43 ユニバスの想い
43 ユニバスの想い
二度目の属性相生。
ユニバスと手を繋いだ瞬間、その手を通じてポーキュパインの身体には稲妻が走っていた。
ティフォンとイズミと手を繋いだときに感じたような、甘やかな痺れではない。
身体じゅうを針で突き刺されるような、明らかなる痛みであった。
それでも父を救うためならと歯をくいしばり、こらえるポーキュパイン。
稲妻は彼女の脳内を白く明滅させ、走馬灯のような映像を次々と焼きつけていた。
それは、精霊姫たちのような幸せいっぱいの思い出ではない。
パーティメンバーたちからの暴力、そして王族や貴族たちの嘲笑。
その中には、ゴキブリを見るような目つきの彼女の姿もあった。
――これは、ユニバスがウチの寝室に入ってきたときの、ウチの姿だ……!
映像はユニバスの視点で、巻き戻すように展開する。
底意地悪く歪んだ唇が、どアップで映し出される。
おそらくしこたま殴られたのであろう、腫れあがった顔で前がまともに見えていなかった。
ガッと髪の毛を掴まれて上を向かされると、唇の主であるオンザビーチの顔がアップになる。
『はぁ、やっと大人しくなった。あーしの命令に逆らったらどうなるか、これでわかったっしょ?
ほぉらほぉら、ちゃんと股間を押えてないと丸見えになっちゃよぉ~?
あんたにはこれから、お姫様の寝室に飛び込んでもらうから、ヨロシクねぇ。
荷物持ちを寝室に引っ張り込んでるお姫様の姿が世に出たら、超スキャンダルだと思わない?
んじゃ、いってらっしゃ~い』
首根っこを掴まれ、見覚えのある寝室に放り込まれる。
そこから先は悲鳴と、分厚いブーツによるストンピングの嵐。
回想のポーキュパインは鬼のような顔をしており、現実のポーキュパインは息詰まる顔をしていた。
――ユニバスがウチの寝室に来たのは、夜這いなんかじゃなくて……。
オンザビーチがウチを陥れるための、罠だったんだ……!
そして回想のユニバスは、ひったてられ、国王自らのムチ打ちにあっていた。
『荷物持ちの分際でワシの娘に手を出すなどとは、とんでもない男じゃ!
本来ならば死刑にしても足りんくらいじゃが、オンザビーチ殿の顔に免じて、ムチ打ちだけで許してやるっ!』
――や、やめて、パパっ! それは誤解だよ!
そんなにぶったら、ユニバスはこのあとで、パパのことを助けてくれないかもしれない……!
自分の言葉を、ハッと飲み込む。
――ど、どうして……? どうして、なの……?
どうしてユニバスは、パパを助けようとしてくれるの……?
パパとウチはこの人に、こんなにも酷い仕打ちをしたのに……!
本当だったら、ウチのクエストを断っても、おかしくないはずなのに……!
次にあふれてきたのは、ユニバスのことをゴミのように扱う、街や村の人たちの姿。
しかしユニバスはどんな仕打ちを受けても、こっそりと魔導装置を整備して街の暮らしを守り、暴走しようとした精霊たちをなだめて村の平和を守っていた。
――な、なんで……!? なんでなのっ!?
誰もあなたを褒めてくれない! いくらやっても勇者の手柄にされて、あなたは無能だと罵られてるのに……!
なんであなたは、人を助けるのを、やめないのっ……!?
……シュバァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
マグネシウムが燃えるような閃光とともに、ポーキュパインは現実に引き戻される。
そこには、全身が傷だらけになってもなお誰かを助けようとする、男の姿があった。
ひときわ大きな袈裟斬りの傷を負い、片膝をついている。
「あ……あなた、まさかっ、父の傷をっ……!?」
遅れて目を開いた精霊姫たちが、この世の終わりのような悲鳴をあげた。
「ゆ、ユニバスくん、なんてことを!? 国王さんを治療するんじゃなかったの!?」
「さ、左様でございます! それなのに、ご自分に傷を移されるだなんて、なんてことを……!?」
ユニバスは力なく笑う「こうするしかなかったんだ」と。
――こうするしかないわけない! パパを見捨てることだってできたはずなのに!
ポーキュパインはあまりのことに、声が出なくなっていた。
――誰かのために、ここまで自分を犠牲にできる人が、いるだなんて……!
歪む視界のなかで、ユニバスは息も絶え絶えに言った。
「こっ、これ、で……国王は、助かる……! あっ、あとは、おおっ、俺が、なんとか、するっ、から……!
みっ、みんなで、ににっ、逃げるんだ……!」
――い、いやよ! あなたを置いていけない!
言葉にならないその声は届かず、ユニバスは背を向ける。
デストラに向かって、ふらり、ふらりと歩き出した。
よろめいたところで、ティフォンとイズミが支える。
「き、キミたちもいっしょに、逃げ……」
「絶対にイヤっ! なんでそんなことを言うの!? わたしは、ユニバスくんの精霊だよ!?」
「左様でございます! わたくしたちは、地獄の果てまでユニバス様にお供いたします!」
――……今なら、わかる気がする……。
あのふたりが、あんなにも彼のことを、慕っていた気持ちが……。
半生のユニバスの横顔が、ニカッと笑った。
――あの人……精霊の前だと、あんな顔もできるんだ……。
「大丈夫、俺はキミたちを残して死んだりはしない。だって、キミたちと精婚するって約束したもんな」
ユニバスは半死の状態だというのに、驚くほど挑戦的な顔つきで、デストラを見上げた。
デストラの表情には、もはや今までの余裕はカケラも残っていない。
まるで大天使を前にしたかのように、震えていた。
――あ……あの伝説の悪魔が、怖れおののいている……!?
ユニバスのしたことが、あまりにも信じられなかったんだ……!
悪魔にとって人間というのは、あのブレイバンがそうだったように、他人を蹴落とし、見捨てるのが当たり前の存在……!
ユニバスはその認識とは、あまりにもかけ離れた人間だったからだ……!
でも、どうして? どうしてそこまで怯えるの?
悪魔がその気になれば、人間なんて、ひとひねりのはずなのに……?
その答えを、ユニバスは乾いた笑いとともに放つ。
「へへ、デストラ……! お前は、もう気付いてるみたいだな……!
お前の呪いは、闇の精霊の力……!
それが俺に移ったってことは、俺とお前さんは、闇の精霊の力で繋がったってことだ……!」
ユニバスはゆっくりと両手をあげる。
片手には『相造性の指輪』、もう片手にはナイフが光っていた。
「闇の精霊ってのは、金属性に弱いんだよなぁ……!
さぁ……俺とお前で、『属性相克』といこうじゃないか……!」
デストラは地の底から響いたような、唸りをあげる。
『やっ……やめろっ! やめてくれぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!』
――な、なに!? ユニバスは、いったい何をっ……!?
次の瞬間、ユニバスは煌めく刃を振り下ろし、半身を支配する傷を、力まかせに抉る。
それは、両脇にいた精霊姫たちが止める間もないほどの一瞬であった。
散った黒薔薇のような鮮血がほとばしり、地面にぶちまけられる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
『ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!』
人間と悪魔のふたつの断末魔が交錯する。
悪魔は悶絶し、最後の力を振り絞るかのように、天に向かって手を伸ばす。
その新雪のような純白の身体が、道端に残った雪のように汚れ、溶けていく。
そして人間はというと、すでに事切れたかのように動かなくなっていた。
首をガックリと折り、手はだらりとぶら下がっている。
手からナイフがこぼれおち、カランカランと地面に転がった。
「い……いやああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
ゆ……ユニバスぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
年内の更新は今回で最後となります。
年明けの更新は 1月12日(水) の予定です。
待つまでの間、ぜひ新連載のお話を読んでみてください!
このお話がお好きな方であれば、ぜったいに楽しんでいただけると思います!
このあとがきの下に、お話へのリンクがあります!
それでは皆様、よいお年を!