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戦友

「あ゛っ‥‥くっ‥‥うぅ!」


 左肘から下を失うという人生で初の出来事と、今まで経験する事の無かった激痛に、サベラスは声にならない悲鳴をあげる。

 その痛みはまだ戦闘中なのにもかかわらず、サベラスは左腕を抑えその場に膝をついてしまう程だった。


 今の状態であればフェルドはサベラスを簡単に始末出来る筈であったが、フェルドも攻撃の手を止め、槍に付いた血を飛ばす為に、その場で槍を回転させそしてそのまま自分の肩に槍を乗せる。

 そして━━


「それで分かっただろう? お前には俺を殺すことは出来ない、だから帰ったらどうだ? 言っとくがこれが最後の警告だ」

 

 フェルドはそう伝えるが‥‥。


「だっ、誰が引くか! 劣等種などに負けるような我らではない!」


 あまりの痛みに涙を浮かべながらサベラスは叫ぶ。


 「現に負けてるんだが‥‥」とフェルドは呆れた顔で小声で呟き、ため息をついた。


「ここで引いてしまっては我らの子孫に合わせる顔が無い! これから生まれてくる子達の‥‥我らの未来の為に!」


 追い込まれてふいに出たサベラスの本心だった。


 その言葉にフェルドの表情は真面目なものになり。

「‥‥お前らがいくら努力しようとしても無駄だぞ、このまま世界は変わらない。いずれ魔族と呼ばれる種族は潰える」


「貴様ぁ!」

 その言葉を魔族を滅ぼすと受け取ったサベラスだが。


「生まれてくる子供たちの力が弱まって来ているんだろ?」


「なっ!!?」

 フェルドの言っている事は事実でありその事に驚愕する。

 更にフェルドは続けた。


「それは仕方がない事なんだ、本来産むべくは人であり魔族ではない。神は人を産む前提として魔族を作った。そして、徐々にその力を奪ってゆき人にする‥‥それがこの世界であり神が決めた事だ」


「‥‥」

 サベラスは何も言えなかった。

 それこそが魔族軍が出来た理由だったのだから。


 ◆◇



 この世界に初めて生まれた知的生命体は魔族だった。今の劣等種と比べて圧倒的に強い体を持っている者達の楽園だった。

 それが時代を重ねるにつれ、力のない弱きものが誕生するようになる。それが『劣等種』いわば人である。

 劣等種は弱いというだけで迫害に合い、更に劣等種は魔素の強い場所では生きていくのが困難な為、魔素の薄い場所へと移動して行った。

 それがこの世界の今の状態である。


 だがそこから世界は変わっていった。

 元々魔族には転生者が稀に産まれていた。前世の世界での国はいずれも日本、その転生者達が魔族たちの国と生活の基盤を作って来た。

 だが、それまで誕生していた転生者が魔族から生まれなくなっていく、一時的なものだろうか? と思われていたが、転生者は劣等種からしか生まれなくなっていた。

 その為に、魔族と劣等種の文明に差が生まれている、住む場所も食べ物も文化でさえも‥‥。


 それだけではない、魔族領土から魔素が少しずつではあるが減少傾向にあり、それに伴い生まれてくる子供たちの能力が徐々に弱まって来ていた。

 魔族の先人達は、体も強く例え雨風をはじき返すほど頑丈で、野ざらしの場所で暮らしていたと聞いている。

 だが今では屋根が無いと雨で体を壊し、壁が無いと風が不快と感じるようになっている。

 明らかに劣等種に近づいていた。

 だから魔族の一部の者達は思った。

 『我々は神に見捨てられたのだ』と‥‥。


 一方劣等種はというと、体が弱いがその分それを技術で補い発展させ、どんどん勢力を拡大している。

 このままでは魔族と劣等種の関係は逆転してしまう、ならせめて子孫たちの為にこの土地を守らねばならない。

 それに気づいた数人が魔族軍を立ち上げた。


 

 ◆◇



 我々は神に裏切られた‥‥いや、捨てられたのだ。


 神に対する反逆の気持ちもある、だから神に愛されている劣等種が憎くてたまらないという気持ちも確かにある。

 もしかしたら後の子達の為というのは建前かもしれない、それでも今の状況を憂い我々は立ち上がったのだ。


 だから何といわれようとも、いくら現実を突きつけられても我々は戦わなくてはならない。


 しかしこのフェルドという男は一体何者なのだろうか?

 サベラスの心に一つの疑問が湧き上がる。

 何故そんな事が分かるのだろうか?

 そして二つの可能性に当たる。

 

 もしかしたら‥‥。


「お、お前はもしや我々と同じ魔族なのか?」


 思いついた可能性を口にして見たが。


「いいや、違うな」


 魔族ではない、ならば。


「お前は転生者か?」


「転生者‥‥でもないな」


 転生者の部分は少し曖昧な返事が返ってくる。


「ふっ、はははっ‥‥魔族でも転生者でもないなら‥‥お前は一体何なのだ! ただの妄想家か!? ただの劣等種如きが神にでもなったつもりか!? そんな事を誰が信じる!」


「別に信じろとまでは言わないが事実だ。それに子孫の力が弱まろうがお前には関係ないだろ?」


「関係‥‥ないだと!」


 持っていた棍棒を地面に叩きつけた。


「我々の子孫がこのままだと苦しむと言っているのだ! ならば今生きている我々がぁ!!━━」


「でもお前は苦しんでないだろうサベラス」


「━━‥‥何? ‥‥フェルドよ、お前は話を聞いていたのか? 我々はこれから生まれてくる子供達の話をしているんだぞ」


「聞いてたよ、でも今のお前達は苦しんでいない、苦しむ事になるのはずっと後の世代の子供達であってお前には関係ない。

 そもそも魔族軍とかが掲げる理想とかってのは数人しか賛同してないんだろ? 他の奴らはどうだ? 我関せずって感じだろ? ならそれでいいじゃないか、後の事は後の者に任せれば。

 それに苦しむと言っても、最終的に魔族はお前達の言う劣等種と同じになるだけ、そこでは元魔族は文明の格差から蛮族とか言われるぐらいで、そこから頑張って自分達で発展させるんじゃないか。

 だから今を生きるお前達は今の人生を謳歌すればいいじゃないか」


「それが受け入れられないと言っているんだろうが!」


 もはや双方の言い分は行違っていた。


 はぁ‥‥とフェルドは深いため息をつく。

「受け入れられないとかそれはどうでもいい、俺はここで生活を楽しみたいだけなんだ。別に魔族なんて関係ないんだ。このまま平行線でもどのみちお前は俺には勝てない、本当に最後の警告だぞ? このまま帰れ、もう既に傷は回復してるんだろ?」


「ぐっ‥‥」


 確かにサベラスの切り落とされた腕からの出血は既に止まっている。

 魔族でも最も回復力のあるその体は、既に腕の再生に入っていた。

 しかし腕が再生してもこの目の前の劣等種フェルドには勝てないだろう。それは彼のプライドを大きく傷つけていた。

 しかしいくら勝てなくともこの場から引くわけにはいかない。

 


 (それに‥‥俺にはアレがある)



「俺には‥‥引くと言う考えはない。この命が絶えてもグンサーを滅ぼす」


 サベラスの目には決意が溢れていた。


「‥‥そうか」


 引かないサベラスにフェルドは担いでいた槍を構えた。

 それに対しサベラスは棍棒を構える。


 

 両者武器を構えたまましばし時間が停止する。

 次に動いた時勝負は決着するだろう。

 サベラスの棍棒がフェルドの体を木っ端みじんにするか、もしくはフェルドの槍が急所を突き破るか‥‥。


 そして、一筋の風が二人の間に流れた瞬間、両者は地を蹴った。


「うおおおお!!!」


 人丈もある巨大な棍棒が振り上げられ、振り下ろされる。当たれば肉片になるその一撃を━━。


 しかし、先に繰り出されたのはフェルドの一突きだった。 

 槍を中心に螺旋状に吹き荒れる風は、サベラスの攻撃の軌道を狂わせ更に━━その先端はサベラスの左胸を貫いた。



「は‥‥は‥‥‥‥」

 振り下ろされるはずだった棍棒は空を切り、地面へと落ちる。

 何かを言おうとしていたサベラスだが、声は出ず目だけがフェルドを追っていた。そして槍が貫通したまま地面へと倒れていく。


 フェルドは無言で倒れていくサベラスの背中から自分の槍を抜き取ると、血まみれになった槍を回転させ血を吹き飛ばし、そのままグンサーへと足を向けた。

 死んでしまったサベラスに掛ける言葉は無い、ただこのグンサーへの攻撃は今終わったという事だけだった。


 






 自身のいるべき場所へ向かい歩くフェルドだったが‥‥。


 「‥‥ん?」

 不意に背に気配を感じ振り返った。


 「!?」

  そこでフェルドは驚く事になる。


 心臓を貫いたはずのサベラスがそこに立っていた。


 「お、お前‥‥確かに心臓を貫いたはず、ま、まさか心臓が右にあるってパターンか?」


 左胸から血を吹き出しながらサベラスは薄ら笑いを浮かべるが、その表情は苦しそうだった。


「確かに‥‥心臓を貫かれた。だが心臓は‥‥一つだと思うなよ」


「二つあるって事か‥‥」


 フェルドは直ぐに槍を構え直す。


 だが今度はサベラスの方が早い、しかしその手に持つ棍棒はフェルドではなく地面へと叩きつけられていた。

 一見無駄に見える行動だが、魔王軍の本当の目的(・・・・・・・・)は本来これであった。


「これで我々の勝利だ!!」


 それは魔石を元としたグンサーへの地下からの破壊。

 グンサーの下には地下下水道が張り巡らされており、そこに大量の魔石を準備、そして地下からの爆発による都市ごとの破壊、それが今回の作戦だった。

 衛生観念から作られた地下下水道だが、魔素が溢れるその場所は劣等種には容易く入れない場所になってしまった。

 しかし魔族は違う、元々魔素が溢れる場所に住む彼らからすれば、地下下水道に溢れる魔素など少ない方だ。

 だから簡単に見つからず侵入する事が出来た。

 そこに魔石を大量に設置し、そこで起爆させる。サベラスが棍棒で叩いた場所はその爆発の起爆スイッチだった。


 本来魔石など魔族には必要ない、しかしこのために魔族軍は魔族領土で人が採取している魔石の採掘場を奪っていたのだ。


 今回の魔物を使っての襲撃などサベラス個人の八つ当たりにすぎない、出来ればこの手で劣等種を滅ぼしてしまいたい気持ちがあったが、もうそんな事も言ってられない。


 (勝った!!!)


 このままグンサーの都市は完全に破壊されるだろう、そう思った━━が。


 サベラスが叩きつけた先に何が見えたのか、何を理解したのか? フェルドは地面の一つの場所にその槍を突き刺した。


 瞬間、フェルドの体が強く発光。


「だあああああっっっ!!!」


 サベラスが聞く初めての悲鳴をあげる。

 バチバチと体から魔素が放出され、それは天から降り注ぐ雷のようだった。

 そしてフェルドは地面へと倒れる。


 それに一番驚いたのがサベラスだった。


「‥‥何故止められた?」


 確かにフェルドが突き刺したあの場所には魔石へとつながる導線があった。しかし上手く隠せていたし、見ただけでは分かるはずがない。

 なのに何故フェルドはそれをあの一瞬で全てを理解したのか‥‥。


 唖然とするサベラスだが、直ぐに理性を取り戻す。


「どうしてわかったのかは知らんが‥‥はっはっは━━ん゛っ‥‥」


 笑うサベラスだが自信も心臓の一つを貫かれており、途中でその痛みが激しくなる。まだ回復せず血が流れている左胸を抑えながらフェルドに近づいた。


「どうしたさっきまでの余裕は? 今や逆転したな」


 生きてはいるものの、既にフェルドは瀕死だった。


「フッ‥‥、グンサーの事などほっとき、お前自身の人生を謳歌するべきだったな」


 そしてフェルドに背を向ける。


「どうせ劣等種ではもう命はあるまい、俺が手を下さなくてもお前はどうせ死ぬだろう、楽には死なずゆっくりと死んでいくがいい」


 何も言えずにいるフェルドに対しサベラスは歩き出す。そして言い忘れたかのように━━。


「そうそう、起爆のスイッチは一つじゃない二つあるんだよ、今からそれを起爆させて来るよ」


 振り向きながらニヤリと笑いフェルドのいる場所から去っていった。






 ◆◇



 サベラスがフェルドのいる場所から去り、少しの時間が過ぎてからだった。


 エマがその場に駆け付けたのは━━。


「フェルド!」


 倒れているフェルドを見つけその場に走る。

 少しでも動かせば命が潰えるだろう、一目見ただけで瀕死なのが分かった。


「よお‥‥戦友‥‥し、四天王を討ち漏らした」


「喋るな、今は大人しくしてろ!」

 

 このまま喋らなくともフェルドは命を落とすだろう、しかし良い方法などこの世界には無い。魔法というものがありつつも回復という魔法や手段など無いのだ。

 エマにも分かっていた。このままフェルドは命を落とすのだと‥‥それはエマにはどうしようもない事だった。


「魔王軍は‥‥グンサーの地下に魔石を埋めてある‥‥それを使って地下からグンサーを破壊するらしい」


 喋るごとにフェルドの命が尽きていくのがエマにも理解した。しかしグンサーの破壊と聞き、フェルドの言葉を遮れなかった。


「起爆の‥‥スイッチはまだもう一つ‥‥。サベラスを‥‥四天王の一人不死のサベラスを止めろ、奴の心臓は二つある左は潰したが右はまかせる、奴は向こうの方角に‥‥」

 

 フェルドは震える手で指を指す。


「‥‥分かった。俺が何とかするからフェルドは休んでおけ、直ぐにマナ達も来るから」


 フェルドの命が尽きかけているが、このまま最後を見守る事が出来ない事を心の中で謝る。


「行ってくる」


 今消えようとしている命に背を向け、グンサーを守る為に四天王を追おうとするが━━。


「待て」

 とフェルドが止め、手を伸ばして来た。それをエマは握り締める。


「‥‥本来は違反で文句を言われそうだが、俺もこの世界に愛着が出て来てな‥‥お前に俺のギフトをすべてやる」


「え?」


 エマには一瞬何を言っているのか分からなかった。

 だが次の瞬間、握った手が激しく光始め、そこから幾何学模様が握った手を中心に浮かび上がる。


「なっっっ!!!!?」


 その円はゆっくりとフェルドの手からエマの手へと移動し━━エマはフェルドの持つ『神殺しの矢』と『風神乱舞』を受け取った。

 それは本来あってならない事だった。神から貰えるギフトは二つまで、それが今のエマの体にはフェルドから受け取ったギフトが二つ新しく入り込んできた。

 つまり四つのギフトをエマが持つことになる‥‥。そんな事この地に住む人が初めて神からのギフトを貰ってから前例がない事で、当然王家の資料にもそんな事は今までない。


 幾何学模様の円が完全にエマの腕へと移動するとその円は消える、そして━━。


「後は頼んだ‥‥『戦友』‥‥」


 その言葉を最後に、フェルドの体は分解されるように光の粒になり‥‥宙に舞う。


「あ、あ‥‥」

 エマはその光の粒をかき集めようとするが、全てその指先からすり抜け━━空に昇って行った。


 ‥‥茫然とその現象を見ていたエマ。

 

 最初はフェルドの事を疑っていた。魔族のような強さや、たまに漏れる話の内容から普通の人間ではないと思っていた。もしや魔族なのでは? とエマの中では要監視対象だったが‥‥今は違う。

 

 エマは立ち上がる。

 その手に受け継いだ『神殺しの矢』は、エマが持ち主だと認めたのか、一瞬光ったのちエマの体の中に入って行くように光の粒となり消えた。


「フェルド‥‥お前が何者かは最後まで分からなかったけど、今はどうでもいい‥‥。後は、任せておけ『戦友』」


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