45 大逆転
45 大逆転
その場にいた全員が、咆哮とともに乱入してきた人物に注目していた。
オンザビーチが、俺に首輪を着けようようとした手も、ピタリと止まる。
そして撃ち抜かれたように叫んでいた。
「お……お姫様っ!?」
裁判所の入口には、このトコナッツ王国の王女であるポーキュパインが、ネグリジェ姿で立っていた。
身体はフラフラで、顔は青白く、ここまで疾走してきたのか、黒髪が汗で顔にべったりと張り付いている。
その姿はまるで、この世に未練を残した幽霊のよう。
陪審員のひとりが心を痛めたように声をかける。
「ポーキュパイン様、いったい、何事でろざりますか!?
あなた様は国王様とともに、入院中のはずでろざります!
いますぐ病室におもどりになって……!」
ポーキュパインはすだれのようになっていた前髪をかきあげる。
その奥には病床の身とは思えないほどの、不敵な笑みがあった。
「ロザリア、心配してくれてありがとう。
でもユニバスが裁判に掛けられてるって聞いて、病院から抜け出してきちゃった。
王族は陪審員となる権利があるんでしょう?」
「おっしゃる通りでろざります。でももう、判決は下されたのでろざります。
国王暗殺未遂として、ユニバスが……」
「言ったでしょう、異議大ありって。
ユニバスはパパを殺そうとしてなんかいない、むしろ助けてくれた。
パパを殺そうとしてたのは、そこにいるオンザビーチなんだ!」
ぐぬっ、と顔をしかめるオンザビーチ。
俺の元から立ち上がり、ポーキュパインに憐れむように言った。
「あ~あ、お姫様、かわいそぉ。デストラの幻惑の後遺症が残っちゃってるし。
そんな夢と現実の区別がつかない状態じゃあ、陪審員なんてとうてい無理だし
さっさと病院に連れ戻したほうがいいっしょ?」
オンザビーチがアゴをしゃくると、入口にいた衛兵がポーキュパインに近づく。
身体を支えつつ外に連れ出そうとしていたが、ポーキュパインはそれを振り払った。
「たしかにウチは、ユニバスを生き返らせるために必死になったせいで、しばらくは安静にしてないといけない。
でも、真実を明らかにすることくらいはできる。10分だけ、ウチに時間をちょうだい」
「いいえ、たとえ10分でも、お身体にさわるのでろざります。
もしポーキュパイン様の身になにかあったら、このロザリアは国王様に顔向けできなくなるのでろざります」
「そうでしょうね、ロザリア。真実が明らかになったら、あなたはパパの顔を二度と見ることができなくなる。
その首と胴体が離れてしまうのだから、ウチが陪審員になるのを阻止しようとするのは当然ね」
ポーキュパインの暴言に、ざわめく法廷。
ロザリアは「んまぁ!?」と目を剥いていた。
「い、いくらポーキュパイン様でも、あまりのお言葉でろざります!
王家の人間とは思えませぬ! これは我がトコナッツ王家始まって以来の、大問題でろざります!
この一件は元老院にかけて、今後の王家の継承権について、しっかりと吟味を……!」
ロザリアの言葉の途中で、ポーキュパインはダァンと片脚を叩きつけ、遮った。
「ごちゃごちゃうっせーんだよ! この二枚舌ババア!
あんたがオンザビーチに命じて、パパを殺させようとした証拠がこっちにはあんだよ!
大人しく、観念しなよっ!」
「ん……んまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?
なんたる暴言でろざりましょう!? この誰よりも王家を案じているロザリアを、暗殺の首謀者呼ばわりとは!
よろしいでろざります! そこまでおっしゃるのであれば、その証拠とやらをお見せくださいませ!
ただしそれが下らないものであった場合は、ポーキュパイン様には王家の継承権を破棄してもらうのでろざります!」
「いいよ! もしユニバスの疑惑を晴らすほどの証拠にならなかった場合は、ウチ、王女やめる!」
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
すでに騒乱状態であった法廷の興奮は、この一言で最高潮に達した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ポーキュパインは裁判所の係員に『証拠』を提出すると、パジャマ姿のままで陪審員席に着く。
係員から準備ができたと告げられた彼女は、裁判所の壁に掲げてある、巨大な水晶板を示しながら言った。
「これから、決定的な証拠が映し出されます。ショッキングなシーンもあるので、気をつけて見てください」
パッ、と水晶板に映像が映し出される。
どうやらそれは、魔導真写装置で撮った映像のようだった。
場所はデストラの洞窟で、今まさにデストラと交戦中。
パーティーメンバーはデストラの放った光線、『真実の幻惑』を食らってしまい、緑色に光っていた。
その直後、狂宴ともいえる光景が繰り広げられたのだが、その中でもひときわ目立っていたのが、ブレイバンとオンザビーチであった。
『あーあ、なんかもう、隠すの面倒くさくなっちった! ホントのこと言うと、実はあーし、ロザリア様に頼まれて国王を殺しに来てたんだよね!』
『なんだ、そういうことなら早く言えよ! 殺すつもりだったら、こんなにへーこらしなかったのに!
そうだ、オンザビーチ、お前、前から俺の剣を使ってみたいって言ってたよな!
なら、今回だけは俺様の剣を貸してやる!
そのかわり、次期国王のロザリア様に取りなしてくれよな!』
『え、マジ!? 聖剣使わしてくれんの!? やったー! ってコレ、普通の剣だし! 聖剣はどうしたの?』
『せ……聖剣はちょっと、調子が悪くてな! ま、まあ、なんでもいいじゃねぇか! ソイツで、ズバッとやっちまえよ!』
『よぉーし、いくぞーっ! しねーっ! きゃはははははは!』
壁の水晶板には、高笑いをしながら剣を振り回し、国王を追いかけ回すオンザビーチ。
「ほら、逃げろ逃げろー!」とバカ笑いでけしかけるブレイバンが映っていた。
彼らの周囲にいた同行者たちも幻惑に掛かっていて、掴み合いのケンカをしている。
その中でただひとり、記者だけが魔導真写装置を構えつづけ、目の前の出来事を克明に収めていた。
しばらくして映像は、岩の牢屋に閉じ込められているシーンに切り替わる。
俺やポーキュパイン、精霊姫たちが牢屋に助けに向かい、勇者たちが我先にと逃げ出す。
俺たち傷付いた国王を『属性相生』で救い、デストラを『属性相克』で倒す一部始終が映っていた。
法廷のあちこちから、声がおこる。
「な、なんだ、この映像は!?」
「ブレイバン様とオンザビーチ様の証言と、ぜんぜん違うじゃないか!」
「ユニバスは国王を殺そうとするどころか、自分の身を犠牲にしてまでお助けしているぞ!」
「しかも、あの伝説の悪魔を倒すだなんて……!」
ブレイバンとオンザビーチは、ふたりして滝のような汗を滴らせていた。
「ちっ、違う! これは誤解だ! 俺様はデストラの幻惑にかかかっていて、ウソをつかされていたんだ!」
「そ……そうそう! あーしもこれは本心じゃないし!」
周囲からの非難が、ごうごうとふたりを苛む。
「デストラの幻惑は『真実の幻惑』と言って、人間の本性を暴き出すそうじゃないか!」
「それだけじゃない! 岩の牢屋に閉じ込められていたときは、幻惑に掛かっていなかっただろう!
それなのにあなたたちは、国王を見捨てて真っ先に逃げていたじゃないか!」
とうとう勇者たちは、得意のなすりつけをはじめる。
「お、俺様は剣を貸しただけで、国王にはなにもしてないだろう!?
それに逃げたわけじゃない! 装備をととのえて出直すつもりだったんだ!
だがオンザビーチは違う! 完全に国王を殺そうとした! コイツは悪い魔女だったんだ!」
「なっ!? ち、ちげーし! ウチは国王を殺そうとしたわけじゃねーし!
ロザリアに脅されてたんだし! 悪いのはぜんぶロザリアだし!」
ロザリアもすでに汗びっしょりで、厚化粧が溶けたロウのようになっていた。
「なっ、なにを言っているのでろざります!? 邪悪な国王暗殺計画などに、このロザリアが関与しているわけがないでろざります!
ロザリアは誰よりも、王家の方々のことを案じて……!」
……ズダァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!
3人の醜い言い争いは、振り下ろされた木槌の音で強制中断。
裁判長は、威厳に満ちた静かな声で言った。
「これは、真実の究明をやりなおさねばなりませんな。
国王様と王女様、ユニバスと精霊姫たちの回復を待って、彼らの証言も交えて、じっくりと……!」
「ひっ……ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ブレイバン、オンザビーチ、ロザリアは、ブタ小屋の隅に追いつめられたブタ一家のように抱き合っている。
そしてマッスルックはというと、いつの間にか法廷から姿を消していた。