魔族侵攻 ①
正月休みもあっという間に過ぎ、グンサーはいつもの日常が戻って来る。日常とは言っても完全にではなく、魔族の関係で王都から来た兵士やら冒険者やらが忙しそうにしている。
何でも魔族軍はこの街、グンサーに照準を定めているらしく兵士や冒険者たちは侵略を防ごうと防衛の準備や偵察、情報収集などをしていた。
エマ君が言うには、奪われた魔石の採石場の奪還をしなくてはならないのもあるし、魔族軍の侵攻もあるわで時間が全く足りないらしい、その割には正月はがっつり休んでいたみたいですが?。
そんな訳で、エマ君とは正月休みが終わってからは殆ど話が出来ていない。
そして自分はいつもと同じく地下下水道の点検を行っていた。
冬季限定の仕事であり、この仕事が終わってしまうともう自分には冬にする仕事は無い。
そんな訳でゆっくりと、そしてじっくりとのんびりと点検をしていた。別にサボっている訳ではない、やはりインフラの重要性は知っているし、こういう所をちゃんとしていないとグンサーに住む住民が後々困る事になるからだ‥‥‥という建前でゆっくりと仕事をしていた。
通常の無期懲役の人間だったら逃亡防止も考え、体にGPSのような魔法の道具を埋め込まれ常に監視されるのだが、自分の場合犯罪者でもないしそもそも発信機も必要ないので、当然ながら付けていない。
となると、どこまで点検したかは申告制になるし、誰もそれを確認できない、だってこの星の人達は地下下水道に入れないんだもん、気絶するくらい厳しいらしいしこの星の人達からしたら。
一日でどこまで仕事したか申告制なのはいいのだけど、なにせ外が見えない訳でどこまで点検したのか見当もつかない、地下への入り口も本当に少ない為目印になりにくい、だから大体の憶測で一日の仕事量を組合に報告している。
そんな訳でゆっくりと仕事をしていたのだが、暫く仕事をして分かった事が‥‥とにかく巨大。
何が巨大って? 地下下水道がめちゃめちゃ巨大。グンサーという街自体がかなり広いし、それをすべてカバーする地下下水道も当然広大になっている。
大昔にこれだけ巨大な地下下水道を作れたのは正直凄いと思う、なにせ作りもしっかりしているし、水の流れも完璧と言っていいほどだ。
そんな訳で超巨大な地下下水道の点検だが、これまでの点検した範囲とグンサーの地下下水道の規模を計算した所、このままでは冬の間に終わらないという計算になった。
という訳で、今はめっちゃくちゃ急いで点検している、組合の受付の人からは『残ったらまた次の冬にでもいいので、気を付けて点検お願いします』と言われているが、自分としてはキレイに終わって春を迎えたい。
そして今日も地下下水道の点検作業に入る。
正月までは楽過ぎる仕事だと思っていたが、正月にやってしまった奥歯の詰め物が餅に持って行かれてからは、奥歯に空いた大穴が気になって仕方ない。
点検中も気になって気になって仕事に集中出来ない、ついつい舌で触ってしまう。これが結構なストレスになっている。痛いし‥‥気を付けていても食べ物がそこに詰まるし‥‥。
それと、出来るだけ気にしないように、考えないようにしていたのだが、フェルドさんの余計な一言があり。
『下水道に入った囚人って100パー死んでるんでしょ? ならお化けとか出て来るんじゃないの?』
それまで考えずにいたが、その一言で気にしてしまうようになってしまった。
自分はお化けとかいないと思っている。
この世にそんなものは存在しないと。
絶対にいない!。
そう思っているのだけど‥‥本心はビクビクしている。
ちょっとした音でもドキッとしたり、誰かに見られているんじゃないのか? という錯覚に陥ってしまう。
という訳で最近では心霊スポットに行くような気持ちになってしまい、少し憂鬱な気持ちが若干ある。
そして今日も下水道の点検に向かうが、その前にこれから仕事を始めますというのを組合に報告に行こうと思う。
冒険者組合に着くとそこは何やら物凄い騒騒しさになっていた。誰もが怒号のような声で話をしていたり、普段は大人しい感じの冒険者たちも皆カリカリしている様だった。
何かあったのかな?
と思ったけど、自分は自分の仕事をするだけである。受付の人に「今から下水道の点検に入ります」と言うと、いつもだったら『気を付けていってらっしゃい』と言われるのだが、今日は慌てている感じで「は、はい」という返事だけ。
なにやら受付の人も今日は忙しいようで、そのまま他の冒険者たちに慌ただしく支持をしていた。
今日は『いってらっしゃい』と言われず少しだけ寂しさを感じたが、報告もしたし自分はそのまま冬季の職場となる地下下水道へと向かった。
・・・・・・・
・・・・・・・
「エマ起きて! 魔族が攻めて来たわ!」
俺ことテルーヤ・エマは婚約者の一人であるマナの声と同時に叩き起こされた。
去年から警戒していた事がついに現実へとなる。
「来たか!!」
ベッドから飛び起きた俺は、婚約者3人と共に『疾風』として冒険者組合に急いだ。
組合内は既に戦場のようで、誰もが自分の戦いの立ち位置や確認の為騒々しくなっており、確認が済んだ者は急いで組合から出て行き自分達の持ち場に着こうと走り出している。
受付嬢に情報を聞こうとする際ゴテさんを見つけたが、普通だったら会話の一つでもしたいところだが今はそれどころじゃない。
「『疾風』だ! 魔族はどこから来ている!? 状況は!」
俺の問いに受付嬢は。
「魔族軍は魔物を操りグンサーを包囲しつつあります! グンサーの南側からの大群とそして西側にも少数! 『疾風』の皆さんは南側に向かって下さい! そして南を守る王都軍と連携して撃退して下さい!」
「了解した! マナ、マーミ、セッコ行くぞ!」
「「「はい!」」」
組合の出口を目指そうと走り出した時一つだけ気になる事があり、受付嬢に━━
「そうだ、フェルドを見なかったか」
「フェルドさんですか? ここ一週間は姿を見ていませんが」
「そうか、分かった」
俺はそれだけ聞くと組合を飛び出した。
・・・・
・・
グンサーの南側に到着するとそこには今までに見た事の無い地獄の光景が広がっていた。
まず目に飛び込んできたのは地面にころがる魔物の死体、動かなくなって横たわっている王都兵や冒険者達がいくつもあり、その仲間に気を使う余裕もない戦っている者達だった。
そして次に目についたのはその後方にいる魔物の数‥‥、露出する地面の面積よりも魔物の数の方が多いのでは? と思うほどの圧倒的なその‥‥数。
「ひっ‥‥」
3人の仲間の内誰の声だったのかは分からない、小さな悲鳴が俺の耳に届いた。
俺達『疾風』はこれまでいくつかの危険な目に遭って来たし、それなりに場数を踏んで来ていた。多少の事では取り乱したりしない自信があった。
だが‥‥これはその範疇を明らかに超えていた。
「こ、こんなの‥‥」
ザッ‥‥
足元で音がしその音につられ下を見ると、俺は無意識のうちに一歩後ろに下がっていた。
大地が埋まってしまうほどの魔物の数に俺は怖気づき、後退していたのだ。
歴史上魔王軍が人間世界に侵攻してきた事はいくつかある、今それを知るには当時の者が記した書物などで知る事が出来るが、俺の知る限りここ数十年、俺が生まれてから一度も無かった。
当時かなりの被害を受けたと知っていたが、実際体験していなければその本当の規模など分かりはしない。
今まで俺は魔物との戦いや、魔族の領土に侵入し実際魔族とも戦った事があるが、今この時のような絶望感は無かった。
『何とかなる』と思っていた。
だが、現実は‥‥。
「これが‥‥魔族軍の本気‥‥」
逃げ出したい。
そんな気持ちが一瞬だけ頭をよぎったが━━。
「あ゛ああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
それを振り切るように叫び、震えていた指先に力を込め握り締める。
ここグンサーはニブレダホンマツの中心にあり、物流の中心でもある。
グンサーが落とされてしまえば、それはニブレダホンマツが完全に分断されるという事、魔族軍はそれを知っててわざわざこの場所を狙って来た。
ここが落ちればグンサーだけではなく、ニブレダホンマツが落ちたも同然。代々トゥパイン家が収めて来たこの地が終わってしまう。
それだけではなく、ニブレダホンマツの後方には王都フグラーシェマがある、だから何としてでもここを落とされる訳にはいかない!。
「お前達行くぞ!!」
「「「はい!!」」」
俺達『疾風』は魔物の魔物の群れに向かい駆けた。
魔物の一匹が倒れた冒険者の上に乗りかかり、止めを刺そうとしていた。
「させるか! 『横一線!』」
女神より賜りしギフトを発動させると、視界が一瞬ブレるように高速で動き出し、魔物との距離を一瞬で詰める、その視界が止まった時には魔物を両断していた。
高速で斬撃を繰り出せるこのギフトのおかげで、何度も境地をくぐって来た。そして遅れて魔物の上半身が地面に落ちる。
「助かったぞ『疾風』!」
「立てるか!?」
「ああ大丈夫だ!」
倒れていた冒険者は傷を負ってはいないようで、落ちていた武器を拾い再び別の魔物へと切りかかる。
少し遅れて追いついて来た3人にそれぞれ指示を飛ばす。
「マナは負傷者の後退を手伝え、マーミは敵が固まりつつある場所に魔法による攻撃を、セッコは投擲で俺の補助を!」
「「「了解!」」」
攻撃能力が低いマナを後方に下げ、戦闘が出来る俺を含めた3人で向かえ来る魔物を討つ。
マーナが放った広域魔法で魔物を叩き、仕留めきれなかった魔物を俺が剣で倒す、そしてセッコは俺が囲まれないよう投擲道具で牽制する、それが『疾風』の本来の戦い方だった。
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
一匹一匹と確実に数を減らしてはいるが、元が元だけに減っている気配がない。
それに魔物を倒すと、その死骸が邪魔になり足場が上手く取れなくなってきている、元々押されている事もあり徐々に下がるしかなかった。魔物達は倒れた仲間の死骸を乗り越え更に間を詰めて来る。
それにしても、これほどの大軍を一体どこからこの大軍を侵入させたのか‥‥、確信は出来ないが、恐らくここから南東にある山岳地帯のあるボールカワ付近だと思われる。
あそこは山岳地帯であり未開の地である為に監視がしづらい‥‥。
いつ終わるかもしれないという戦いに、体には少しずつ疲労が蓄積されていく。敵の総数が分からない上に、このあと魔族との戦いが控えているやもしれない。
これほどの大軍を率いる為には、やはり魔族が先導しないとこれほどの魔物は動かないだろう。魔物を倒しきった後、引いてくれればいいのだがそうでない場合もある。
だから体力を出来るだけ温存しておきたかったのだが、それが裏目に出てしまった。
剣で切り付け絶命させたと思っていた魔物が俺を通り過ぎ、後ろにいたセッコに向かいその牙を向けた。
「しまった!!」
セッコは俺の補助をする為どうしても俺との距離が近くなる傾向があり、そしてセッコの『投擲』は一撃で魔物の命を奪う力はないく、このままではセッコは負傷もしくは噛みつかれ命を落とす。
ここからギフトの『一線』を使い魔物を討とうとしても、丁度その直線上にはセッコもいる為、もし使ってしまったらセッコごと両断してしまう。
一瞬の判断が遅れたせいで魔物の牙は既にセッコの首に届こうとしていた。
「逃げ━━」
俺が叫ぼうとした瞬間━━ ドスン! と何かが魔物の上に降って来た。
突然の出来事に把握できなかったが、その何かは魔物の上に立っていた棒だった。しかし一瞬遅れでそれが槍だと気づく、それはどこかで見た槍であり、その槍から声が聞こえて来た。
「凄く素敵な事になってるじゃん!?」
いや、槍が喋っている訳ではない。
その魔物に突き刺された槍にを手に持ち、笑っている男から発せられた声だった。
皆必死で戦っているこの地獄のような戦場で1人だけ笑っている男、その名は━━
「フェルド!」
ここ一週間ほど姿を見せなかったフェルドだった。




