。
その回転遊具が、キイキイと甲高い音を立てて、ゆっくりと廻っていました。
その遊具に引っかかっているモノを見て、私は悲鳴をあげてしまいました。
先輩が頭を下にして、逆さになった状態で、その遊具にぶら下がっているのを発見したのです。
先輩の口からは涎が垂れて額にまで流れていて、両眼はカッと見開かれていました。
身体が遊具にへばり付いて落ちないのが不思議でしたが、彼の両手足が奇妙な方向へ捻れたように折れ曲がり、それらが遊具の湾曲した鉄棒に食い込んで、結果として固定された状態になっていたからでした。
私は先輩の許に駆け寄り、胸に耳を当て、心臓の音を聞こうとしましたが、何も聞こえません。
どうやら死んでいるようでした。
よく見たら、首には何かで縛り付けたような跡がーーそう、ちょうどキレてなくなっていたブランコの鎖が巻きつけられたような跡が残っていました。
どういうことだか、わけがわかりません。
廃公園では圏外だったので、車を停めた場所にまで駆け戻り、すぐさま携帯で警察を呼びました。
やがてパトカーがやって来て警官が二人で降りて来たので、さっそく廃公園に向かって歩きました。
先輩の遺体まで案内し、自分が体験したままを語りました。
が、どうにも要領を得ない話になってしまいます。
おかげで、最初は、私が殺人犯ではないかと、警官の二人ともが疑う始末でした。
結局、先輩の首に巻かれたブランコの鎖が発見され、先輩の皮膚片は付着していたものの、私の指紋が採れなかったことにより、私への嫌疑は晴れたようでした。
同時に、先輩は自殺した、と判断されたのです。
この遊具に身体を絡めつかせた状態で、首に鎖を巻き、自ら遊具を回転させて自殺した、というのです。
先輩のリュックも靴も、その遊具の近くに綺麗に揃えてあったそうです。
遺書は見あたらなかったそうですが、状況から自殺と判断されたのでした。
さらに、私は知らなかったんですが、先輩はFXで失敗して、多額の借金を背負っており、いくつもの金融業者から法外な利率で金を借りていたんだそうです。
おまけに会社の上司に相談を持ちかけたり、両親からお金を借りようと無心していたことまで判明しました。
自殺の動機は十分、と判断されたのです。
後日ーー。
葬式の場では、先輩の両親が泣き崩れていました。
それには(失礼な言い方かもしれませんが)別に驚きませんでしたが、私にとっては、驚愕に値する現実に出喰わしました。
泣き崩れるご両親の隣には、なんと「さっちゃん」がーーサチコという名の、先輩の婚約者が、無表情なままに立っていたのです!
京人形のように顔が瓜実型で、透き通るような白い肌をした女性でした。
私は正直、呆気に取られました。
先輩が探し求めていた「さっちゃん」が、私が知らぬ間に、先輩のカノジョに収まっていたのです。
あれほど、「さっちゃんを夢に見る」、「さっちゃんの声が聞こえる」などと、事あるごとに、先輩は口走っていたのに。
私も先輩が謎の死を遂げて以来、ちょっとオカルトに染まってしまい、てっきり、『さっちゃんの亡霊に導かれて、先輩は廃公園に吸い込まれていった。その怪現象に、私は巻き込まれてしまったのだ』とすら信じ込んでいました。
さっちゃんの方から、ちょこんと頭を下げてきたので、私も挨拶を返しつつ、さっちゃんにそのように話したら、彼女はうっすらと笑みを浮かべて、
「彼と廃墟巡りにつきあってくれて、ありがとう。ワタシは怖いのは、ちょっと……」
と口にし、いきなり両手で顔を覆い、大声で泣き始めました。
式場では、もらい泣きをする人が続出するほどの泣きっぷりでした。
数日後ーー。
先輩の借金は綺麗に返されたようでした。
先輩には高額の、それも死亡原因を問わない生命保険がかかっていたのだそうです。
よくは知りませんが、受取人はさっちゃんだったようです。
私は、葬式の場での、あのさっちゃんの、無表情に立っていたさまを思い起こして、身を震わせるしかありませんでした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
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今後の創作活動の励みになります。
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