scean20 訣別
モニカからは目をそらして、リズの方に視線を向け、低い声でクロムが言う。
「残念だけどモニカ、僕らは手を切るべきだ。僕は自分のやり方でやる」
後ろを向き、川岸へと歩を進めるクロム。
それを阻むように回り込んで、構えをとるモニカ。両拳を握りしめる。
「キミが手段を選ばないなら、先に行かせることは出来ない」
クロムを見るモニカの目は青く澄んで曇りがない。自分のとる行動こそ、正しいこと、良きことだと信じている目つきである。
それに対しクロムの目は揺らぎ、淀み、その顔には苦悩がある。
クロムの手が掲げられて、川面からは水柱が立ち始める。
「待て、二人とも矛を収めろ!」
ヴァイスの声。帆船に乗るべきかどうか悩みながら、縄梯子に足をかけたままの姿勢でいた彼は、見るに見かね、小舟に乗り、反目する二者を止めに入る。
「落ち着けよモニカ、クロムがいなけりゃフィオナを助けるのは難しいぜ? フィオナの中からバロールを剥がすためには、さっきの禁呪がいるだろ? 他に俺達に、いい手があるのか?」
「だからこれを見過ごせっていうの?」
「血は流れていないだろう。死者もいない」
「魂を弄るのは十分に非道でしょ! キミはあの光景を見てもまだクロム側?」
後頭部をかきむしって唸るヴァイス。
「……俺はクロムの『杖』だぜ、モニカ」
眼帯ごし、そこにはない右目に触れ、言った。
「恩があるんだ。こいつがやると言うなら、俺は支えるだけだ」
「ならキミも止めてやる。絶対に行かせない」
「畜生め……リズ! お前はどうだ!」
帆船の上にいるリズの耳に届くように叫ぶヴァイス。リズは少し沈黙して、困り果てたような顔で返事をした。
「…………あたしは……モニカの杖だよ。……恩が、あるからね」
「だよな、お互い譲れないよな……。行けるかクロム!」
クロムはすぐ腕を振った。低い声で唱えられる呪文。川の水が二つに裂け、底が露わになる。クロムはその道を駆けて、川岸へと向かう。
彼を通すまいと、自分の身に強化魔術をかけ、回り込んで道を塞ぐモニカ。
モニカの目がクロムに向き、隙が出来た。ヴァイスはその隙を見逃さずに、火薬入りの樽を船へ向けて放り投げた。それを銃で撃つと、樽が爆発して、火が飛び散り帆布が燃えだした。
モニカはその音を聞いて、船の方を振り返った。
ヴァイスはすぐ小舟を漕ぎ、縄梯子で船へ乗り移った。更に懐から小さい樽を取り出して、甲板へと置いた。さっとターヤを抱き抱え、駆け出しざま樽を射撃。小爆発。それをかわしながら船の縁を蹴って、落下。小舟に飛び移る。
「おいモニカ、見ろよ! 早く消さないと船がなくなるぞ! フィオナの所に行く足がないと困るんじゃないか?」
甲板上、リズは大慌てで消火のため走る。
モニカはそれを見て、少し迷い、クロムは後回しにして、消火すると決めた。
「ヴァイス、キミもかなり卑怯だよね!」
「本当だよ、次会ったらぶん殴るよ! ああ延焼してる、モニカ早く来てちょうだい!」
燃える船を尻目にして、暗い街路を駆け抜けるクロム。しかし、急に苦しそうに胸を押さえ、転ぶ。押さえた胸からは、数え切れぬほどの光る魚たちが踊り出した。雨に濡れた街路の上、まだ湖面のように張った水の上を泳ぎ、去った。
憔悴して脂汗を流すクロム。立ち上がると、また駆け出す。覚束ない歩き方で、たまに転ぶ。だがどうにか走り続け、街の外れ、市壁にまで辿り着いた。
クロムは息を切らせて腰を地面におろす。後ろの方で馬の蹄の音が聞こえる。どこで調達したのだろうか、ヴァイスが馬に乗ってきたのだ。その後ろにはターヤを乗せて。
「お前の馬も調達するぞ」
「ああ、済まないな……」
クロムは応え、立ち上がろうと足を伸ばすが、膝が崩れて街路に転ぶ。喉から低い呻きが漏れる。クロムの背は高いはずだが、その身がひどく小さく見えた。
「大丈夫かよ? ゲルトとかいうあの魔術師に、どこか怪我でもさせられてたか?」
「平気だ、禁呪の反動みたいなものだよ……しばらくすれば戻るから」
「無理はするなよ? ……なぁ、本当にモニカとリズは……あれでいいのか?」
「良いんだ、あれで。決別自体、想定内だ」
血の気の失せた顔のクロムをしげしげと見て、ターヤは首を傾げて言った。
「何故あの娘のこと、そんなにまでして救い出したいの?」
クロムは少し困ったように笑みを浮かべた。ターヤの問いに答えはせずに、ゆっくりと立ち、ふらつきながら歩き始める。
「クロム、もう少し休んでていいぞ。俺はその辺で一頭頂戴するから、こっちの馬に乗っておけ」
クロムに肩を貸して馬上に載せたヴァイスは、ため息をつく。
「全く世話の焼ける奴だぜ……」




