scean53 共闘
身が石になるその瞬間を覚悟していたフィオナだったが――
「――――――――?」
何も起きない。不思議に思い、フィオナはそっとその目を開けた。
フィオナの前に、修道服の少女が立って、背を見せている。聖書を手にし、片手を前につきだしている。よく知った顔。
「ターヤ、なんでここに!」
ターヤの手より魔王に近い地面は、黒く変化している。しかし彼女は結界により無傷であるし、フィオナもそれに守られていた。
「貴女より先に来て戦っていただけよ。ただちょっと攻めきれず、少しだけ撤退をしていたの。様子見ね」
ターヤは右手を魔王に向けたままにしておき、フィオナの腕を引いて木陰に走って逃げた。魔王の槍は木であろうともお構いなしに砕いてくるが、氷と違い粉々にまでなることはない。倒れた木々は魔王の眼から、彼女らの身を隠してくれた。
二人は森の中を突っ切り、走って逃げた。ターヤは前を見たまま声をフィオナにかける。
「黒石化したものは恐ろしく硬くなるみたいだわ。結界で魔眼なら打ち消せるのだけれど、黒石化した物の解除には及ばない。魔王の攻撃がやまなくて、防戦で手一杯」
「どうして私を助けたんですか……? 私は貴女に濡れ衣を着せて……」
「私もね、生き死にをかけていることなのよ。子どもではないのだし、損得が一致する相手なら利用する。ここに来てるからには、封印の方法が見つかったわけでしょう?」
はい、と呼吸を整えながら、答えるフィオナ。
「約束は覚えてる? 封印後、魔神は貰うわよ。まだそれを守れると言うならば、魔神の所までエスコートしてあげる」
「ええ勿論、覚えてます」
「じゃあ行くわ。貴女にも援護してもらうわよ」
ターヤは走る向きを変えると、魔王がいた玉座の方へ向かい始める。木々に隠れて、死角を狙い回り込むよう動き続ける。木立の陰にちらりと見える魔王の影。
フィオナが樽を投げて、爆発。雪煙が舞う。青く輝くフィオナの魔眼。生える氷柱。
無数に生えた柱に隠れ、魔王の元へ近づく二人。虚像によって攪乱するが、投げ槍により氷が砕け、生身が見える――それを捉えて、即時、邪眼を使う魔王。しかしその眼もターヤの聖句結界により無効化される。フィオナは再度、樽を投擲――この結界は、神秘以外は素通りさせる。
爆音をあげ、破裂する樽。それを後目に再び隠れ、走り続ける二人だったが――
「――――ッ」
ターヤが急に頭を抱え、足がもつれてその場に転ぶ。
「ターヤ!」
「頭痛がする……私、以前、これと同じことを……」
フィオナはすぐにターヤを起こし、再び走る。ターヤは未だ頭を振ってふらついている。
「……思い出したわ……おぞましい術……そうだわ、クロム、貴方私に殺される気で……」
「ターヤ、もしかして記憶が戻って……?」
ターヤは足を止めてフィオナの眼をじっと見た。
「ねえフィオナ、一つ答えてちょうだい。隣人のために自分を犠牲にするのは尊い事だと思うわ。今のまま彼が討ち果たされれば、万事収まるの。一体貴女は何が不満なの?」
「こんな時に何を――」
「答えて。でないと、私は貴女に協力できない。また火刑にでもしたっていいのよ」
フィオナは顔をしかめて、口を開け閉めさせた。強く眼を閉じ、頭を抱え、喉を唸らす。魔王の方に視線を送り、彼がフィオナをもう補足していないか探る。魔王はまだ虚像の方を追いかけている。
「ターヤ、そんな事言ってる場合じゃ――」
「答えて」
フィオナは叫び出しそうになり、しかしこらえた。顔を赤くし、足でばたばた雪を踏みつけ、拳を握る。
「ああもう! それは――」
フィオナがそれを伝え終わると、ターヤはそっと眼を閉じ、言った。
「正直理解はできないんだけど……良いわ、それだって一つの答えね。それじゃあ私と貴女はこれから、クロムを助ける。いいわね、行くわよ」