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亡国の王子と敵国の王女9

 喧騒が嘘だったかのような静寂。扉の閉まった広間に残されたのは3人。アルジェントは玉座に座ったまま、ソレイアは玉座の隣に控えたまま、レナードは玉座の前で佇立したままだった。

 歪な立ち位置は互いの関係を如実に表しているよう。誰が会話の口火を切るかは決まっていて、しかしそれを承知でレナードは玉座の感情の読めない相手を見据えた。


「エストレーモ殿、感謝申し上げる。頼んでおいて妙に思うだろうけど、まさか了承いただけるとはね。かなり無茶苦茶なお願いじゃなかったかな?」

「……」


 返答がなければ、表情にも変化がない。待つべきだったかもしれないと悔やむ気持ちが沸いたが、レナードは己の本音を無視した。


「冷静な対応にも感謝を伝えたい。ソレイア殿から聞いたときには流石のエストレーモ殿も動揺されただろう。この救われた命、エストレーモのために尽くすと誓おう」

「よく喋る。そなたはまず行動で示さなければならない。それと、勘違いしておるようだから言っておくが、婚姻の件はそなたから聞いたのが初耳だ」

「聞いていなかった……? それで、よく落ち着いたままでいられたね」

「そなたを呼び出した時から、可能性のひとつとして考えてあった。そなたは敵国の王だ。我が国は勝利したが、それは多くの犠牲があったからこそ。そなたを恨み、殺したいと願う者は多い。だがエストレーモにとって重要な立場につけば、安易には手を出せなくなる」

「誤解だよ。僕は純粋にソレイア殿を妻にしたかった。僕にまだ役目があると教えてくれた彼女に心から惹かれたんだ。生まれ変わった気分だよ」

「ここで何を語ろうと信じるに値はしない。まずは行動で示してみよ」


 そばに控えていたソレイアが割って入るように、玉座の前に立った。やはり感情を固定したままアルジェントの視線が娘に向く。


「お父様、認めてくれてありがとう。レナードが受け入れられるまで時間はかかるだろうけど、私がサポートするから」

「その意味、理解しているのか? レナードにはこれから自国の民を王の立場から裏切ってもらう。非道で卑怯極まりない。仮に我が国の人々がレナードを認めても、慕う者は誰一人としていないだろう。人として大勢から蔑まれるのは目に見えている」

「彼は他人からどう評価されようと気にする人種じゃないわ」

「いやいや、できることなら大勢から愛されたいよ? 嫌われて喜ぶような変態じゃないからね」


 場を和ませようとおどけてみたが、アルジェントに反応はない。ソレイアの口角があがってくれなければ、心が折れてしまうところだった。


「まあ、ソレイア殿が言ってくれた通り、世間から高評価をもらいたくて行動するんじゃないよ。僕は世を統べる身分で生まれてしまったから、相応の役目を果たそうとしてるまで。もちろん本当は逆が良かった。だけど負けたからって天から賜った役目を放棄するのは駄目だろう?」

「くどいぞ。行動で示す以外の方法で、私がそなたを信じることはない」

「失礼したね。では僕は牢獄に戻って静かに指示を待つとするよ」

「戻らずともよい。私が公の場で認めた以上、そなたは我が一族の一員だ。ソレイアと共に暮らす部屋をすぐに用意させる」

「じゃあ私からお願いしてくるわ。ヴェルデあたりに伝えればいいよね?」


 身体の向きを変え、確認を待たずに歩き出す。


「急くな。まだ話は終わっておらん」

「私も必要? レナードと二人で話すんじゃなくて?」

「お前にはレナードに提案した責任がある。彼の言動に問題があれば、責任を負う立場だ。彼だけに何かを任せるような真似は控え、常に目を光らせろ」

「監視? レナードなら大丈夫だから。国を裏切るって大勢の前で宣言したのよ? もう後戻りできないだけの覚悟があるの。それでもまだ警戒するの?」

「強制はしない。だが、レナードと違って私はいつでも後戻りできることを忘れるな」


 父親と違って不機嫌を隠そうともしない娘。楽しくない親子の会話を膨張していたレナードは、ふと自分のいる状況に違和感を抱いた。

 3人しかいない。凶器の類は持っていないにしても、敵を王と王女だけの空間に一瞬だって存在させていいはずがない。なのに、アルジェントは自らの絶対的な命令権を行使して、兵士までも下がらせた。

 こんなに無防備でいいのか。玉座のアルジェントは尋常でない威圧感を放っているが、武器がなくても飛び掛かれば、絞殺するのはそう難しくないように思える。


 しかし、感じた。

 この部屋にいないはずの4人目の視線がレナードを見ている。おそらくは玉座の真上の天井裏。王を奇襲から守るには、壁の裏に隠れていては間に合わないからか。


「レナード、準備ができたら連絡させるが、当面は真実を伏せ裏方で貢献してもらう。そなたの裏切りに激昂したコンコルディアの民に結託して押し寄せてこられては迷惑なのでな」

「ご配慮痛み入る。城の外に出られるようになるまでは、途方もない時間がかかりそうだね」

「城の外には聞く耳を持たず、そなたを最大の仇だと命を捨てる勢いで襲ってくる者もいよう。まずは城内で信頼を得るのだな」

「過激な連中は城内にも溢れてるんじゃないかな?」

「この私が許可した以上、そなたに手を出す行いはエストレーモへの反逆と同義。どれだけ深い私怨があろうと、殺害まで企てる者はいないはずだ。殺害はな」

「死なない程度なら話は別か。しょうがない。少しずつ飽きてもらうのを待つしかないね」


 玉座のアルジェントが、視線を娘に移す。


「だが、そなた一人でなければ安全は確保されよう。エストレーモの民は誇り高いが、肉親を殺された恨みともなれば誇りを捨ててでも晴らしたくなるもの。とはいえ人の目があれば冷静な判断を下せるはずだ。それが私の娘ともなればな」

「ただの見張りじゃ駄目?」

「身分が高いほうが効果には期待できよう。そもそも、そなたの見張りを担当したいと申し出る者がいるはずもない。私が団長のネロと相談して適任者を探すが、身を守ってくれるとは期待せぬことだ」

「そうかぁ……その見張り役は、僕から指名できるのかい?」


 アルジェント片方の眉毛がわずかに動く。即答はせず、思考に耽る沈黙のあと、一旦は結ばれた唇が開く。ソレイアが微笑する姿が、視界の端に見えた。


「そなたを慕う兵士が我が国に紛れ込んでいると、そう白状しているのか?」

「まさか。いるなら命を捨てる覚悟で救出に来て、とうにエストレーモの兵士に斬り殺されてるよ」

「では指名とはなんだ? 性格や技量の優れた者を希望するという意味なら、言われるまでもない。当然考慮しよう」

「指名は指名だよ。僕の見張りにつく兵士を名指ししたいって意味さ」

「団長や副団長では希望に沿えぬぞ。他に名を知っている者がいるのか?」

「コンコルディアだって敵国の支配に尽力していたからね。優秀な兵士の名は警戒すべき敵として届いていたよ。だけど、僕が指名したいのは違う。カーヴァだ」

「カーヴァ……」


 表情は読めないが、明らかに名前から顔を連想できていない――わけではなかった。


「牢獄を担当していた一人か」

「おおー、よく覚えていたね。そう、そのカーヴァだよ」

「あの者が特別優秀とは聞いていない。トラブルを嫌う性格と副団長から紹介され、適任と判断したのだ。罪人の見張りに最も求められるのは、罪人に協力しない姿勢なのでな」

「彼に身を守ってもらいたいわけじゃないよ。僕は見ての通りお喋りが好きだからね。カーヴァは僕が喋ると無視せずきちんと返事をしてくれる。味気ない返事だけど、相手にされないよりは何倍もマシさ。どうかな? カーヴァを僕の見張り役にするのは」


 囚われている側が指名するなど、これほど気味の悪い要求もない。だが確実に協力者ではないと断じられるなら拒否することもない。レナードは会話の相手役と命じたが、理由は本当にそれだけだった。

 会話には精神の摩耗を和らげる効果がある。自分の置かれる非情な環境をいくらか緩和するため、対策を打っておきたかったのだ。


「そなたの要望を聞き入れよう。副団長に命じておく」

「感謝申し上げる。ご厚意に応じられるようエストレーモに尽くすと誓おう」

「もう言わせるな。宣言に意味はない。話は以上だ」


 退室を命じられ、レナードは深々と一礼をして踵を返す。

 胸にはずっと違和感が渦巻いていた。

 あまりにも、できすぎている。

 ソレイアが協力してくれると言ったのは、彼女が秘めている想いを満たすため。

 では、アルジェントは?

 敵国の民を一人残さずこの大地から消滅させるべく行動する彼がレナードを受け入れたのは、レナードの協力が願いの実現に貢献すると確信したから?


 ――ああ、わかった。


 違和感の正体が、つかめた。

 妙にアルジェントが協力的で不思議だったが、レナードの受け入れにはもう一つ狙いがあるのだ。

 争いの根絶のためでも、老若男女問わず皆殺しにする残虐な行いには反対する者もいるだろう。しかし一度受け入れたレナードがやはり敵で裏切れば、エストレーモ内の敵国への憎悪はより深くなる。兵士の士気は確実に高まる。そうなれば、もはや敵に情けをかける気など失せよう。

 最後には、レナードも最後のコンコルディア人として殺す。エストレーモにとっての真なる平和が完成するのだ。


 ――そうなったら、生き延びた意味がない。


 レナードが協力するのは、アルジェントではなくソレイアの描く平和のため。異なる理想の平和を描く親子だから、この先には過酷な運命が待ち構えているだろう。

 ソレイアは彼を利用するために近づいた。だが、レナードが彼女に惹かれたのは事実だ。茨の道を進む彼女をいくつもの困難が阻もうと、そのたび乗り越えられるよう助け、彼女の描く平和を実現する。それこそが理由。敵に捕まった自分にまだ命がある理由なのだ。


 玉座の間の扉を開くと、入口の前に集っていた大勢の重鎮の注目を一身に浴びた。

 集まった戸惑いは一瞬ののち、強烈な憎悪に変わる。レナードは気づかぬふりをして、緩慢に面々を見回しながら呑気に微笑んでみせた。

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