44 絶体絶命
44 絶体絶命
精霊姫たちの手によって横たわるユニバス。
その全身は、どす黒い血にまみれていた。
ティフォンとポーキュパインは、その血で汚れるのもかまわず、ユニバスに泣きすがっていた。
「やだやだやだっ! 死なないって約束したじゃない! 目を開けてよ、ユニバスくぅん!」
「お、起きて、ユニバスっ! あなたが死ぬなんて、絶対いや! お願いだから、お願いだからぁ!」
イズミは少し離れたところで正座をし、うつむいていた。
こみあげてくるものを抑えるように、肩を上下させている。
やがて、こくりと白い喉を鳴らし、嗚咽を飲み込むような仕草のあと、顔をあげた。
そこには、いつも控えめな少女の面影はない。
我が子を守る母親のような、凜とした強さが宿っていた。
彼女はティフォンとポーキュパインをユニバスから引き剥がすと、ピシャリと頬を打つ。
「い、イズミちゃん……」「イズミ……」
「おふたりとも、悲しんでいる場合ではございません!
今から、4回目の属性相生を行ないます!
わたくしたちの癒しの力で、ユニバス様を冥府から呼び戻すのです!
わたくしの命にかえても、ユニバス様をこのまま逝かせたりは、断じていたしませんっ!!」
その一喝は、悲しみにくれていた少女たちを、一気に正気に戻す。
「う……うん! やろう! わたしも、命にかえてもユニバスくんを助けたい!」
「ウチもやるっ! ウチもユニバスのためなら、命なんておしくない!
今なら、本気でそう思える!
だって……こんなにすごい人がいなくなったら、世界の損失だから!」
少女たちはすぐさま輪になって、手を繋ぎ合う。
そして、想いをひとつにした。
「お願いです……! ユニバスくんを、助けてください……! そのためなら、わたしのすべてを使ってもいい……!」
「お願い申し上げます……! ユニバス様の魂を、どうか、どうか現世の留めてください……!」
「お願い……! 神様……! これからは毎日礼拝にいきます! ですから、ユニバスを助けて……!」
少女たちの生命が手を通し、ユニバスへと注がれていく。
しかしユニバスの血は止まらない。
少女たちの消耗は激しく、何度も崩れ落ちそうになっていた。
しかしその都度、お互いを支え合うようにして、祈りを捧げ続ける。
「お……お願いお願いお願い……おね……が……い……!」
「お願い、申し、あげ、ま……す……!」
「か……かみ、さ……ま……」
残り一滴の精魂までユニバスに送り尽し、少女たちは抜け殻になった。
死人のような顔色で、どしゃりと崩れ落ち、そのままユニバスに折り重なるようにして倒れてしまう。
「……ゆ……ユニバス……く……ん……わ……わたし……一生懸命……やった……よ……」
「で……でも……叶い……ま……せん……でし……た……」
「ご……ごめん……ね……ユニバ……ス……」
少女たちはそのまま、ユニバスとともに土に還る覚悟を決めた。
……はずだった。
とくんっ……。
その、音を聴くまでは。
……とくん……とくん……とくん……。
冷たくなったユニバスの身体から聴こえるそれは、厳しい冬を乗り越え、春を迎えた芽吹きにも等しかった。
あれほどひどかった出血も、もう止まっている。
少女たちは最後の力を振り絞って、ユニバスの顔を見た。
暗雲のようなドロドロの向こうから、雲間から差す光のような輝きが現われる。
「ゆ……ユニバスくぅん……!」
「き……気付かれたんですね……!」
「よ……よかっ……たぁ……!」
ユニバスは少女たちに、力なく笑い返した。
「む……ムチャ、しやがって……」
ユニバスはひとりの人間の姫と、ふたりの精霊姫たちの想いによって、一命を取り留める。
悪魔の去った洞窟は、大いなる愛があふれていた。
地の精霊たちは祝福するかのように、不毛の大地に花を咲かせる。
しかしその花を踏みにじるようにして、思わぬ伏兵が現われた。
大勢の、兵士たちを引きつれて……!
姫君たちはひとときの安らぎも許されず、ハッと顔をあげる。
兵士の格好に見覚えのあったポーキュパインは、真っ先に声をあげた。
「あなたたちは、トコナッツ軍の……!?」
大戦が勃発したかのような大勢の兵士たち。
その人波をかきわけ現われたのは、どの兵士よりも重装の大男だった。
「あ……あなたは、勇者パーティの……!?」
「お久しぶりでございますな、ポーキュパイン様! そう、戦士マッスルック、ただいま馳せ参じましたぞ!
どぉれ、姫様も我輩の肉体美に餓えていたことでしょう! 再会の記念に、とくとご覧あれ!」
マッスルックと名乗った男は、一方的にまくしたてるなりボディビルのようなポーズを取った。
すると、彼のまとう重厚な鎧が消えてなくなるように透け、その奥にあった彫像のような肉体が晒される。
ポーキュパインは顔をしかめ、精霊姫たちは「うげえっ」と今にも吐きそうだった。
そんなリアクションは気にもとめず、マッスルックはさんざん自分の肉体を見せつける。
そしておもむろに、隙間ひとつないガントレットの手を持ち上げ、ユニバスを指さした。
「よぉし! そこにいる、国王殺しを企てた犯人をひっ捕らえるのダッ!」
ポーキュパインは泡を食って叫ぶ。
「ええっ!? ユニバスはパパを殺そうとしてなんかない! ブレイバンとオンザビーチが……!」
「おお、ポーキュパイン様はすっかり混乱されているようダッ!
おいたわしい、よっぽどユニバスから怖い目に遭わされに違いない!」
「ち……違っ……!」
「我輩がユニバスを泳がせておいたのは、この決定的瞬間を抑えるためだったのダッ!
さぁ、そこで寝ている無能をひったてろっ!
一緒にいる精霊姫どもも、精霊用の檻にブチ込むのダッ!」
「や……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気がつくと俺は、トコナッツ王国の裁判所にいた。
まだ傷も完治していない状態で、全身を包帯でグルグル巻きにされ、被告として跪かされている。
俺は意識すらもハッキリしていないというのに、一方的に裁かれようとしていた。
ブレイバンとオンザビーチ、そしてマッスルックが証人として、陪審員としても参加していたせいだ。
彼らは魔王を討伐した功績があり、この国では大正義とされている。
彼らの言葉は、裁判長すらもの有り難がるほどだった。
「オッホン! そこにいる罪人のユニバスは、国王の暗殺を企てようとした!
勇者である俺様が、この目でハッキリと見た!」
「その通りダッ! 未遂とはいえ、国王はいまだに入院されている!
だから火刑でよいだろう! 我輩の肉体美のない世界へと送ることが、なによりもの裁きとなるのダッ!」
「ちょっと待つし! ユニバスが殺そうとしたのは事実だけど、死刑はダメだし!
一生、死ぬまであーしの奴隷として過ごすってのでいいっしょ!」
「オンザビーチ、こんなゴミを生かしといてどうすんだよ!?」
「あのゴミは、もう用済み……! 脂肪のように燃焼させるのがいちばんなのダッ!」
「ブレイバン、マッスルック! あんたらにはゴミかもしれないけど、あーしにはまだ使い道があるんだし!
だから、あーしがもらうし!」
「チッ、好きにしろ!」
俺は一言も発しないまま、『オンザビーチ預かり』となった。
オンザビーチは陪審員席から降り、俺の元へとやってくると、しゃがみこんで目線を合わせてくる。
奴隷用の『人間服従の首輪』を見せびらかしながら、彼女は妖艶な笑みを浮かべていた。
「あーしはね、一度欲しいと思ったものは、どんな手を使ってでも手に入れるんだ。
魔導女学院の理事長の座も、そしてユニバス、あんたのことも」
鉄環のような首輪をパカッと開き、俺の首にあてがいながら、耳元でささやいてくる。
「これを嵌めたと同時に、判決はくだされる……。
そして、あんたはあーしのものになる……。
奴隷として一生、あーしに逆らえなくなる……。
いっしょに旅してたときみたいに、たっぷり可愛がって、あ・げ・る」
勇者パーティにいたときに思い出がぶり返してきて、自然と胃液が逆流してきた。
赤い舌をヘビのごとくチロチロさせるオンザビーチは、まるでヘビのよう。
そして俺はヘビに睨まれたカエルのように、全身が脂汗にまみれていた。
俺の旅は、終わってしまうのか……!?
こんな、こんな所でっ……!?
……ズバァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!
裁判所の出入り口の扉が、爆風に吹っ飛ばされたような勢いで開いた。
「い……異議っ……! 大ありぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!!」
書籍版の第2巻の発売が3月10日(木)決定いたしました!
表紙も公開! このあとがきの下をご覧ください!
さらに新連載のほうも連日更新中!
このあとがきの下にお話へのリンクがありますので、ぜひご覧になってください!