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山中邂逅譚  作者: 茶ヤマ
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太明のその言葉に、日向は目に見えるほどギクリと体を震わせた。


“知識を詰め込めば、それで何とかなると、父や祖父たちの役に立つと、そう信じていた”


知識を求め、都へと出た。

家族は、そんな自分のわがままを快く承諾してくれていた。

その愛情と期待を己でもわかっていた。

だから、少しでも役に立とうと思っていたのだ。

書を読みあさり、多くのことを覚えれば、それが自分なりの恩返しになると信じ…


しかし、帰ってきてみると、恩を返すべく家族は皆いなくなっていた…


“家族を殺した者は憎いが…今の時代、忌み嫌うものが多すぎる”


家族を奪った者よりも憎いのは、何もできなかった己。

注いでもらった愛情に何一つ応えることの出来なかった自分。


本を読んだだけの知識は、実際に動いてみないことには何の役にも立たないと気付いた時、それまで自分が重ねてきた時間さえ厭わしく感じた。


「自分が嫌で、こんな人の来ないところに閉じこもったのか、罪ほろぼしのために」

「違う!」

思いもかけないほど鋭い声が、太明の言葉に被さった。

その声に応じ、ろうそくの火が大きく揺れる。

その仄かな火に照らされ、真白い日向の頬に、さっと朱みが走った。

漠とした存在だった日向が、それにより、はっきりとした赫い影となり壁に映る。


まっすぐに太明を見ていた双眸は、今は伏せられ眉間にしわを寄せていた。

「いや…違わないな……」

通りの良いその声は、多少弱弱しくなりながら自嘲を交えてそう言った。


「私は…どうして良いのかわからなかった」


どうしたら良いのかわからぬまま、書物を売り払い、家族との思い出を断ち切るように家を出た。

しかし、一番思いが深いはずの社のすぐ傍に住み着き、社の手入れをし続け……。

そうして答えを探しあぐね、一人でここに暮すようになってから、どんどんと、自分の在りかたを希薄にしていった。


「日向殿は、このままで良いと思っておられるのか?」

太明の言葉に、日向はいっそう眉間にしわを入れた。

今、太明と向かい合っている日向は、ろうそくの灯を受け、曖昧模糊とした影はなくなっていた。

その代わりに、その背が夜の闇を背負っている。


「わかってはいる…頭では間違えていることはわかっている…」


通りの良い声は苦々しげに答えた。

ゆっくりと太明から視線を外す。それは、母親とはぐれてしまった幼子のような目であった。

「こうすることで、いつまでも己と家族に甘えているということも…わかってはいるのだが…」

それでも自分が許せない。

無為に過ごしたと思える時間を…恩を返すべき相手がいないことを…

それらの苛立ちとやるせなさを。

ぶつけるべき対象のいないことを。

そのような日向を見て、足の痛みも構わず、太明は刀を持ち立ち上がった。



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