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亡国の王子と敵国の王女8

 わずかに沸いていた喧噪もぴたりと止み、エストレーモの重鎮が勢揃いした玉座の間を静寂が支配する。

 玉座のアルジェントを毅然と見据えるレナード。アルジェントも表情を崩さず、感情の読めない顔のまま眼下の男から目を逸らさない。

 周囲の重鎮たちは二人の王に不安そうな視線を右往左往させる。

 全員が同じ反応だったのではない。レナードの右後方あたりにいる中年の男が激昂の形相を浮かべ、兵士の制止を受けながらも身を乗り出した。


「名を捨てるだとッ! 貴様そこまでして命が惜しいかッ!」

「惜しいよ。僕はコンコルディアの王族として生を受けたからね。使命を果たすまでは死にたくないんだよ」

「名を捨てると言っておいて自国の名を出すとはな。我々が手を下さずとも、コンコルディアは滅ぶべくして滅んだだろう。貴様のような者が率いていけるはずもない」

「だからこそ、僕は名を捨てると宣言したんじゃないか。残念なことに優れた王だった父上は貴方たちに討たれ、僕みたいな不相応な人が跡を継いでしまった。継いでしまったなら泣き言はいってられず、務めを果たさなきゃならない」

「長いこと牢獄に閉じ込められマトモな思考ができなくなってしまったのか? 王族としての務めと名を捨てる行為がどう結びつくのだ」


 喋っている男に向け、アルジェントが玉座から手で制す。近くの兵士がなだめ、いくらか興奮の収まった様子の男は素直に身を引いた。

 レナードは引き下がった男ではなく、指示したアルジェントを見上げる。


「エストレーモ殿、僕は平和をもたらすことが民を率いる王の最大の務めと考えてるんだけど、どう思う?」


 失礼にしか思えない物言いに別の貴族が身を乗り出したが、こちらもアルジェントが制した。


「私に王としての務めを問うか」

「僕は実際に民を率いた経験のない未熟な王で、答えてくれる人はもういないからね。せっかくの機会だから、訊いておかないのは損かと思って」

「平和をもたらす、だったか。当然だな。私もエストレーモの平和のために、そなたの国を滅ぼした」

「まだ滅びてはいない」


 あたりに緊張がはしったのを、広間の後方にいるカーヴァは感じた。レナードが生きているから、ではない。ソレイアは少しだけ口角があがっている。


「エストレーモ殿もご存じの通り、この世界は広い。果てから果てを掌握するなど不可能で、火種はどこに潜んでいるかわからない。だからこそ戦争は繰り返されてきた。今回は徹底されたから、当分は大きな争いは起きない。だけど、かけた時間に比例した深い怨嗟が、未来のこの国を血で染めるだろう」

「それが、コンコルディア殿が名を捨てる行為と関係あると?」

「そう。正確にはコンコルディア人に向けては名を残して、エストレーモ内では名を捨てる。つまり僕は今後、エストレーモのためにだけ、コンコルディアの王族としての立場を利用する。それが、この国が未来永劫の平和を手にする唯一の手段なんだ」

「王が国を裏切るとはな」

「平和のためなら、そういう手段もあるってこと。両国の民が今回の戦争で大勢死んだ。怨嗟を深めるやり方では争いは根絶できない。僕はより人が助かる方法を考えたんだ。敗戦国の王としてね」


 いつの間にか、二人の王以外の介入は許さない空気が完成していた。

 兵士も貴族も、カーヴァでさえ唾を飲みこむことさえ苦しいほどの緊迫した表情で見守る。


「最初のうちはうまくいくかもしれんな。だが、じきに王としての権力は失われる。そうなればコンコルディアの生き残りは、そなたの名に背いてでも我が国に刃を向けるのではないか」

「そうならないよう尽力するよ」

「言うだけなら誰でもできる。この場で頷いてもらおう。そなたの権力が地に落ちた際には、やはり私はコンコルディアの民の根絶をエストレーモの力により実現する。よいな?」


 一足遅れて、周囲がざわざわと騒ぎだす。


 ――アルジェント様が、レナード殿を受け入れるようとしている⁈


「もちろん、そのときは何もしない。もっとも、そのころには僕は始末されてるんじゃないかな」

「言うまでもないが、そなたが単独で動くことはない。エストレーモの奴隷となって働いてもらう」

「いいけど、僕からも条件がある。この国をより繁栄させるために尽力するのだから、ひとつくらい要求させてほしい」

「申してみよ」


 カーヴァは耳を塞ぎたくなったが、瞼のように意志だけで耳は塞げない。次に続く言葉、そのあとの周りの反応を想像して、無理と思いつつもできるだけ丸く収まってくれと祈り顔を引き攣らせた。

 玉座のアルジェントと向き合っていたレナードが片膝をついた。

 敵国の王に対して、懇願するように頭を垂れる。


「ソレイア殿を妻とすることを、どうか許可いただきたい」


 あらゆる視線がソレイアに集中する。彼女は驚いた様子で身を引き、自分を指さしてあたふたする……カーヴァの目には少しわざとらしすぎるように映ったが。

 数名の貴族が広間の中心にいるレナードに詰め寄ろうとしていた。兵士が必死に押さえつける。レナードは指先すらも動かさない。

 無抵抗を貫く姿が段々と憐れにみえてきたのか、意外にもカーヴァの願った通り混乱はすぐに静まった。

 アルジェントは目の前で頭を垂れる男を一点に見つめていた。

 自分の娘には見向きもせずに。


「なにゆえ我が娘を妻にしたいと願う」

「僕に王としての務めを果たす道を示してくれたから。牢獄で朽ちるだけの余生にソレイア殿が意味を与えてくれた。ソレイア殿と共にいれば、僕はきっとこの先、なにがあっても挫けずに使命を完遂できると感じたんだ」

「できぬといえば、どうする?」

「この場で自害してみせよう。この首を斬りたい者がいれば、好きにするといい」


 また誰も口を挟めなくなる。レナードの誇りも命も捨てた求婚に、一部の婦人は同情を浮かべていた。

 片膝をついたままの彼は、まだ拳を強く握りしめている。まだ震えている。屈辱、緊張、懇願、怨嗟。敵国の相手に囲われ服従を誓うのをどれだけ嫌悪しているか。語らずとも、彼の震えが示している。この場にいる大半が彼の震えを求婚への緊張と懇願からくるものと認識していたが、カーヴァだけは震えの理由を知っていた。

 いや、本当の意味に気づいている人は、もうひとりいる。一瞬だけ哀しそうに目を細めたソレイアに、カーヴァは察した。


「頭をあげよ」


 命に応じて、従順にレナードは立ち上がる。毅然とアルジェントを見据える。 


「コンコルディア王――違うな。レナード、そなたの要求を許可しよう。我が娘を妻とするがよい」


 聞き間違えではない。その返答は、信じられない内容ながら明瞭で、誰もが呆けていた。

 直後、再び人々に混乱が広まる気配が漂う。当然だった。


「この場は以上で解散とする。各自速やかに退室せよ。ソレイアとレナードはここに残れ」

「父上、ほんとうにそれでよいのですか?」


 それまで黙っていた、ソレイアと向かい側に立つ若い男が尋ねた。


「リヴェルよ、お前も下がれ。これが王としての私の判断だ。お前に口を出す権利はない」

「逆らう気はないですよ。ただ、あんまりにも大胆な決断なもので心配になりましてね。そこの男の言うように、我が国の繁栄に繋がるのなら文句はありませんが」

「私に命じさせるな」

 睨むだけで重鎮たちを制するアルジェントの冷徹な眼差しを受けながら男は怯まず、軽い調子で言葉を続けた。だが流石にマズいと感じたのか、二度目の警告では黙して身を引いた。既に退場を始めている面々に交じり、彼も広間を出ていった。

 男はアルジェントの息子で、リヴェル・エストレーモという。父に似た冷血漢の風貌ながら、父とは違い口達者で人当たりの良い王位継承権を持つエストレーモの第一王子だ。カーヴァには、ソレイアと話したことがなかったようにリヴェルとも言葉を交わした経験がない。ただ、気さくで民にも慕われているのは知っている。アルジェントが王座を譲るのは相当先になるだろうが、良い王になると漠然とした期待をカーヴァ自身も抱いている。


 やり場のない不満を抱えた大勢と広間を出て、カーヴァは取り残された面々を見ようと振り返る。思った景色とは違うところに、彼の目は留まった。

 貴族たちに交じり歩み寄ってくるリヴェルが表情のない顔をしていた。エストレーモの王族は親子でまったく違う性格と評していたカーヴァだが、この時には二人に血の繋がりを感じた。


 それと、大きな不安を。

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