正月
季節は冬になり、グンサーの街並みを真っ白に染める雪が降り積もった。
通り過ぎる風は冷たく人通りは少なくなり、誰もが身を縮ませ熱を逃がさないようにと厚手の防寒着を着こんでいる。
ほとんどの人達は冬の為にため込んだ食料や物資でこの寒さを防ぐ。
冒険者の人達もそれは同じで冬になると急に仕事が少なくなるため、家で過ごしたり組合の酒場で一日を過ごす人たちが多い。
自分も冬になったら流石に道の側溝の掃除は雪のせいで出来ないので、冬は休む予定でいたが、エマ君の紹介により地下下水道の点検と掃除の仕事をしている。
この時代にはそぐわないような立派な地下下水道は、雪の影響はもちろん冷たい風の影響も受けないので自分は仕事が出来ている。寒いのは寒いが仕事が出来て収入が得られるのはありがたい。
地下下水道の仕事では、頭まですっぽりと入る防護服を着こむ。これは匂い対策と衛生面の対策である。そして左手に持つランプで辺りを照らし、右手にはケルベロスの槍(エマ君がつけてくれた名で元は組合から借りた金属の棒)を持ち、大きな袋を折りたたんだ状態で腰に身に着け地下下水道に入る。
主な仕事は破損個所がないかどうかの確認だが、この下水道はなにやら大層な魔法で強化されているらしく、何百年とたっても損傷どころか劣化も見当たらない。
もちろんそれ以外の仕事もあり、水の流れが滞っている場所はケルベロスの槍で突っつき流れをよくする事、そして‥‥遺体の回収である。
元々下水道の掃除というのは、終身刑を言い渡された者がする強制の仕事であり、死ぬまでこの下水道の仕事につかなければならない。
死刑が無い国の為、これが事実上の死刑扱いとなる。
エマ君曰く、この星の人間として生まれてくる人は、魔石から出ているであろう人体に害となる特殊な物質により、健康被害を受けるらしい。自分がしていた道横のドブ攫いにしても同じく、それにプラスして悪臭を放つようで、誰もがその場に近寄らず自分以外進んでその仕事を受ける者がいない。
その道横のドブの数倍の特殊な物質が含まれているこの下水道は、この星に生まれた人からしたら地獄だろう。
自分は何とも無いが‥‥と言えば噓になる。流石に下水道は臭いに決まっており、当然快適とは言えない。
そんな他の星から来た自分ですら「ちょっと‥‥」となるのだから、この星の人からしたら拷問だろう。実際中に入ってみると元囚人と思わしき白骨が転がっていた。
最初に出くわした時は━━
「うわぁぁぁはは!」
━━と声を上げてしまった。
暗闇から突然人骨が出てきたら誰だって驚くだろう? 初めて見る人骨にビビりながらも首から掛けていたであろう囚人番号の掛かれたプレートを、ケルベロスの槍に引っ掛けそっと回収する。
本来だったら骨の方も拾うのだが。
『もし骨があってもほっといていいですよ、プレートだけ回収してもらえば。どうせ囚人の骨なんて拾ってもしょうがないですからね、邪魔だったら端っこに寄せておいてください』
そう組合の人に言われ、プレートだけ回収していた。
まぁ仕事の内容はそんな感じだ、プレートは全部で2個回収しその他は見回り程度、もっと遺体があってもいいと思うのだが、もしかしたら下水に落ちそのまま流れていった囚人もいるのかもしれない。
下水自体の破損個所は全く無し、たまに流れが緩い所があるが、そこはケルベロスの槍でちょいちょいと突っついてあげると流れは回復する程度だ。
ただこの下水道はかなり巨大な作りになっており、雪が解け春になるまでは仕事があるだろう。それでなくともゆっくりと確認しつつ点検しているので、もしかしたら終わらないかもしれない。
終わらなかったらまた来年すればいいだろう。
そんな訳で12月が過ぎ1月、新しい年を迎える事になった。
◆◇
新年である。
これまで日本人が沢山この星に転生しているだけあって、日本の文化がこの星の礎になっている。そして正月もそのうちの一つ、人間の国だけではなく魔族たちもこの正月を祝うらしい。
人間の国々ではどこの店も休みを取り、ゆっくりと家族だけで過ごすことになる。だが例外もあり冒険者組合だけは突発的な仕事の受注などがあるため無休である。
とは言っても冒険者達もほとんど実家に帰っており、組合の中にいるのは今年は実家に帰らない事にした数少ない冒険者達だけである。
「餅ってこんな味だったっけ?」
どうも腑に落ちないという顔で尋ねて来るのは、今年は実家に帰らない事にしたフェルドさん。
「何処の餅もこんな味だろう、同じ米で作っているんだから」
当たり前だと言うのは今年帰らない事にしたエマ君。
「そうだね味は一緒だね」
そして帰る場所がない自分。
この3人は今年実家には帰らず(帰れず)グンサーで新年を迎えている。
フェルドさんは「今年? んーそうねグンサーにいるかな」と言って残り、エマ君は「じゃあ俺も今年はこっちにいるか」と言って帰らない事になった。ちなみに婚約者の3人は実家に帰っている。
そして、帰ろうにも帰れない自分はここに居るしかなかったのだ。
冒険者の少ない組合の酒場で、男だけで机を囲み雑煮を食べていた。
「そっかぁ? こんなんだったかなぁ‥‥」
納得できないのかフェルドさんは首をかしげる。
「味付けの事を言っているのか? それなら土地によって少しは違うんじゃないか?」
「そうじゃなくてさ、餅の味なんだよね‥‥なんかこう‥‥最後に食べた時の記憶が‥‥」
「最後に食べたって‥‥最後食べたのはいつだよ?」
「二十歳の時だったかなぁ?」
「二十歳? フェルドお前今22歳だろ? 二年前の事も覚えてないのかよ」
「いや、二年前じゃなくて━━二年前だね、そうそう二年前二年前」
「大丈夫かよお前‥‥」
それでも納得できないのか、「こんな味だったか‥‥」とぼやきながらフェルドさんは雑煮を食べていた。
自分からしたら餅の味は実家で食べる餅の味と何ら変わらない、雑煮の出汁の部分で違う所はあるが大方一緒だろう。
というか日本以外の別の世界に来ているのに、正月に餅が食べられるというのは実にありがたい。自分が異世界に来ている事を忘れてしまうくらいだった。
こうして雑煮を食べているのは自分達冒険者だけではない、組合の酒場では冒険者が少なくなった代わりに、王都から来た兵士達の姿が多くある。正月休みと言う事で鎧は着こんでいないが、各々各自の服装で組合の酒場に寄り正月休みを堪能していた。
正月は殆どの店が休みというだけあって、兵士達はおのずと正月でもやっている冒険者組合の酒場に集まっていた。
魔族がグンサーに攻め込む可能性が高くなったため、王都から派遣されてきた兵士達はつかの間の休息を楽しんでいる。
しかし正月とはいえこんなに気を許していいのだろうかと思ったが。エマ君曰く正月は人間も魔族も完全に休むらしく、例え魔族が人間界に侵攻しようと考えていたとしても、正月は絶対に来ないらしい。それ位魔族にとっても正月は大切らしい。
来ないなら来ないでいいんだけども、どうせ来ないならそのまま来なければいいのに‥‥。
この数週間はかなり物々しい空気が流れていたため、険しい顔の兵士を見ているだけで何となく皆不安になっていたものだ。
自分はずっと地下下水道に入り浸っていたのでそうでもなかったが、それでも地上に上がってきたときには落ち着かない雰囲気になる。
正月休みが過ぎたらまた物々しい雰囲気になるのだろうか? 兵士達を眺めながら雑煮を食べていると━━
ガリッ!!!
物凄い音が耳の奥に響き思わず。
「あ゛っ!!」
声を出してしまった。
そしてその瞬間何が起きたか分かった。
ついにやってしまった、この時が来てしまった。
「あ―っ‥‥‥」
口を開けると二チャっと餅の音が口の中から聞こえ、同時に口の中に砕けた感じでざらざらとした感触が口の中に広がる。
「ゴテさん? どうかしましたか?」
急に声をあげた自分に驚いたエマ君。
「あーらら、やっちゃったね」
その意味が分かっている様子のフェルドさん。
自分は指を口の中に入れ、そこから違和感を取り出した。
硬いそれは銀色をしており、明らかに雑煮の具材ではない、そう━━。
「銀歯取れちゃった‥‥」
絶対に取れてはいけないものがそこにあった。
「ホントですか! ちょっと見せて下さいよ!」
銀歯治療というものが無い500年後の日本から来たエマ君は、自分の手から餅が完全に剥がれていない銀歯を受け取ると、若干興奮気味に取れた銀歯を見ていた。
「へぇーこれが銀の歯か、すげぇ~本当に金属だ」
それが今まで自分の口の中に入ってい事に気にならないのか挙句の果てに。
「これ貰えませんか?」
とまで言って来た。別にもう使えないのだからいいのだけど、せめて‥‥。
「いいけど、洗ったら?」
この国どころかこの星の医療はレベルが低い、風邪を引いたらネギを首元にぶら下げるというレベルの医療なので、当然の事ながら歯の治療など無理以外の何物でもない。
この星の人達は虫歯になると、ギリギリまで我慢し最後は抜くしか方法が無いという。
ああ‥‥終わった‥‥。
こうなるのは分かっているから気を付けていたんだけど‥‥、ついに取れてしまったか。
銀歯が埋め込まれていた場所を舌で触ってみると、触れただけでピリピリとした痛みが伝わってくる大穴が空いていた。
◆◇◆◇
「侵攻の準備は整っているのか?」
大きな石の机を囲み、人では無い『魔族』と呼ばれる種族が人間界のへの侵攻計画が話し合われていた。そのうちの一人、『魔王』を名乗る存在は四天王の一人に尋ねる。
「計画は順調、もうしばしの時間があれば実行に移せます」
四天王の一人はそう答える。
「そうか‥‥それならいいが失敗は出来ない、いいな?」
魔王がそう言うと。
「は‥‥」
四天王の一人はそう言い頭を垂れた。
・・・・・
・・・
侵攻の為の会議が終わり1人廊下を歩く、その者は魔王軍四天王の一人『不死のサベラス』。今回グンサーの侵攻を命じられた者だ。
サベラスは人間に最大の屈辱を受けていた。それは人間が魔石を採掘していた採掘場での戦いの時、人から受けた傷の事であった。
本来有りえない人による魔族への傷、劣化種族の人如きから受けた頬の傷はなかなか治らず、暫くその顔に跡を残していた。鏡を見るたびに思い出してしまう屈辱‥‥。
その顔に傷を付けた者が今回侵攻するグンサーに居る事を確認したサベラスは━━。
「あの槍使いめ‥‥あの時の礼はさせてもらうぞ」
既に後の残っていない頬を手で抑えた。




