scean41 抜け落ちた記録
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書棚が並ぶ、小さな窓の薄暗い部屋。石壁のこの建造物は、ヘルメス魔術学院が持つ図書館である。女王エリザベス一世付きの魔術師である、ジョン・ディーの書庫、と言われている。
モニカはそこで書巻を開き、記録を探す。
「フィオナから聞いたクロムの発言――『不当な汚名』に、それから『禁呪』ね。恐らくクロムの親は何らかの禁呪に手を出し、何か不名誉な扱いを受けた。なら戒律派の記録に載ってるはずだと思って」
モニカの指は、ある文字列を指して止まった。
「『マルク=アクアリオ』『討伐対象』『討伐の理由:禁呪たるルーン魔術と操魂魔術の併用』『妻子を伴い北部へ逃亡』『戒律派による処刑の対象』『伴侶は世俗の魔女狩りによって火刑に処された』『子は行方不明』……これがそうじゃない?」
「もっと詳しく分かりませんか?」
「もう少し探したらあるかもね」
他の資料を探そうとしたまさにその時、複数人が床板を踏む音が聞こえた。後ろを見れば、黒いローブの魔術師たちが数人並び、こちらを値踏みするかのように、じっと見ている。
「……この書架の閲覧は許可出来ぬ。去るがいい」
「ちゃんと手続き踏んだんだけど?」
「手違いだろう。そもそもにしてヴァルプルギスが何故ここにいる。またぞろ何か企み事か」
「なんなのよそれ、すごい濡れ衣! もしかしてキミ、喧嘩売ってる?」
モニカの青い目がつり上がる。
拳を握るモニカの前に、すぐにヴァイスが割って入った。小声で話す。
「モニカ、ここで騒ぎになるような事はまずい」
モニカを宥め、魔術師達を刺激せぬよう、ヴァイスは事を丸く収めた。
格好として追い返される形になって、モニカはひどく機嫌が悪くなってしまった。
「あぁ腹立つ! 何なのあれ、いつもいつも!」
「モニカ、あの人達と折合い悪いんですか?」
困った顔で肩をすくめて、リズが答える。
「奴らというか、魔術師全般と?」
ヴァイスがそれを受けて続ける。
「ヴァルプルギスは人を助けるためなら、まるで隠すことなく魔術を使う。魔術師は神秘を独占したい、だから絶対秘匿するんだ。そりゃぶつかるさ」
フィオナは、確か以前もそんな話を聞いたような気がした。
「もういいよ、他行こう!」
◆◇◆
彼らは次に、知りうる限り手がかりになるものを探した。主に、特段許可を取らずに閲覧できるものから始め――しかそれらの結果は全て空振りだった。
クロムの地位が『達人』ならば、名簿に記載されるはずだと調べてみるが、何故か一部が虫に食われて読めなかったり――ルーン魔術の研究をした魔術師たちの論文なども調べてみたが、連番の内一冊だけが足りなかったり――ページが一部破れていたり。
記録があてにならないからと、直接人に聞き込みもした。多くの魔術師は話も聞かず門前払い、一部話を聞けたとしても、クロムのことは分からなかった。
何の成果も得られぬ日々が続き、フィオナは焦り始めた。バロールを身に宿していては、いつ人格が崩壊してもおかしくはない。
けれど全く手がかりになるものは探せず、次第に当てもなくなってきて、この日も四人肩を並べて――肩を落として、とぼとぼ道を彷徨っていた。
「……何か、知りたい記録ばっかり抜け落ちてない?」
重い空気を打ち破るよう、モニカが言った。フィオナがそれに答え、呟く。
「行く先々で露骨に嫌な顔されますし……」
「ヴァルプルギスに中立的な態度の魔術師も、妙に厳しい」
ヴァイスが同意すると、フィオナは少し悩んで、口を開いた。
「あの、言いたくはないんですけど、これってまさか……」
その時急に、リズの影から顔だけ出したリルが唸って、フィオナの声はそこで止まった。
リズは巨狼を周囲の目から隠すようにし、頭を撫でた。
「リル、どうしたの?」
リルの視線の先にいるのは、地味な毛織りの肩掛けを着て、頭巾を被るお下げの女。その白髪のせいで、一見老婆なのかと見間違えるが、よくよく見れば若い娘だ。フィオナはそれに見覚えがあるような気がして、じっと見つめる。
すると娘は、フィオナのことにはっと気づいて顔を隠した。
それで余計に目立ってしまい――モニカが気づく。
「ターヤ! 何でキミがここに……!」