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scean8 逃亡

◆◇◆

 

 

 昼間だというにも関わらず、空の暗さは日暮れに近い。厚い雲から今にも雨が落ちてきそうな気配さえする。

 天気のせいで視界の悪い街道上に、馬を急がす馬車が一台。馬車にはクロム、フィオナとモニカ、ヴァイスとリズが乗り込んでいる。ヴァイスが御者ぎょしゃを、監視のために後方を見るモニカは荷台、クロムとリズはおびえ震えるフィオナのそばに。

フィオナの顔は蒼白だった。


「クロム、私は、一体何を……」  


「君は邪眼に取りかれてる。アイルランドの伝説にある魔神族(フォモーレ)の将、バロールの邪眼。あらゆるものを石化する眼だ。僕が密かに研究のため管理していた……。憑依ひょういによって、君は一つの神秘になった。世界にとって脅威でもある。ヘルメス院はきっと、邪眼を君ごと封じ、研究素材として扱う。或いは魔術災害であるとみなされれば――『魔王』指定をされた場合は、とうばつされる対象になる」


 クロムは黒い外套を着て、そっとフィオナを支え、魔眼に処置をしながら、淡々と言う。

 リズが話に割り込んできて、少しでも場を和ませるため、可能な限り明るく話す。


「ウチの実家が貿易商で、船、使えるの。海の向こうに逃げるってわけ。アイルランドにアルトス院て所があって……ちょっと変わった魔術学院。そこならきっと助けてくれる」


 リズの話にモニカも混ざる。


「わたしアルトスの所属なんだけど、他の学院と全然違うの。神秘の力を持て余しちゃって魔女狩りに遭った子どもたちだとか、戦災孤児とか引き取ってるんだ。別名『ヴァルプルギス孤児院』ね。かく言うわたしもお世話になってさ……絶対よくしてくれるはずだから」


 ヴァイスが御者をしながら苦笑して振り向いた。


「その慈善事業やるために手段選ばなさすぎて、魔術をバンバン使うもんだから、学院が作る『魔術師まじゅつし連合』には目をつけられ、不穏分子って扱いだけどな……」


「ちょっとヴァイス、危ないから前向いてよ」


「はいよ、すまんね」


 前に注意を向けた瞬間、ヴァイスの顔が引きつり、歪む。


 馬を止めんと手綱たづなを強く手元に引くと、馬車は大きく揺れ、跳ね上がる。


「接敵するぞ、審問官だ!」


 道の先には黒い修道服を着込んだ男数人。その後ろには小柄な少女――長い白髪――ターヤの姿。風にあおられ、黒衣こくえが踊る。


「ようやく会えた。二年も外に出ないのだもの、待ち疲れたわ」


 その顔を見て、モニカは眉をしかめ、嫌悪の表情になる。


「キミも執念深いね、ターヤ……『我は瞬く 閃光なれば その駆ける様 火花の如し』!」


 モニカは馬車を飛び降りざまに呪文を唱え、爆発的に走り始める。彼女の術は身体強化――膂力りょりょくに加え、反射速度も数倍にする。目にも止まらぬ動きから、その二つ名こそは『閃光』である。

 しかし――モニカは数歩走った所で足がもつれて転ぶ。突如体の軽さが消えて、急に減速したからである。数度転がり、金の髪まで土にまみれたモニカは、顔を上げて叫んだ。


「クロム、やられた! 『聖句せいく結界けっかい』張られたみたい!」


 ターヤが薄く、あざけるように笑みを浮かべる。


「魔術が如き奇跡の偽造、『本物』であるしゅの御業には通用しない。これで貴方は足をもがれているも同然!」


 魔術師まじゅつし達がきわめんとする魔術とはこれ即ち、神の御業とされる『奇跡』を人の身でも使えるように解析、体系化した『模造』であった。他方、ターヤが使う結界――彼らが言うに、これは神から恩寵おんちょうとして与えられたというものであり、真実ならば奇跡そのもの。神秘の強度からして違う。聖句結界――これは他宗を完全否定する奇跡だが、この範囲では、神の奇跡の他はいかなる神秘も全て無効化される。

 二人の声を聞いてクロムは、詠唱中の呪文を止めた。

 代わりにリズとヴァイスが前に飛び出してきた。


「モニカは下がれ、こういう時のために俺達『つえ』がいるんだ」


 ヴァイスがリズに目で合図する。

 リズの影から、這い出るように黒い巨狼きょろうが現れ出でた。狼に乗り、赤毛を風になびかせながら、審問官に飛びかかるリズ。


 さらにヴァイスが小さなたるを取り出し、高く放り投げると、短銃を抜きそれを撃ち抜く。片目ながらも見事な射撃。少し間を置き、轟音が鳴る。樽が爆発。審問官がひるんだ隙に、狼がその鋭い牙で足に噛みつき引きずり倒す。


「生憎俺は信心深い方じゃなくてな。魔術じゃなけりゃ効くはずだろう?」

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