どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
「奥さま。いいえ、アデレイド。さっさとこの屋敷から出ていきなさい。あなたは侯爵夫人の地位を失いました」
今日から自分がその役目を担うとでも言うかのようなモニカの言葉に、アデレイドは驚いたように目を大きく見開いた。
「あなた、本気で言っているの?」
「もちろんです。むしろこんなことを冗談で言う方の気がしれません」
肩をすくめるモニカと、青白い顔で小刻みに震えるアデレイド。アデレイドの夫は、ふたりの姿をにやにやと笑いながら見つめている。彼は楽しみにしているのだろう、アデレイドが捨てないでと泣きながらすがりついてくることを。この男は心底性根の腐ったゲスなのだ。
「ぼんやりしていないで、さっさと支度なさい。わたしは、あなたのためを思って言っているんですよ」
「……私のため?」
「ええ、どこへなりとも好きに行ってしまいなさい」
アデレイドは高位貴族の娘に生まれ、ひとにかしずかれる生活しかしたことがない。結婚し、侯爵夫人となってからは、今までの友人からも引き離されるように屋敷の奥深くに隠されてきた。
そんな彼女が、屋敷からひとりで出ていって無事に済むなどということは普通に考えてあり得ない。それを知りながら、モニカは艶然と微笑んだ。
「きっと、荷物をまとめることもできないでしょうからこちらで準備しておきました」
アデレイドの前に置かれたのは、旅行カバン。侯爵夫人だった彼女の財産が、この中に収まっているとはとうてい思えない小ささだ。
「お気の毒な元侯爵夫人に、幸運が訪れますように」
モニカは心からの笑顔を浮かべて、祈るように手を組む。けれどアデレイドは動かない。
「まだわからないのですか? 出ていきなさい」
笑顔のまま、モニカは自身の指輪を引き抜き、アデレイドに投げつける。アデレイドは涙をこぼすと、指輪を拾い上げ屋敷を飛び出していった。
***
モニカは稀代の毒婦と言われている。
「まあ、またよ。どうして殿方というのは、あんな女性を好むのかしら」
「独身も既婚者もお構い無し。本当に品のないことね」
社交界に広がったモニカの評判は散々なものだ。「愛人稼業」に「男好き」。けれど、その蔑称をまるで爵位のように大切に受け取りながら、モニカは微笑んでみせる。自分を罵る女性たちを、まるで慈しむように。
「まあ、皆さま。そんな顔をなさらないでください。可愛らしいお顔が台無しですよ。わたしのことなど、羽虫と思って笑って流していればよいのです。怒っているばかりでは、男性陣の心は離れていくだけ。男というものは馬鹿な生き物なのです。いつもにこにこと微笑み、ときどきよろめいて涙の一粒でもこぼしてやればあなたがたの思うがまま」
「あなたがそれをおっしゃるの? 今に痛い目を見ることになるわよ」
「ご忠告感謝します」
そんなやりとりをいたるところで繰り返してきたモニカの今回のターゲットは、おしどり夫婦で有名なとある高位貴族の男だ。なんでも、男の方が一回り年下の妻に惚れ込んでの結婚だったのだとか。困窮していた彼女の実家に、ずいぶんと援助もしたらしい。
とはいえ結婚以来、彼の妻はさっぱり表舞台に出てこない。社交が苦手という妻の想いを尊重し、彼はひとりで夜会などに参加しているからだ。そのため、子どもが生まれるのもそう遠いことではないだろうという話まで出ている。
「愛妻家でいらっしゃるのですね」
「妻が嫌がることはしたくなくてね。甘やかしていると周囲には言われてしまうが、妻が可愛くて仕方がないんだ」
普通に考えれば、そんな愛妻家の男性に近寄ったところで旨味などない。けれど、モニカにはある種の確信があった。
「侯爵さまのように素敵な方に大切にされて、奥さまがうらやましいです。わたしなど、いつも殿方に騙されてばかりで……。結婚の約束をしていただいたはずが、恋人どころか妾以下の扱い。侯爵さまのような方に巡り会うには、どうしたらよいのでしょう」
しなやかにしたたかに、けれど決して押しつけがましくならないように。美しい猫型の獣のように、モニカは男にさりげなく擦り寄り、男の妻の「話し相手」という名目で屋敷の中に入り込むことに成功した。
「まあ、ここが奥さまのお部屋なのですか?」
「ああ、妻は少しばかりワガママでね。そこが可愛いところでもあるんだが、もっと素直になるように、君に協力してもらいたいんだ」
「まあ、もちろんです」
「ああ、助かったよ。君のようにみんなに嫌われていて、何を言っても信用されないような女性でないと、こんなことは頼めないからね」
「そうでしょうね。まさか愛妻家で有名な紳士が、奥さまを虐げているなんて、誰が思うでしょう」
「人聞きの悪いことを言うのはやめてもらたいな。あくまでこれは、しつけだよ」
「わかっておりますとも。それでは、奥さまの『話し相手』としてしっかり働かせていただきます」
そうしてモニカは、物置のような陰気な小部屋に閉じ込められていたアデレイドと毎日お茶の時間をともに過ごすようになったのだった。
***
お茶の時間を過ごすと言っても、文字通りふたり仲良くお茶を飲むはずがない。
典型的な愛人と正妻の関係のように、モニカはアデレイドをいびり抜いた。愛妻家と名高い男性が愛人を囲い、正妻を虐げるなどまったくもって意味不明である。しかしモニカは当然のような顔をして屋敷に居座り続けた。
「奥さま。こんな紅茶飲めたものではありません。ご自分でお召し上がりください」
「奥さま、これは一体何を作ったのです? まさか人間の食べ物だなんて、そんなことはおっしゃいませんよね?」
「奥さま。ワインをこぼしてしまいました。シミになってしまいますし、今すぐ洗濯してきてくださいませんか」
侯爵夫人に給仕や料理、掃除洗濯をさせる。アデレイドはモニカの要求に黙って従い続けた。どうやらモニカがやってくるしばらく前から、この家でのアデレイドの待遇は相当なものであったらしい。
「最初は、ちゃんと内扉で繋がった夫婦用の寝室が彼女の部屋だったんだがね。アデレイドがちょっと頑固だったから、わざと今の部屋に変えたんだよ。少しずつランクを落としながらね」
「旦那さまは、本当に奥さまのことがお好きなのですね」
「あのつれなさも可愛いところではあるんだが、もう少しアデレイドは素直になるべきだ。せっかく妻にしてあげたというのに、感謝の言葉ひとつない。何を与えてもつまらなそうな顔をしている。妻というのは、こんなとき幸せそうに微笑むべきだろう?」
男はモニカに愚痴をこぼす。いかに自分がアデレイドを愛しているかを。どれだけ彼女にお金をかけているかを。それにも関わらず、アデレイドが自分に感謝をしないことを。
「ひとは、自分が手にしているもののありがたみを忘れてしまう生き物です。どんなものも、いつの間にか当たり前になってしまう。そうなったらきっと、失ってしまわなくてはその大切さを思い出せないのでしょう」
「まったく、その通りだ。アデレイドに聞かせてやりたいよ」
だから、モニカはアデレイドの夫に提案したのだ。
狂言でいいから、一度アデレイドをこの家から追い出してみろと。
「なるほど。だが、嘘とはいえ離縁を突きつけたならアデレイドは泣いてしまうのではないか」
「常日頃から、奥さまの泣き顔が好きで意地悪をしているくせに。大丈夫です、きっと素敵な結末になりますから」
「そうだな。いくらアデレイドでも、度の過ぎたわがままは、一度びしっと叱ってやるべきだろうからな。反省して謝ってきたなら、そのぶんたっぷり可愛がってやろう」
そうして男はモニカの提案した通り、アデレイドをわずかばかりの荷物とともに屋敷の外に追い出したのだった。
***
「それで、アデレイドはいつここに戻ってくるんだ?」
少年のように瞳を輝かせる男を見て、モニカは肩をすくめた。追放劇を演じた部屋のソファーにそっと腰を下ろす。
「結果が出るまでもうしばらくお待ちくださいませ。それまで、お茶でもいただきましょうか。先ほど奥さまにいれていただいた紅茶が、ちょうどありますので。まだ温かいですよ」
「では、もらうとするか。君がアデレイドにお茶汲みを命じたときには、ぶん殴ってやろうかと思ったが、妻が手ずからいれたものを飲めるようになったことを思えば、我慢しておいて良かったよ」
余裕の笑みで紅茶に口をつける男。彼は自分が妻を虐げることを当然のことと認識しているが、他人が妻を虐げることは好まない。しかし、他人が妻と仲良くすることはさらに好まないという面倒くさい人間だ。彼に微笑みかけながら、モニカも相槌をうった。
「ええ、そうですね。わたしも理不尽に殴られたら、ついつい殴り返してしまいそうなので、本当に良かったです。一度殴ってしまったら、たがが外れて息の根を止めてしまいそうでしたし」
「まったく、笑えない冗談だな……、な、に?」
つまらなそうに笑っていた男が、ぐらりとよろめいた。そのままの勢いで床に倒れ込む。その姿をモニカは驚きもせずにただ眺めていた。
「おや、無駄に丈夫なのですね。いっそ頭を打って気を失った方が楽だったでしょうに。まあ、天もあなたのことを見放したということでしょうか」
「……さっき、から、なにを、言って、いる?」
「まだ口が回るのですね。象すら昏倒するという触れ込みだったので、薬の効きすぎで死なれては困ると思っていたのですが杞憂でした」
「王の、犬か!」
「奥さまを助けることになったのは予定外ですが、それ以外はおおむね予定通りです」
そのままぐりぐりとヒールで顔を踏みつける。情報収集と各種手配のためとはいえ、こんな男とずっと過ごしてきたことで思っていた以上にストレスがたまっていたらしい。
「ああ、はっきり言われないと理解できなさそうなのでお伝えしますが、奥さまがここに戻ってくることはありませんよ。当然でしょう。ようやく離縁に同意してくれたのです。教会に駆け込んで手続きをし、できるだけ遠くへ逃げる以外にやることがありますか?」
「ど、して」
「どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?」
まさか、本当にアデレイドが泣きながらすがってくると思っていたとは。モニカの言葉に、男は顔を真っ赤にした。
「彼女を手に入れるため、実家が借金まみれになるように陥れ、家族仲をはじめとして人間関係もぶったぎり、彼女に親切な使用人は紹介状も書かずに放り出す。いくら孤立して自分だけに頼らせたいとはいえ、よくもまあこんなに悪知恵が働くものです」
「みと、めな」
「認めていただかなくて結構。そもそも、あなたのような人間と同じ男として見なされるのはとても迷惑なんです」
「も、にか?」
「まだ気がつかないのですか。わたしは、男ですよ。『モニカ』というのは偽名です。本当の名前は……まあ、あなたに言う必要などありませんが」
「……」
「やれやれ、ようやっと寝てくれましたか。どうぞひとときのよい夢を。次に起きたら、覚めない悪夢の始まりです」
男に宣言した通り、無事に素敵な結末になりそうだと、モニカもといジーンはドレスを脱いで微笑んだ。
***
アデレイドは、人生を諦めていた。夫となった侯爵に目をつけられたときから、坂道を転がり落ちるようにすべてが悪い方向へと向かっていく。
それでも夫に愛想を振りまくことができれば、幸福に暮らせたのかもしれない。けれどアデレイドは、自分を不幸のどん底に落とした人間に媚びを売ることなどできなかった。
日に日に悪くなっていく待遇でも、じっと下を向いて耐えた。そんなときだ、夫が連れてきた美しいひとが彼女に手を差しのべてくれたのは。
「侯爵夫人、ここから逃げ出したいとは思いませんか?」
「あなたは一体……」
「ご安心ください。静音魔法をかけました。この中の声は、外には聞こえません。もともとわたしの役目は、各地の貴族の不正を暴くこと。けれど、ここで辛い想いをされているアデレイドさまを放っておくことなどできません」
「ですが、私に関わればご迷惑をおかけしてしまいます」
「いいえ、きっとうまくいきますとも。どうぞわたしを頼ってはもらえませんか」
しとやかで蠱惑的な美女にしか見えない彼は、自身のことを男だと明かした上で、たくさんのことをアデレイドに教えてくれた。
平民としての暮らし方にお金の使い方。安心できるツテを紹介してもらい、脱出の準備まで整えてくれた。
夫がなぜ自分を虐げるのかについても説明してもらったときには、呆れて物も言えなかったくらいだ。
「こういう不器用な男性を魅力的と見る女性もいらっしゃるかと思いますが、正直お勧めできません。モラハラ男なんてゴミ虫以下です」
「ありがとう。ゴミに何を言われても気にしてはいけないのね」
「その意気です」
表向きの関係とはまた別の、密やかに積み上げられた信頼関係。夫は、たびたびアデレイドたちの関係を気にしていたらしい。
「一体部屋の中で何を話していたんだ」
「殿方には聞かせられないお話です。そうでしょう、奥さま?」
神妙にうつむいたままのアデレイドの姿に興奮した男は、そのまま寝室に引っ張って行こうとしたが、「がっつく男は、みっともないですよ」とたしなめられていた。おかげでアデレイドは、嫌で嫌でたまらなかった夜伽からも解放されたのだ。
「奥さまが素直になったら、ご褒美に差し上げればよいでしょう? 今は少し、放置しておくべきです」
「ふふふ、それもそうだな。モニカ、気に入った。君にも褒美をくれてやろう」
夜伽が褒美だなんて、馬鹿な男だ。鼻歌まじりでその場を後にした男は最後まで気がつかなかったらしい。うつむいたアデレイドが未来を思い描き、その瞳をきらめかせていたことに。
そうして、ようやく訪れた決行の日。アデレイドは今まであった悲しいことを思い浮かべて、一世一代の大舞台に臨んだのだった。
一番困ったことは、明るい雰囲気を出さないようにすることだった。なにせ、出ていきたくて仕方のない屋敷から離れられるのだ、うっかり笑みがこぼれてしまいそうになる。そのためアデレイドは、口の中を噛み続けて悲壮な顔を保ちつづけた。
「奥さま。いいえ、アデレイド。さっさとこの屋敷から出ていきなさい。あなたは侯爵夫人の地位を失いました。今日からわたしが、その役目を担います」
興奮していることがバレないように不健康な化粧をしたアデレイドは、武者震いで指先まで震えていた。おまけに頭が真っ白になったのか、打ち合わせていた台詞も出てこないありさまだ。
事前に荷物の準備をしてもらっていなければ、出ていくきっかけを見失っていたかもしれない。
「ぼんやりしていないで、さっさと支度なさい。わたしは、あなたのためを思って言っているんですよ」
「……私のため?」
「ええ、どこへなりとも好きに行ってしまいなさい」
夫に執着され、屋敷から一歩も出られなかったアデレイド。美しいひとのおかげでたくさんの証拠を集めてもらった。裁判をして離婚を求める方法もあったけれど、そうなったら夫は意地でもアデレイドを離さないだろう。だから、ふたりで夫を罠にかけることにした。
彼は、アデレイドが屋敷を離れて生きていけるとは思っていない。世間知らずの貴族女性がひとりで出歩けば人さらいに遭うのが関の山。
けれどアデレイドは変わった。こんなとき、一番大事なのは気持ちの強さだ。あがいてあがいて、どんなことがあっても逃げてやると思う力がなければ脱出は成功しないのだから。
「きっと、荷物をまとめることもできないでしょうからこちらで準備しておきました」
旅行カバンには、コツコツと換金してもらっておいた現金が入っていた。アクセサリーの持ち主がアデレイドだとバレないように、装飾品はバラしてから売ってある。これでしばらくは働かなくても十分に暮らしていけるそうだ。
「お気の毒な元侯爵夫人に、幸運が訪れますよように」
その言葉を聞いたとき、アデレイドはもうこの美しいひとには会えないのだと気がついた。もともと別件で侯爵家に潜入しただけ。義侠心で助けてもらったが、彼はまた他の悪い貴族の一門を潰し、囚われの身の上の女性たちを助けに行くに違いない。
悲しいことに自分のような境遇の女性は、そうたいして珍しくはないのだから。きっとすぐに彼に忘れられてしまうのだろう。
目からあふれる涙は、嬉し涙だ。そうであってほしい。大嫌いな夫から離れることが、大切なあのひとから離れることを同時に意味するなんて、この瞬間まで気がつかなかった。
(もう、お目にかかることもないでしょう。どうぞお元気で)
愛しているの言葉は飲み込んで、アデレイドは愛しいひとの前から逃げ去った。
***
「……もう二度とお目にかかることもないと思っていたのですがねえ」
どこか既視感のある台詞に、アデレイドは目を瞬かせた。
「ええ、ジーンさまがそのおつもりだったことは理解しているわ」
「では、一体どうしてこんなことになっているのでしょうか」
あの日、屋敷を追い出されたアデレイドは、なぜかジーンの隣にいる。今日が小春日和なのは、アデレイドが幸せそうに笑っているからかもしれない。
「それは、ジーンさまがお優しいからよ」
「逃亡先を見に行ったら、仕事先でしょっちゅう変な男に絡まれているんですから」
「あれでもあしらえるようになったほうなのよ」
「思ったよりも所作が美しすぎましたね」
アデレイドは自分を売った実家に身を寄せることは望まず、市井で暮らす道を選んだ。多少の現金はあったが、一生遊んで暮らせるほどの余裕はさすがにない。すぐにでも働き始める予定だったのだ。
しかしもともとの美しさのせいか行く先々で男からのつきまといが発生。様子を見にきていたジーンが手を貸し、今は一緒に行動している。
「ご迷惑をかけて申し訳ないとは思っているの」
ジーンは微かに苦笑する。本来なら、彼がアデレイドを救出する必要はなかった。ジーンが王家から依頼されていた仕事は侯爵家の悪事を暴くことで、被害者とは言え彼女のアフターフォローまでする義務はなかったのだ。
見て見ぬふりをできなかったのは、いつの間にかアデレイド自身に心ひかれていたから。彼女の言葉に一喜一憂する自分は、もしかしたらおかしくなってしまったのかもしれない。
「でももう少しだけ、一緒にいさせていただけるかしら。男性の独り身よりも、夫婦者の方が、お仕事的にも目立たないのではないかしら?」
ふむ、とジーンは考えた。ここまで女性に言わせるなんて、男の風上にもおけないやつだと。
「アデレイドさま、結婚しましょうか」
「え? と、突然、何を?」
「アデレイドさまもわたしに好意を持っていてくださっていると判断したのですが、勘違いでしたか?」
「で、でも、私は、離縁された身で……」
「そうそう、離婚できて本当に良かったです。どんな事情があっても、やはり不倫は良くありませんからね」
「でも、私は……」
「アデレイドさま、わたしは仕事であればどんなことだってやりますよ。それは汚いことですか? 許されないことですか?」
「いいえ、そんなことは」
「ならば、何の問題があるのでしょう」
ジーンの言葉に、アデレイドが瞳をうるませる。その目尻に吸い付きたくなるのをこらえて、彼は指先で愛しいひとの涙をぬぐった。
「さあ、行きますよ。これからはわたしと一緒に、楽しいことばかりして暮らしましょうね」
「……いいのかしら?」
「たくさん苦しんだんですから、少しくらいのんびりしても誰も怒りませんよ。わたしも少しばかり休暇を取らせていただきます。これから寒くなりますし、せっかくなら南のほうへ新婚旅行に出かけましょうか」
そっと絡めた互いの手のあたたかさに、ふたりは口元をほころばせた。
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