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41 究極の選択

41 究極の選択


「まったく、あなたたちみたいな可愛い子が、こんな人をここまで好きになるだなんて、信じられない……」


 ポーキュパインはずっとブツブツ言っていた。

 彼女はいったい、ティフォンとイズミのなにを見たのだろう。


 俺のほうには精霊姫たちの感情は流れ込んでこなかったのでわからないが、今はそれを気にしている場合じゃない。


「ティフォン、イズミ、もう一回やろう。思いが強いほど属性相生は効果も強くなるから、そのくらいの強い気持ちで頼むぞ」


「うん!」「かしこまりました」


 なぜかポーキュパインはムッとしていた。


「ウチにはなにも言ってくれないんだね。まあいいよ、ウチもあんたなんかと言葉を交わしたくないし。

 あんたの顔が洪水みたいに頭の中に流れ込んできても、ウチがガマンしてればいいんでしょ」


 ポーキュパインはふてくされたようにティフォンとイズミの手を握り直す。

 俺はなんと返すのが正解かわからなかったので、無言のまま目を閉じた。


 そして、気持ちを集中する。

 やがて俺の両側から、吹き荒れる嵐のような激しい感情と、寄せては返す波のような感情が押し寄せてきた。


 そのふたつが俺の身体の真ん中、正中線で混ざり合った途端、俺はつぶやく。


「風と水の精霊よ、形を持たず、流れるふたつの者たちよ。

 風よ、目には見えぬその力を水に与えよ。水よ、光を歪めるその力を風に与えよ。

 そしてひとときの間、我らを現世(うつしよ)から消し去りたまえ……!」


「まるで大魔法の詠唱みたいに大袈裟ね。これでたいしたことなかったら、承知しないんだから。

 なんたってこっちは吐き気がするくらい、頭のなかがあんたの顔でいっぱいで……」


 文句たらたらのポーキュパイン。

 おそらく、ひとあし先に瞼を開けたのであろう、絶叫していた。


「きっ……消えてるぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 遅れて俺も目を開く。

 俺たちの全身は水のようになり、風景に溶け込んでいた。


「なっ、なに!? この魔法!? 透明になる魔法なんて、聞いたことないんだけど!?」


 精霊姫たちも自分たちの身体を見回して感激している。


「わぁ! ホントだ! わたしの身体、水みたいに透明になっちゃってる!」


「す、すごいです! こんなことができるだなんて……! 流れる石でございます、ユニバス様!」


 俺は揺らぎながら言った。


「これは水と風の属性相生によって可能な『透明化』だ。これで、デストラに見られることなく人質のところまで行けるはずだ」


「あ……あんた……。いや、あなた本当に……あの、無能のユニバスなの……?

 有能っていうか……なんか、いろいろすごすぎるんだけど……」


 ポーキュパインの声音からは、俺への侮蔑がすっかり消え去っていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺たちはそっと岩壁の扉を開け、出っ張りを足掛かりにして地面へと降りる。

 奥に鎮座しているデストラはこちらに気付いていない。


 足音を立てないようにして、岩の檻へと近づいた。

 檻の中には、もう何年もここに閉じ込められているかのように壁際にもたれ、うなだれている面々がいる。


 中央には、うつぶせに倒れている国王が。


「ぱ……パパ! いま助けてあげるからね!」


 ポーキュパインの声が響いたとたん、廊下の面々の顔がハッと上がる。

 「だ……誰だっ!?」とブレイバン。


「勇者様、ポーキュパインよ! ユニバスといっしょに助けに来ました!」


 俺たちの姿は透明になっているせいで、牢屋内はざわめいた。


「な、なんだ!? ポーキュパインの幻聴が聴こえてきたぞ!?」


「なんか、ユニバスと一緒とか言ってるし!?」


「またデストラの『幻惑』か!?」


「くそっ、俺たちをどこまで弄べば気が済むんだ!」


 このまま騒がれてはデストラの注意を引いてしまう。

 俺は『透明化』を解除する。


「みっ、みんなを、たたっ、助けにきた……! いっ、いまから、ここを開ける……からっ、しっ、静かにしてくれ……!」


 いきなり現われた俺に、牢屋内の者たちは驚いたものの、俺の言う通りに口をつぐんでくれた。

 しかし、あのふたりが10人ぶんの声量で怒鳴り散らす。


「ぶっ、無礼者っ! ユニバス、いままで何してやがった!? さっさとここから出さねぇと、ブッ殺すぞ!」


「おっせぇよ、バカユニバスっ! あーしらを一番に出さなかったら、どうなるかわかってるっしょ!?」


 ブレイバンとオンザビーチが真っ先に俺の元へやってくる。

 動物園のゴリラが興奮状態になったかのように、石の格子をガッと掴んで揺さぶっていた。


 こうなると、このふたりは何を言っても聞く耳を持たない。

 俺は石の格子に話しかけ、格子を構成する地の精霊と交渉、ぐにゃりと歪めて牢屋を開けた。


 我先にと飛び出すブレイバンとオンザビーチ。


「どけっ! このクソ野郎! 逃げ道はどこだっ!?」


「あっ! 上のほうに隠し通路みたいなのがあるし!」


 ふたりは一目散に、俺たちがやってきた隠し通路へ走り去っていく。

 ポーキュパインと精霊姫たちは、ムカムカした様子で『透明化』の効果を解除する。


「なんなの、あの人たちっ!? 助けてあげたのに、あんな態度を取るだなんて!」


「ひっどい!」「あんまりです!」


「ティフォン! そんなことより、牢屋のみんなを助け出すんだ!

 イズミ! ケガをしている者がいたら、キミの力で治してやってくれ!

 さっきの騒ぎでデストラが気付いてしまったから、早く逃げる準備をするんだ!

 俺がデストラの気を引くから、みんなは国王を担いで隠し通路へ!」


 俺は牢屋を出て、デストラと対峙する。

 その背後では、国王に肩を貸した者たちが、足早に隠し通路へと向かっていた。


 しかし、デストラは立て膝で座ったまま、動こうとしない。

 神樹のような白い身体を岩壁に預けたまま、ニヤニヤと俺たちを見下ろしている。


 逃げようとする俺たちを見ても、なにもしてことない……。

 もしかして、『保険』をかけてあるのか……?


 その疑問に答えるかのように、「おおっとぉ!」と邪悪な声がした。

 振り返るとそこには、岩壁の通路に仁王立ちになっている、ブレイバンとオンザビーチが。


「知ってるよなぁ? デストラは別名『真実の悪魔』って呼ばれてることを!

 『幻惑』の力で、人間の真実の姿をさらけ出させて、殺し合いをさせる!

 そのうえ、カンタンには死なないように呪いを掛けるんだ!

 国王はザックリ抉られたときに、デストラの呪いにかかっちまった!

 おかげで国王(ソイツ)はまだギリギリ生きてるが、デストラから離すと呪いが解けて死んじまうぞ!」


 悪魔の手先になったかのようなブレイバンの一言で、俺はすべてを理解する。


 そうか、呪いにかかっている以上、国王はここから離れることはできない。

 だからデストラは逃げる俺たちを見ても、何もしてこないんだ。


 悪魔は、人間の醜い感情を好む。

 それも、『幻惑』で引き起こしたものより、純粋なる人間の悪意を極上とするんだ。


 デストラは醜い勇者の姿を見て、最高級のワインを味わっているかのような、至福の表情をしている。

 ブレイバンは悪魔のソムリエになったかのように声を大にした。


「ここにいるヤツらは、俺様やオンザビーチの見てはならぬ姿を見ちまった!

 いくら幻惑でさせられたこととはいえ、バラされると都合が悪いんでね!

 この扉を閉めたら外部からは開かないみてぇだから、ここでオサラバだ!

 お前たちはここで、あの白い悪魔に永遠に苦しめられ続けるんだ! ぎゃははははははっ!」


 バカ笑いする勇者。その隣にいるオンザビーチは、もう下々の者たちよりも、自分のネイルのほうが気になるようだった。

 長く伸びた爪を見つつ、あっさりと言ってのける。


「あ、でもユニバスだけは登ってきていーよ。ユニバスだけは特別に助けてあげるし。

 だって、ユニバスはなにを言ったところで、しゃべり方がキモくて誰からも相手にされないしね」


「ぎゃはははははは! そうそう! それで今までさんざん、俺様たちの罪をおっかぶせてきたよなぁ!

 ちょうどいい所に来てくれたから、今回も国王を殺した罪を、俺様たちのかわりに被ってもらうとしようか!

 大丈夫、裁判じゃ俺様たちが弁護して、死刑にだけはならないようにしてやっから!」


「どうする、ユニバスぅ? あーしらに命乞いして、ひとりだけ助けてもらうか……。

 それともここに残って、悪魔に永遠に苦しめられるか……」


 オンザビーチは自分の手元から顔をあげ、ルージュに彩られた唇を、これでもかと裂けさせた。


「……あーしは別に、どっちでもいいよぉ?」

嬉しいお知らせがあります!

『精霊たらし』書籍版の第2巻の製作が決定いたしました!


第2巻が出させるのも、それどころかこうやって連載が続けられているのも、すべては読者様のみなさまが第1巻を買ってくださったおかげです! 本当にありがとうございます!


新キャラクターのデザインや、書籍版の追加点などは追ってお知らせしたいと思いますので、ご期待ください!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] オンザビーチ…もしかして…? [一言] 第2巻決定おめでとうございます!
[一言] 書籍版2巻来たあああ!(≧∇≦)
[一言] その二人だけ閉じ込めとけば醜い感情出し続けるんじゃないかなぁ……
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