監視官の任務 1
アトが変な気を起こす前に、キミをこれほど早く片付けたいと思った事はない。
(――一回だけ、事をしただけなのに……)
対キメラ法の名の下、散々、ボクの仲間やらを悩ませてくれた魔法協会の監視官アト=ミックス。世界中の裏外交や裏組織を邪魔した、実行部隊の指折りのエージェントがキミである。
実力も自他ともに認める人物だ。
それは……キミに一時期、惹かれたことは認める。しかし、それは気の迷いだ。あの時は、ボクはどうかしていた。
それなのに子供のようにせがんだ。確か……ボクより一、二歳、年上なはずだ。そんなのに……下手に許したのがマズかったのだろうか。
結局、アトと事をしたのはそれっきり――
それからというもの、キミが付きまとってきたのは覚えている。
まあ、それによって、ボクの命は助かったし、新しい目ももらえた。今の魔法協会の一員として居るほうが、一国の裏組織の一員よりかはマシなほうだ。
ただ、自由の身になれていない。
(殺ろうと思えば、いつでもできる。昔のボクだったら……)
ボクとしたことが、まるで手の内で振り回されている小娘だ。
キミといると調子が狂って仕方がない。
チャンスといえば、一日一回キミを殺そうとチャレンジできること。だが、この一年成功していないのは、目の前に生きているキミを見れば十分判る。
「――おかしいなぁ。どう思う?」
「えっ、ああ……」
今は街中を捜索中であった。
考え事をしていたなど、キミに悟られないようにしなければ、付け込まれる。
このランタンの街に来たのは、戦略型キメラ、それに消えたリュート使いの一行の探索だったはず。
ボクを夜間、襲おうなどと考えていたであろう宿屋の亭主を、絞り上げれば簡単なはずだ。だが、そういうことは何故かキミはしなかった。
その代わり、ランタンの街の探索をはじめた。
手順が相変わらず理解できないところがある。だから、昔、僕らを悩ませたのかもしれない。
想定された通りに動かない。人の予想の斜めをいく考え方をするから、こちらが考えた策が通じなかったのかもしれない。
「この線路? どう思う?」
それは、駅の手前で分岐して更に北に向かった一本の線路であった。その線路を辿っていくと、谷間の間を切り開いた街の中を通り、その先の僅かな穀倉地帯へと続いている。
「延伸目的か。キミの分野だろ。鉄道局情報部のアト=ミックス?」
「全世界の鉄道を網羅しているわけではないよ。主要な国際鉄道路線ぐらいは解るけど、その国それぞれが牽いた路線までは、僕には解りません!」
「――まあ、こうして延びた路線を見ていると、畑のほうへ向かっている……と、なると畑からの穀物を運ぶための路線なんじゃないか」
「いやいや……それは違う」
「何故?」
こういうところがムカつく。自分がすでに答えにたどり着いているのを、自慢したいのだ。
意地だろうか、自分がボクより上だと思わせたいのか。
「線路が駅に向いていない」
「線路が繋がっているって、キミはさっき言っただろ」
「いやいや、ポイントをよく見て!
この線路は駅の手前で分岐している。分岐先は、駅のほうではなく、本線へ繋がっている」
「――というと?」
「畑で収穫した穀物を街に運ぶのなら、分岐先は駅のほうに向くべきだろ。食料を欲しているのは街のほうだ。最初の消費地だからね。小麦を貨車で運ぶのだから、街で消費する分は駅で切り離す。それから別の街に出荷する分を改めて、別の列車に貨車を繋げるのが筋だ」
「高説どうも……」
皮肉ってみたが、どう受け取ればニヤニヤできる。
アトは小難しいことを言ってよく解らない。鉄道の運行としては、不自然なのであろうが、それ以外にも、不自然なことがあるようだ。
這いつくばるようにすると、レールに頬を当てている。
(後ろを向いている間に、殺ってしまおうか――)
いやいや、こういうときに限ってワザと隙を作らせて、一日一回のカウントを消費させる気だ。この一年近く、それで騙された。
キミの小難しい話は、まだ続いている。
「これもおかしい……」
そういうと、ヒョイッと立ち上がり、線路を小走りで進んでいった。
これに関しては、ボクもだいたい解った。
線路が使われた痕があるのであろう。それを観察していたのだ。
放置していくと鋼鉄製の線路はサビてくる。山奥の谷間の街だ。昼と夜の温度差で、湿度が変わり水分がレールに付着する。それがサビの原因だ。だが、目の前のレールには使われた形跡がある。列車が通れば、車輪とレールは摩擦により磨かれ、サビがとれるのだ。証拠にキラキラとレールが光っている部分がある。
それぐらいボクだって見れば解る。だが、好きなように喋らせることとした。
「――やっぱり!」
「見たところ十分実っているようだが……農作業をしている人がいないな」
付いていくと、キミがいたのは畑の真ん中だった。
線路は水平を保つためか、畑を掘って突っ切ってまだまだ続いている。丁度、線路から見ると、人の頭ひとつほど高い場所に畑はあった。
ここで注目すべきは畑の作物だ。育った大きく実り今にも倒れそうな程の小麦が、一面に広がっていた。
(早く収穫をしないと、麦が傷んでくる)
このまま収穫されずにいたら、腐って落ちるだけだ。
小麦は人の食料でもあるし、茎などは家畜にも与えるはずだ。それが収穫されていないとは、どういうことなのだろうか。
「レールは使われた痕跡があるのに、肝心な小麦は収穫されていない……これはどういうことなんだろうか?」
どうぞ……と、キミはボクに手を差し出した。
意見を聞きたいとでも言いたいのであろうか。
すでに自分で答えを出しているくせして――。
(――だから嫌いだ。面倒くさい)
ボクはため息をつきながらこう答えた。
「例えばどうだ。農作業をしている人は見当たらない。いや、この街に着いてからおかしい気がしていたんだ。駅にも最小限の人しかいなかっただろ。例えば……キミがよく使っている赤帽とか。駅の宿屋には、亭主がひとりだけ。小間使いも、奥さんもいないようなことを言っていた――」
「ふむふむ……」
概ね、ボクの考え出した答えは、キミの中の答えと一致しているのだろうか。話を遮らないところを見ると――。
「つまり、この街には人が――」
「ちょっと待って!」
ここに来て、ボクの話をキミが遮った。それは何故か、すぐに判った。
(――後ろから誰かが近づいてくる)
足音がした。線路のバラストを踏む音が聞こえたのだ。