scean47 疑心暗鬼
リズが手を挙げて助け船を出す。
「消えた水瓶を探せばよくない? それでバロールを封じてたんでしょ?」
「いや、それだけじゃ足りないだろう」
ヴァイスが眉間にしわを寄せ、肩をすくめながら言う。
「クロムがマルクの研究を全て解明したなら、端から水瓶使えばいいだろ? クロムに出来ない事を俺達が出来るかというと……」
皆があれこれと思案を巡らせ、自らの案を披露する中で、フィオナは全く別の角度から水瓶について思案をしていた。暗い表情で、話を切り出す。
「……待って下さい、どうして誰も触れないんです? 私の夢でないというなら、水瓶はなぜ消えたんですか? 隠した人がいるからでしょう?」
フィオナの体はかすかに震えているように見える。スカートの布を握りしめながら、誰とも目線を合わせないように、下を向いている。
「ここに来るまで何回となくおかしな事がありましたよね? クロムの部屋は何故か空っぽ。許可を得ていた図書館からは追い出されるし……大事な事に限って一部記録が欠けていたことも、そう」
ヴァイスは特段驚きもせずに、右の指先で眼帯を掻いた。
「故意に妨害されているって? まあ確かにな……何もないとは言えんだろうな」
フィオナは顔を上げると、皆を眺め回した。
「しかもそれらは、まるでこちらが次にどういう動きをするか知ってるように起こっています」
フィオナの言葉を聞くなり、モニカは僅かに怒りを滲ませ、両手を左右に広げた。
「キミ、この中に裏切り者がいるっていうの? そんな事して一体何の得があるのさ?」
怒りというより、裏切りにあったとでも言うような、嘆きの表情。
「そもそもさ、この件はフィオナから頼まれて手伝っているんだよ?」
「私以外、クロムのこと忘れてるんですよ? 魔術による記憶操作、これが出来るのなら、知らず知らず操られていないなんて言えませんよ」
リズは状況の変化に対応できずに、混乱していたが、やっとフィオナに尋ねた。
「操られている……ってどういうこと?」
「魔神は私の魔眼を使えた。つまり憑依した相手の魔術を使えるはずです。クロムの魔術を使えるのならば、精神を弄り、行動原理を自由に書き換え、自分の手先を作れるでしょうね。封印のための手がかりを消して、安全を確保することも出来る」
ターヤが呆れてため息をついた。
「貴方達って非合理的ね。そんな方法回りくどいわ。それなら敵を見逃したりはしないんじゃない? 魔神にとって邪魔ならすぐに『裏切り者』に消されるでしょう?」
「貴女だって不審ですよ、ターヤ。私達と会ったことが偶然とは思えません。私を見て何も思い出さないなら、かなり深く弄られてるはずですから」
「あらそういう事を言うの? 別に私、貴女達を火刑にして自分だけで動いたっていいのだけど。この地域は旧教の方が強いのだし」
ぞっとするような微笑を浮かべて、ターヤはすこぶる喜ばしそうな声で言い放つ。
フィオナはターヤに受けた拷問を思い出し、顔を真っ青にしたが、それでも退かずに、ターヤを睨んだ。
ヴァイスは、俺ってこんなんばっか、と一人ごちながら間に入った。
「二人とも落ち着けよ。なあフィオナ、焦るのも分かるがな、仲間との信頼を損ねたら先がない。もうちょっと辛抱を……」
ヴァイスが全てを言い切らぬ内に、ターヤは扉を勢いよく開け、皆に背を向けた。
「悪いけどここまでね。次に会う時はまた敵同士、気兼ねなく殺し合い……それじゃあね」
気づかぬ間に、外は雪が降り、地面をうっすら白く染めていた。
強く風が吹き、地に積もる雪が粉のように舞う。
ターヤは立ち去り、足跡も雪ですぐに消えさった。
フィオナは憔悴しきった表情。椅子に背を預け、天井を仰ぐ。
その様子を見て、老爺はフィオナの肩を、擦り切れた毛布でくるんだ。
「あんたがどれだけクロム様の身を案じているのか、痛いほど分かる。わしにとっちゃ、その気持ちは大きな救いですらある。じゃが、少し休め。気ばかり急いては、うまく行くこともうまくいかんじゃろ」
老爺の手先はわずかに震えて、彼こそ何かに耐えているような様子にも見える。
リズもこれに乗り、フィオナを案じて、彼女の手を取る。
「そうだよフィオナ、なんかいつものフィオナじゃないよ。少しゆっくり考えてから仕切り直した方がいいって」
「お爺さん、リズ、気を遣わせてごめんなさいね。だけど時間がありませんから……いえ、でも……そうだ。誰か妨害しているのなら、怪しい人がもう一人――いた」