異世界転生したのでこの世界のお役目全うさせていただきます!
短いのでサクッとお読みいただけます。
よくある異世界転生のお話です。
この世界が前世で私の大好きだった乙女ゲーム〈プライベートプリンセス〉の世界だと気がついたのはついこの間のこと。
16歳になった春、ワイス伯爵家の娘である私ナタリー・ワイスはオレンディーヌ王国の貴族社会では入学が義務付けられているペリドット学園への入学を目前に控えていた。
王都の中心部では警備兵が至るところに配置され治安がよく、そのため自身の護衛がいなくても貴族の子女たちだけでもショッピングを楽しめるのだ。
私も侍女のマリアンヌと月1回教会でのボランティアの帰り道2人で入学に備えて万年筆などを購入するため街にいた。学園での新生活で使うものは自分自身で選びたいと文房具店を中心に見て回った。何件か回ったところで私の髪色に似ているミントブルーの万年筆を見つけ、気分良く行きつけのカフェへと向かっていた時のことだった。
ドン!
「きゃあ!」
声のする方へ視線を向けると、ピンク色の髪の女の子が目の前を歩いていた男性にぶつかったようだった。
「すまない。大丈夫だろうか?」
ピンク色の髪の女の子に手を差し伸べたのは見目麗しい男性だった。サラサラとした美しい銀髪にエメラルド色の瞳に整った目鼻立ち・・・よく見るとこの国の第一王子であるフレデリク・オレンディーヌ殿下ではないか。目立たぬように貴族の子息程度の服を着ているが、国王様方に新年のご挨拶などをするときに見た銀髪そして美しいお顔は間違いないだろう。
「ぎゃっ!こんなキラキラしたイケメン様が私ごときに手を差し伸べるなんて。すみませーん!」
女の子はピンク色の髪をふわふわ揺らしながらフレデリク殿下の手を取ることなくサッと立ち上がると走り去ってしまった。
差し延べた手を呆然として見つめるフレデリク殿下が顔を上げたとき、ふと私と目が合った。
その時ナタリー・ワイス伯爵令嬢になる前、つまり前世で私はフレデリク殿下たちを攻略対象とする乙女ゲーム〈プライベートプリンセス〉に夢中になっていたことを思い出したのだった。
前世の記憶を急に思い出したせいか頭が割れるように痛くなり吐き気がしてきた。私はマリアンヌに心配されながら何とか屋敷に戻りその日は夕食も摂ることなく深い眠りについたのだった。
――――――――――
〈プライベートプリンセス〉略して〈プラプリ〉ではヒロインがペリドット学園に入学するところから物語が始まる。主人公は街で見かけたふわふわとしたピンク色の髪の女の子リリアンだ。リリアンは平民として母親と2人で暮らしていたが、リリアンの父親だった男爵の正妻が亡くなり正式にリリアンの母親が妻として迎えられたため男爵令嬢となったばかりで学園に入学することとなる。
学園では攻略対象との交流やイベントで選択肢を選び好感度を上げていき、最終的に好感度が高い攻略対象と結ばれるというよくある乙女ゲームだった。
第一王子のフレデリク殿下、騎士団長の息子アレクセイ様、宰相の息子ユリウス様、大商人の息子ジャン様の4人が攻略対象である。
そしてリリアンに辛く当たるのがフレデリク殿下の婚約者候補の最有力であるジュリエッタ公爵令嬢で、よくある悪役令嬢である。
ちなみに私はヒロインでもなく悪役令嬢でもない。
フレデリク殿下ルートのハッピーエンドではリリアンは王太子妃になるのだが、この国では王太子妃になるには伯爵家以上の身分が必要である。
そこで養女としてリリアンを受け入れたのがワイス伯爵家である。ついでにナタリーはこのゲームにおけるナビゲート役というヒロインにとって非常に都合のいい相手なのである。
ナタリーはヒロインが次に何をすればいいか教えてくれたり、好感度アップのヒントをくれる。攻略対象といい雰囲気の時には空気を読んで席を外してくれるという有能っぷりである。
・・・さてどうしたものだろうか。
私はプラプリには夢中なっていたけれど、攻略対象と自分がどうこうなりたいとかは考えていない。
大好きなプラプリの世界でヒロインにはハッピーエンドを迎えてもらいたいのだ。推しだったフレデリク殿下とリリアンのスチルを見れたらいいなとは思うけれど。
さて、記憶を取り戻した今ならはっきりと断言出来る。
リリアンの選択はフレデリク殿下の好感度を上げるには間違いだ。
〈フレデリク殿下の手を取り立ち上がり自己紹介する〉が正解。
まさか〈フレデリク殿下の手を取ることなく恥ずかしいので逃げ出す〉を選ぶ人がいるなんて。
例えフレデリク殿下が攻略対象じゃないとしても、攻略対象全体的の好感度が上がらなければイベントが起こらず好感度上げに奔走することになるだろうに。
ここはナビゲート役である私がひと肌脱ぐしかない。
――――――――――――――
入学後私とリリアンはさっそくランチを一緒に摂ることになった。つい先日まで平民だったリリアンに声をかける令嬢などおらず、ポツンといるところに思い切って私から声をかけたら喜んできてくれたのだ。
学園の南の庭にあるガゼボに2人でやってきた。ここはプラプリでリリアンとナタリーが友達となる場所だから丁度いい。
「ナ、ナタリー様。なぜ私のような者に声をかけてくださったのですか?」
リリアンが大きな瞳を潤ませながら恥ずかしそうに聞いてくる。さすがヒロイン!そんな姿も可愛らしい。
回りくどく言ってもいいのだけれども、確信があるからストレートに言ってみよう。
「それは、リリアン様が転生者だからよ」
「なぜそれを!・・ということはまさかナタリー様も転生者ですか?!」
リリアンは口に手をかざし、眼がまん丸くなっている。
「実は以前に偶然街で見かけていたのよ。その時にリリアン様から前世の言葉が出たからわかったわ。〈イケメン〉なんてこの国では言いませんからね」
私は得意げな笑みを浮かべニヤリと口の端を上げた。
あの日のことを思い出していたときに気がついたのだ。この世界に〈イケメン〉なんて言葉はない。それに、ヒロインが転生者はよくある展開かなと思ったら当たり!
「さっそくだけれどリリアン様は誰のルートに行こうと思ってるの?私がしっかりナビゲートしてあげるから、クリアしていないルートでも任せてちょうだい!」
私は胸を張ってリリアンに意気込みを伝えた。
今から頑張ればどこのルートにも入れるもの。
リリアンが不思議そうな顔をしている。
どのルートがいいか迷っているのだろうか?
「まだどのルートにするか迷っているということかしら?そうそう、フレデリク殿下のルートではあの選択肢は間違いなのよ。〈フレデリク殿下の手を取り立ち上がり自己紹介する〉が正解なの。そして、次なんだけど・・・」
腕を組みここぞとばかりに知識を披露しようとした。
「ちょっと!ちょっと待って下さい。ナタリー様は何の話をしておられるのですか?」
リリアンが慌てたように話を切ってきた。
「プラプリの話よ?私のことなら気にしないでもらって大丈夫!別に転生者だからといってリリアンからヒロインの座を奪ったり考えてないから安心して。プラプリのことは大好きだから間近で素敵なスチルを見たいというか・・ふふふ」
ついつい本音が出てしまうところだった。私は笑って誤魔化した。
「ナタリー様・・申し訳ございませんが私はそもそも〈プラプリ〉の意味がよくわかりません。お話からするとゲームか何かのお話でしょうか?」
!!!
「リリアン様!乙女ゲームのプラプリご存知ないの?」
思わず大きな声を出してしまった。
なんてこと!まさか転生者であるリリアンが乙女ゲームを知らないなんて!私は思わず膝から崩れて落ちた。
知っているのと知らないのでは大きな違いだ。まず乙女ゲームとは?から説明しなければならないとは前途多難だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私の名前はリリアン・ブランケット。今は男爵令嬢だけれど、元は平民だった。父親だったブランケット男爵の正妻が亡くなり母が正式に妻として迎えられたため私も男爵令嬢となったのだ。
私は12歳になる頃ここが前世で夢中になっていたあの世界だと気がついた。前世ではライトノベルが大好きで異世界転生ものから恋愛ものまで色々と読んでいたのですんなりと受け入れることが出来た。
幼い頃から大人びているとよく言われていたが、前世の記憶がなんとなくあったせいだろう。
ここで気をつけなければならないのはどちらのあの世界かということだ。
私が夢中になっていたのは「プライベートプリンセス〜私が主人公なんてありえないっ!〜」略して〈プリない〉というライトノベルだ。〈プリない〉に夢中だった私は原作のゲームのプラプリもやり込んだ。隠しルートまでやったけれどもやっぱり〈プリない〉の方が私は好きだった。
13歳になり私はどちらの世界か調べるために時々街の東にある小さな教会にボランティアに行くことにした。この教会はどちらのシナリオにも登場する聖地と言える教会で身分のある方々がお忍びでボランティアにやってくるのだ。
通い始めてひと月ほどすると、まずボランティアに現れたのはナタリー・ワイス侯爵令嬢。ミントブルーのストレートヘアにアメジストのような瞳が美しい。少し垂れ目なところが見るものに可愛らしい印象を与える。
ナタリー様はゲーム画面や挿絵よりも数段可愛らしい。私はニヤつくのを我慢し目立つピンクの髪をまとめ頭にかけているスカーフの中に押し込め、目立つ印象は与えないように遠目に様子を伺うことにした。
どうやら毎月第一日曜日に侍女を伴って来て、帰りには貴族エリアで買い物をして帰るのがお決まりのパターンのようだった。
ナタリー様の観察を続けてから半年後に教会にはフレデリク・オレンディーヌ第一王子が通うようになった。こちらは完全にお忍びで決まった間隔もなく、銀髪も茶色の髪色に変えて服も数段ランクの下げたものを着ているようだった。周りの友人を装っているのはおそらく護衛だろう。
そんなある日、ついに〈プリない〉の挿絵になっているあのシーンを見ることが出来た!挿絵とは違って動いているのを生で!その夜は興奮して眠ることが出来なかった。
こうなれば私は〈プリないのリリアン〉通りの働きをするべく頑張るしかない。
ボランティアを続けているうちにシナリオ通り私は男爵令嬢になった。学園入学を半年後に控え急に始まった淑女教育に忙しくてボランティアにも行く回数が減ったが、なんとか第一日曜日はボランティアへ通い続けた。
そしてどこかで来るタイミングを窺うため、学園入学を2ヶ月前に控えた頃からボランティア終了後はナタリー様を尾行した。そろそろだろうか?
いつものようにナタリー様を尾行していると、近くにフレデリク殿下が髪の色だけ変装を解いて街を歩いているのを見つけた。ここだ!私はスカーフを外しトレードマークのピンクの髪をなびかせてフレデリク殿下にぶつかった。
これをナタリー様が見ればいよいよ物語がスタートする。プラプリでナビゲート役だったナタリー様がヒロインのスピンオフ異世界転生物語「プライベートプリンセス〜私が主人公なんてありえないっ!〜」が。
ちなみに私がこの世界が〈プリない〉の世界であると確信したのは、教会でフレデリク殿下がナタリー様を見て恋に落ちるシーンを見たからだ。
これから転生者であるナタリー様は私をヒロインだと勘違いして盛大に空回る。その後はフレデリク殿下と魔王討伐の旅に出たり、偽聖女に振り回されたりあんなことやこんなことを乗越えてハッピーエンドを迎える。それを間近で見れるなんて原作ヒロインで良かった!
私演技をして、これからこの世界のお役目全うさせていただきます!!