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聖女

 その子が生まれた時、庭には赤い色の花が咲く木があったという。

 その花の名を取り『梅』と名付けられた女の子がいた。


 裕福な商家に生まれたその子は、花よ蝶よと皆に可愛がられ、優しく美しい女性へと成長した。嫁ぐ相手も決まり、その子の将来はもう安泰したようなものだった。

 だが彼女が14歳の時、仕事に失敗した父が大きな借金を負ってしまい、家族はバラバラに、彼女も借金のかたに遊郭へと売られる事になる。

 食べる事すら殆ど出来ず、夜になれば男達の相手をさせられた彼女は、病にかかり19歳で世を去る事になる。


 それを哀れに思った女神セルヴァチアにより、このエルダルテンへと魂を移し、もう一度人生を歩む事となる。 

 『パラム』と名付けられた女の子は、前世と同じ商家の子として生を受けた。

 両親に愛情を注がれ、可愛らしく成長した女の子はこのまま何の不自由なく、今度こそは幸せになるはずだった。

 ‥‥だが、彼女に待っていたのは前世と同じ運命だった。


 彼女が14歳の時、家は事業に失敗し多額の借金を背負う事になる、そしてまたしても彼女は借金の返済の為に売られ、娼婦として生きる事になる。

 昼も夜も男の相手をさせられた生活が続き、1年が過ぎ15歳となった。

 その時彼女が神から貰えたギフトは『快楽』だった。

 転生者の場合、前世の行いで神から貰えるギフトが大きく影響されるようになっており、前世で遊女だった彼女は、その影響でそうなったと思われる。

 『快楽』のギフトは、触れた相手に極上の快感を与える事が出来るというもので、その為かその快楽を求め客が増え、そして彼女は体を徐々に壊しはじめ、心も壊れていった。

 それでも20歳まで生きた彼女は、2度目のギフトを受け取る事になる。それが事の始まりだった。


 客の相手をしている最中、神から与えられた2度目のギフトは『吸性』。文字道り性を吸い取るという能力だった。

 彼女の悲鳴で駆け付けた従業員が見たものは、驚愕しその場で動けずにいた彼女と、既に息絶えた男性客の姿だった。

 外傷も無く、病気も持っていなかった男性が急死した事で調査が入り、そして判明した事実が彼女のギフト『吸性』による死亡であると確認された。


 フグラーシェマ王国はその能力から彼女をサキュバスと確定、国は彼女の処遇を当時のニブレダホンマツを領地とするトゥパイン家に一任する。

 サキュバスはその危険性の為、発見した場合は即討伐対象になっていた。

 彼女を擁護する声もあったが、トゥパイン家の当主は処分を決定、当主は自ら住まわう城の光も当たらぬ地下室に処分その日まで幽閉した。

 

 しかしトゥパイン家の当主が彼女を幽閉したのには訳があった。トゥパイン家が収めるニブレダホンマツは、魔族領土と隣り合わせであり、常に魔族や魔獣などの危機にさらされており危険な場所でもあった。当然年に何人もの人間がその犠牲となっている。

 そしてその当主の親友であった者も、その犠牲となっていた。

 

 サキュバスはその場で処分されたが、親友は奇跡的に生きていた。だがその代わり『サキュバスの口づけ』を受けた状態で見つかった。

 心に大きな傷を負った親友の為、トゥパイン家の当主は何度も足を運んだ。そのおかげか親友は少しずつ回復に向かっていた。

 だが、ある日その親友は自ら命を絶った‥‥。

 サキュバスの口づけで受けた心の傷は、親友を確実に蝕んでいたのだった。


 トゥパイン家の当主はサキュバスに対し、親友を殺したという恨みを強く持っていた為、『吸性』というサキュバスと同じギフトを持つ彼女を許せなかった。

 当主は彼女を処分せず、ありとあらゆる拷問を彼女に与えた。

 彼女が死にかけたら、犯罪者を連れて来て彼女に与え、精を吸収させて体が回復したらまた拷問を繰り返すというものだった。

 それは周りも者達すら彼女に同情し、当主はもしかしたら狂ってしまったのかもしれない、と思わせた程だった。


 だが数カ月にも及んだ彼女への拷問は、ある日を境にピタリと止まる。

 その理由は当主の体を蝕んだ病だった。

 食べる事も排泄する事も、呼吸をする事すら苦しみを伴う病にかかってしまった。地獄のような苦しみに耐えられなくなった当主は、ある決断をする。

 それは拷問を繰り返した彼女に、自身の命を吸ってもらう事だった。彼女は『吸性』の他に『快楽』というギフトを持っている。それは痛みを伴う事無く、安らかな死を迎える事が出来ると言う事だった。

 

 彼女はその願いを承諾し、当主がいる部屋へと通される。

 そこから数時間経過し、当主の家族が余りにも彼女が出て来るのが遅かったため、部屋に入るとそこには‥‥。

 あれほど自分を拷問した本人を許すように優しく、まるで自らの赤子を抱きしめるように胸に抱いている彼女の姿があった。

 自分をあそこまで拷問した相手を、そのような顔で抱きしめる事が出来るだろうか?

 その光景を見た当主の家族達の口から出たのは━━


 『聖女』


 だった‥‥━━━


 ━━━━━━って事なんですよー」


「へぇ~そうなんだ」


「そうですよ、あの人は本当に聖女ですからね、冗談抜きで」


 突然エマ君が語り口調になったので、また昔話が始まるとは思っていたので聞き流そうとしたが、自分の知っている人の事だったので、ちゃんと最初から最後まで聞いていた。

 歓楽街に唯一存在する4階建ての建物の最上階にいる女性で、娼婦であるパラムさんの事だった。

 仕事でよくその店の前の道を通るが、よく話しかけてくれて、たまにお菓子とかをくれたりする人だったが、まさかそんな過去があるとは思わなかった。


 なんでもその後、その話は国中に広まり、死を待つだけの人達がパラムさんの元を訪れるようになったという。

 パラムさんは住所をこのグンサーに移し、そこでその人達に安らかな死を与えていた。

 するとそれまでただの中継地点という価値しか無かったグンサーに、人が集まりだし、物が集まりだし、大きな町へと変わっていった。

 そしてパラムさんのように娼婦として働く女性もグンサーに集まり、今の歓楽街の成長に繋がり今ではフグラーシェマ王国一の歓楽街になっている。

 つまりこの自分達が住むグンサーは、パラムさんが大きくしたと言っても過言ではない。


 そしてパラムさんは2つ目のギフト『吸性』の力を制御できるようになり、今では相手に死を与えなくとも『吸性』を行えるようになっていた。

 約半年の寿命を奪う代わりに、この世のものとは思えないほどの快楽を与える事が出来るようになっている。

 ちなみにエマ君は今の3人の婚約者と出会う前、2回パラムさんにお世話になったそうだ。つまり1年寿命を減らしたことになる。

 エマ君によれば、パラムさんに相手をしてもらうと、2日ぐらいは頭がフワッとした感じになるらしく、それがまた心地が良いらしい。

 

 こうして今のパラムさんは、半年の命を吸う代わりに快楽を与える一方で、生きる事が困難になってしまった人達の最後を看取るという事もしている。


「ゴテさんも一度お願いして相手をしてもらったらどうですか? 本当にすごいですよ、もし俺がマナ達に会っていなかったら、俺はもう死んでいたかもしれませんね、それ位気持ちよかったですから」


「えー‥‥でも一回で半年も寿命が無くなるんでしょ? それは流石にちょっとね‥‥。というか、『死んでいたかもしれませんね』って言葉が出て来る行為を、ふつう人に進めてくる?」


「それはそうなんですが、一回くらいはお願いした方がいいですよ、世界が変わりますから。この組合に出入りしている冒険者の殆どがお世話になってるくらいだし」


 なんと‥‥自分が知っている人達の殆どが寿命を半年以上削っているそうだ。


「それにゴテさんは女性関係の話とか全く聞いてないんですけど、性欲とか無い人ですか?」


「あるけど‥‥一応‥‥高校時代彼女もいた事あるし」


「高校の時居たんですか? いいなぁ~俺はずっと彼女無しの童貞だったんで、正直そういうのって羨ましいですよ。あっ! ちなみにどんな感じの子でした? この組合の中に似た感じの人とかいます?」


 食い気味に聞いてくるエマ君だが、自分はあの時の事を思い出してみる。

 誰に似ているか‥‥と考えた末、凄く似ている物が一つあった。


「‥‥‥‥おかめ‥‥かな?」


「‥‥‥オカメ?」


 意味が伝わって無いようだが、もしかしたらエマ君はおかめを知らないのだろうか? 500年後の日本にはもう無いのかもしれない。


「あれ? エマ君おかめ知らない? ひょっとことおかめの『おかめ』だよ? 白塗りのお面の」


「えっ、いや、知ってますけど‥‥。こっちの世界にも伝わってるし、沖縄でもその名前の納豆がありましたし‥‥でも、おかめ‥‥ですか?」


「そうだね、あの白塗りをちょっと薄くしたらそっくりというか、本人だね」


「えーっと‥‥ゴテさんはそんな感じの人が好みなんですか?」


 エマ君が何となく言いにくそうな感じで聞いてくる。

 うん、分かるよその気持ち。


「好みじゃないね」


 それをきっぱりと否定する。


「ならどうして付き合ったりしたんですか?」


 そうねぇー。

「あれは高校3年の冬辺りかな? それまで普通に受験とか就職とかにみんな集中してたのにさ、急に彼女彼氏を作ろうとする人たちが増えて来てね。

 最後の思い出とかだったんだろうね、その中におかめもいて自分に声を掛けて来たんだよね、それで付き合って、って感じかな」


「それで彼女を残してこっちに来たんですか?」


「いや、卒業したらそれっきり感じだったよ、卒業後は自分は地元に就職したし、おかめは他県の大学に進学して、その後ひと月ぐらいは連絡あったけど、それ以降はぱったりだったね」


「そんなもんなんですか? というか元彼女を自然におかめって言っていますけど、それでいいんですか? 付き合ってたんですよね」


「いいんじゃないかな? 心から好きだったって訳じゃないし、その時は周りの雰囲気に当てられただけだと思うし、一度おかめって思っちゃったらもうおかめにしか見えないし、どうしてあの時付き合ったのかすら今では理解出来ないし」


「へぇ‥‥」

 何となくエマ君が気まずそうにしているが、突然話題を変えて来た。


「じゃ、じゃあ今はどうですか? 気になる子とか、あとは‥‥そう! 歓楽街に遊びに行ったりとかしないんですか?」


「気になる子はいないけど、一回歓楽街に遊びに連れられて行ったことはあるよ」


「マジですか? もしかして風俗ですか?」


「そうだね━━」


 そう‥‥あれはドブ攫いで一区画終わらせた時だった。その区画に住んでいた冒険者が。

『おう! ドブ攫い、お礼に俺らが夜の町に連れて行ってやるよ! 俺らからの感謝のしるしだ。奢ってやる!』。

 何て言われて連れていかれたが‥‥。


「━━でも駄目だったんだよね」


「駄目って‥‥あんまり可愛くない子だったとか?」


「いや可愛い子だったよ、でもね‥‥‥体毛がちょっと‥‥」


 そう言うとエマ君は「あ~っ‥‥‥」と納得したようだった。

 この星では脱毛という概念は無い、それは男も女もだ。それまで自分は女性に体毛など生えていないと思い込んでいた。でもそれは間違いであり、女性の日々の努力によるものだった。

 それが当たり前とする日本で暮らしていたため、気づかなかった。

 女性も体毛が生えるのだと‥‥。


 ドキドキしながら娼館に入り、ドキドキしながら娼婦の女性に会い、そしてさらけ出されたその女性の足を見た時、そこには畑から抜いたばかりのごぼうと同じくらいの体毛があった、つまりすね毛である。

 世界中ですね毛が生えるのはウチの母親位だと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 いや、知ってた! 女性でもすね毛が生えるというのは知ってた。でも知らないふりをしてた。

 そしてその足を見た瞬間、どうしてもウチの母を思い出してしまい、ドキドキは冷静へと変わった。


「という事があってね、自分には無理だったんだよ」


「あーそれは、まあ、そうですよね」

 と相槌を打つエマ君だが、ここで一つ疑問が。


「聞いていいのか分からないけど‥‥、エマ君のあの3人は‥‥」


「あの3人も最初は体毛とかあったんですけど、俺がちょっとして欲しいかな? って言ったらムダ毛処理とかしてくれるようになりました。やっぱり最初自分も見た時は『あっ‥‥』って思いましたからね」



 

 

 ◆◇◆◇


「私は無いわよ、見てみる?」


 裾の部分をするすると上げると、そこには奇麗な白い肌があった。


 エマ君と別れ、家路につく最中いつものように歓楽街を通ったのだが、そこで唯一の4階建てである建物の4階から。

 「美味しいお菓子をもらったから」

 と声がかかり、その建物の主へが住む部屋へと呼ばれた。その建物の主ともいえる存在であり、さっきまでエマ君と話をしていた本人のパラムさんである。

 「今日はお客さんが来ない日だから」と言われパラムさんが貰ったお菓子を頂いていた。

 エマ君とこんな話をしていたと伝えると、その奇麗な足を見せてくれた。その美しい妖艶な足に思わずゴクリと唾を飲んでしまうが、もしここでお願いしますと言ってしまうと寿命が半年縮むことを思い出し、ぐっとその言葉を飲み込んだ。

 その姿を見てパラムさんは楽しそうに笑う、少しからかわれているのだろう。


 そしてパラムさんの過去の話も聞いたと伝えた。その話はこの国の人だったらほとんどが知っている話なので、エマ君が話したとかというのはどうでも良い事だった。誰もが知っているパラムさんの過去の話。当然パラムさんが転生者というのは国民には知られてはいないが、パラムとしてこの星に誕生した後の事は誰もが知っている。

 

 パラムさんの前世の話そして今の話、聖女と呼ばれている話。自分に拷問を与えていた相手を優しく包み、死を与えた事。

 エマ君からそんな話を今日聞いたと聞くとパラムさんは上品に笑いながら。


「エマはそんな事を言ってたの? ふふふふ‥‥そう。じゃあゴテ君には本当の事を教えて上げる、誰にも言わないでね」


 そう言って自分の耳に唇を近づける。

 既に何百年も生きている彼女は、男から生気を吸い取り続け今でも若く美しい。そんな彼女の唇が近づくだけで自分は骨抜きになりそうだった。


「実はね、あのクソ爺を殺すとき、『快楽』のギフトを切ってから生気を吸ってたの」


「えっ?」

 耳を疑った。クソ爺とか聞こえたんですが??


「そうするとね、本当の苦痛しか感じなくなるの。時間が掛かったのもじわじわと絞め殺すように生気を吸ったから。抱きしめていたのは逃げられないようにするのと、最後の搾りかすまで吸おうとしたからなのよ」


 そう言ってスッと自分の耳元から唇を離し。


「今のは黙っててね?」

 パチンと片目を閉じるパラムさん。


「えっ? え~っと、はい」


「大丈夫よそんなに怖がらなくても、ゴテ君の時は全力で『快楽』のギフトを使うから安心して、いつでもいいからね?」


「え~っと‥‥‥‥はい‥‥」



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