scean2 牢獄の幽鬼
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夜の牢獄は暗く、かび臭い。結露でじめりと湿る床、壁が、不快さを更に助長させている。
悪夢から醒めた彼は、襤褸布を跳ね上げるように飛び起き、叫んだ。
栗色の髪に長身の体躯、榛色の目。顔は幽霊のように青褪めて、頬はこけて目は落ち窪んでいる。纏ったローブは薄汚れていて、元の色合いが判別できない。
身震いするほど気温は低いが、汗はとめどなく額を流れる。走っていたかのように荒い息。
辺りを見回し、夢を見ていたと確認してから、青年は息を整え始めた。
すっかり落ち着き――急に大声で叫び出し、床を思い切り殴る。
石畳でその拳が傷つき、血が滲んでくる。
その様を全て見ていた向かいの牢の住人が、あざ笑うような声でささやいた。
「またあの夢なの? うなされてたわよ? あまりうるさくて眠れやしないわ」
声に反応し、青年は止まる。ゆっくり頭を上げたその先に、黒衣をまとった修道女がいた。
「まったく、何とも可哀想だこと。私が懺悔を聞いてあげるわよ?」
小柄な体に伸ばした白髪、まだあどけなさの残る年の頃。少女と言っても差し支えのない顔立ちの中で、目だけがこの世の苦しみを知った、諦めにも似た表情を見せる。
青年が歯噛みする音が牢にはっきりと響く。
「黙れターヤ。フィオナを死に追いやろうとしてた君に、誰が懺悔なんか」
怒りを抑えて、臓腑から声を絞り出すように青年は言った。
ターヤと呼ばれた修道女は、さも喜劇を楽しむかのように笑う。
「遠慮は無用よ、クロム」
クロムと呼ばれた青年は、再度素手で床石を何度も殴った。拳から赤い雫が滴る。
「フィオナを助けられるなら、僕は何でもするだろう。だけど……赦しを乞うて何になる」
「おっかしい」
ターヤはころころ声を上げ、笑う。
「牢獄の中でできる事なんて、懺悔くらいしかないじゃない。それに、貴方が赦しを得たと思えたら、悪夢を見たりはしなくなるかもね」
クロムの口から、歯が砕けたかのような音がする。
「彼女への贖罪が済むまでは、僕はまだ赦されるべきじゃない。次こそは、絶対に救い出す。僕は――」
口から一筋、血を流しながら、クロムはその目に、暗い輝きを宿して呟く。
「彼女を裏切ったのだから」